「化け物が出た?」 眉を顰める華琳に、桃香と雪蓮が頷く。 「はい。二本足で立つ、人程の大きさの青い蜥蜴とか、桃色の毛をした巨大な猿とか。初めは南蛮の生き物かな?って思ったんですけど、美以ちゃんも知らないらしいし……」 「こっちにも報告は来てるわ。地面を泳ぐ魚だの、牛の倍の大きさの猪だの、聞いただけじゃ到底信じられない奴らだけどね」 二人の報告を受けて、華琳は溜息をついた。 「そう……。実を言えば、こっちでも報告は受けてるわ。大岩のような蟹と、翼と大きな耳を持った大蜥蜴だそうよ」 一応訊いておくけど、と前置きをして華琳は続ける。 「そいつらは退治したの?……いえ、『できた』の?」 「一応できたわよ。……でも、妙な話でね。祭の弓と明命の刀は通じたんだけど、思春の剣が効かなかったのよ。で、そういう訊き方をするってことは、そっちも同じ?」 「ええ。効果があったのは春蘭の大剣と秋蘭の弓、季衣の鉄球に、沙和の双剣だけらしいわ」 「うちも同じです。効いたのは紫苑さんの弓に、焔耶ちゃんの金棒に、桔梗さんの轟天砲だけらしくて……恋ちゃんの攻撃は効かないのに、ワシらの攻撃が効くのはおかしい、って桔梗さんが不思議がってました」 「雪蓮、貴女の事だから自分から討伐隊に参加したでしょうけど、剣が効かなかったとき、どんな感じだった?」 「岩でも叩いたみたいに弾かれたわ。まったく、あいつら何で出来てるのよ」 「そこも同じ……ね。どうやら、今大陸中で見られている化け物達は、皆似通った種族らしいわね」 「似通った……って、蜥蜴と猿と魚じゃ、全然別の生き物ですよ!?」 「分かってるわ。でも、いくつかの共通点が見られるのも事実よ」 一つ目、と華琳は人差し指を立てる。 「特定の武器しか効かないこと。話から推測すれば、弓と、鉄球や金棒のように相手を殴る武器はほぼ確実に通じると考えられる。それに、大剣に双剣に、轟天砲?と、刀。少なくともこれだけの武器は有用だと判断できるわ。二つ目は、それ以外の武器だと岩のような感触で弾かれる、ということ」 「三つ目は人を襲うことでしょう?」 苦々しい顔で、雪蓮が言う。 「その通りよ。それも食べるためではなく、ただ殺すだけらしいわ。まったく、忌々しいわね…」 「だから、何か対策が必要だと思うんです」 「対策って、倒す一択でしょ?」 雪蓮の言葉に、桃香は首を振った。 「ただ倒すんじゃなくて、どうやって倒すのか。どうやれば少ない被害で倒せるのか。それを考える対策です」 「なるほどねー。相手は規格外なんだから、無策で行ってもやられるだけ、か」 「そうね……とりあえず、実際に対峙した娘達を呼びましょう。今手に入る情報は彼女達の印象だけよ」 そこまで言った瞬間、地面が揺れた。 地震ではない。もっと局所的な揺れだ。 「何ーー!?」 「落ち着きなさい、桃香!」 素早く腰を下げた雪蓮が、桃香の服を引いて地面に転ばせる。 揺れは、ほんの数秒で収まった。 「いったーい。お尻打ったぁ」 「それぐらい我慢しなさい。立ったままで、頭から倒れるよりましでしょう?」 「そりゃ、そうですけど……」 「……二人共、静かに…!」 二人を止め、華琳は耳を澄ます。 「…街から声が聴こえるわ。これは………悲鳴…!?」 地面が揺れている最中ならともかく、今は揺れが収まった後だ。建物の倒壊か、といぶかしんでいると。 「ほ、報告―――!!」 一人の兵士が三人の元へと走ってきた。 「ば、化け物が、街に!」 その言葉を聞いて、三人は眼を見張った。代表で華琳が言う。 「相手の特徴と大きさは!?見たままでいい、言いなさい!」 「大きな二本角と翼を持った大蜥蜴です。大きさは……目測で二間以上!」 「二間!?」 その大きさに、再び眼を見張る。 今までの連中の何倍も大きい。下手をすれば、宮殿以上だ。 「分かったわ。あなたはこのまま伝令として走って。季衣と沙和……いえ、現在洛陽にいる武将全員を街へ呼びなさい。兵は住民の避難を。殿は弓兵隊が務めなさい。矢なら、多少でも効果はあるはずよ」 「はっ!」 兵士は一礼をして走っていく。 「ど、どうしましょう華琳さん!?」 入れ替わるように桃香が訊く。 「どうするも何も。殺すか追い払うか、どっちかしかないでしょう?」 「だ、だって二間の大蜥蜴なんて、どうやって倒すんですか!?」 「知らないわよ、そんなの。でもね、なんとかしなければならない。何故なら私達は王だから。例え敵わないとしても、民を置いて逃げ出すわけにはいかない」 「けど、実際問題どうするの?さっき真っ先に呼ばなかったってことは、夏候姉妹は今、洛陽にいないんでしょう?」 「ええ。化け物が出た村へ駐屯させているわ。どちらも領地の端で、洛陽に報告が来てから対応していたんじゃ、全滅しかねないもの」 「なるほどね〜。で、魏最強の二枚看板無しでどうするの?」 その問い掛けに、華琳は一つ頷き、 「私がでるわ」 「「えぇっ!?」」 「なによ、不満かしら?」 「どっちかと言えば不安ね。あなたの武器は確か、大鎌でしょう?それ効くの?」 「さあ?例え効かなくとも、時間稼ぎは出来るわ。それに雪蓮、貴女知っているかしら?岩を割る方法」 「?小さく穴を開けて、鑿を指し込んで上から叩くんでしょう?それがどうしたの?」 「貴女の剣で怪物を叩いた感触は確か『岩でも叩いたみたい』だったわよね。なら同じことよ」 華琳は一度言葉を止め、不敵に笑う。 「何度も叩いて、頭を搗ち割ってやるわ」 「……別に貴女達まで付いてくることないのに。逃げても責めないわよ?」 「む〜〜。逃げたいですけど、華琳さんが残るのに私だけ逃げれませんよぉ」 「右に同じ。それに、二間の大蜥蜴なんて相手、そうそういないじゃない?こんな機会を逃してたまるもんですか」 「そう。ならいいけど、死んでも知らないわよ?」 盟友二人の言葉に心の中で感謝を返して、華琳は前方を睨む。 大通りの向こう、八間ほどの距離にいるのは例の化け物だ。 漆黒の体に、兵士の報告通り、二本角と翼を持った大蜥蜴である。大きさは二間半といったところか。 「実際に目にすると、さすがに大きいわね……」 感心したように雪蓮が言う。 「叩くにはちょっと高すぎない、頭?」 「うるさいわね。脚を叩いて転ばせれば勝手に下りてくるでしょう」 「うわ、強引……」 その強引な言も、それ以上に理不尽を体現する化け物の前では霞む。 幸い現在は三人に気付いていないのか、化け物の視線は直角に横を向いたままだ。 「まあ、化け物相手に名乗り上げるのも馬鹿らしいしね。一気に決めましょう、桃香、華琳」 「は、はい!」 「分かったわ」 雪蓮の音頭に頷いて、三人は走り出す。 化け物まで五間ほどの距離まで接近したとき、ようやく相手はこちらに気付いたようだ。三人の方へ向きを変えた。 こちらを睨み、頭を下げ、地面を削るように足踏みして―――不味い。 「両側の建物に逃げ込みなさい!!」 華琳に指示を飛ばし、桃香を抱えて、雪蓮は大通り右側の飯店へと飛び込む。 直後、寸前まで三人がいた空間を、衝撃が通過した。 衝撃は大通りを抜け、宮殿まで走り抜け―――ただ一突きで宮殿を瓦礫の山と化した。 「―――――」 その威力に息をのみ、しかし、だからこそ住民が避難するまでぐらいは自分が相手をしなければならないと、店から出て華琳と視線を交わす。 互いの瞳に同じ光を見て、二人は頷き合う。たぶん、桃香も同じ考えだろう。その証拠に、及び腰ながらも大通りに出て剣を構えている。 「あの突進があいつの主力、か。厄介ね」 「何とかして距離を詰めましょう。離れたままじゃ、走られまくりでこっちは何もできないわ」 「分かりました」 視線は相手に向けたまま、簡単に打ち合わせる。 そうして走り出そうとした瞬間。 「■■■■■■■■■■――――!!!!」 大蜥蜴が啼いた。 思わず耳を押さえてしゃがみ込んでしまった。 何だこれは。これが生物の声か。 まるで直接脳を殴られたような衝撃を受けた。 すでに咆哮は終わっているだろうに、耳がきぃんと鳴って痛い。足も震えている。 すぐには行動出来そうに無い、のに。 視界の先、地面すれすれに頭を下げ、ゆっくりと足踏みをする化け物が見えた。 冗談じゃない。こんな状態でさっきの突進を受ければ、良くて重傷、最悪あの角に貫かれて終わりだ。 なんとか避けようと無理に足を動かすも、ほとんど移動できない。倒れそうになるのを踏みとどまるだけで精一杯だ。 避けられない。 死ぬ。 そんな単語が頭に浮かぶ。 そして、非情にも天はこの化け物から自分たちを護る気はないらしい。化け物が足踏みを終え、こちらへ向かってくる。 「く………ぅ、あ……!」 少しでも道の両端へ寄ることができれば、たとえほんの少しでも生存率は上がる。 なのに足は動かない。 そうこうしているうちに、化け物は三人まで三間ほどの位置に来ていた。この加速なら、あと五歩もあればこちらを串刺すだろう。 が。 「……なに、あれ…?」 桃香の声に、雪蓮は視線を上げる。 真っ青な青を背景にいくらかの白があって―――――その中を真っ直ぐに降りてくる白銀が見えた。 「………え?」 白銀は雲を払い、地に向かい。 彼女たちへ迫っていた化け物の背へと突き刺さった。 「■■■■■■―――!?」 化け物が悲鳴を上げ、その足が止まる。 背に刺さった白銀の正体は、諸刃の、白い大きな剣だった。 だが、大きさが桁違いだ。どう見ても背丈の倍近くある。あれではまるで、戟か槍だ。 「あ、また…!」 桃香が見上げるその先。天から再び白銀が降ってきた。今回は複数だ。 それは三人と化け物の間に、乱雑に、しかし彼女たちを護るように降り注ぐ。 化け物に突き刺さった様な大剣。鉄の塊に棒を指したような大金槌。二刃一対の短剣。巨大な弓。小さな弓と絡繰が一体になったもの。大きな盾と錐のような金属塊。 金属で出来ているもの。骨を削って作ったもの。例の化け物達に似せたような形のもの。 無数の武器が、墓標のように立ち並ぶ。 そして、その中央。 化け物の眼前に、一人の人間が立っていた。 「―――こんな町中に飛竜種か。やっぱりモンスター対策なんて出来てないみたいだな」 声で、男だと分かる。 白銀に輝く鎧を身に纏ったその男は、あの怪物に対して恐怖を抱いていないように見える。 「しかも、ディアブロスの亜種か……走り回られちゃ厄介だし、うん」 一つ頷き、男は腰に着けていた武器を取りだす。 黄色い蜥蜴の顎を模した形の、大鉈だ。 それを振りかぶり、化け物の足へと投擲する。大鉈は勢いよく回転しながら化け物の足に突き刺さり。 苦痛に暴れていた化け物の動きを止めた。よく見ると、体が細かく痙攣しているのが分かる。 男はそれを見て、手近な武器へ手を伸ばす。 蛇の頭を模した形の大金槌だ。 力を溜めるように背後に振りかぶり、男はそのまま化け物へと走り出す。 そのまま金槌を薙ぐように回して自身ごと周り、十分に勢いを付けて、 「――いっけぇ!!」 化け物の頭へと投げつける。 放たれた塊は化け物の顎を見事にかち上げ脳を揺らし、その頭を地へと堕す。 落下地点にはすでに男が走り込んでおり、その手には馬鹿デカイ大剣が握られていた。 「一撃で仕留める!!」 怒号一発、男は大剣を振り上げる。 それはちょうど落ちてくる頭に吸い込まれるように当たり、宣言通りその一撃で頭を両断した。 「―――――――」 目の前の光景が信じられない。 二間半もの化け物を、あれほど強力な相手を、ほんの三撃で倒した相手がいるのだ。 呆然としている雪蓮の前に鎧の男が立って、兜を脱ぐ。中から現れたのは、まだ少年の域にあるだろう顔だ。自分より年下だろう。 「俺は北郷一刀。ああいう化け物の退治を生業にしてる」 その姿と、天から降ってきた事実から、雪蓮はある人物の言葉を思い出す。 人物の名は管路。言葉の中身は予言。 「たぶんこの大陸じゃ、さっきのみたいな奴らが人を襲ってると思う。それについて、君達の代表と話がしたい」 大陸に平和をもたらす為に、天から降りてくる「天の御遣い」。 聞いたのは、三国同盟を結ぶよりさらに昔、華琳の顔も桃香の顔も知らなかった頃だ。 結局、戦乱は自分達の手で集結し、管路の予言のことなど忘れていた。 だが、と雪蓮は思う。 あの予言は、今このことを言ってるのではなかろうか。 「……ここにいる三人が、今現在のこの大陸の代表よ。私は孫策…いえ、雪蓮でいいわ、北郷さん」 「…雪蓮、か。じゃあ、俺のことも一刀でいいよ」 「じゃあ、一刀。まずは助けてくれてありがとう。それと、あなたの様な戦士に会えて嬉しいわ」 その言葉を聞いて、一刀は顔を顰めた。 「戦士?止めてくれよ、俺はそんなんじゃない」 「じゃあ、何?」 「俺はハンター……狩人だ」