「無じる真√N」第十一話 ―――反董卓連合編その一―――  黄巾党によって引き起こされた動乱も治まり、僅かだがそれでも大陸に安息がもたらさ れ始めたある日―――。  一刀は、城門の前に立っていた。その姿は軽装でとても外出するようには思えない。も ちろん外出をしないからである。ではその用件はというと 「それじゃあ、元気でな」  一人の人物の旅立ちを見送るために来ていたのだ。  一刀が目の前にいる人物、趙雲こと星へと手を差し出す。なお、公孫賛こと白蓮は時間 が取れなかったため、この場に居らず一刀一人による見送りとなっていた。 「えぇ、再び大陸に動きがあれば、お会いすることもありましょう」  一刀と握手を交わした後、星は城門を後にした。 「しかし、星は結局どの勢力につくんだろう?」  一刀はそう漏らしながら、思いを馳せる。黄巾党との戦いが終わってから少し経ったあ る日のことを―――。  ―――玉座の間には少数人だけが居た。 「自分の尽くべき主を今一度見極めるため旅に出ようと思います」  白蓮に暇を貰うことを願い出た星が、理由としてそう述べる。  星がそう述べたのには訳があった。実際の所、星はおおよそ九割程度は主とするべき人 物に目星を付けていた。そして、大陸に一時とはいえ安息が訪れたこの時を良い機会と判 断し、改めて各国の諸侯の中の内の英傑を見極め、真に自らの主たりえる人物を今一度見 定めようと考え、行動に移したのだ。  玉座での話が終わり、許可を得た星を一刀は部屋へ招いていた。 「さて、如何な用ですかな?」 「ちょっと頼みたいことがあってね」 「頼み事?」 「あぁ、星は旅にでるんだろ?」 「えぇ、そうです」 「そこでだ、星が旅で自分の主を決めてその人の元へ行く前、大陸で大きな動きがあると 思う。その後、様子を伺ってみて欲しい場所がある」 「ほぉ、それはどこですかな?」 「―――長安、そして洛陽」 「長安と洛陽ですか……それはまた何故?」 「詳しいことは言えない……だけど、きっと星と星が認める主のためになると思う」 「ふむ、では大陸で何か大きな動きが起こった後に洛陽の様子を見ればよいというわけで すか……」   自身に確認させるように星は呟いた。 「頼めないかな?」 「まぁ、構いませぬよ」  尋ねられた星は、一刀が何を狙っているのか、また洛陽、長安に何があるのだろうかと 不思議に思いながらも了承の意を伝える。 「そっか、それじゃあお願いするよ」 「えぇ、では準備がありますので、これで失礼させて貰います」  星が部屋を出て行くのを見送った後、一刀は寝台へと体を倒す。 「……月」  瞼を閉じれば、一人の少女の姿が思い浮かぶ。かつての自分が出合った大切な存在の一 人、そして大陸の動乱、その中心に巻き込まれた少女。そして、この世界でも少女は巻き 込まれる。一刀はそう確信している。  だが、恐らく、彼女が巻き込まれていくのを知っているのは、今のところ自分だけのは ずだ―――『なら、どうする?』  一刀は自らの思考を、そう締めくくると体を起こした。 「やるしかないよな……」  そう呟き、一刀は一つの決意を胸の内に秘めながら、立ち上がる。 『まず、一つ目の手は討った。後は……』  一刀は、一時の休息が大陸に訪れてから、ある計画を練っていた。その計画は周りのこ とも考慮に含めながら立てたため制限付きではあるが。  制限、それはもちろん各国の諸侯たちと、ここ北平の太守である白蓮との力の均衡であ る。もし、事が起こったときに表立って行動すれば諸侯たちから叩かれることになる。そ うならないようにするために一刀は、行動の制限を自ら設けた。  そして、制限を設けた上で立てた計画は未だ本格的な実行に及んではいなかった。何故 ならば、その計画を実行に移せるのは戦乱の中でのみと考えたためだ。 「……アレを待つのみだな」  未だ、機は熟せず。それが一刀の現段階での結論だった。  それからの一刀は公孫賛軍の元、仕事をこなしていく日々を送り続け機を待ち続けた。  そして、大陸に一つの動きが起こる。  漢の皇帝である霊帝の死。そして、それに伴って十常侍らによって引き起こされた皇位 継承争い。その結果は、何大后の息子"小帝弁"の擁立となった。  だが、それからすぐに、大将軍であり、何大后の兄である何進が暗殺され、何大后も殺 害された。  しかし、邪魔者を消し去った十常侍も只では済まず、何進の部下たちに襲われ数名が命 を落とした。  だが、中心として暗躍していた張譲はその襲撃から逃れ、小帝弁と劉協を連れ都より脱 出し、涼州の董卓を頼り、迎え入れた。だが、結局張譲はその身を滅ぼすこととなった。  そして、董卓は暗愚と言われる小帝弁から聡明と評判の劉協へと王位を移した。  そのことに関して、一刀は他の者とは異なる感想を抱いていた。 『恐らく、これは董卓自身ではなく、"彼女"の判断だろうな』  彼は、知っているのだ。董卓の傍らに聡明な少女が存在することを。  だが、話にはまだ続きがあった……劉協の即位後、落ち着くまもなく、新たな動きが起 こった。  反董卓連合結成の檄文が諸侯へ飛ばされたのだ―――。 「―――成る程な」  玉座の間に集められた者たちの一人である本郷一刀は、そこまでの経緯を白蓮から聞か され、呟いた。 「さて……我々は、この連合に参加するべきだと、私は思っているのだが、皆の意見はど うだ?」  そう言って、白蓮が集まった臣下たちを見回すと、それに対して肯定の趣の言葉を返す 者が大多数だった。実は、董卓に関する圧政の噂が流れており、この檄文には噂と同じ事 が書かれていた。その点が彼らに反董卓連合への参加を促していた。 「未だ口を開いていないようだが、一刀はどうだ?」  白蓮が一刀に尋ねる。参加を推す声が上がる中、腕を組み、ただ黙って成り行きを見守 り続けていた一刀は閉じざしていた口を開いた。 「俺は、参加すること自体には反論はない。だが」  一刀が否定的な意見を口にしようとした瞬間、場にいた全ての視線が彼へと集まった。 そんな視線など気にもとめず一刀は続ける。 「疑問に思わないか?」 「どういう意味だ?」  一刀の言葉に白蓮が代表して聞き返す。それに対し、一刀は"袁紹本初"より送られてき た檄を手にしながら語り出す。 「この檄文だよ。これの信憑性がどれだけのものかってこと」  手の上で檄を振りながら白蓮へと視線を向ける。 「成る程な……一方的な言い分なのは確かなんだよな。それに圧政もあくまで噂とこの檄 文だけで私たちに確証をもたらすには至っていないんだよな。それに袁紹のことだからな ……もしかしたら、黄巾の乱の際、そして今回と二度も大きく目立った上に、朝廷を手に した董卓への嫉妬の可能性もありそうだ。もちろん他の諸侯もな……」  白蓮も一刀の示す部分にひっかかっていたのか、素直に同意する。 「だけど、これに書かれているのが真実である可能性もある。そう思っての参加決定。そ う考えて良いんだよな?白蓮」  一刀は、檄を置きながら白蓮へと尋ねた。 「あぁ、もしこの檄文が事実だった場合、参加しないというのは民を見捨てるってことだ からな」  そう言って拳を握りしめる白蓮を見ながら一刀は心で苦笑していた。 『まぁ、暴君董卓なんて真実である可能性、皆無だけどな』  その苦笑は、それを知りながらもこの場で告げない自分に対してのものだった。  その後、参加が決定し、それぞれが準備に取りかかる為退室していくなか一刀は部屋に 残り、白蓮へと声を掛けた。 「なぁ、白蓮。ちょっといいかな?」 「ん?どうした」 「あぁ、ちょっと渡したいものがあってな」 「今すぐか?」 「あぁ、できれば速いほうが良い」 「わ、わかった」  妙に真剣な顔をする一刀に一歩下がりながら頷く白蓮。 「それじゃあ、これを」  一刀は懐から取り出した竹簡を白蓮へと手渡す。 「ん?これは……!!」  白蓮が手にした竹簡を開く。中にはただ一言が大きく書かれていた。 "董卓暴君非也 所以我救助" (董卓暴君にあらず 故に我は救う) 「ど、どういう意味だ……」  目を見開いて一刀を見つめる白蓮。 「そのまんまの意味さ。それには俺の考えが書いてある。まぁ、俺の知ってる限りの情報 を元に書いただけだけどな」  一刀は最後の方は真剣な表情を一変させ、おどけながら告げた。 「そ、そうか……」 「だけど、"あれ"への参加を取りやめにしろってわけでもない」 「??」  一刀の言葉の真意が汲めず首を傾げる。 『董卓を救おうと考えているのに何故、連合参加に対して反対しないんだ……?』 「ただ、俺がこの先の戦いの中で行う行動の意味。それを白蓮にだけは知っていて欲しか った。もちろん出来る限り、白蓮には迷惑を掛けない。それでも、もし俺が邪魔になった ら好きにしてくれていい」  一刀はめったに見せない真剣な表情で白蓮を見つめる。 「そ、そうか……」 「それとくれぐれも口には出さないでくれよ」  一刀はそこまで言って、白蓮の耳元へ口を寄せ続きを囁く。 「誰が聞き耳を立てているかわからないからな」 「ふあっ」  突然の囁きに白蓮の体をぴくりと跳ね上がらせた。その反応に気付かぬまま先程の位置 まで戻ったところで白蓮の顔が赤らんでいるのに一刀は気付いた。 「ん?どうした?」 「い、いやなんでもない」 「……ちゃんと聞いてたか?」 「あ、あぁ……聞いてたよ」  訝る一刀に 白蓮は顔を赤らめ後ずさりながら答えた。 「そっか、それじゃあ俺はこれで」  自分の仕事をするため、玉座の間を出て行く一刀を見送りながら、白蓮はぼやく。 「まったく……あいつは何を考えてるんだか」  赤みの抜けていない顔から、ため息を漏らしながら白蓮は囁かれた耳にそっと触れてみ た。そこが熱くなっているのを感じた。そしてそれと同じくらいに、再び何かを企む一刀 に対して白蓮は不安を感じていた。  そんな白蓮の不安など知るよしもない一刀は、部屋に戻り今一度計画について考えを巡 らしていた。今の彼には策謀の者はついていない。だからこそ、何度も見直す必要があっ た。それこそ何度行っても足りないくらいだと彼は思っている。何せ一回きりの勝負なの だ。失敗は許されない。 『そう、許されないんだ……』  自らにそう言い聞かせ、気を引き締める一刀。  ただ計画を成功させるだけならば、ここまで気を張ってはいない。計画の成功と自らの 生還、一刀はその二つを念頭に置いて考えている。ある少女のためにも計画を成功させた いとう思い。そして、白蓮との約束を守るためにも生き残りたいという思い。その二つが 彼の行動を決定づけた。  本来、片方だけならば多少のごり押しでも問題はなかった。だが、どちらも叶えるとな れば慎重に行わなければならない。その結論に至ったからこそ、一刀は必要以上に気負っ ていた。  果たして、一刀の気合いは彼を空回せるのか、それとも彼に力を与えるのか。それは誰 にも解らない―――。 ―――諸侯への檄文が届き始めた頃、洛陽、宮廷の一角  そこで一人の少女が夜空を眺めていた。その何処か高貴さを漂わせている格好は少女が ただ者ではないことを表していた。 「うわぁ、綺麗……」  銀色のウェーブがかった自分の髪が風に撫でられているのを、少女が心地よく感じてい ると、一人の人物が少女に近づいてきた。少女がそちらを振り返ると、そこには緑がかっ た髪を三つ編みにしている眼鏡をかけた賢く、そして、彼女が誰よりも大好きで大切に想 う少女がいた。 「どうしたの?こんなところで」 「ほら、詠ちゃん。月が綺麗なの」  詠と呼ばれた少女は、促された方向へと視線を向ける。そこには、確かに綺麗な満月が 浮かんでいた。 「そうね、今日の月は―――」 「なんやなんや、二人で仲良く空なんて見て何かあるんか?」  詠の言葉を遮るように、別の人物の声が飛んできた。 「別に、ただ月が綺麗っていう話よ。霞」  詠は視線を空に向けたまま答える。話しかけてきた人物が誰なのかを知っているからこ その行為である。 「あぁ……確かに綺麗やな」  そう言って、話しかけてきた人物も空を見上げる。その姿は詠の予想通り下には袴を穿 き、胸にはさらしをしており、肩に羽織物をかけた女性―――霞だった。 「こうしてると、なんだか嫌なことも忘れられそうね」 「うん……ちょっと気分が晴れる気がするね」  詠の言葉に少女は同意するが、その顔には哀愁漂う表情を浮かばせていた。 「……そんなに気にする必要はあらへん」  そう言って、霞は銀髪の少女の頭を撫でる。少し恥ずかったのか少女は、頬を赤くして 頷き、小さく「ありがとう」と呟いた。 「おや、こんなところでどうなされましたか?」  声の方を見ると、短い銀髪の女性が三人の元へ歩いてくるところだった。 「あら、華雄。こっちに来るなんて珍しいわね」 「うむ、ちょっと呂布と鍛錬をしていてな」 「……」  華雄と呼ばれた女性が横を見ながら告げる。彼女の横にはもう一人、赤みがかった髪を した小麦色の肌の少女―――呂布がいた。  呂布は三人と並び、空を眺める。 「……綺麗」 「仰るとおりなのです」  いつの間にか呂布の隣にいた少女が空を見ながら同意する。 「うむ、確かに見事な月だな」  呂布の言葉に華雄もまた頷く。それから六人で時を忘れて眺め続けた。 「さて、いつまでもこうしてるわけにもいかんやろ?ほらほら部屋に戻るで」 「そうね、さすがに長くいすぎたわね」  それを合図にそれぞれが部屋に戻るため空から目を離し、歩き始める。 「それでは、私はこれで」 「ウチもあっちやから」  そう言って、華雄、霞はその場を離れていった。  それに続いて呂布もその場を去っていく。 「……」 「お待ち下されー呂布殿ー!」  歩いて行く呂布の後ろを小さな影が追いかけていった。 「ふふ……相変わらずなんだね」  そんな二人を見て銀髪の少女はくすりと笑った。詠は同じような笑みを浮かべて銀髪の 少女に手を差し出す。 「さ、行きましょ。月」  二人は手をつないで部屋へと歩き出した。  彼女たちが目を離した空では、月が雲に覆われ光を失おうとしていた―――。  ―――公孫賛軍は、檄文が届けられ、反董卓連合に関する軍議が行われた日より、幾日 の時間を掛け、出陣の準備を整え連合の集う地へと向かった。  連合軍の終結している陣へと到着した後、一刀は白蓮と共に陣内を歩いていた。 「すごいな……」  一度見たことがあるとはいえ、相変わらずの壮大さを誇る光景を見て思わず声に出して しまう一刀。 「まぁ、各勢力が終結しているからな」  一刀の呟きに対して説明を始める白蓮。それからしばらく、一刀は各勢力についての説 明を受けていた。  そして、白蓮の説明が佳境に差し掛かったところで第三者が現れる。 「あ、一刀さん!」  突然背後から声を掛けられた一刀が驚いて声の方へと振り返るのと同時にその人物が一 刀へ飛びかかった。 「え?……ちょっ!まっ、うぉぉぉ」  突然の事に当の一刀はもちろんのこと、隣にいた白蓮までもが驚いて固まってしまって いた。 「か、一刀!?って、桃香!?」  一刀に駆け寄り、思いきり飛びついた少女……それは桃香こと"劉備"だった。飛びつか れた一刀も慌ててはいたものの、しっかり抱きとめた。 「白蓮ちゃんの軍も参加するって聞いて、白蓮ちゃんと久しぶりに会えるんだろうな〜っ て思ってたんだけど、まさか一刀さんにも会えるなんてびっくりだよ」  一刀の首へ手を回してぶら下がるように一刀の体に巻き付きながら満面の笑みを向ける 桃香。 「そ、そうか、あのさ……取り敢えず、離れない?」 「え〜もう少しいいでしょ。折角の再会なんだから」  思っていたより親密に接してくる桃香に、困惑する一刀。それから何度も離してもらう よう説得をするが失敗に終わった。 「はぁ、わかったよ。どうぞ、気が済むまでそうしててくれ」 「んふふふ〜」  満面の笑みを浮かべる桃香を照れと呆れ、半々の割合の表情で見つめながら無意識に頭 を撫でる一刀。この頭を撫でるという行為は一刀本人も気付かぬうちにすっかり癖になっ てしまっていた。  抱きつかれ困惑しながらも頭を撫でる一刀と、抱きとめている一刀の温もりと温かな手 のひらに頭を撫でられ蕩ける桃香。  そんな二人の元へ更なる人物が近づいてきていた。 「あ、おにいちゃんなのだ−!!」 「お久しぶりです。一刀殿」  黒髪の少女、愛紗こと"関羽"と、彼女よりも少々背の低い赤みがかった髪に虎の髪留め をしている少女、鈴々こと"張飛"が話しかけてくる。 「鈴々、愛紗。久しぶりだな」  相変わらず桃香を体に巻き付かせたまま、返事をするため一刀は首だけ近づいてくる二 人の方へと向けた。 「えぇ、出立の日以来ですね。それと……桃香様?」 「んふふ〜」 「ダメなのだ、全然聞こえていないのだ」  愛紗が声を掛けてみるものの桃香は気づいた様子がない。 「うぉっほん!桃香様!」 「ぬふふふふ……」  愛紗が再度、しかも強めに声を掛けたが桃香は気づかない。 「う〜、桃香だけずるいのだぁ!」 「へ?ぐぁ!?」  奇声を上げる一刀。その背中には鈴々が抱きついていた。 「り、鈴々!」  また一人、身内が一刀に抱きついたのに驚きながらすぐに嗜める愛紗。 「ふふふ」 「にゃにゃー」 「二人とも!!」 「え、えぇと……」  それからの状況を一言で表せば"混沌"だった。一刀に抱きつく二人とそれを引きはがそ うと奮闘する愛紗。三人を何とかすることを諦めなすがままになる一刀。その場を諫める 者はいなかった。  それから紆余曲折ありながらも一刀は愛紗によって解放されていた。 「ぜぇぜぇ、まったく……二人とも手を煩わせないで下さい」 「ごめんね愛紗ちゃん」 「ごめんなのだ」  息を荒くしている愛紗。その姿を見るだけでどれだけ苦労させられたのかが伺える。 その大変さを見ていた一刀は苦笑を漏らした。 「まったく……三人とも相変わらずだな」 「言葉の割には、随分楽しそうだな一刀ぉ」  一刀が声のした方へと視線を移すと、そこには殺気のようなものを滲ませている白蓮 が居た。 「ぱ、白蓮!?」 「おまっ!まさか……一刀」  自分の存在に驚く一刀を見た白蓮は、滲ませていた殺気を消し去り、訝りだした。 「え、いや別に忘れたりは」  そこまで言って失言に気付き口を押さえる一刀。 「……そこまで忘れられてたとは思ってなかったぞ」  白蓮は、そんな一刀の反応を目にしてどこか達観したように呟いた。その顔には影が 射し、哀愁を漂わせていた。 「大丈夫だよ。私は気がついてたもん」 「私もです」 「鈴々もなのだ」  項垂れる白蓮に三人が微笑む。それを見て白蓮も顔を上げる。 「そうか……うんうん、やっぱり桃香たちは私の友だな」 「ず、ずるっ!」  しれっと難を逃れた三人を恨みがましく見る一刀。そんな視線を向けられても三人は 軽く受け流す。 「それに比べて……」  白蓮がジロリと一刀を見る。一人悪者となってしまった一刀は慌てて弁明に走る。 「ま、まってくれ!別に俺だって忘れてはいないんだって……いや、そりゃ少しは忘れ ていたけど」 「ほぅ、やはり忘れていたのか」  そう言って白蓮が一刀に詰め寄ろうとすると声が掛けられる。 「お取り込み中の所申し訳ありませぬが、少々よろしいですかな?」 「あれ?」  聞き覚えのある声にその場にいる五人は声の主の方へと視線を移す。 「せ、星!」 「星ちゃん!」 「ふふ、お久しぶりですな」  そこにいたのは趙雲こと星だった。 「本当だな、しかし何故この場にいるんだ?」  白蓮が星に尋ねる。 「えぇ、実はこの戦への参加をいたそうと思いこの地へと訪れました。それと、もう一つ とある理由がありましてな」 「ほう、しかしどうやって来たんだ?」 「たまたま立ち寄った街にて、この反董卓連合結成の話を耳にしましてな。この地を訪れ たわけです」  そこまで話を聞いて一刀はもう一つの理由に行き当たった。 「へぇ、成る程な。もしかしてここに星が仕える相手がいるのか?」  そう言って周囲に立っている各勢力の旗を見渡す。 「そうですな、あれから各地を周り、この先大陸に名を残すと思われる英傑をある程度ま で絞り込みました。"覇"の曹操孟徳、"血"の孫策伯符、そして"徳"の劉備玄徳」 「私もなんだ……」  星の挙げた中に自分が含まれていることに嬉しさを込めた笑みを浮かべる桃香。 「なるほど……」  星の選んだ面子は間違いなくこの大陸にて大きな存在となるだろうと半ば確信めいたも のを胸の内に覚える一刀。 『あれ?でも孫策って……』  だが、挙がった名前の中に、自分が見たことのない人物が混じっていることに気付いた 一刀は驚愕する。  自分の把握していない新たな人物―――それこそ、彼にとって最も精神をかき乱される 要因であった。 『どういうことだ、俺が知っている流れではこの時には既に、孫策から孫権に世代交代し ていはずだ……』  この孫策が自らの計画にとってどのような影響を及ぼすのかが想像できないことが一刀 の中に不安を募らせる。 「―――殿、一刀殿、聞いておられますか?」  黙りこんでしまった一刀に星が声を掛ける。気がつけば他の四人も不思議そうに一刀を 見ていた。 「あ、あぁ、もちろん聞いてたよ。三人に絞れたんだろ?」  一刀はごまかすように答えるが星は呆れた表情をする。 「やはり聞いておられませんでしたな」 「え?」 「私が絞り込んだのは四人です」 「四人?」  四人と言われ首を捻る一刀。劉備、曹操、孫策、この三人以外に趙雲子龍に見合う器を 持つ人物などいるとは思えないのだ。 「う〜ん、それじゃあ、白蓮か?それとも袁紹とか?それとも……」 「何を仰る。貴方ですよ。一刀殿」 「俺ぇ!?」 「えぇ、この大陸に在るは"覇"、"血"、"徳"の三つのみにあらず。もう一つ、幽州の北平 に"天"あり。私はそう思っております」 「天って、その表現はまずいんじゃ……」  この時代"天"と言えば天子もとい帝、現在で言えば劉協というのは公然たる事実となっ ている。一刀もそれを知っているため、星の大胆な発言に驚かされた。 「いえ、貴方は天の御使いとして多くの民に知られています。ならば今更一人が貴方を天 と評しても問題などありますまい」 「まぁ、言わんとすることは解るけど……」  天の御使いという異名の広がる勢い、そしてその強さに関して知っている一刀は星の言 い分に一応の納得をする。 「で?結局、星は誰の元へ付くんだ?」 「えぇ……それは」  そこまで告げると星は一刀を正面に捉え畏まる。ただ事でない様子に一刀は思わずたじ ろいでしまう。 「な、何?」 「この場にてはっきりと申します。我は常山の昇り龍。昇り龍が目指すは"天"故に」  そこで、星は空気を吸い上げる。そして 「この趙雲子龍!許されるならば、"天の御使い"北郷一刀殿に仕えたい所存!」  その発言に驚いた一刀は、星を見つめた。その真剣な表情から至って真面目なのだと察 して尋ねる。 「本当に俺で良いのか?俺には何もないぞ」  一刀は現在の自分がかつてとは違うことを理解していた。かつてのように軍の頂点にい るというわけではなく、あくまで一つの隊を率いる程度の存在。近しい表現をすれば一介 の将、もしくは部隊長である。  そんな自分の元に仕えると言われ、一刀はうろたえてしまった。 「いえ、貴方は他の者たちと比べ、より高みから物事を見ておられる。そう私に感じさせ るだけのものをもっておりますよ。それに、大きな徳もお持ちでありながらも現実を見つ める眼も持ち合わせておられる。故に一刀殿を我が天と認め仕えたいと思っております」  星は、相変わらず畏まったまま一刀へ理由を述べていった。その中で一刀は高みから物 事を見ているという点が気になった。 「俺は高みから物事を見ることが出来た覚えはないんだが……」 「いえ、私が旅立つ際に"頼み事"されましたな。あれはまさに、そのことを示しているで はありませぬか?」  もちろん星が指しているのは洛陽、長安の状態を見るという約束のことであり、それを 一刀もわかっているため聞き返すことなく答える。そんな二人を周りはただ困惑したよう に伺うだけだった。 「う〜ん、あれは高みから見ている訳じゃないんだ……ただ、俺には少しだけ解っていた だけなんだよ」 「解っておられたのですか?」 「あぁ、完全にとはいかないけどおおよその事はね」 「ほぅ……」  一刀の告げる事実に感心した様子を見せる星。 「ただ、解っていても俺には大したことは出来ないんだけどな……」 「成る程……それでも何かをしようとはしておられるようですな?」 「ん?まぁね……どれだけ上手くやれるか解らないけどね」 「ふっ、やはり我が慧眼に狂いはなかったようですな」 「へ?」  自嘲気味に苦笑を浮かべていた一刀は、星の言葉に驚き、思わず間抜けな顔になってし まった。 「お考えはわかりました。ならば、我が心身を持って助力致しましょう!!」  星の様子から諦めそうにないと感じた一刀は申し出を受けることにした。 「……わかった。よろしく頼むよ、星」 「えぇ、こちらこそよろしくお願い致しますぞ、主」  そして二人は、星の旅立ちの時のように再び握手をした。  そこまでの経過をただ見守っていた面々が動き出す。 「そっか、私としては残念だけど……良かったね星ちゃん」  桃香が笑顔で祝福する。 「これで、星も心身共により強くなるのだろうな」  不適な笑みを浮かべる愛紗。 「星はお兄ちゃんを選んだのか」  どこか感慨深げに二人を見る鈴々。  そして…… 「え、えぇと、私の立場は?」  一応、一刀の仕える相手である白蓮だけが困惑していたが、どこか期待のこもった瞳で 星を見ていた。 「ふ、私はあくまで主のもの。故に主が白蓮殿を見限るならそれまで」 「えぇ!!そ、そんな……」  さらりと告げた星の言葉に衝撃を受ける白蓮。がっくりと落ちた肩がどこか哀愁を誘う な、などと落ち込む白蓮を見ながら一刀が思っていると、白蓮がふらりと一刀の方へよろ めいてくる。一刀が受け止めると、白蓮は襟首を捕み縋り付いた。 「な、なぁ、一刀は私を見限ったりしないよな?見捨てないよな、な!」  動揺からか瞳を潤ませながら縋り付く白蓮。その姿はどこか捨てられそうな子犬が必死 に縋り付く様で、そんな彼女に見つめられて一刀は困惑する。 「だ、大丈夫、一緒に居るから。だから落ち着いてくれ」  動揺する白蓮の肩をがしりと掴み瞳をのぞき込み落ち着かせる。 「……本当か?」 「あ、あぁ。もちろん」  上目遣いで訊いてくる白蓮に頷いてみせる一刀。それを見てようやく白蓮は襟首から手 を離した。 「やれやれ、まっく……何をしておられるのやら」  そう言って星は肩をすくめた。 「それを星が言うか……」  隣にいた愛紗は呆れた様子で呟いた。 「うーん。やっぱり白蓮ちゃんって……」  一方桃香は、何か確信めいたものを感じていた。 「にゃはは、二人とも面白いのだ」  鈴々は只一人楽しそうに笑っていた。  様々な出来事に見舞われ、一刀は何だか疲れた気がしていた。 『はぁ、この時点でここまで疲れるとは……大丈夫かな俺?』  そんな一刀の疑問が解消されることはなかった―――。