― 魔法遣い一刀 2 ― 「……それじゃあ皆。本当にいいんだな?」 桃香、鈴々、朱里、紫苑、翠は神妙な面持ちで頷いた。 そう。彼女ら5人は一刀の魔法に掛かる事を承諾したのだ。 目の前で愛紗…は良いとして、星の惨状を見ていたはずなのに何故なのか。 それは『ドジッ子☆星さん(凄惨)事件』の顛末から語らねばならない。 〜 〜 〜 〜 〜 『はおおおおぉぉぉぉおぉおぉぉお…………』 見事にJr. とゴッチンコされてしまった一刀。 ズボンこそ下げられはしなかったものの、その痛みは押して知るべし…である。 星もこれはマズイと思ったのか先程までの怒りはどこへやら、わたわたと慌て始める。 『あ、主…?そそそ、その、大丈夫ですか…?』 『はお…!はお…!』 首を縦に振ってはいるが、言葉も出ず、青ざめた顔に涙を流しながら「はおはお」言っても説得力が無い。 『ご主人様!直ぐに私の舌で舐めて差し上げます!』 魔法により献身天女へと変化している愛紗がズボンを脱がせにかかる。 ちなみにこの彼女の行動は性的衝動では無く、前に一刀が言い放った「薬が無くても舐めてれば治るって!」という 天の知識(?)に基づく非常に純粋な医療行動である。 ……愛紗本人にとっては。(※実際には雑菌が入るので止めましょう) 『!? はおおお!』 いかなちんこ太守と言えども、今の状態で舐められるのは危険と判断し、ズボンを必死に押さえる。 その傍では星が何をしたら良いのか分からず慌てふためいていた。 あげくに愛紗と協力して一刀のズボンを脱がそうとしている始末である。 どうやら“ドジッ子”とセットになりがちな“混乱属性”も付与しているようだ。 この混沌とした状況に、黙って顛末を見守っていた桃香、鈴々、朱里、翠の4人が慌てて事態の収拾に乗り出した。 ただ一人だけ 『あら、脱がせないの…?私も舐めたかったのに…』 とは紫苑さんの談である。 それから少しして、一刀の痛みも引き、周囲も落ち着きを取り戻していた。 『大変な目にあったけど…これはこれでギャップ萌えだな』 あれだけの目にあっておきながらまったく堪えていない一刀であった。 『ねえねえお兄ちゃん。その“ぎゃっぷもえ”ってなんなのだ?』 『“ぎゃっぷ”なるものが芽生えるまほうで御座いますか?』 『俺の魔法に関して言えば、紫苑の解釈も言いえて妙だな』 『違うのですか?』 『ん〜…ギャップ萌えって言うのは、その人が普段とは違う言動、行動をした時に可愛いと思う事なんだ。  例えば、愛紗なら普段は中々素直になってくれないのに、今日の素直さにギャップ萌え。  星ならいつもは凛としているのに、今日はドジをしたり慌てたりしている事にギャップ萌え。  つまり普段との差異がギャップって言うんだ。  ちなみに俺の言う“萌え”は、“可愛い”って解釈でいいよ』 『……お兄ちゃんはぎゃっぷが好きなのだ?』 『そうだな…普段から皆を愛おしく感じているけど、違う一面を見れたのなら、  さらに深くその人を知れた様に感じれて嬉しいかな』 少し照れくさそうに笑顔を向ける一刀。 その一言が残りの5人に火を付けた事を知らずに… 〜 〜 〜 〜 〜 これが事の顛末であり、5人が決意をするきっかけでもある。 基本的には5人とも『もっと深く自分を知って欲しい』と言うのが心の中にあるが、 先に『深く知ってもらえた』愛紗、星に対する嫉妬心も若干入り混じっていた。 しかし、その中でもさらに異なる考えを持っている人物がいた。 その名は諸葛孔明…朱里である。 愛紗、星のギャップを見ていた朱里は一つの結論に達していた。 それは 自分のギャップ=冷静沈着、胆大心小、豊胸美尻(!?) である。 これだけギャップが出てくるあたり、彼女の涙ぐましい苦悩が見て取れる。 (もう、はわわ軍師なんて呼ばせない!) そうしてグッと拳を握る。 この強い決意が後に悲劇をもたらす事になるとは知らずに。 「さて、誰から掛ける?」 「ねぇねぇご主人様。皆に掛ける事は出来ないの?」 桃香がふとした疑問を投げかける。 「う〜ん、この光は1人分くらいしか集められないみたいなんだ。  それに全員に掛けて、皆同時に大変な事になって対処出来なかったら困るだろ?」 「あ〜、そっか〜」 納得したように手を打つ桃香。 「それじゃあ誰がいく?」 「愛紗と星が逝ったんだ。次はあたしが行くぜ!」 「翠。一部字が違うようだが気のせいか…?」 「気のせいじゃないの?」 ちなみに星は自分がどの程度“ドジる”のかを検証する為、少し離れた場所で練武している。 愛紗はその星の相手をしている。 一刀の傍を離れる事を嫌がった彼女ではあるが、なんとか拝み倒して説得に成功していた。 「じゃあ翠。行くぞ?」 「おう!来い!」 魔法を掛けられる翠を眺めながら朱里は一人ごちる。 「(まだよ。まだ身体的な変化が現れる人が出てない。ここは我慢よ)」 この混沌とした状況の中での冷静な判断。 流石は伏龍・孔明である。 そんなこんなのうち、一刀の放った光が翠の体へと消える。 と同時に ぼふん という音と共に翠の体が煙に包まれた。 「うわ!す、翠!大丈夫か!」 まったくの予想外な展開に煙に駆け寄る一刀達。 咳き込む声が聞こえ、段々と煙が晴れてくる。 「けほっ!けほっ!う〜なんなんだよ〜」 本来耳がある場所に耳が無く、頭の上にふさふさの獣耳。 鼻は丸くなり、頬に左右3本ずつの髭。 お尻の辺りからふかふかの毛が生えた尻尾。 そして手にはまさかの肉球。 これはまさしく… 「わ、わんダホー!!」 一刀が雄叫びを上げる。 「うわ!ビックリした…ってなんだこりゃー!?」 自分の手を見て驚愕の声を上げる翠。 そう。彼女は獣人化(犬系)していたのだ。 「きゃー!かっわいー!」 桃香がキラキラと瞳を輝かせながら翠へと飛びついた。 「うわ!と、桃香様!?」 「ふさふさ〜♪ふさふさ〜♪」 頭に付いた獣耳を撫でながら悦に入る桃香。 「こ、これはまさか…!」 「ああ。君は見事な変化を遂げたのだよ…」 笑みを浮かべた顔に涙を流しながらガッシリと翠の肩を掴む一刀。 「で、でもこれじゃあ美以達と変わらな…」 「甘い!!」 「うわ!またかよ!」 「この変化を遂げた者にはな、もう一つおまけが付いてくるんだよ」 「おまけ…?」 そう言うと、一刀は翠のアゴへと手を伸ばした。 「…あっ」(ピクン) アゴを優しく撫でられる度に翠の体にはアノ時とは違う快感が押し寄せていた。 「ふぁ……は…ぁん……」 目を細め、一刀から与えられる快感に身を委ねる。 「ふふふ…もう頃合だな。桃香!」 「はい!」 いつの間に作ったのか、桃香の手には骨の形をした手ぬぐいが握られていた。器用なものである。 それを受け取った一刀は 「そーれ翠!取ってこーーーい!!」 思いっきり放り投げた。 「きゃわーーーーん!」 クワッと目を見開いた翠はその骨形手ぬぐい目掛け、走り出す。 砂埃を上げて走って行く翠を見つめながら、満足そうに頷く一刀と桃香。 「やはり犬の心が芽生えていたか」 「…だね!」 硬い握手を交わす二人。似たもの同士である。 程なくして唸り声を上げながら戻ってきた翠の顔は、トマトも驚く程真っ赤であった。 しかし、骨形手ぬぐいを口にくわえたまま戻ってくる辺りはポイントが高い。 にこにこ顔の一刀から差し出された手に、くわえていた手ぬぐいを離す。 「くぅぅぅ…!ご主人様!桃香様!なんてことさせるんだよ!」 「いやいや、翠。可愛かったぞ!」 「なっ!そ、そうやって直ぐに誤魔化して…!」 しっぽパタパタ。 「同じ事をすれば美以達でもいいんだろ?」 「何を言ってるんだ!翠が変化してこその可愛さだよ」 しっぽパタパタ。 「ふ、ふん!どうせあたしは犬だもんな!」 「うーん…犬みたいな扱いをした事は謝るよ。けど、俺は“犬化した翠”だからじゃなくて、  “翠だからこそ”可愛いと、心からそう思っているよ」 しっぽパタパタパタパタパタパタ……………… 「うぅ〜…きゃわーーーーーん!!」 あまりの興奮に一気に発情期へと突入する翠。 突然の事に成すすべも無く押し倒される一刀であったが、 天下無双のドジッ子・星が転んだ拍子にぶっ飛ばした竜胆の柄が翠に直撃。 一刀は事なきを得たのである。 しかし気絶した翠の顔は幸せそうで、その尻尾はいつまでもパタパタと振られていた。。。 つづく…