ここまで危機的な状態は、俺が華琳と一緒にいるようになって、つまりはこの世界に来てから初めてのことじゃないだろうか。  そう思えてならないほど、魏の宮中は閑散としていた。  人がいない。桂花、風、稟をはじめ、春蘭、秋蘭、季衣に流琉。凪に真桜、沙和。霞、天和、地和、人和まで。文官武官を問わず宮中から人が消え失せていた。  勿論、みんなが華琳に愛想を尽かして野に下った、などということではない。もっと別の事情からなのだが……。 「そうね、別の事情といえば、別の事情よね」  玉座に座り、冷ややかな視線を俺に投げてくる華琳。  俺はというと、いくつか段の下がったところで正座をさせられていた。 (うう……、いい加減足が痺れてきた。正座は、いつまで経っても苦手だ……)  華琳のお説教がネチネチと始まってか半刻。いつもなら怒るにしてもさらっと済ませる方なんだが、事情が事情だけに腹に据えかねている、ということなのだろう。 「一刀、あなたちゃんと聞いているの?」  足の痺れを逃がそうと足をもぞもぞ動かしていると、華琳の叱責が飛んできた。 「そりゃもう……。耳にタコが出来るくらい」 「そう、じゃあ何に対して怒られているのか、それも十分に理解しているというわけね?」 「う〜ん……」  答えになってない言葉を口にして、辺りを見回す。そこにはやはりいつものみんなの姿はなかった。代わりにそれぞれが大事に育てていた後進の人材たちが居並んでいる。歴史の中でも、もう少し後年に活躍する部将たちばかりで、初めて見たときは、これがあの有名な、と驚いたものだった。 (歴史の中で名を轟かせる英雄がこんな初々しい女の子たちだなんてな。華琳や、春蘭、秋蘭たちで慣れていたつもりだったけど、さらに若いとなると驚きも倍増というか……) 「一刀っ!」 「はいっ!?」 「あなた、また色目を使って。やはり判ってないじゃないのっ!」 「色目って。……そんなの使ってないよ」 「お黙りなさいっ!」  華琳は、俺を一喝し、そして天を仰いだ。 「まったく。桂花の件は私が命令したらか良いとしても、他のみんなまで孕ませなさいなんて言った覚えはないのだけれど?」  ――そうなのだ。ここにみんながいないのは、揃いも揃って妊娠してしまっているからだったりする。犯人、というか相手は俺なわけで、華琳がしつこく責めてくるのはそこが理由なんだろう。  一番手は桂花だった。それに風、稟と軍師勢が続き、春蘭、秋蘭ら武将勢がその後。霞と北郷隊の三人も同時期だったかな。次が季衣と流琉で、最後がアイドルとして人気絶頂だった数え役萬☆しすたぁずの面々。  ……自分でもよく頑張ったよなと思う。最初の桂花なんて、もう臨月だし。 「想像以上の種馬だったと言う他ないわね……。でももう少し考えてほしいわ。諸官を一斉に孕まされたら国政が止まるじゃないの……」  事が問題視され始めたのは春蘭、秋蘭の左右の筆頭将軍が妊娠した時期だった。文官が妊娠する分には華琳がフル回転することで何とか持ちこたえることが出来たが、武官となるとそうはいかない。霞や北郷隊を抜擢しようにも、同時期に妊娠が発覚してしまってそれも出来なかった。窮余の策として、それぞれ後任の推薦が許されたというわけなんだが……。 (その後任というのが、今周りにいる新人の女の子たち、か) 「言っておくけど。これ以上手を出したら、一刀、あなたといえども容赦しないわ。そのときは、……判ってるでしょうね?」  女の子たちに目線をやったのをまた色目と勘違いしたのか、華琳が怖い声を出す。 「出しませんって……」  両手を挙げて降伏モード。 「本当かしら」 「そこは信じてもらわないと」 「信じた結果がこの有様では信じようもないんじゃなくて?」  玉座の華琳が、肩肘を付きながら辺りを睥睨する。 「どうしろって言うんだよ……」  桂花、春蘭、秋蘭。凪や真桜。風に稟、季衣に流琉も。みんな日常や戦いの中で気持ちを交換していったからこそ生まれた絆だ。いちおうそういうのがべースにあってのことで、無闇に手を出したわけじゃない。言わばお互いの情愛の中で発生したことなのだ。単純に可愛い女の子が居たから手を出したとかいうこととは一線を画している、と思う。 「あれだけの種馬ぶりを見せつけられたのでは、それだけだと心許ない、ということよ」 「……?」 「つまり、あなたの性欲を受け止めてあげる人が必要なんじゃなくて?」  華琳に言われて考えてみるが、みんなが妊娠してしまっている今は特に思い浮かばなかった。 「いない、という顔ね」 「うん、ま、そうだな」  それまで俺を見据えていた、強い意志を宿した視線が、僅かに揺れた。 「……し、仕方ないわ。私自身が、人身御供に、なってあげるしか、無さそうね」  視線をはずしながら、ところどころつっかえつっかえ華琳が言う。 「華琳が……?」 「何よ、嫌なの?」  怪訝な声を返す俺に華琳が鋭く反応する。 「いや、そういうわけじゃなくて」  見た目からしてめちゃくちゃ美少女。  出ているところは出ているけれども引っ込んでるところは引っ込んでいて、肉付きも見事なバランスを維持している。  付言するなら少女と女性の間というか、全体としては幼い感じがする華琳とのエッチは、王というクラスも相まって少女王を犯しているような背徳感すらある。  そもそも俺は、華琳に対してある種、特別な気持ちをもっているわけで……。 「嫌なわけないだろう」 「じゃあ何が引っかかってるのよ」 「う〜ん……」  流れから考えて、看過できない懸念事項が唯一つ。 「華琳まで妊娠してしまったら今度こそ本当に国政が止まると思って」  それは流石にまずいだろう? と思いながら見ていると、華琳は珍しく呆けたような表情を見せた。が、何か思い至ったのか、目を瞑り、顔を顰めた。 「私に馬車馬のごとく働けっていうことかしら?」 「それは、悪く取りす――」 「あらそうかしら。自分は妊娠した桂花なんかとお腹の子を様子を話しながら幸せを噛みしめるので、私には妊娠してもらわなくても十分って聞こえたけれど?」  華琳がお腹に手をやる。そこはすっと引き締まっており、妊娠している様子はうかがえなかった。 「いい? 一刀。別にあなたに孕ませて貰わなくても、私にだって他のアテぐらいあるのよ? そっちの方がお互いのためなのかしら?」  とんでもないことを言い出す華琳。他のアテってなんだと焦燥を感じながらも、妊娠は目的でも手段でもないよな、と話がズレていっていることを冷静に思ったが、 (それをストレートに伝えても火に油だな……) 「げふんげふんげふん、是非華琳の申し出を受けたいな、……なんて思うんだけど」  その返答じゃ不足ね、とばかりに首を左右に振る華琳。その様子に少し考えを深めてみると……。 「華琳に俺の子を産んでほしいな、とか?」 「とか? は余計よ。……重要なことは、何故そう思うか? でしょう」  そこまで言われれば、いかに俺が鈍感であっても華琳が何をねだっているのか察しがつく。  痺れる足を叱咤しながら立ち上がり、華琳の下へと段を上っていく。  一瞬、華琳が「どうするつもりなの?」という表情を浮かべたが、結局は何も言わなかった。恐らく何を俺がしようとしているのか、理解したんだろう。  なんだかんだいってみんなの前じゃ少し恥ずかしいからな。出来れば他の人には聞こえないようにしたい。  華琳の前に立った俺は、そのまま耳元まで口唇を寄せる。 「だって、俺は華琳のことが好きだからな」  華琳が制服をきゅっと握り、俺を自分の方に引き寄せる。表情は見えなかったが、その様子に華琳が喜んでくれたことを感じた。 「そんな甘いことを言って、みんなを籠絡してきたんでしょう、この変態」  言葉ではなく声色で華琳は甘さを返して来た。 「さてね」 「……本当に。変態なんだから」  新人の女の子たちが食い入るように見ているのも気にせず、俺たちはしばらくの間、そうしていた。 「ねえ、一刀。……あなた、他の女の子とはどんなふうにしていたの?」  夜更けの王の臥室。一戦交えたあと、俺の胸に頭を乗せながら、華琳がぽつりと呟いた。 「い、いきなり何を……」 「今日は、これで十分だけれど、なんだか妊娠したような気もしないし、次こそはって思ったのよ。でも毎回同じでは味気ないでしょう?」  みんなの妊娠が発覚したあとは自重していたから、華琳とは久しぶりのエッチで、かなり激しかった。まだ辺りには、濃密な性の匂いが立ちこめているし、華琳の股の間には、たっぷりと俺の精液がこびりついていることだろう。なのに――、 「次の話って。少ししなかった間に、華琳エッチになった?」 「な、何を言ってるのよ。……あのね、あなたは私以外にもたくさんの女の子とエッチしてるからいいかもしれないけれど、私は前に一刀としたきりなのよ? それを思えばそんなに変なことではないわ」  したりない、ということなのだろうか? だとすればそっちの方が驚きなのだが、あえてそれは口に出さないでおいた。華琳がせっかくやる気になってくれているのなら、わざわざ水を差すこともない。 「って言われてもな……」  他の女の子とのことを話すなんて何か恥ずかしいな。 「それにしても何故みんな妊娠するのかしら。単純に回数が多いの? それとも時間? それともアレの量とか……?」  かなり直球な華琳の物言いに、ぎょっとなって様子を窺ったが、俺の胸に顔を埋めるようにして隠すので、何を意図しているか確認することは出来なかった。 「ど、どうだろうな」  特に妊娠を狙っているわけではないから、こういうプレイをしたから、というのは言えない。 「ただ、いろんなエッチを試してみてるし、その影響はあるのかもな」 「たとえば……?」 「一日耐久エッチとか」 「一日っ!?」 「縄とか」 「縄っ!?」 「お尻を撲ってみたりとか」 「撲つっ!?」  一々過敏に反応する華琳の顔には、「信じられない」と書いてあった。自分も桂花とかとするときはかなり過激なことをしている癖に良く言うよ……。 「本当に変態ね。嫌よ、私は」 「何も言ってないんだけど……」 「言わなくなって判るわよ。私と一日耐久でしてみたいとか、縄で縛って後ろから挿入したいとか、お尻を撲って鳴かせてみたいとか、そんなふうに思ってるんでしょう?」 「思ってな……」 「この変態」  嫌がるならもっと困った顔で言ってほしい。そんな喜々とした、いかにも苛め甲斐があるオモチャを見つけた子どものような顔をして言わないでくれ。 「でも、本当に駄目よ。他の女の子としたことを今更なぞるだなんて、覇王としての誇りが許さないわ。私としたいのなら、何か新しい、まだ誰ともしたことのないことを提案なさい」  まだ誰ともしたことのない、新しいこと、ねえ。  考え込んでみるけれど、思いついたことはだいたい試してしまっているので、これといって新しいプレイは浮かんでこない。 「変態なんだからきちんと考えれば思いつくわ」 「だから変態じゃないって……」  言ってるのに、と口にしようとして思いついてしまう辺り我ながらなかなか業が深い。 「たとえば、コスプレとかどうだ?」 「こすぷれ?」 「コスチュームプレイの略……って、そうだな。平たく言うと、服装を基盤に、創作上の登場人物になりきることなんだが……」 「ふうん、何となく変態的な響きがするわね」 「華琳……とりあえず変態って言ってるだろ……」 「失礼ね。違うわよ。じゃあ、一刀は私にどんなコスプレをさせようと思ってるの?」 「えっ!? いや、別にまだ何も考えてない……」 「嘘おっしゃい。何か私にさせたいことを思いついて、それがコスプレと関係することだったから、それを提案してきたのでしょう?」  ぐっ……。見抜かれてる。 「ほら、諦めて告げなさい。私に何を着せたいのか、どんなことをさせたいのか」 「……聖フランチェスカ」  言って顔が熱くなるのを感じる。なんというか、自分の性癖をさらしているようで、小っ恥ずかしい。 「えっ!? せんと、何? 聞き取れなかったわ」  聞き慣れない言葉だからだろう。華琳が眉根に皺を寄せて、再度言うように促してきた。 「聖フランチェスカ学園。天の国にある、俺が在籍していたところの名前だよ。そこに所属する人用の服があるんだ。それを着せてみたい、かな。俺との関係は、たとえば同級生とか、幼なじみみたいな設定で」 「せんとふらんちぇすかがくえん」  噛みしめるように、華琳が呟く。 「それが天の国であなたが所属していたところの名前なのね。国名か何かかしら?」 「学校の名前。勉強をし、知識や知恵をつけていくための場所のことだよ」 「そう。制服とやらは、普段一刀が着ているものがそうなのかしら?」 「あれは男用だな。女の子用はもう少し違う誂えになっているんだ」 「それを着せて、どうしようと言うの? 「同級生とか、幼なじみみたいな設定」ってさっき言っていたけれど……」 「……言わなくちゃ駄目か?」  さっきにも増して顔に熱気が集中するのを感じる。 「言いかけて止める人間は最低ね」  うう。……華琳が見逃してくれるなんて思ってなかったけどさ。 「この変態」  思いついていた設定を伝えて返ってきた第一声はそれだった。  またそれか、と正直言いたいが、今回ばかりは確かにそうなので、仕方がない。  俺が伝えた内容は、未来の、しかも男の嗜好を含むものなので、全部華琳が理解できたかどうかは怪しいところだけど、行き着くところはエッチだし、しかもそのとき華琳の寝込みを襲うような真似もするわけで。 「だから言いたくなかったのに。きっとそう言うと思ったから」 「あら、そのコスプレに付き合ってあげるんだから、いいじゃない。一刀は私とそれがしたいんでしょう?」  少し間を開けるも、結局は頷いて是と返す。 「なら、このくらいの恥辱は我慢しなさいな」  くすくす、と華琳の笑い声が漏れ聞こえてくる。 「じゃあ、早速真桜に指示を出しておきなさい。準備にそれなりの時間が掛かりそうなのでしょう?」 「……畏まりまして」  俺が話した内容の中に出てきたのは、服だけではない。今回のコスプレを最大限に引き出すための要素として、とある建物が出てくる。  妊娠中の真桜や、工作部隊まで使ってそれを再現していいって話なんだから、華琳に感謝してしかるべきなんだろうな、本当は。 「す〜……」  気がつくと、腕の中の華琳はすでに寝息を立てていた。  新人が入ってきたとはいえ魏が誇る頭脳が不在の中で国政を運営しているんだから疲労もたまるだろう。それなのに、俺との時間もこうやって確保して……  くうくうと眠りこける華琳の頭を軽く撫でてやる。  ま、こんなちょっとしたお遊びでも楽しんでくれたらいいな、と騒動を引き起こした張本人としては、華琳とのエッチそのものを楽しみにしつつも、そんなふうに思わないでいられなかった。 「ウチ妊娠中やねんけどなぁ」  フランチェスカの制服ととある建物の建設の依頼で来た俺に、真桜はかなり渋い顔をした。 「隊長がアレをおっきくした結果、ウチのお腹までおっきくなったのに、その後は知らぬ存ぜぬの一点ばり」  じろり、とオノマトペがそこらに出てきそうな視線で、「しかも、」と真桜は続けた。 「久しぶりに様子見に来たぁ思たら他の女としっぽり濡れ濡れする為て……」  すんすんと鼻をならしつつ、目尻をぬぐう真桜。 「あー、隊長ってば外道で鬼畜で最低の変態野郎なのー」  偶々遊びに来ていた沙和が喜々としてそれに便乗する。 「ウチ死にとぅなってきた……」 「そんなんじゃ魏の種馬なのに、抱かれたくない上官部門で二年連続ぶっちぎりになっちゃうのー」 「あのな、お前らいい加減にしろよ……」 (というか、俺って去年抱かれたくない上官部門で選出されてたの? しかもぶっちぎり?)  と不安になっていると、 「真桜、沙和っ」  と凪の叱責が飛んだ。 「な、なんや凪、そないに怒ったら胎教に悪いで?」 「そ、そうなの、凪ちゃんの赤ちゃんが怒りんぼになったら申し訳ないの」 「だったら隊長をからかうのはやめろ。私たちは、勿体なくも一日と開かず面倒を見て頂いている身だろう」  実のところ、そうなのだった。  この手のことに対して割と面倒見がいいらしく、様子を見に来たり、柑橘類や書籍を届けたり、散歩に付き合ったりと軍務の合間を縫っては妊娠しているみんなのところに足を運んでいた。  で、ここの三人に対しては、昨日、真桜に工作用の部品を、沙和には阿蘇阿蘇の最新号を、凪には温州蜜柑を届けたばかり。 「ややなぁ、そないに真面目くさって……。ちょっとした冗談やんか」  悪びれる様子もない真桜に、凪が無言の威圧を加える。 「判った、判ったわ。ウチが悪かった。……ええやん、隊長にちょっと甘えてみただけやん」 「凪ちゃんは上手く隊長に甘えた私たちが羨ましかっただけなのー」 「え、そうなん? そこんとこどうなん、凪?」 「そ、そんな筈がないだろう」  といいつつも顔を赤らめる凪。  本当にそういう積もりじゃなかったんだろうけど、凪は、からかいに対する耐性が低いからな。 「嘘はあかんで〜?」 「罰は隊長との散歩一回ナシなのー」  あ〜あ、あんなに弄くられちゃって。その様子が可愛いからって、止めない俺も俺だけどさ。 「で、なんやったっけ?」  ひとしきり俺と凪をからかって満足したのか、真桜が笑い涙をぬぐいながら、聞いてきた。 「……制服と、とある建物」 「おお、せやったな。まかせとき、隊長と大将の為や。この李曼成があんじょう進めといたるわ」 「沙和も手伝うのー」 「及ばずながら私もお手伝いします」 「みんな……」  ありがとう、と言って頭を下げる。  街の警備や軍務を離れても、北郷隊の絆は不滅のようだった。  ……といった寸劇から三週間が経ち、制服と建物が完成した。 「一応、隊長の要望通りに造ったで。なんや思ったよりは普通の建物やったけど、あれで良かったん?」とは真桜の弁。 「下見させてもらったけど、ばっちりだった。ありがとな、真桜」  宮中の奥の一角にたてられた建物は、思った以上の完成度だった。こっちの世界で、学園のまねごとが出来るとは思わなかった。 「ん、こんぐらいのことで礼を言われると、かえって気色悪いな」  と言いつつも、へへへと鼻を鳴らす真桜は嬉しそうだった。 「凪に沙和も。妊娠中なのに、手伝ってくれて、本当にサンキュな」 「ありがとう、って意味だったよね? 沙和も楽しかったから全然大丈夫なのー」 「隊長にはとってはこれからが本番です。ぜひ頑張ってください」 「せや、隊長。思いっきり気張って大将をいてこましたってや?」  ぐっと立てた親指を人差し指と中指を間に割り込ませる仕草で俺を送り出そうとする真桜。 「ははは……」  乾いた笑いしか出ないものの、みんなが言うとおり、これからが本番。華琳はもう待機してるらしいし、ここはひとつ気合いを入れないとな。 「良し、じゃあ行ってくる」 「と、意気込んで出てきたはいいけれど」  いきなり入るにはまだ勢いが足りないな。  ということで、建物の様子を改めて確認してみる。  まず目に入ったのは、白い壁、太い柱。  そして、白い壁に埋め込まれるようになっている横開きの扉。扉には曇り硝子が張られており、欄間の位置にも、小さい横開きの扉が付けられていた。  見慣れているけど久しく目にしていなかった建築物。  プラスチックはこの時代だとまだ製造できないから曇った硝子が代用品になっているけれど、この建物が何かを示すプレートもしっかりと付けられていた。  そのプレートに挟み込まれた紙には、 「保健室」  と記載されていた。  扉を開くと、滑車が噛み合うガラリ――という懐かしい音が聞こえた。  そして目の前に展開されていたのも、これまた懐かしい光景。ところどころおかしいところはあるけれど、およそ平成日本における「保健室」と呼んで差し支えないモノが再現されていた。  内装も、書卓というより机に見えたし、寝具もまた臥牀というよりベッドだった。  こんなものを用意して、俺が何をしたかったかというと……。  キョロキョロしながら奥まったところに移動する。そこには華琳がベッドの上で横になって――、  居たのだが、いつもと余りに印象が違って、 「……」  俺は一言も発することができなかった。  ベッドの上ですぅすぅと寝息を立てる華琳は、普段の黒い礼衣ではなく――、セーラー服に修道服を取り込んだようなフランチェスカの制服を身に纏っていた。  制服は、襟元とスカートが深めの桜色を基調とするタイプのもので、僅かに隆起した胸元を走る黄色いリボンとあわせて、基本的に華美な印象を持つ華琳に、良く似合っていた。  普段は露出している肩と胸元も、今は制服の中にすっぽりと収まっている。肌を見せていないからドキドキしないかというとそんなことはなく、少し小さめに造ったのか、制服は華琳の体型にずいぶんとフィットしており、その分、胸のラインまで正確に示してしまっていて、それが寝息とともにゆっくりと上下している様子は、何やらずいぶんとエロティックだった。 (しかも、いつもより小柄に見えるな……)  これも制服が小さめな効果だろうか。  次は、とスカートの方に視線を移してみると、 「……」  そこで俺の目を楽しませてくれたのは、いわゆる絶対領域というやつだ。ほっそりとした太ももを白いオーバーニーソックスが覆ったその先。僅かに華琳の肌が、短めのスカートとの間に露出している。  普段もそういった感じの服装ではあるのだが、かなりゴテゴテと装飾を付けているので、こういうふうに肌が強調される形になると非常に新鮮だ。  装飾といえば、髪を纏めているリボンも普段の骸骨のやつではなく、白い大きめのリボンになっていた。それだけで華琳を非常に清楚な少女に見せてしまうのだから、すごいものである。 「あのね。いつまで眺めてるのよ」 「うわっ、急に起きるなよ、びっくりするだろう」  口を開けば、いつもの華琳だった。が、やはりどこか幼く見える。 「びっくりしたのはこっちよ。いつまで経っても何も言わないから何をしているのかと思いきや……」  目を瞑り、ふぅ、とため息。 「マジマジと私のことを眺めているのだもの」  憂い顔が続くかと思いきや、目を開いた華琳の顔にはニヤニヤとサディスティックな笑みが貼り付けられていた。 「何、そんなに興奮したの? これがコスプレとやらの効果なのかしら?」 「ち、ちがっ……」 「違わないわね、この変態」 「うぐっ」  今のはグサっと来ましたよ? このまま立ち直れないぐらいの勢いですよ? たとえそうだと思っても華麗にスルーしてくれれば良いのに。 「それは無理な相談ね。一刀を変態ぶりを指摘しておかないと色々と困る事態が起きてしまうでしょう?」 「起きないよ。……だって、今のは華琳がすごく可愛かったのがいけないんだから」 「……ふん」  あ、あれ? 逆襲を、と思って「可愛い」とかなりストレートに伝えたのに、華琳から返ってきたのは、不満そうに鼻を鳴らすという反応だけ。少し間があったのが気になるけど、結局効果ナシですか……? 「ま、当然よね。この制服とやら、かなり可愛いし。中身はもっと可愛いし?」 「へ〜へ〜」  確かにその通りだと思うが、からかわれた後だと素直に同意したくもなくなる。 「何よ、その反応。やはり変態の一刀は、こういう方がお好みなのかしら?」  と言いながらスカートをギリギリのところまで引き上げる華琳。そのまま裾をひらひらとさせて俺を挑発してくる。  しかし、俺は負けない。そんな見え透いた挑発に乗ってたまるものか。視線をやったら最後、どうせあの罵り文句が飛んでくるに違いないのだ。幾度となく死線を超えてきた俺ですよ? ……いかに華琳が可愛いからって、……たかだかスカートとオーバーニーソックスと太もものトライアングルアタックごときに、……負ける、……わけには。……でも、一瞬だけなら、……華琳も、……気づかないかも。  ちらり。 「だから、何見てるのよ、この変態」  チャレンジャー、カウンター一閃で轟沈、という図式だった。ここまで見事に沈められると、いっそ清々しい。 「でも、華琳がこっち世界の人間で良かったよ」 「……どういう意味かしら」  突然違うことを言い出した俺の意図を計りかねている、という表情。 「だってもし天の国に華琳がいたとしたらライバル――競争相手のことね、が多すぎて、俺が好きになっても全然手が届かなかっただろうから。それぐらい可愛い」 「……な、何言ってるのよ」  驚いたように目を見開く華琳。 「あれ、ちょっと照れた?」 「ふん。……運が良かったわね。この世界にあなたを飛ばした、天の気まぐれに感謝することね」 「うん。感謝してるよ。天の気まぐれがあったからこそ、華琳に逢うことも出来た」 「……」  呆っと一瞬黙り込む華琳。 「……」  ほほを染めるその様子に、俺も何となく黙り込んでしまった。 「……ほ、ほら、やり直しなさいよ。このまま呆っとしていても仕方ないでしょう?」  沈黙に耐えかねたのか、華琳がリトライを促してくる。 「そ、そうだな」  そう言い残して、退出する。  途端に、その場に蹲ってしまった。自分で言った台詞を反芻し、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたのだ。 (俺、大丈夫だろうか。まだ何もしてないのに、こんなに胸をドキドキさせて)  自分の心臓の先行きが不安で仕方ない初回の挑戦が終わった。  というわけで必勝を期して臨むテイク2。 「こほん」、と軽く咳払いをし、扉を開ける。  ガラガラ――。 「う〜ん、なんだかとても頭がいたいなあ」  今度は予定通りに演技を始められた。……微妙に棒読みなのが我ながら恥ずかしいが、素人なので、仕方ない。 「先生〜? いないんですか〜?」  辺りをウロウロし、誰もいないことを確認する。 「う〜ん、薬をもらおうと思ったんだけど、どうしようかな」  再度辺りを見回すが、勿論誰もいない。 「少し横になって待っていようかな……」  そう合図となる台詞を呟いて、華琳の待つ奥まったベッドに移動した瞬間、 「――!」  思いきり仰け反りそうになって、それでもたたらを踏みつつ何とかその場にとどまった。 「何という罠を……」  一度目同様、手をお腹の辺りで組んだりしながら、姿勢をただして仰向けに寝て待っているかと思いきや、 「ん……」  などという艶めかしい声が示すとおり、華琳は挑発的な姿で俺を待ちかまえていた。  片方の膝を立てて、スカートの中が覗けるか覗けないかぐらいまでのギリギリを演出するのは序の口。細い腕で胸を掻き抱いてラインを強調するわ、口唇に指を当ててその柔らかな感触を想起させるわとやりたい放題だった。 「やや、これは華琳じゃないか」  だが俺は、華琳の様子に気づかなかったふりをして話を進めた。 (ここでまた見蕩れてたら何を言われるか判ったもんじゃないからな) 「ええと、次の台詞、次の台詞……」  呟きながら同時に今回の設定を思い出す。  そう、家が隣同士の幼なじみ、という話だった。小さい頃は良く遊んだけれど、今となっては「一刀、朝なんだから、起きなきゃダメでしょう」などと華琳が起こしに来てくれるわけでもなく、「こ、これ母様が作りすぎたから持っていけって……」と肉じゃがを持ってきてくれるわけでもない。そうといったワクワクイベントは皆無。あくまで家が隣同士の幼なじみというだけの関係に成り下がってしまっていた。 (大きくなったら結婚、って約束も子どもながらにしたけど、そんなこと華琳は覚えてないだろうな……)  通う学園がずっと一緒だったので、一緒に登校することはたまにあるし、廊下ですれ違えば会釈のひとつも交わす。けれど、逆に言うとそれぐらいのつながりしか残っていない。一緒に登校していても、最近どうだ、ぐらいの話しかしなかった。誘い合って外で逢うなんてことも当然ない。  フランチェスカでの学園生活が進み、華琳が生徒会長に就任してからは、さらにその様相は顕著となった。能力があるのに人の話を良く聞くのは華琳の長所で、偉ぶらないお嬢様然としたその人となりから、上下級生を問わず高い人気を誇る。一応は幼なじみなので、ファーストネームで呼び合うことは呼び合うが、その度に、それが自然でないのか、「どんな関係?」 と聞かれるのには少々辟易としてしまった。「そんなに横に並んで歩くのは変かね」と、やっかみ半分に華琳を縁遠く感じてしまっている今日この頃なのだった。 (……)  少し寂しい設定だな。華琳は、別に生徒会長とやらじゃなくてもいいわよ、ともっと一般的なものを望んだのだが、何となくしっくり来なくて、華琳ならこれぐらいが普通だと説得した。 (生徒会長だって、本来の華琳と比べれば平凡だし、それよりもっと普通となると正直想像できないというのもあるんだけどね) 「で、次の台詞だけど……」  今の俺と華琳の関係を考えると、偶然とはいえ、密室で華琳のふたりきり、というのが凄く珍しいということになるかな。 (で、俺の方は、華琳の活躍をそれなりに把握している、と……。だとすると……) 「華琳の寝顔なんて、かなり久しぶりに見たな。いつぶりだろう。何だか懐かしいな……」  といいつつ、華琳の顔を覗き込む。そこには穏やかな表情が浮かんでいて、俺をほっとさせた。 「生徒会長として激務をこなしているみたいなことも聞いてたけど、この分なら大丈夫なのかな。ま、華琳なら少し困ったことがあっても、周りの優秀な人材が助けてくれるだろうから、問題なさそうだけど……」  近くに置いてあったパイプ椅子を持ってきて、ベッドの横に備え付ける。腰を下ろすと、ギシっという、金属特有の音が聞こえた。  唯一開いていた窓から風が舞い込んでくる。季節は三月。気の早い桜がいくつか花を咲かせていて、ふわりふわりと室内に舞い込んできていた。 (綺麗になったな……)  声に出さずに思う。勿論華琳のことだ。何というか、昔から整った顔立ちをしていた奴ではあったけど、ここ数年の成長の仕方は尋常でなかった。十人いれば十人ともが告白し、百人いれば百人ともが話しかけ、万人いれば万人ともが振り返る。そう言っても差し支えないぐらいの美少女になった。  ま、未だに少し幼い感じなのが唯一のマイナスだけど……。 「俺と砂遊びしてたころに比べれば文字通り、雲泥だ」  華琳の整った横顔を眺めていると、再び吹いた柔らかな風が、桜色をした口唇まで花弁を運んだ。 「ん……」  と、華琳がむずがるような寝息を立てた。だけど、花びらは口唇に貼り付いたまま。 「取った方がいいのかな……」  キョロキョロと辺りを見回してみる。先ほどと変わらず誰もいない。 「ん、ん……」  再度、むずかる声。これは、仕方ない、よね……? 「こほん。これから俺は華琳の口唇についた桜の花びらを取り除こうと思うけど、それはあくまで華琳がむずがったからであって、他意はないですよ?」  誰も聞いてないのは間違いないのだが、何となく言っておかないと踏ん切りが付かない。いや、華琳は聞いてるんだっけ。取りあえず――。  立ち上がる。  次に、恐る恐る花びらを取り除く。  結果、現れたのは、完璧な形をしている華琳の桜色の口唇……。  柔らかそうだな……。 「……はっ!」  いけないいけない。意識が変なところに飛びかけてしまったじゃないか。  何か違うことを考えて桃色思考を切り離さないと……。 「しかし、華琳は誰かとキスしたことあるのかな……」  ……全然切り離せていなかった。  というか言葉に出したからか、桃色の迷宮に思考が迷い込んでいく感じがした。 「ん……」  薄く口唇が開かれ、華琳の寝息が零れてくる。そこに視線と意識が集中した結果、何故か俺の口唇がそれに引き寄せられていき――、 「何をしようとしているのよ、この変態」  と、すげえ冷たい声が返ってきた。 「あれ、華琳、起きて……?」 「それは誰だって寝込みを襲われそうになったら起きるでしょう?」  いや、それはどうか知らないけど……。 「少なくとも私は曹家の一員として、家訓に従い武の道も修めているから、気づくわよ。幼なじみなんだから一刀も知っているわよね? 確か以前にも寝込みを襲われそうになったこともあったと思うし?」 「……?」  ……ああ、そういやそんなこともあったな。この仮想の空間ではなく、現実世界でハンモックで寝ていた華琳にちょっかいを掛けたことを思い出す。 「あなた、全然成長してないのね。性懲りもなく幼なじみに手を出そうなんて。おば様がお知りになったらきっと泣いてしまわれるわね」  ウチの母親はそんなにヤワじゃないんだが、取りあえず、流しておく。 「私だからいいようなものの、他の女の子にしようものなら即、警備兵に引き渡しよ?」  確かにそうかも知れない。桂花や春蘭辺りにしようものならそのまま殺されてしまいそうだ。 「まったく種馬なんだから。もう少し節度を持ったらどうなの?」  厳しい顔をして説教モードに入る華琳。普段なら大人しく聞いているところだが、今はあくまで幼なじみという対等な立場だ。 「いきなり説教はやめてくれ。……それに、他の女の子にはしないよ」 「どうだか。何人もの女の子に手を出しているって聞いたけれど?」 「いや、それは……、って何で華琳がそんなこと知っているんだよ」 「……べ、別にいいでしょう、知っていたって」 「そ、そりゃ別に知ってる分には構わないが、その件で華琳に怒られる謂われはないだろう」 「あるわよ」 「どうして」 「ど、どうしてって。……それは、」 「それは?」 「か、一刀みたいな変態がウチの学園の女の子たちに手を出すなんて赦せないもの」 「はい……?」  華琳の返答が意外すぎて思わず呆ける俺を余所に、一人うんうんと頷く華琳。 「それは生徒会長としての意見?」 「当然じゃない」 「ふうん」 「何よ、不満そうね」  いや、それはそうだろう。 「俺だって女の子と付き合いたいし、エッチなこともしたいんだけど?」 「そんなの知らないわよ。一刀が女の子の寝込みを襲うような変態だから駄目なんじゃないの?」 「ふう……。判ったよ。違う学園の子にするよ。それでいいんだろう?」 「は……?」  俺の台詞に、今度は華琳が呆けたような声を出した。 「ちょ、ちょっと、何でそうなるのよ?」  江南に孫呉学園、巴蜀に劉蜀学園、なんてものがあったりするんだろうか、この世界。 「駄目。絶対駄目。……というか、あなた、約束忘れてるでしょう」 「約束?」 「もう、ちょっと信じられないわね」  俺の反応に、華琳はこめかみを押さえる仕草。  こういう流れで、この華琳の反応。そもそも約束という言葉が指し示すところは――。ひとつだけピンと来ることがあった。 「むかし約束した、結婚のこと?」 「覚えてるじゃない」 「あれって反故になったんじゃないのか? 華琳だって、そんな素振り一切見せなかったし」  初等部の半ばごろから俺たちの距離は徐々に開き始め、中等部に上がるころにはすっかり今の関係の原型が出来上がっていた。だから、 「無かったことになっているものだとばかり……」 「だってそれはっ、」  ちらり、とこちらを見て、目を伏せる華琳。 「一刀が大人の女性の方が好みだって言うから。そうなるまでは駄目かなと思って」  大人の女性の方が好み? 一瞬ピンと来なかった。だから、もう一度華琳の声を脳内で再生してみる。  しかし、浮かんできたのは、額の汗と、  …………アレ、ソンナコトイッタッケ?  という思い。  俺の様子に、華琳は全てを察したんだろう。一際大きいため息が聞こえた。 「もう、最低。私、今まで何の為に頑張ってきたのかしら。一刀が「浮気」を繰り返しても健気に耐えて、その度に自分をもっと磨かないと、なんて想いを新たにして」  華琳は、浮気、というところに力を篭めた。 「それじゃさっき学園の他の女の子に手を出さないように言ったのは、ひょっとして、ヤキモチ?」  そうよ、悪い? と読み取れそうな視線で、俺をジロリ、と睨んでくる華琳。 「一刀こそ、二度も私の寝込みを襲ったってことは、それなりに魅力を感じてくれている、ということでいいのかしら?」  改めて華琳を見る。  少し幼いながらも、華琳の容姿は女の子として完璧に近かった。  今は少し不安気に揺れているけど、やはり一番目を惹くのは、強い意志を宿した瞳だろう。ただ、他のパーツも十二分に魅力的で、瞳をさらに強調する端正なまゆ、綺麗に整った鼻梁と、花が咲いたかのような口唇と合わせて、見る者を魅了して止まない。 「な、何とか言ってよ……」  華琳にしては弱気な発言。だからか逆に俺は落ち着くことが出来た。 「華琳の顔、久しぶりにじっくり見たけど……」 「見たけど?」 「綺麗になった」 「本当?」  華琳が顔を上げる。 「だけど、」  俺の言葉に、少し曇った華琳の顔を見て、今日はやけに素直に感情を出してくるな、と思った。 「華琳が約束を大切にしていてくれたことが何より嬉しい、かな」  俺の胸に、こつん、と額を押しつけてくる華琳。 「私は、一刀が自分の発言を忘れてしまっていたことが哀しい。そして、今まで無為な時間を過ごしてしまったことが悔しいわ」 「華琳……ごめん……」 「もう今更よ。……悔しいけど、それを嘆いていては何も変わらないわ。悪いと思うなら、これからは完全に私だけのものでいなさい。……そして、」  一瞬の間。 「私を一刀のものにしなさい」  これ以上の言は不要とばかりに華琳は、俺を引き寄せながらベッドに倒れ込み、そのまま口唇を重ねてきた。 「んっ、んん……んむっ、……ん」  柔らかな感触が口元から伝わってくる。 「んむっ……、ちゅぅ……んんぅっ、ふぅっ……」  さっきから目に焼き付いて離れない桜色の口唇に触れている喜びと同時に、もっと華琳を深く愛したいという欲求がわき上がってくる。  肩を押し、いったん口唇を離す。 「んっ……、どうしたの?」  華琳が目を開いてこっちを見つめてきた。 「舌、入れるから」  華琳の答えも聞かず、半ば無理矢理に舌を差し入れる。 「はむっ……!? ……ん、んちゅ、じゅる、ん、んんずっ、れろ……」  最初は驚いたふうを見せていた華琳だったが、結局は受け入れてくれた。たまにおずおずと舌を絡めてこようとする様子が何だか可愛らしい。 「んちゅっ、れろっ、ちゅぱっ……んっ、んっ、んちゅ……」  華琳の口内を舌先でたっぷりと楽しむ。舌に絡めるのは勿論、口腔や、歯茎も刺激してやる。 「れろ、れろっ、んぅ……ちゅっぱ、…っんは、ぷあ。ちょ、ちょっと、どこを、んんっ、れろっ、舐めてるのよっ、ちゅむっ……」 その声を無視し、口内にたまった唾液を華琳の口内に流し込んでいく。 「ん、んんっ!? んっ!、んん! ……ちゅむ、じゅる、んくっ、んくっ……」  これも最初は抵抗を見せた華琳だったが、結局は受け入れてくれた。 「……変態」  口唇を解放された華琳の第一声はそれだった。 「自分を、俺のものにして良いって言ったのは華琳だろう?」 「で、でも、こんな……」  視線を逸らしながら拒否しようとする華琳の顔を手で包み込む。 「本当に嫌なら止めるけど?」 「……馬鹿。本当にずるいんだからっ」  華琳が口唇を重ねてくる。 「んっ……」  そして舌先も。 「れろ、れろんっ……、ちゅぱっ……ちゅ……、んっちゅ……」  さっき俺がした内容を再現しようとしているかのように、華琳の舌が動く。 「れろっ、んんっ、ちゅぱっ、ずずっ……、れろ、ちゅぷっ……」  最後は、唾液まで送り込んできて、俺に嚥下を求めた。  要望通り飲み込むと、華琳は唾液の橋を作りながら口唇を離し、そして挑戦的な笑みを浮かべた。「ほら、私だって出来るのよ――」と言わんばかりの。  ああもう、可愛い奴だな。  俺はもっと華琳を愛したくなって、制服の前を開こうとボタンを外していく。  普段なら華琳が自分で脱いでしまうところを、ねっとりと、ゆっくりと。これが制服プレイの醍醐味だろうかとも思う。 「華琳は初めて……?」  などと間抜けな質問をしてみる。本当にそうであっても、いちいち聞くようなことではないし、そもそも現実的には何度もエッチしている関係なのだ。 「……馬鹿。当たり前じゃない。私はあなた以外の男に肌を許したりはしないわ。あなたに記憶がないのなら、初めてに決まっているでしょう?」  俺に答えを委ねつつ、強く方向性を規定するその言葉。 「俺は、華琳との初めてのエッチでめちゃくちゃドキドキしてるんだけどな」 「……本当に、馬鹿ね。……でも、今だけは私も馬鹿なのかもしれないわ」  華琳の胸を覆っていたのは、ピンク色のブラジャー。俺たちだけが知る華琳の勝負下着。 「可愛い下着だな」 「そう? ありがとう。でも、褒めるならもっと別のモノの方が嬉しいのだけれど?」 「外すぞ?」 「んっ……」  胸が外気に曝される感覚に、華琳が肌を震わせる。そこに存在したのは完全な形をした、ふたつの乳房だった。 「……」  思わず、視線が釘付けになり、言葉を失う。 「何よ、小さいことなんて判ってるわよ……」  華琳が勘違いして、拗ねた声を出す。 「違うよ、余りに綺麗だから声を失っただけだって」 「嘘」  華琳の言葉を否定するのに、言葉は不要だった。  体を抱き起こし、背中に回り込んで後ろから抱きしめるようにする。手は既に華琳の胸に刺激を加え始めていた。 「ん……、はっ……、ふっ……」  全体を揉み込むようにして愛撫を加え、華琳の感度を高めていく。 「ふはっ、ん、ん、んっ……」 「声、我慢しなくて大丈夫だけど?」  指をかんで、声を殺そうとする華琳の耳元で囁く。 「やあっ、んんぁっ、で、でも、恥ずかしいっ、ものっ……」  その様子に、意地でも嬌声を上げさせたくなった。  刺激を加えずにおいた乳首に指を伸ばす。 「んんんっ!!」  既にそこは固くしこっており、華琳がこれまでの愛撫で徐々に気持ちを高ぶらせていたことを、俺に伝えてくれた。 「固くなってる」 「んん〜、んんっ」  いやいやと首を振る華琳。その様子がすごく可愛くて、もっと乱れさせたいと思ってしまう。 「ああ、乳首が、熱いっ……」  華琳の声に応えて、唾液をなすり付けた指先でぷっくりと膨らんだ先端をくにゅくにゅと弄ぶ。 「あっ、ひいっ、んっ……ふぅんっ……気持ちいいっ」  華琳の口から快楽を認める台詞が零れた。  俺は、胸の上で、いやらしく手を動かしながらも、華琳を言葉でも攻め立てることを忘れない。 「華琳、どこが気持ちいいの?」 「ああっ、んん、んっ、そんなことっ、言えるわけっ、ふくぅっ、ないじゃないっ……」 「駄目。きちんと言ってみて?」  小さな突起を指で思うままに転がし、時に軽く引っ張り、華琳に快楽を植え込んでいく。 「やぁっ、やっ、んはっ……、そんなことっ、口に出来ないっ」  綺麗な金色の髪を左右に振り、拒絶の色を示す。  今まで華琳とは何度もエッチをしてきたけど、常に彼女は冷静だった。それは、恐らくプライドの高さ故だろう。そしてそれは怯懦の裏返しだと思う。乱れきることの懼れ。乱れたとき相手に拒絶されることへの懼れ。でも、この場でそんなものは不必要なのだ。だからこそのコスプレ。魏の王ではなく、ただの華琳とするための儀式。  華琳がどうしても拒絶するなら、俺はそれを宥め、すかし、最後には叩き折る。  「自分を俺のものにしてほしい」と言ってくれた華琳の為に。  何より、華琳が大好きな自分の為に。 「下も、触るよ」 「……えっ?」  乳首への度重なる愛撫に若干蕩けていた華琳の反応は鈍く、下半身への侵入を易々と許した。  華琳のツルリとしたオマンコに手を伸ばす。 「あ、ああっ、ちょ、ちょっとっ! んふぅっ……ふっ、ふぁっ、あっ、ああっ……」  太ももを閉じて抵抗しようとするけど、もう遅かった。  胸への愛撫で十分に濡れきったワレメに指を食ませてゆっくりと動かす。  それと同時に、空いているもう片方の手は今まで通り、乳首への愛撫を続行する。 「んあっ、はっ、んふっ……ん、ああっ、あ、あっ、んぅぅぅっ」  指を動かすたび、じゅぷっ、じゅぷっという淫らな水音が耳朶を打つ。  華琳が濡れていて、かつ感じていることは明らかだった。 「エッチだな、華琳は。こんなに濡らして。すごく、いやらしい」 「あっ、ああっ……こ、これはっ、あなたが刺激するからっ」  その様子に思わず興奮し、いきり立ったペニスを華琳の太ももにぐいぐいと押しつける。 「んっ、んぅっ……はっ、はぁっ、か、硬いのが当たってる、んんっ、んむっ……」 「華琳がエッチだから興奮したんだ」 「ちゅぱっ、ちゅ……、一刀が変態だからでしょ? ……あ、んっ、そんなにこすりつけて、どうするつもりなの?」 「どうされたい?」 「そ、それはっ……」  言い淀む華琳。だけど、それで終わることはなかった。 「……してほしい。い、入れてほしい」  花弁に手をやって、くちゅっくちゅっと弄ぶ。 「ここに、かな?」 「ふあっ、んぁっ、ん、そ、そこっ、あ、ああああ、ゆ、指が入ってくる……」  華琳の、まだ男を受け入れたことのない淫窟に指を差し入れ、ぐるぐるとかき回してみる。  先ほどと同じように、指先にヌルっとした感触を覚えた。続けていると、からみつく愛液がぬちぬちと嫌らしい音を立て始める。 「んふぅっ……ふっ、ふぁっ、あっ、ああっ……か、一刀のもっ」  そう言って、華琳が俺の股間に手を伸ばしてきた。ジッパーをおろし、勃起したペニスに手を這わせてくる。 「はぁっ、あっ、ああっ……、あ、熱い……」  竿全体ではなく、亀頭付近に領域をしぼって手を動かす華琳。挿入の前準備として、お互いの性器を高め合っていく。 「もうそろそろかな?」  とろとろに蕩けた、華琳の秘所から指を抜き、華琳の顔をのぞきこむ。  その顔を見られることが恥ずかしかったのか、体位を入れ換えて、ベッドにうつぶせになる華琳。 「……この変態。でも、」  俺を罵る言葉を途中で切って、華琳は腰を持ち上げた。 「今は、私もそうなのかも知れないわ」  片手で自重を支えながら四つんばいとなり、柔肉を広げる華琳。ピンク色の肉壁が肉棒を求めてうごめいている様子が判る。  無言で華琳のヒップに近づき、ペニスを宛がう。が、すぐには挿入せず、入口付近に亀頭をくちゅくちゅとこすり付ける。 「ん、んはぁっ、……ん、んん、か、一刀、早くっ」  中々挿入せずに膣口で遊んでいると、華琳がおねだりしてくる。 「腰がぴくぴく動いているけど。結構感じてる?」 「そ、そんなことっ……」  否定の言葉を言い募ろうとする華琳の腰をつかんで、ずんとひと打ち。 「あぐっ、うぅぅ……」  華琳の口から零れたのは苦しげな声。  実際には何度もしているし、膣の中は愛液でヌルヌルしているのだから、痛いというより気持ちいいんだろうけど、あくまで初めてだという役柄を優先しているらしい。 「華琳、大丈夫?」 「ちょ、ちょっと痛い、わ……。でも、がんばるから」  ゆっくりと腰を引くと、じゅぷっと、膣から水音が漏れた。そのままもう一度、奥へと突き込む。 「あ、うぅ、んんんっ」  その行為をゆっくり繰り返していると、徐々に甘い刺激が肉棒へと集まってきた。  それは、華琳も同様だったらしい。 「だ、大丈夫よ。もう少し強くしても大丈夫だから、一刀……」  許可を貰った俺は、勢いを強めて連続して腰を打ち付ける。 「あん、んんっ、んぁっ、んん〜〜」  それだけにとどめず、形の整った乳房にも手をやり、乳首にくりくりと刺激を加えながら全体を揉み込む。 「んあぁ!? か、一刀、そんなに一遍にっ……」 「膣がきゅうきゅうと俺のを締め付けてくるよ、華琳?」 「じ、自分で仕向けておいて何を言っているのよっ」  ペニスを前後させる度、全体に密着してくる膣の存在を感じた。途方もない密着感。華琳の膣が狭いから、というのはあるだろうけれど、相性ということも思わずにはいられなかった。  だけどそれを繰り返していても面白くない。  奥まったところにあった亀頭を膣穴の入り口まで戻し、ぐりぐりしごいてあげると、華琳はシーツをつかみ、惚けた声を上げた。 「あっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……」 「華琳ってば、すごくいやらしい声出してる。後で聞かせてあげたいぐらい」 「や、やぁっ、何言ってるのよ。そんな恥ずかしい事、言わないでっ」 「でも、ほらっ」  にゅるんっ、と至上の気持ちよさを感じながら膣奥までペニスを滑り込ませる。 「ふあっ、んんあっ、あん、あんっ、あんっ」 「華琳の声、本当にいやらしいもん」 「んんふっ、んんっ、んんんっ」  俺の言葉に声を殺そうとする華琳だったが、火が点いてしまった欲望の前にそんなことが出来る筈もない。 「それにそんなことされると、こっちも俄然やる気になっちゃうし?」  指先に唾液をつけて、それを乳首に塗り込むように愛撫を繰り返す。 「ふあんっ!? だ、駄目、そんなのらめっ」  それ自体はそんなに気持ち良くなる行為ではないけど、行為自体がいやらしい。 「か、かずとの、へんたいっ、そんなことされたら……っ」 「どうなっちゃうの?」 「あたまが、ふぐっ、あふっ、ばかになっちゃう!」 「いいよ、それでも」  腰のスピードを上げて、華琳の体内に肉棒を深々と埋め込む。 「す、すごぃっ……、か、一刀、深いぃっ、お、おほ、奥までっ……。ゴリゴリ来てるぅっっ……!!」 「華琳ってば、いつの間にこんなにエッチになっちゃったんだ?」 「か、かずとのせい、ぜんぶっ、かずとのせいっ」  華琳をこんな色に染めたのは俺。そう思うと、胸がきゅっと締め付けられた。それと同時に肉棒がこれまで以上に大きく膨らんだ。 「あっ……、あふ、あ、あああ……!!」 「華琳はエッチになった」 「うん、うんっ」  ぱんぱんという腰と尻が生み出す音とともに俺の言葉を肯定する華琳。  体中から甘い匂いを立ち上らせながら「ひぅっ、ひぅっ」と仔犬のような喘ぎを漏らすその姿に、いつもの王者としての風格はなかった。  そこにいるのは好いた相手との情事に没頭するただの少女。  愛しさが胸に溢れ、気が付いたらのし掛かるように、あるいは後ろから抱きしめるように、華琳と体を密着させてしまっていた。自然と腰と尻がくっつく形になり、より深度が増した。 「あっ! あ〜〜っ、あっ、あふっ、うううっ」  一際甲高いよがり声が保健室に響く。 「か、一刀っ、イクっ! もうイっちゃうっっ!!」 「一緒にイこうっ……、華琳も動きを合わせてっ!」 「んっ、んっ、んん〜〜……っ」  突かれるがままだった華琳は、俺の動きに合わせて腰を積極的にゆすり始めた。  体を起こし、落ちてきたスカートをもう一度捲る。そこには「気持ちいい」を求めて俺の生殖器を貪り淫らにうねる華琳の下半身があった。  その普段からは考えられない華琳の行為が、そして肉茎の根元に集まる淫らな刺激が、俺をも絶頂に導いていく。 「あっ……も、もうらめ、もうらめぇっ、かずとのおちんぽ、もうがまんできにゃぃぃ!!」 「華琳っ……、出すよっ!!」 「かじゅ、かじゅと……、わたひっ、いっ……!! …………っ!!」  声なく叫んだ華琳に、最後の時を認識する。より奥を目指し、出来る限り突き込んだ瞬間、どちらともなく、体がぶるっと震えた。  ぶっ!! ぶびゅうっ、どびゅしゅるるっ!!  たまりにたまった白濁液が先端から我先にと飛び出す。そして、華琳の体内を汚していく。 「くぁうぅっ……、あぁ……、あはっ、あぁ……、」  絶頂に達した華琳は、背を危ういぐらいに背中を反らせ、酸素を求め、口をぱくぱくとさせる。  そんな華琳の様子を見ながらも、精液の放出とともにペニスから立ち上る快楽に俺も翻弄されていた。 (ふう、やっと止まった)  全ての精液を出し終えて、華琳の中からゆっくりと肉棒を抜こうとすると、手首をつかまれた。 「はっ、はっ、はぁ……、待って、……そのままよ」 「そのままって……」  抜かないと休めないじゃないか、と言おうとすると、華琳がのろのろと腰を起こし、体をゆすった。  それだけで簡単に硬さを取り戻す俺の肉棒。 「って、こら」 「……一刀」 「何だよ」 「あなた、桂花を孕ませたとき、何回したの?」 「な、何回って」 「いいから答えなさい」 「う〜ん……」  呻きながら記憶をたぐり寄せる。 「10回ぐらいだったかな」 「じゃあ、少なくともそれは超えるわよ」  器用に体をくるりと回転させ、今度は正常位の姿勢を取る華琳。  体を引き寄せ、口唇を重ねてくる華琳によって、俺の方の体制はしっかりと整ってしまった。  思わず苦笑が浮かぶが、俺を見て華琳は少し恥ずかしそうにしたが、それでも止めようとはしなかった。 「後悔するなよ?」 「するわけないでしょう。そんなものは疾うの昔に捨ててきたわ」  そういって微笑む華琳の顔は、これまで見たどんな笑顔よりも晴れ晴れとしていた。  建安二十一年三月、王都洛陽に変あり。天の御使い、変態精液の人なりて、群臣を籠絡して悦を貪り、此等と交わり重む。  上、此を憂うるも言を恥じ、目を瞑りて此を過ぐ。天の御使い、宮中を壟断し、万歳亭侯をはじめ群臣を孕ましむ。群臣、宮中より遠のき、上、動揺す。宣下に従いし愍侯、保健室を造して、天の御使いの心を奪わしむ。  上、遂に身篭もり、群臣、此を援けんと宮中に戻りて王都に安楽の声、満ちる。   『魏書・武帝記』 <了>