「無じる真√N-拠点09」  ―――三人の少女が荒野を駆けていた。その周囲は屈強な男たちに囲われている。  少女たちは現在、色々あって、後方に迫っている軍勢に追われていた。 「ど、どうしよう?」 「どうしようって言ったって、どうしようもないじゃない!」 「流石に、もう諦めるしかないかも……」  どこか柔らかな雰囲気を持っている少女がオロオロと狼狽えているのに対して、気の強 そうな少女が怒鳴るのを見ながら、眼鏡を掛けたどこか冷静そうな少女はため息混じりに 呟いた。  それを聞いた周囲の男たちは、互いに顔を見合わせ頷いた。そして、 「我々が食い止めます!その内にお逃げ下さい!」  一人の男がそう告げると、残りの男たちもそれに合わせて怒号を上げる。 「みんな……ごめんね。それと、ありがとう」  そう言って、涙を浮かべる桃色髪の少女。それを見て一人の男は更に声を上げた。 「天和ちゃんの為だ!野郎共覚悟しろ!」  その声に応えるように怒声を上げる一部の男たち、すると 「ほんとーにありがとう。みんな」  気の強そうな少女も男たちに語りかけた。すると今度は別の男が、 「地和ちゃんに、その命捧げやがれ!」  それに反応するように先程とは違う集団が、叫ぶ。 「みんな……ありがと」  最後に、眼鏡の少女が嗚咽混じりに感謝を言葉にした。それに反応し、また一人の男が 声を上げる。 「いよぉっしゃあ!野郎共!人和ちゃんの為、絶対奴らを食い止めるぞ!」  先程の二つ以外の残った集団がその声に応え大声を上げた。 「ほあっ!ほあああああ!ほあほあほあ!ほあーっ!」  男たちは、声をそろえ向かってくる軍勢の方を向き壁のようにして立ちふさがった。  後に彼らと戦った軍勢を率いていた黒髪の将は、その時の彼らを「奴らは、死地へ赴く ことを恐れぬ戦士の目をしていた」と評していたらしい―――。  ―――それから、三人の少女は走り続けた。止まれば待っているのは"死"その考えを振 り払うようにひたすら両腕、両足を振り駆けていた。 「も……も、もう……駄目ぇ」 「ちょっと、天和姉さん……しっかり……してよ」 「そういう……地和姉さんも……苦しそうよ」  正直に言えば三人とも限界を迎えていた。普段から体を動かす仕事をこなしてはいるも のの、こんなに長時間走るような事は滅多に無かった。その為、三人とも体力が底を突い ていた。そして、体も限界を迎え、遂に大地にへたり込んでしまう。 「も……駄目」 「わ、わたしも……」 「ふ、二人とも……ここで止まったら……」  眼鏡の少女―――人和―――も二人に声を掛けようとするが、口から出るのは言葉では なく、荒い息だけだった。  もはや、三人は精も根も尽き果ててしまっていた。もう何かを喋る余裕も無くなってい た。完全に限界を迎えた彼女たちは、自分たちを追ってきていた軍勢が今はどこまで来て いるのだろうと思いつつ、諦めるように目をを閉じた。その時、 「あらぁん、お困りのようね?」  どこからか、声が聞こえてきた。気のせいかと思いながら目を開けるとそこには桃色の 紐の下着を付けている人物がいた。その怪しい風貌に思わずたじろぐ人和と地和。だが、 天和は、その性格故か、とくに驚かず、ただ不思議そうにその人物に応えた。 「えーと、確かに困ってます」 「ちょっ、お、お姉ちゃん!?」  姉の行動に驚き地和が大声を上げ、姉に詰め寄ろうとするが、それを人和が制する。 「待って、地和姉さん」 「何よ、人和!」 「あの人がどこから来たか分かる?」 「え?知らないわよ。わたしが気付いたらいたんだもん」  その答えを聞いて人和が一人頷く。 「もしかしたらあの人なら……私たちを助けてくれるかも」  そう言って、二人が視線を向けると天和と謎の人物が仲良さげに喋っていた。 「随分、楽しそうね天和姉さん」 「ホントーに大丈夫なのかしら……」  人和は、姉に様子を尋ねつつ、地和はぶつぶつと呟きながら二人に近づいた。 「あのね、この人がね、ここから遠くへ連れ出してくれるんだって」 「え?それ本当なの?」 「やっぱ、信用できない……」  天和の言葉に驚く人和と、相変わらずぶつぶつと呟いている地和。そんな二人を見て謎 の人物がにっこりと笑う。 「うふふ、えぇ、わたしを信用してくれるなら、ね?」  そう告げてウインクをする謎の人物。それに合わせて天和が「ねー」と応える。そんな 二人を見ながら人和が眼鏡を持ち上げ、質問をした。 「ところで、何故私たちを助けてくれるの?」  これは、最終判断のための質問だった。ここでどう応えるかでこの人物に助けを求める かどうかを決めようと人和は考えていた。 「それはね……わたしってば、貴方たちの歌声に魅了されちゃったの、うふ」  体をくねくねとさせながら応える謎の人物に対し、人和は「そう……」としか答えよう がなかった。そんな彼女を気にも留めず謎の人物は話を続けた。 「でね、貴方たちの歌はわたしの踊り子、そして漢女としての血を燃えたぎらせてくれた わん。だ、か、ら、貴方たちの歌をもっと聞きたい……それがわたしの願い、そして貴方 たちを助ける理由となったのよぉぉおん!」  相変わらず体をくねくねと動かし、妙な気迫を漲らせながら三人を見つめてきた。 「なぁ〜んだ。て、ことはアンタ、ちぃたちの応援団の一員になりたいのね!」  今までぶつぶつと呟き続けていた地和が突然、腰に手を置きどこか偉そうにしゃべり出 した。 「そっかぁ〜、私たちの歌を好きなってくれたんだ〜」  天和は、胸の前で掌を合わせて、嬉しそうに微笑んだ。それを見て人和も仕方がないと 覚悟を決めた。 「それじゃあ、お願いできますか?」 「えぇ、それじゃあよいしょっと!」  そう言うと、謎の人物は人和と地和を左腕、天和を右腕に抱え、しゃがみ込む。 「え、ちょ、ちょっとどするのよ!?」  急に抱え込まれた地和が文句を口にするが、謎の人物はまったく気にも留めず、両脚に 力を込める。そして、 「ふんぬー!」  気合いを込めた叫び声を上げ、あり得ないほどの跳躍力で空に舞い上がった。その常識 を凌駕した事態に目を白黒させる三姉妹。  それから、かなりの時間が経過した後、謎の人物はとある屋根に着地した。 「いぃよっと!……あらん?」  しかし、いかんせん勢いが凄すぎたため屋根が抜けてしまった。そして、そのまま屋内 へと落下していった。 「きゃあ!何?何なのよ!」 「な、何……?」  部屋の主と思われる二人の少女の声が部屋を舞う埃や煙の中から聞こえた。 「あらあら……ごめんなさい。わたしとしたことがちょっと失敗しちゃったわん」 「だ、誰か居るの!」  謎の人物の声に、部屋の主の一人の少女が反応を見せた。そして、 「し、侵入者よ!」  叫び声を上げた。そして、その叫びが辺りに響くやいなや、扉が勢いよく開かれる。 「ご無事ですか!おのれ賊めぇ!この華雄が退治してくれる!」  煙が収まり、視界が開けると、一人の武将、華雄が謎の人物に向け駆け寄ってくるとこ ろだった。それを見て、謎の人物が反応する。 「あらん?ちょっと早とちりはしちゃ駄目よん!」 「そ、そんな馬鹿な……」  華雄は驚愕した、自慢の戦斧を謎の人物が受け止めたのだ。それも上段からの振り下ろ しによる一撃を片手でだ。それを見て怯えたのか膝が笑っている状態のまま眼鏡を掛け緑 がかった髪をしている少女が口を開く。 「ちょ、ちょっと、あんた何なのよ!それに、早とちりってどういう意味よ」  華雄の戦斧を片手で持ちつつ、視線をその少女へ向ける。 「それはね、わたしは貴方たちに危害を加えるために来たんじゃなくって、この娘たちを 匿ってあげて欲しくてやってきたの。ちょっと手違いはあったんだけどね、うふ」  体をくねらせる謎の人物を見て、後ずさりしつつ、周囲を見渡すと三人の少女が気絶し ていることに気付いた。 「え?その娘たちは一体?」 「ぬぅぅ、貴様、私の金剛爆斧を離せぇ!」  眼鏡の少女は、三人の少女たちを見ながら目で問いかけ、華雄は謎の人物から戦斧を取 り返そうと一生懸命、引っ張る。 「この娘たちは、今巷で噂の三人よ」 「へ?」 「斧を離せぇぇえ!」 「貴方たちも知ってるはずよん。何せ今の争乱を引き起こした元凶とされているんですか らね」 「ま、まさか……噂の張……」  斧を必死に引っ張る華雄を視線から外しつつ、謎の人物に尋ねる眼鏡の少女。 「うふふ、そう……三姉妹よ」 「そ、そんな……でも確かに"奴ら"の本隊の行く先々に旅の歌芸人である三姉妹が居たと いうって話は聞いていたわ……それじゃあ」 「た、頼む……斧を……」  何やら、謎の人物の手元から虫の息が聞こえているが、気にせず謎の人物に尋ねるよう うに伺う詠。 「えぇ、その通りよん」 「そう、でもそれなら……匿うわけには」 「保護してあげようよ……詠ちゃん」 「!……月」  眼鏡の少女―――詠―――が渋っていると、今まで詠の背に隠れていた―――というか 詠が隠していた―――少女こと月が詠に申し出た。 「で、でも、彼女たちのせいで多くの人が……」 「それだって彼女たちが望んだことではないってこと詠ちゃんなら分かるでしょ?」  そう言って、真剣な目で詠を見詰める月。もちろん詠もそれは薄々気付いていたのだ。  この争乱の中で手にした情報には、旅の歌芸人である三姉妹が村の人々に希望を与えて いたというものが数多く存在していた。 「……月がそう言うなら」 「ありがとう。詠ちゃん」  詠がため息混じりに保護することを了承すると、月は嬉しそうに詠に抱きついた。 「ちょ、ちょっと月……」 「うふ、相変わらず仲良しなのね」 「……斧」  仲良くじゃれ合う二人を見て謎の人物は微笑む。その横では膝を抱えていじけている人 がいたが誰も気には留めなかった。  その時、ようやく三姉妹が目を覚ました。 「あれ、あれれ?」 「ど、どこ!?」 「この人たちって……」  三者三様に驚きを表す。そんな三人に詠が近づく。 「張角、張宝、張梁、でいいのよね?」 「え?何で私たちのことを?」 「ちょっ、天和姉さん!」 「……はぁ」  天和がつい口を滑らせてしまっていること、また、それに対する地和の反応が目の前の 少女の言葉を裏付けてしまっていることに気付いていない姉たちを見て、人和は思わずた め息を漏らした。 「安心しなさい、貴方たちを保護してあげるから」 「本当なの?」  背後で地和に説教されている長女を無視しつつ人和は詠に確認を取る。 「えぇ、ただし……張角、張宝、張梁、には死んで貰うけど」 「ちょっと、保護する気ないんじゃない!」  詠の言葉に地和が食って掛かる。 「落ち着きなさいって、あくまで世に広まっている貴方たちに死んで貰うだけ。何せ噂と 実物が違いすぎるんだから、名前だけ死んで貰えば、あんたたち三姉妹を保護することは できるってわけ」 「なるほど……」  説明を聞いた人和は、詠と同じように眼鏡を持ち上げ、納得したのと同時に目の前の人 物の頭の切れを評価した。 「ねぇ、どんな噂になってるの?」 「あらん、それなら後でわ、た、し、が教えてあげるわぁん」  疑問に思い、天和が尋ねるが謎の人物によって遮られてしまった。 「そういえば、自己紹介がまだよね。ボクは賈駆、字は文和」 「私は、董卓、字を仲穎っていいます」 「で、そこで膝抱えてるのが華雄」  二人が自己紹介をする。ついでに部屋の隅っこでいじけている華雄を指さし紹介する詠 それに対して三姉妹も自己紹介を始めた。 「私は、天和って言います。これからよろしくね」 「わたしは、地和」 「人和です……よろしく」  それぞれが自己紹介したところで最後の一人に、視線が集まる。未だに華雄の金剛爆斧 を片手で持ったままの人物。この場でその名を知るものは居なかった。故に本人から告げ られるのを待った。その視線に気付き謎の人物は口を開く。 「あらん、まだ言ってなかったかしら?」  手にしていた戦斧を床に置きながら尋ねる謎の人物。それに対し、華雄を覗く五人が頷 いて返す。一人華雄は、慌てて戦斧を拾い上げていた。  五人の反応を見て、謎の人物は笑みを浮かべつつ口を開いた。 「うふふ、わたしの名前、それは―――」 ―――こうして、世に黄巾党首領の討伐を成したとして董卓軍が知られることとなったの である。ちなみに、その際に張三姉妹が自分たちの噂の実情を聞き呆気にとられたという 裏話もあった。  尚、その後、董卓軍の領地内を、とある三姉妹が楽団と共に回ることになった。そして 各地で公演を行い様々な成果を上げていった。  それともう一つ、三姉妹を中心とした楽団と共に紐の下着一丁の人物が行動しているの を各地にて目撃されたらしいことを追記しておく。