― 魔法遣い一刀 3 ― 「ヒ、ヒドイ目にあったぜ…」   「にゃ、にゃ、にゃ〜♪」  「はぅ〜…」 気絶から回復した翠は竜胆が当たった部分を摩りながら呟いた。 その翠の後ろでは、パタパタと振れる尻尾に鈴々が軽いネコパンチでじゃれつき、 二人の姿を見て惚ける愛紗…と言う、なんとも微笑ましい光景が展開している。 ちなみに一刀、桃香、朱里、紫苑の4人は手当ての道具と休憩用のお茶を取りに行っている。 「はっはっは。いや、すなまかったな」 特に悪びれる様子も無い星が翠の肩をポンポン叩いた。 その態度にムッとしながら肩に置かれた手を払いのける。 「…ちょっとは悪いと思えよな!」   「にゃにゃにゃ♪」  「ほぅ〜…」 「まぁまぁ。悪かったと思っておるよ。しかし、主の“まほー”がよもやココまでとはな…」 翠の獣人化した姿を見た時の衝撃を思い出す星。 <人の性質を変化させる>と言う朱里の推察に納得はしたものの、外見まで変わるとは正直思っていなかったのだ。 「ああ。コレには流石のあたしも参るぜ…」   「にゃん♪にゃん♪」  「はぁう〜…」 「と言うか、お主、その手で槍が持てるのか?」 「そうなんだよ〜。馬にも乗れないかも「にゃっ!」はぁんっ!」 突然艶やかな声を上げる翠。 それもそのはず、じゃれていた鈴々が尻尾を掴み、頬ずりを始めたのだ。 「ちょ、鈴々!んぁ!ダメ!ダメだってば…はぁぁぁぁん!」 頬を紅潮させて止めるよう懇願するも、まったく聞いていない鈴々。 「にゃ〜♪ふかふかなのだ〜♪」 「いや!なんか…なんかキチャウ!お願いだよ鈴々!あたし…おかしくなっちゃうぅ!」 「ほふぅ〜…可愛い…」 「おいおい、お前らいい加減に…うきゃ!」 止めに入ろうとしたが、見事にけつまづく星。 倒れこんだ先にある翠の胸を鷲掴みにしてしまった。 「んあぁああぁぁあ!」 一層大きな声を上げる翠に驚いたのか、星の混乱スイッチがONになる。 「うあわわわ!す、すまん翠!ここここ、ココか?ココがイイのか!?」 すっかり目的を忘れ、胸を揉みだしてしまった。 この状況を止められる人物はおらず、一刀達が戻ってくるまで責め続けられる翠であった。 ――――――――――――――――――――――― 「ヒ、ヒドイ目にあったぜ…」 戻ってきた一刀達のお陰でようやく(ある意味で)地獄の責め苦から開放された翠はお茶で喉を潤していた。 落ち着きを取り戻しているように見えるが…内股で股間部をモジモジさせている事に気付いちゃいけない。 ちなみに愛紗達は少し離れた場所で正座させられ、一刀と桃香からお説教されている。 「その…大変だったわね、翠ちゃん」 向かいに座る紫苑から軽い哀れみの情が篭った言葉が掛けられる。 「まったくだぜ…!あいつら、人をお、おもちゃにしやがって!」 先程の事を思い出したのか、頬が紅潮しだす翠。 怒っているように見えるが…尻尾が激しく振られているのに気付いちゃいけない。 「はぁ…まったくもぅ…朱里と紫苑さんもこれから掛けられるんだから、気をつけなよ?」 魔法を掛けられる時点で気をつけ様にもどうにもならない事を悟っている二人は苦笑いを浮かべるしかなかった。 とそこへお説教を終えた5人が戻ってきた。 「なぁ朱里、紫苑。次は鈴々が魔法を掛けて欲しいそうなんだけど、いいかな?」 どうやらお説教が終わる頃に鈴々が頼んだらしい。 隣の桃香は既に承諾しているようだ。 「私は構いませんわ」 「はい。私も後ででいいです」 「そうか。ありがとう二人とも」 二人の承諾を得て、早速準備を始める一刀と鈴々。 「(愛紗さんが心理的変化…星さんが内面と特性の変化…そして翠さんでようやく外見の変化が来た…   でも、翠さんは本人も気付いていない変化をしている…尻尾には敏感な神経があったはずなのに痛みではなく快感を得ていた。   つまり鈴々ちゃんは本気で握っていなかったと言う事になるわ。ならば逃げようと思えば逃げられたはず。   でも、“逃げなかった”。   いつもアノ話題や行動になれば恥ずかしがってそそくさと逃げる翠さんが“逃げなかった”。   これは外見だけでは無く、心理的にも少し変化を起こしていると言う事……もうすぐだわ)」 「にゃにゃ!お兄ちゃん!早くしてほしいのだ!」 「おーし、光が集まったぞ。鈴々、行くぞ!」 「応なのだ!」 「そぅりゃ!」 四度目となる魔法の光。 その光は輝きを損なう事無く鈴々の中へと消えていった。 鈴々は光が消えていった場所へ両手を添えて、静かに目を閉じた。 「鈴々…?大丈夫か?」 今までに無い静かな反応に戸惑う一刀。 目を開いた鈴々は今までに見せたことの無い柔和な微笑みを浮かべた。 「ええ、大丈夫ですよ。一刀」 「くぁ!」 突然一刀が胸を撃たれたかの様な仕草をし、そのまま肩膝を付いてしゃがみ込む。 「こ、こいつは…“チビっこ型お姉さん系”…!」 胸を押さえ、荒い息は吐いている所へ鈴々がゆっくりと近づいてくる。 「大丈夫ですか?一刀…」 そっと一刀の頭を抱く鈴々。 そして小声で「胸が小さくてごめんなさいね」と呟いた。 その瞬間、一刀の目から涙がブワッと溢れでてくる。 「この包容力…小さな体でどれ程の経験をしてきたと言うのだ…!」 今までずっと一緒に戦ってきておいて、勝手にストーリーを作り始める一刀。 さらに言えば、自分で魔法を掛けた事さえ忘れていそうだ。 「泣かないで一刀。鈴々が傍にいるのだから…」 「そうだよな…」 鈴々の胸からソッと顔を離し、袖口で涙を拭い取る。 「俺達はこれからもずっと一緒だもんな!」 その言葉に鈴々もパッと顔を輝かせる。 「うん!鈴々はずっとお兄ちゃんと一緒なのだ! …あっ!や、やだ…」 頬を紅く染めながらペロッと舌を出す鈴々。 まるで「失敗しちゃった…」と言わんばかりだ。 普段は落ち着いているが、時折見せる歳相応の表情と言動… “見えない銃弾”の2発目が一刀を撃ち抜く。 そして吐血。(!?) 「一刀!?」 「う……鈴々…君は最高の変化を遂げた……もう、教える事は………な………い……………」 「か…ずと…?かず………おにいちゃーーーーーん!!!」 もう動かない男の亡骸を抱き、少女は天へ吼える。 まるで、男の魂を連れて行こうとする天へ戦いを挑むかの様に… 「ええっと…ど、どうすれば良いのか…」 「な、なんか近寄りがたい雰囲気だったよね…」 「はわわ!ご主人様血を吐いてましたよ!?」 「鈴々ちゃん。意外な才能を持っていたのね…」 「酒とメンマを用意しておくべきであった…!」 「ちっくしょ。鈴々の叫びに危うく遠吠えしそうになっちゃたよ」 ――――――――――――――――――――――― 「はぁ…満足」 顔の周りにお花畑を咲かせそうなくらいご満悦な一刀。 「ご、ご主人様?その、血は大丈夫ですか?」 唯一一刀の心配をしていた朱里であったが、不思議な事に衣服へ血は付いていなかった。 「あれ?」 「ん?ああ、あの血は多分魔法がもたらした演出だと思う」 「え、演出ですか!?」 「ああ。その証拠に俺は何ともないしね」 余計な説明が省けるあたり、魔法とは便利なものである。 「うふふ。鈴々と一刀の愛のまほー…と言った所かしら」 目を細め、ふふっと笑う鈴々。 「ふわ〜…なんだか紫苑さんが二人いるみたい…」 「本当ですね…よもや鈴々のこんな落ち着いた姿が見られるとは…」 桃香と愛紗、二人とも先程の鈴々が羨ましかったのであろう、 今は一刀の腕に自分の腕を絡めてピッタリとくっ付いていた。 「む〜…二人とも、もう離れなさいな。愛紗に至っては膝枕までしていたじゃない」 「え?本当?」 「はい…鈴々が羨ましく、ご主人様が倒れておられる間に…」 「ぶーぶー。私だってしたかったのに〜」 「そうよそうよ!それに翠なんてお兄ちゃんの顔を舐めてのだ!」 「うわああああ!鈴々、バカヤロ!黙ってろって言ったろ!? あ、あれは衝動的にムラムラってきちゃったんだよぉぉぉ!」 そうして4人、一刀を囲んでの大騒ぎが始まった。 中心にいる一刀は「まぁまぁ…」となだめようとしているが聞く耳を持たない4人であった。 「ふふ。あそこで熱くなるあたり、紫苑殿への道はまだまだですな」 「あら、私だって膝枕をして差し上げたかったわよ?」 クスクスと笑う紫苑。 騒乱の宴はまだまだ終わりそうになかった。。。 「(機は…熟せり!)」 伏龍…飛び立つ! つづく…