いけいけぼくらの北郷帝第一部『帰郷』まとめ新規部分 『本編』 閑話之八──彼の人のカタチ 「真桜ちゃーん、いるかなー、って、うわ、なにこれ」  沙和が真桜の工房に足を踏み入れると、そこには、打ち砕かれた木像と思しきものが山のように積まれていた。まるで死体が積まれているようで、非常に心証がよろしくない。 「んー? 沙和かー?」  その山の裏手からごそごそと這い出してくる者がある。この工房の主、李典こと真桜だ。普段の軽装ではなく、汚れてもいいような作業着姿だが、その胸の膨らみは隠しきれるものではない。 「沙和かー、じゃないよー。なに、これ?」 「んー、ちょっと行き詰まっとってなー。で、なんの用や、沙和」 「あ、そうなの。評議の時間なのに真桜ちゃんが来ないから迎えに来たの。春蘭様が怒ってるからはやくするの」 「あー? もう朝なんか? あっちゃー、徹夜してもうたわ」 「朝どころか、お昼近くなのー。はやくはやくー」 「はいはい」  真桜は気のない返事をすると、のそのそと沙和の後についていく。工房を出ようとしたところで、脇に抱えたものがあるのを思い出し、さきほどの木像の山に放り投げた。  それは、奇妙に写実的な、男の顔面を模した木組みであった。      ──────── 「真桜が工房から出てこないだと?」 「そうなのー。評議の時とか、呼べば出てくるんだけど、必要な時以外は四六時中工房に詰めてるのー。心配だけど、訊ねても大丈夫だって言うばかりで……。できたら、誰かえらい人に様子をみてもらいたいの……」  華琳にお茶会に誘われた沙和の言葉は奇妙なものだった。普段は愉しげに話す沙和が、少々しょげている様は他の武将たちにとっても珍しいものに見えた。 「なにかの発明に夢中になっているんでなくて?」 「そうだと思うんだけど、ちょっとおかしいくらいなのー」 「春蘭と秋蘭の例もあります。早めに対処するほうがいいでしょうね」  桂花が呟くように言う。消え去った人間の幻影を見続ける秋蘭はいまだに自邸に蟄居が続いている。半ばおかしくなっていた春蘭としても、桂花の言には怒るわけにもいかず、なんとも言えない顔をするしかない。その様をちらりと横目で見て、桂花は続ける。 「あの男の件に限りません。目標意識が喪失することで、やる気をなくす例もあります。実際、戦がなくなったことで、虚脱状態になった兵士の報告もあります。真桜がそうとは限りませんが、根をつめすぎるのもいけません。私か風あたりが……」 「いえ、私がいくわ」  目をつぶって聞香杯の香りを聞いていた華琳が、声を上げる。 「なにが原因にしろ、いま、彼女たちの直接の上司はいないし、いっそ私が聞いてしまうのがいいでしょう。真桜はああ見えて、繊細なところもあると思うから」 「ですが……」 「言うな、桂花。華琳様が見てくださるというのだから、それに従おう」  こくり、とそれに同意するように頷く主の顔を見て、桂花はそれ以上言葉を重ねるのを諦めたようだった。 「華琳様お願いするのー」  沙和が、本当にほっとしたようにそう言って、その話はいったん終わりを告げるのだった。  数日後、忙しい時間をなんとかやりくりして、華琳は真桜の工房へと向かっていた。足を踏み入れる前に工房の窓から何気なく中の様子を伺った彼女は棒立ちとなり、しばらくの後、慌てたように窓にへばりついた。  その顔が真白くなり、ついで赤くなる。そのまま猛然と走り出した彼女はぶつかるようにして扉を開けた。目指すは工房の真ん中、真桜ともう一人の人物が腰掛ける卓だ。大きな音にびっくりして卓から立ち上がる真桜に向けて、曹魏の主は叫び声をあげる。 「真桜、これはどういう……こ……」  その叫びが尻すぼみに消えていく。大きな眼がより大きく見開かれ、工房の薄暗がりの中で、卓につく人物を凝視する。 「にん……ぎょう?」  へなへなと崩れ落ちそうになる足を無理矢理抑えつけているのか、がくがくと震える足どりで、彼女は卓に近づいていく。魏の覇王が人前にさらすことはけしてないようなその姿を見てしまった真桜は、頭を抱える。 「あちゃ……」  華琳の指が、卓につく人影の顔をなぞる。その指先が伝える木肌の感触に、彼女はぶるりと体を震わせる。 「一刀の……人形、なのね……」 「……そですわ。そっくりですやろ」  近づいてみなければ人間と見紛う出来のそれは、まさに北郷一刀をかたどった人形であった。関節は自由に動くのか、いまは卓に腰掛けた格好をしている。『彼』はなんと天の御遣いの象徴とも言えるあのポリエステルの服すら着込んでいた。 「服はどうしたの?」 「たいちょが替えを職人に依頼してたんですわ。たいちょがいなくなって、引き取り手がのうなって困ってたのをうちが買い取ったっちゅうわけです。実際には材料からして違うんやけど、かなり似せてますわな」 「そう……。それにしても……まるで、本当に……」  ほう、と華琳は息をつく。感嘆なのか、それとも恐怖なのか。  たしかにその人を模した木像はあまりに真に迫り、あまりに人に近かった。  華琳は数歩下がり、『彼』を観察する。 「少し離れると……本当に一刀が居るように見えるわね」  さすがに隣にいたりすれば温度も感じないし、そもそも身動き一つ取らないことを不審に思うだろうが、遠景として見ればその違和感はなくなってしまう。 「……それが問題なんですわ」 「え?」 「ちょっとようできすぎてもうた。みんなの無聊を慰められるかな、思たんですけど、ちょいとこの出来やと余計泣かせてしまいかねませんわ」  沈黙。苦り切った笑いを浮かべる真桜を、華琳はじっと見つめていた。 「……どうするの?」 「こわします」 「そう……」 「結局、うち自身が寂しゅうてしゃあなかったみたいですわ。つくってみてわかってしもた。せやから、こわします」  工房の壁に立てかけてあった己の得物を、彼女はつかんだ。螺旋槍──天を衝く螺旋。 「うちは凪みたいに自分が不甲斐ないからたいちょが帰ったと自分を責めることも、沙和みたいにぷりぷり怒りながら泣くこともできしまへんから。これつくるんに没頭してみたけど、結局は紛れもしぃひん。せやから、もう、諦めることにしました」 「……一刀を?」 「諦めるんは、たいちょを諦めることを、ですわ」 「諦めるのを諦める、ね」 「うち、たいちょが戻ってくるって信じてますんや」  音を立てて手に持つ螺旋が回転をはじめる。猛烈な勢いで回転する切っ先が、人形の胸元に向かう。 「せやから、これはこわしますわ」  ざしゅ、がしゅ、ぼぐん。  三度突き出された槍は、見事に人形の上半身を破壊していた。後に残るのは、卓と床に散らばった木の破片と、真桜の頬を流れる涙だけだった。 「李典」 「はっ」  曹孟徳の顔に戻った華琳の声に、思わず膝をつき、礼を取る真桜。 「あなたは警備隊と新兵訓練の任務の割り当てを減らすわ。そのかわり、絡操と兵器の開発に注力しなさい。工房の改修予算、通しておくわ」  華琳はそう言って踵を返す。その背を見つめる武将に向けて、彼女は小さく呟いた。 「一刀が帰って来たら、驚くようなものを作り上げてみなさい」 「わっかりましたわ。御大将」  そう答える真桜の声は、明るく弾んでいた。 『北郷朝五十皇家列伝』 ○于家の項抜粋 『于禁に始まる于家といえば、曹上家の廃太子による皇妃侮辱事件が有名であるが、スキャンダラスな事件である故に注目されがちで一般の人々には興味の深いこの事件は、研究者の間ではことさら重要視はされない。  その理由は以下の通りである。一、廃太子は曹家の家系にしても次男であり、長男が幼くして死んだにせよ長女の曹昴がいる以上、世上言われるように皇太子の座を争うような立場にはなかった。二、史書から名前が削られ、一切の公文書が廃棄されたというのは伝説であり、実際には廃太子の名前は丕であることはわかっている。ただし、字、諡などは知られていない。三、皇妃側に非があるという形跡が全くない。正史に見つからないだけではなく、同時代の蜀書、後漢別記などにも伝わっていないのは不自然である。  これらのことから、廃太子となったのは純粋にその本人が皇帝の息子としてふさわしい品格を持っていなかったことに起因すると考えられる。つまり、世間で言うところの陰謀などはなく、皇家を継ぐには資質が足りなかっただけであろう。そういう意味では、曹家の二〇人あまり、父を同じくするだけなら百人以上の皇家を継げなかった兄弟姉妹とさして変わることはないと言え……(略)……  于家は、いわゆる東方八家の一つで、李典船団に参加し、後にカラフトからモシリを支配、麗袁家とは北方で再会することとなる。このことを見てわかる通り、于家は、東方八家の中では最も西方を支配し、本国との連絡経路となることを期待された。  ……(略)……以前から日本列島本島を支配下に置かなかったのはなぜかという疑問が呈されているが、これについては移動経路説がやはり重視されている。つまり、東方大陸への進出にあたり、北回りの経路を利用した東方八家──正確には于家を除く七家──の支援のためにこそ、于家はカラフト支配を実行したのであろう……(略)……ちなみに、于家には、「漢女の国に手を出すな」という言いつけが伝えられており、この「漢女」というのが何を指すかということで、議論を……(後略)』 ○刀周家の項抜粋 『皇家の中で周家といえば、周瑜を祖とする七選帝皇家の一つを思い浮かべる人も多いだろう。しかし、周泰に始まる刀周家は、別の意味で名高い。  唯一、皇帝を弑したてまつった家系として。  刀周家は、太祖太帝から直々に名刀鬼切と共に名前の中の一文字を下賜され、家名に冠することを許された、ある意味特別な家である。  しかし、皇帝を輩出することもなく、皇族会議では沈黙を守り、ただ、一武将として黙々と働く皇家というのが世上でも皇家群の間でも共通した印象であった。  刀周家の刀周家たる所以は、第十三代皇帝の世になるまで、現れることはなかった。  十三代皇帝といえば、世にも名高き暴君、費帝である。  十代で帝位を継いだ理想に燃える若き青年皇帝は、三十代を過ぎる頃には、諡号でもわかる通り、乱費をほしいままにする愚帝に成り下がっていた。幸い、この時代、内外に大きな動きはなく、皇帝が多少の贅沢をしても許されていたのが彼の歯止めを失わせ……(略)……  ついに弾劾を決意した郭家の手により招集された皇家会議において、代表者全てを捕らえ投獄するという暴挙に出た費帝は、もはや己を止めるものはないと確信した。  その日、伝わるところによると彼は『田畑、塩田の私有を禁じ、未来永劫、あらゆる冨は皇帝のものとする』という正気とは思えない布告を出す予定だったという。  そして、それを実行しようとした朝議の場において、費帝の首は飛んだ。  宮廷に押し入った刀周家一族三十人は、居並ぶ文武百官全てを誅戮し、最後に残された費帝に向けて、刀周家当主が伝来の鬼切を抜いた。  飾り紐で厳重に封印された、抜けぬはずの刀──鬼切。  刀周家の刀とは、皇帝を殺すことを許された証であった。  後に鬼切の刀身に刻まれた文字──いまだ、明らかになっていない──を見た皇家一党はことごとく平伏したと言われる。  費帝を殺戮し、その遺体を七つに断ち割った後、彼女は第十四代皇帝へと登る。  その二十日後、彼女からの要請を受けた皇族会議において第十五代皇帝が選出されると自ら位を降り、以後、刀周家は再び地味な皇家へ逆戻りする。後に、北郷朝終焉の時に再び……(後略)』 『北郷帝第一部FAQ』 スレでいただいた感想の中で、頻出と感じたもの、あるいは応えるべきと感じたものに対していくつか応えておこうと思います。本来は、作品で語るべきなのですが、一刀さんの一人称ということもあり、わかりにくい部分もありますので、理解の助けになればと思います。 Q:最初で月たちと一緒にいるのに、作中で董卓が死んだとか話してる場面あるけどなんで? A:冒頭の部分は第一部より二年ほど先の時点になります。冒頭で詠の説明を聞いている一刀が回想しているのが第一部(と今後続くお話)だと思ってください。 Q:冥琳の祭の呼称が変わってるけど。(祭殿→祭さま) A:呉陣営から離れて一刀の下に来たので、呼び方を変えています。 Q:月の華雄への反応おかしくない? A:いかにほんわかお姫様風でも勢力の頭をつとめたほどの人ですので、それなりの迫力は持っていると考えています。少々無印ドラマCDの印象が入っています。公式ではないですけど、二次創作のネタ元としてはありかな、と。 Q:XXの真名呼んでるけど、いつの間に? A:基本的には魏ルート後ですので、ゲームの魏ルート最後のシーン(祝宴)を参考にしています。消えちゃってた一刀と、消息がつかめていなかった祭、美羽、七乃、華雄、麗羽、斗詩、猪々子以外の武将はみな真名を許し合ってるという想定です。 Q:美羽が頭よすぎない? A:磨けば光る素質はあると思います。これまでは周囲が甘やかす(七乃さん)か、無視する(呉陣営)かの人達ばかりだったので生きようがなかった、ということでしょう。 ちなみに、個人的に麗羽様はスペックの高い莫迦だと思ってます。 Q:司馬懿死んじゃったよ!? A:死にました。 Q:なんか蜀が悪役っぽくない? A:現状は魏を中心として、いまようやく呉に向かう視点なのでどうしても相対的に蜀が悪く見えますが、今後一刀さんが蜀の面々と触れ合っていく予定もありますので、その頃までお待ちいただけると幸いです。魏や呉は果断な決断やぎりぎりの手を使わなくてもやっていく余裕がある、という事情もあります。 Q:エロで、はじめてのエッチシーンがあんまり詳しく描写されてないよね? A:ゲームで既にしていることはあまり描写せず、この作中ならではのものをできるだけ取り上げるようにしています。たとえば、斗詩と猪々子の処女喪失場面等は経緯は多少異なるものの、ゲームと似たような展開をたどって行われるでしょうし、それを改めて描写する必要はないと考えました。 逆に、ゲーム中ではありえない華雄や、非常に異なる出会いをした祭などははじめて肌を合わせるシーンが是が非でもなくてはならないと考えた次第です。 Q:エロが妙にSMちっくな気が…… A:魏ルートで「ご主人様」と呼ばせる手の一つです。 とはいえ、比較的一刀さんが閨で強気な傾向はあります。逆に女性が積極的に攻めてくるプレイもしているのでしょうが、場面的に一刀さんの動きが減るので、話に絡めづらいというのが実状です。閨での関係が日常に影響するかというと、それはまた別の話ですが。 正直、本編/拠点の二重方式にすれば色々いちゃいちゃが描けたなあ、と思っていたりします。