──真√── 真・恋姫†無双 外史 北郷新勢力ルート:Interlude6 ** 「……お久しぶり、桔梗」  梓潼太守・厳顔が、己が真名を呼ぶその声を聞いたのは、城壁上から市街を見渡している時だった。 「紫苑か?……まったくもって久しいの。……一年振りぐらいか?」  そう言いつつ振り向くと、そこには予想通りの人物が、娘を連れ立って立っていた。 「……来てくれた……と言うことは、わしの話を受けてくれたと取ってよいのじゃな?」  厳顔の問いかけに、黄忠は「ええ」と頷くと、彼女に並んで立って城下を見下ろす。 「漢中は賑やかだったけれど……此処はのんびりしていて落ち着くわね。  此処だけを見ていると、まるで乱など起きて居ないみたい。……流石は桔梗、と言うところかしら」 「そう言うてくれるのは嬉しいがな。いろいろとせっつかれておるよ。 やれ兵を出せ、糧食を出せ、金を出せ……まったく、上の連中は勝手を言ってくれるわ。  ところで……漢中に寄って来たのか。……かの街の様子はどうであった?」 「そうね……昔からそれなりに活気のあった所だったけど、それでも今に比べたら、 雲泥の差に感じるくらいかしら」  黄忠の言葉に、厳顔は「ほぅ……」と溜め息混じりの吐息を漏らす。 「それほどとは……こちらとは大違いだの」  今度は黄忠が、厳顔の言葉に険しい顔をした。 「文にも書いてあったけど、そんなに酷いの?」 「うむ。……十日ほど前、とうとう劉焉様が亡くなられてな。  病に伏せっておられた頃から続いている跡目争いが、一層激しくなりおったわ」 「そう……では私達は私達で、できる事をやりましょうか。とりあえずは、民心を落ち着かせることかしらね」 「……そうじゃな。だが……頼んだわしが言うのも何だが、本当に良いのか? 紫苑であれば、他にも引く手あまたであろうに」  そう申し訳無さそうに言う厳顔に、黄忠はゆっくりとかぶりを振る。 「気にしないで、桔梗。親友のたっての頼みだもの」  黄忠のその言葉に、厳顔は「そうか……」と呟き、自分の我侭を聞き、 夫を亡くしてからの隠遁生活から脱して、態々益州まで来てくれた親友へ、感謝の意を述べた。  その後しばらく、互いの今までの状況を語り合った後、厳顔は漢中での出来事を聞き、思わず破顔する。 「ほほぅ……璃々が嫁に行きたいと言う程の人物か。それは是非一度逢うてみたいものよなぁ。  して紫苑、その者の名は?」  厳顔にそう訊かれたところで、黄忠の動きが止まった。 「………………あら?」 「紫苑、お主もしや名を聞き忘れたか?……らしくないのう」  厳顔の言葉に「困ったわね……」と頷く黄忠だったが、その時、クイクイと服を引かれているのに気が付いた。 「どうしたの、璃々?」 「お兄ちゃん、『ほんごーかずと』っていうんだって」  唐突に言った璃々の言葉に、二人が驚いた顔を見せる。 「はっはっはっ!璃々の方がしっかりしておるではないか?  ……それにしても、北郷一刀とはのう……」 「知っているの、桔梗?」 「うむ、噂ぐらいはな。……紫苑も聞いたことがあると思うぞ?  『天の御遣い』……と言えばわかるであろう?」 「……!……そう……あの人が……」  きっと、北郷一刀の顔を思い出しているのであろう。  少々呆っとしつつ言う黄忠の様子を見て、厳顔はニヤリと笑うと、 「して紫苑よ。本当に良かったのか?」  その唐突な再三の問いかけに、黄忠は訝しげな顔を向けた。 「いやなに、将来の婿殿の所の方が良かったのではないかとな?」  それに対し、黄忠は厳顔へとにっこりと微笑み返し、 「……それは確かに魅力的ね。璃々の件もあるし……あっちに行こうかしら?」 「ぬっ……」 「くすくすっ……冗談よ。残念ながら、一度引き受けたことをそう簡単に反故に出来る人間ではないわよ?」 「ふんっ……解っておる。冗談で言うただけじゃ」  黄忠に諭すように言われ、少々憮然と、拗ねたように言う厳顔に、くすくすと笑いかける。 「それで、私はどこに行けば?」 「うむ。……とりあえずは江州に行ってもらいたい。……亡き劉焉様の信任状を渡しておく」 「ええ、確かに」  黄忠はそれを懐へとしまうと、もう一度城下を眺めた。  厳顔もそれに習い、街を見下ろしつつ、ぽつりと呟く。 「世は既に大乱の様相を呈していると言うに……やつらはいつまで下らぬ諍いを続けるのか。 …………紫苑よ、念のため、いざと言う時の心構えはしておくようにな。 その相手の見極めは……主に任せるよ」  最悪は、上の連中を見限る──そんな意味を含んだ言葉に、黄忠は静かに頷いて、空を見上げる。  そこにはまるで、この益州の地を表すかのような、先の見えぬ暗雲が立ち込めていた──。