記憶を失いし天の御遣い・プロローグ 月夜の下、少年が少女の側から消えてしまった。 少年の名は北郷一刀。戦乱の時代、三国の地で天の御遣いと呼ばれ、魏の覇王曹操に仕え共に乱世を駆け抜けた人物である。 彼が持つ天の知識により街の治安は良くなり、戦を助け、時には料理や言葉も教えた事があった。 「だが、大局の流れに逆らってしまった」 一刀を語る途中、誰かの声が聞こえた。しかしこの声が言った事は事実である。 曹操が乱世の肝雄と呼ばれると占い師に告げられたと同時に一刀も同じく予言を告げられた。 しかし彼はその予言の意味に気付かず、定軍山で夏候淵を救い、赤壁の戦いを勝利に導き、そして大陸全土を支配した。 それは彼がいた天の世界、つまり未来の世界と違う結果として終わった事であった。 それ故に占い師の予言通り、彼はその世界より身を滅ぼし、消滅してしまった。 彼が再び曹操の元に帰ってくるのか、それはわからない。 「いや、帰ってくるさ。なんせ俺が手助けをするんだからな」 また再び誰かの声が聞こえた。それも彼の、一刀が望む願いを叶えると等しい言葉を口にして―― (俺は……どうなったんだ?) 華琳に別れを告げ、消滅した一刀の意識は朦朧(もうろう)としながらも思考はまだちゃんと活動出来ていた。 一刀自身、どうなるかわからなかったが今はこうして水に浮いている感覚がある。 しかしそれはもしかすれば死んでしまい、魂として存在しているかもしれなかった。 (聖フランチェスカ学園に戻るかもって思ったけど、やっぱりそう簡単にいかないか…………) 帰郷し、そこから再び華琳や魏の皆の元に戻ろうとも考えていたが、今の状態がこれではどうしようもない。 (もう、本当に会えないみたいだな…………) 「諦めるの早いな。もう少し足掻いてみようと思わないのか?」 一刀が諦めそうになった時、目の前で声が聞こえた。 その声に反応して一刀が目を開けると浮遊感も一気に消えて尻もちをついた。 「いてっ!!」 「お〜。やっぱり諦めなかったか」 痛む尻を擦りながら一刀はのん気に称賛した声の主を確認したが、その姿に驚愕した。 「よう、北郷一刀。息災か?」 そう言って挨拶してきたのは、鳥だった。しかもただの鳥ではなく、人ほどの大きさに五色の羽を持っていた。 「とっ、鳥が喋ってる!?」 再び驚いて後ずさりしようとしたが、何故かその鳥と距離をとる事が出来ない。 「あ〜、逃げようとしても無理だ。ここって精神の世界だから物理的な事は一切出来ないから」 のん気に声をかけてくる鳥であるが、それでも一刀は落ち着きを取り戻せない。 「なっ、なんで鳥が喋っているんだよ!?」 「そりゃ俺って四霊の一柱、鳳凰(ほうおう)だからな」 「ほ、鳳凰?」 なんとなくその名前に聞き覚えがあった一刀は少し落ち付き、その記憶を掘り出してみた。 「え〜っと。確か鳳凰って中国にいるとされる神の鳥、だったか?」 「まぁそうだ。お前の世界の伝承や正史じゃそんな風に言われているが、外史じゃ裏方役だな」 「正史?外史?」 鳳凰が言った二つの言葉に疑問符を立てた一刀だが、どこか聞いた気がしていた。 「ああ、そう言えばお前は知らなかったな。一度物語として終端を迎えたから、まぁ教えてもいいだろ」 そう言って鳳凰は一刀が持った疑問に答えた。 「まとめて話すぞ。外史って言うのはな、正史と言う現実世界の、そこに生きる人間が作り出した思念。例えるなら小説やゲー  ムの世界と考えてもいい。そしてお前はその外史の一つ、少女としての三国の魏で生きた北郷一刀って事だ」 「魏で生きた、俺?」 「ああ、最初のお前は劉備の立場で関羽と張飛に拾われて大陸を平定したんだ。ちゃんと天の御遣いとしての名を持ってな」 最後に鳳凰が口にした言葉に三度目の吃驚をした。 「えっ、ちょっと待て。それってどう言う事だよ」 「まぁ、いきなりそう言っても混乱するだけか。じゃあその外史、起点の外史を教えてやるよ」 鳳凰は長くなるその、自分が関羽と張飛と共に大陸を平定をした話をし始めた。 その物語の始めに出会った左慈と対峙し、彼が持っていた銅鏡が割れた事で自分が武将が女の子と言う三国の世界に 引きずり込まれ、その世界で関羽と張飛に拾われ、天の御遣いとして大陸を平定すると誓う。 救った街の太守から始まり、黄巾の乱、反董卓連合、群雄割拠の時代に袁紹、曹操、孫権との戦い。 大陸平定後に左慈、于吉との最終決戦を経て、その終末を銅鏡によって更にいくつかの外史が紡がれた事。 「――その直後に芽吹いた外史は四つ。でも共通として直前に思い浮かべた愛する者と聖フランチェスカ学園に戻ったって訳だ」 鳳凰の話を聞いて一刀は華琳に拾われた当時のように信じられない部分が多かった。 話に出て来た武将達も一刀が過ごした世界より限られていたし、しかも左慈という青年には一度もあった事がない。 「言っておくが俺が話した事は本当だ。だたお前とそのお前は違う存在だって事だ」 納得しない一刀を見て鳳凰は念を押して言った。 「……わかった。納得するよ。でも俺が華琳に勝ったていうのは信じられないな」 「確かに曹操が操られていなかったらお前は負けてただろうな」 一刀の言った言葉に鳳凰はまるでからかうように同意した。 「でもちょっと待て。その正史や外史を知っているのは仙人や限られた英傑の名前を持っているような人達だけだろ。なんでア  ンタみたいな鳥が知っているんだ?」 「言ったろ。裏方だって」 「裏方?」 「俺たち神獣の立場は外史がうまく進めるように色々と下準備をし、そして片づけをするのが役割だ。中にはしっかりと物語の  重要な存在として登場するヤツもいるな」 神獣が裏方の立場にいるというのは何処かギャップが合わないが、ここでツッコんでも話は進まないと思うので保留。 「じゃあ、なんで裏方のアンタが俺に会いに来たんだ?」 「ああ、正史の誰かがお前を曹操と再会させたいと思ったんだろう。しかも俺と言う存在の介入で」 鳳凰の何気ない言葉に一刀は強く反応した。 「華琳にまた会えるのか!?」 「まぁな。ただし、これはお前の外史を起点に紡がれた続編、別の外史と言ってもいい。  そしてこの外史を思いう浮かべたのはちょっと意地悪なヤツみたいでな。条件を出してきた」 それを聞いて一刀は鳳凰の言葉を『帰る為の代償か試練がある』と頭の中で変え、唾を飲んだ。 「その条件て言うのは…………?」 魏の皆に会える。この事を一つに一刀は二秒と待たずに覚悟し、鳳凰にその条件を尋ねた。 そして鳳凰はそれに答えた。 「ああ。それは、記憶を失う事だ」 鳳凰が口にした条件に一刀は氷のように硬まった。 「記憶を……、失う…………?」 「ああ、そうだ。意地悪だろ」 その条件に一刀は硬まった身体を少しだけ柔らかくし、両手を眺めた。 (記憶を、思い出を失う…………?華琳や皆の出会いや日々を知らないで――) 「あ。条件を続けて言うけどな。失った上で魏に向かう訳じゃないからな」 「……は?」 衝撃的な条件に悩み始めようとした一刀だったが鳳凰の言葉で気持ちが少し浮いた。 「この外史を考えたヤツはちょっとした冒険心があったんだろうな。お前は記憶を失った後、俺と一緒に大陸中を旅して失った  記憶を探すって物語だ。まぁ、さすがにここで話した起点となった外史の記憶は完全に消して貰わなくちゃならないだろうが  な」 鳳凰の言葉に一刀は底にあった気持ちが一気に上がった。 「じゃあすぐにやってくれ!一秒でも早く皆の所に戻る為に!!」 愛する少女との再会を一途に願って一刀は鳳凰に懇願した。 「待て待て。すぐにって言われてもお前の肉体は一度消滅して、今は意識だけの存在だろ」 気持ちが高ぶる一刀だったが、鳳凰の一言に自分の身体を確認してみた。 見てみるとまるで幽霊のように足がなくなっており、確かに肉体を失っている状態だった。 「お前を旅立たせるには準備が必要なんだ。お前が存在出来るように大局も調節しなきゃならないし、同時にお前の肉体も再生  させきゃならない」 「それってどのくらいで終わる!?」 「まぁ、だいたい数カ月だな」 鳳凰が宣言した期間に一刀は今以上に気持ちが高ぶりそうであったが、これ以外に方法がないので抑え込んだ。 「その間、お前は眠っているといい。その間にお前から記憶を外し、同時に野党相手ぐらいなら倒せるように睡眠学習させてや  るから」 「なら日本刀をついでに準備してくれ」 「それくらいなら構わないさ。それじゃお前の愛しき少女の再会を祈って、おやすみ」 そう言って鳳凰は音色の様な声を出した。それは心地よく、一刀の意識はとろけて眠気が襲い始めた。 「俺の名は鳳凰、そして真名は羽貴(うき)。俺の事はある程度に覚えているから、あまり警戒するなよ」 「あぁ……。わかったよ、羽貴…………」 羽貴と言う真名を聞いて一刀は完全に眠りについた 少年は眠る。愛しき少女や、大切な仲間達と再び会う為に。       記憶を失い、その記憶を探す旅の為に。       再び、あの世界に戻る為に。