〜いけいけぼくらの北郷帝〜 第十一回 『旅立ち』  意識が夢の海から、浮上する。  下半身から、なんだか温かくて心地よい感覚が流れ込んでくる。  まだ開ききらない目をこすりながら首だけ上げて下半身を見ると、淡い髪の美貌の主が、俺の股間に顔を埋め、無心に俺のものをなめしゃぶっていた。 「秋蘭?」 「じゅるっ。おはようございます、ごしゅじんさま」 「なに……してるの?」  まだぼーっとした頭で訊ねる。その間も秋蘭の指と舌は俺に快楽を送り込み続けている。 「ずっと舐めていろ、と命じたのは、あむっ、かず……ごしゅじんさまですよ?」  ああ、昨晩は、華琳が奴隷モードだったんで、春秋姉妹もそれに倣っていたんだったな……。女王様モードだと、秋蘭も苛める側にまわるくせになあ。春蘭は責めるの苦手だけどな。  彼女のもたらす快楽が、俺の脳に突き刺さるように走る。それに応じて、俺のものが痛いほど硬く膨れ上がっていく。 「ああ、硬くなって……やっぱり眠ってらっしゃる時よりいいです」 「……一晩中?」 「もちろん。ごしゅじんさまの命令は絶対」  秋蘭は、ご主人様と言う時、なぜか妙に舌足らずになる。それがとてつもなく甘美で、俺のものはそれに応じてびくびくと震えた。その反応に嬉しそうな顔をする秋蘭。  俺の顔を見上げた彼女は、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。 「そんな顔をするな。安心しろ、私は今日は夜番だ。それくらいは考えているさ」  口調を普段に戻して、秋蘭が語りかけてくる。それを聞いて申し訳なくなってしまう。ちゃんと色々考えてやらないといけないのにな。 「だから、安心して楽しんで、ごしゅじんさま」 「ああ」  普段とは違うふんわりとした空気で笑う秋蘭の頭をなでてやると、笑みで眼がなくなる。まるで悪戯好きの猫のようにくすぐったげに身をすくめ、再び俺のものをくわえこみ、舌を絡ませ始める。おそらく意図的に俺に聞かせようとじゅぼじゅぽと音を立て、頭を動かす秋蘭に身をゆだね、あたりを見回す。  華琳と春蘭はどうしているのだろうと思ったら、寝台の端で二人抱き合うようにして寝ていた。その体は満遍なく俺のはき出した白濁液と唾でぬりこめられ、てらてらと光っている。あーあ、華琳なんて、べったりと体と寝台の敷布に精液が張りついて、ありゃ起きようとしたら痛いぞ。間違いなく俺が怒られるな。 「俺が昨晩、何回くらい出したか、わかる?」 「私の中には三回っ、んんっ、です。あとはお尻に一回」  昨晩のことを思い浮かべたのか、秋蘭の頬に朱が走る。  昨日は、華琳の中には出してやらないという苛め方をしていたから、華琳には最後の一度しか出していないはずだ。その分、秋蘭と春蘭、それに華琳の肌に思う存分出したから……春蘭にも秋蘭と同じくらいとすると一〇回くらい? 道理で精根尽き果てて落ちてしまうはずだ。  肌色と笑顔と蕩けるような嬌声に包まれた記憶を心の中で弄ぶ。現実に与えられる刺激と相まって、俺の中の快楽が急激に深く強くなっていく。 「うっ」  秋蘭の中で、ぐりんと、舌が巻きついたまま回転する。あまりの快感につい声を出してしまった。 「いつでも……お出しくださいっ」  そう言うや、上下の動きをはやくする秋蘭。舌の刺激と吸いつく頬の肉のこすれあいで、腰がずーんと重くなり、射精が近づくのがわかる。 「くっ、秋蘭っ!」  ちりちりと脳が焼き切れるんじゃないかと思えるくらいの快感が走り、精をほとばしらせる。長々と続く射精を、秋蘭はその口中に受け続ける。  最後に残っていた精液も吸い出され、熱くたぎる彼女の口から萎え始めたものを抜く。 「ん……」  飲み込むことをせず、口の中に留めている秋蘭。そう言えば、飲み込む前にいっぱい味わえというのも命じていたっけ。 「おいしい?」  こく、と頷く。美味しいとは思えないが、しかし、好きな人の汗やなにやらは舐めていておいしいと思う瞬間もあるし、実際にそう感じてくれているのかもしれない。なにしろ、彼女の顔は官能で溶けているから。 「飲んでいいよ」  こくこくと少々苦しそうながらも飲み干していく。そして、最後まで飲み尽くした彼女の頭をゆっくりとなでてやる。そのまま倒れ込んでくる裸身を受け止め、二人抱き合って横になる。  しばらくそうしてお互いの体温を感じあった後、息も整い、差し込んでくる日差しが気になってきたところで声をかけた。 「そろそろ、日常に戻るとしようか」 「そうだな」  甘い女の顔から、武将夏侯淵の顔に戻りつつ、秋蘭が言う。その様子を見ていると少々もったいなくも感じるが、いずれ閨からは出ないといけないものだ。 「眠気覚ましに茶を淹れてこよう。一刀は華琳様と姉者を起こしておいてくれ」 「了解」  軽く上着をひっかけただけで、茶を淹れにいく秋蘭のぷりぷりしたお尻を見送って、俺は一つ息をつく。  刺客の襲撃以来、俺は華琳の私室に軟禁状態だった。華琳が部屋に居ない時は、季衣か流琉のどちらかが必ず居て、さらに部屋の外には華雄と祭が入れ代わりで護衛につき、陰に隠れて明命と凪が交互に見張りをつとめているという念の入りようだ。  食事も酒も用意されるし、毎晩華琳、あるいは彼女のお相手の面々とも閨を共にできるのだから、まさに酒池肉林のごとき状態だが、さすがに閉塞感だけはどうしようもない。  とはいえ、安全を図ってくれているのはよくわかるし、部屋に来てくれる人々は気を遣ってくれるしで、文句を言うわけにもいかない。まして、外を歩きたいなどとは。  そんなわけで、俺は妙に爛れた毎日を送っているわけだった。 「華琳、朝だよ」  まずは、華琳の腕をひいてみる。俺の吐き出したものがつくったのであろう膜が、こすれてはがれる。 「ん……」  ぱちり、と目を開け、覗き込んでいる俺の顔を見る。意識が明確になってきたのか、三度瞬きをして、その上体を持ち上げ始めた。 「なんかパリパリするわね。あ……一刀の、か……。ん、髪にはかかってない? 見てちょうだい」  くるくるが少しよれた金髪の頭を俺に向けてくる。それを観察して、汚れていないことを確かめる。 「大丈夫、髪にはかからなかったみたいだ」 「よかった。髪につくと落ちにくいのよ。まあ、体についたのは、春蘭たちのも含めて、あとで湯を張りましょ」  側で寝ている春蘭の寝顔を、いとおしげになでる華琳。その動きに導かれるように、春蘭の意識が覚醒にむかっているのか、小さく気持ちよさ気な声を出している。 「怒らないんだな」 「なに、怒ってほしいの? 自分でかけてくれって泣いて懇願したものを、怒ったりはしないわよ」 「あー、まあなあ」  最後の方は半狂乱だったものな。いくらプレイとはいえ苛めすぎたかと思ったくらいだ。 「うーん」  妙に艶っぽい声をあげて、春蘭が目をあける。俺と華琳の二人が注目していると知ると、見るからに顔を赤らめた。 「お、おはようございます」 「おはよう、春蘭。一刀、秋蘭は?」 「お茶を淹れてるよ。すぐ戻ってくるさ」 「そ」  短く言って、のびをする。小さくあくびをするのもまた可愛い。春蘭のほうは、なんとなくぼーっとしているようだ。まだ、昨晩の奴隷モードが抜けていないようにも見える。 「華琳様、お茶が入りました」  盆に乗せて四人分の茶を持ってくる秋蘭。朝の茶なので、聞香杯などない略式だが、ふんわりいい香りがしてくる。 「さ、飲みましょ」  そうして、俺たちは朝を過ごすために動き始めるのだった。  あの後、たらいに張った湯で体を清め終えたあたりで流琉と季衣が朝食を持って現れた。流琉お手製の朝食は、季衣もいるためにボリュームもあってもう最高に美味しい。 「今日の饅頭は中身が野菜なのね」 「はい、いつも肉ばかりだと飽きるかと思いまして」 「肉もありますよー、春蘭さま」 「おお、こちらはまたずっしりときてうまいな」  そんなことを言いながら俺たちはゆっくりと朝食を取る。ゆっくりといっても、約二名はすごい勢いなのだが。 「さて、例の刺客の件だけど、一刀もいることだし、今日はここで進捗を確かめておきましょう」  ほとんど食事を終え、あとは、各自のお腹の調整という感じになった段で、華琳が宣言する。 「はい。まず、あの後、呉、蜀の協力も得られまして、いくつかの警備の穴を潰すことに成功しました。他国から教えを請うなど考えられなかった事態ですな」 「こんなところで、面子とか考えなくていいわよ。どうせ、あっちだっておおっぴらに言える話じゃないんだから」 「とはいえ、今回の賊の侵入とは特に関係ないでしょうな」  むぐもぐとまだ頬張っている季衣がふと思い出したように訊ねる。 「あの賊はどこの出かとかわかったんですかー?」 「無理だ。死体は調べたがな。なにも出ていない」 「唯一、服の布の織りかたは東方のものだったけど、これは欺瞞情報でしょうね」  残念そうに言う春蘭。だが、その姉に対して妹のほうは、賊の出自については気にも止めていないようだった。 「暗殺者は、まず最初に己を殺す。己を知る者も殺す。文字通りやるやつもいれば、理念としてやるやつもいるが、いずれにせよ手がかりは残さないのが鉄則だ」 「ほへー」 「大変なんですね、暗殺者さんも」  流琉の感心は微妙にずれている気もするが、暗殺という稼業を生きる糧にするとなれば、そうなってしまうのだろう。果たしてどれほどその需要があるのかはわからないが……。 「そこまで出来て、ようやく一流半。でも、部屋に忍び入るまで明命に気づかせないとなれば、まさに一流ね」  うんうん、と頷く一同。その中で、季衣だけが妙な顔をしている。 「でも、そんなに強くなさそうでしたよね。ばっさり切られてましたし」 「季衣、暗殺者は我等のように強い必要はないんだぞ。完全に気配を消して近づけば、たいていの者は気づかぬまま殺されるからな。まあ、私ならそんなことしなくても、真正面から真っ二つだがな」 「あ、そっかー。狩りといっしょですね。近づいて一撃で仕留めるのが得意で、反撃されたら大変なんだ」  季衣の反応にうむうむと頷く春蘭。まあ、季衣や春蘭が相手を倒そうと思ったら、気配を殺すより、そのまま突っ込む方が早いものな。 「うむ、しかしあの程度でも、一刀一人なら、危なかったな」 「よかったですね、兄様」 「一刀一人の夜がどれだけあるかしらねぇ」  華琳がにやにやと聞いてくる。失敬な、俺だって独り寝の夜だって……えっと……うん、あんまりないけど。 「とはいえ、一刀は武将の中では与し易い相手なのは確かね。そういう意味では、一刀を狙ったのかどうか、という疑問もあるわ」 「え、兄様が狙われたんじゃないんですか?」 「狙う相手の一人だったのかもしれん、ということだ、流琉」  秋蘭の言葉を聞いて、流琉が考え始める。周りは彼女が答えを出すのを待っているようだった。こうして後進を育てていくんだなあ、となんだか感心する。 「……魏の弱いところ、たとえば、桂花さんたちとかですか?」 「惜しいわね。軍師たちには、それぞれ子飼いの密偵がいて、彼女たちを守っているわ。命の危険よりも、謀の秘密を護る必要が常にあるから。そうね、弱点という意味では美羽かしらね。麗羽も本人は危ういけど、なにしろあの二人がいるし」  斗詩と猪々子は個人的な強さだけで言えば、かなりのものだし、二人そろってならよほどの相手でもない限り撃退できるだろう。七乃さんはさすがにそこまでは及ばないか。 「袁紹も一人の時を狙われればもちろん危ういでしょうな。ああ、そうそう、一刀。袁家の五人はいままとめて一室に配置している。安心してくれ」 「あ、そうなんだ。ありがとう」  実は少し心配していたんだよな。普段は俺が蜂蜜水を差し入れに行ったり、祭が美羽をからかいに行ったりして様子をみているけれど、いまは彼女も俺の護衛につきっきりだからな。 「いずれにせよ、そういう弱点のうちの一つが一刀なのは間違いないわ。魏を攻撃するにはうってつけね」 「じゃあ、その桃香さんとか、雪蓮さんたちが……?」 「それはないだろう。俺も一応考えてみたけどさ、それこそ明命なら跡も残さず始末できるし、蜀にしたって、諸葛亮や鳳統がこんな危険性の高い策をしかけるとは思えない」 「あら、一応疑ってはみたのね」  華琳の賞賛なのかよくわからない笑みに、俺は肩をすくめる。 「考える時間だけはあるからな。まがりなりにも見知った相手に命を狙われると想定するのは気分がいいことじゃないけど、逆に早くその可能性を潰したかったからね。まじめに考えたよ。どう考えても、これは周瑜や諸葛亮の策じゃない」 「断定するからには根拠があるんでしょうね?」  既にその程度は三軍師と共に検討してるだろう魏の覇王にわざわざ説明するのは口幅ったい気がしたが、ここはしかたない。 「さっきも言っていた通り、刺客はなんの痕跡を示すものも持ってなかったんだろう? これがおかしい。たとえば、誰か武将が殺されていたとして、そこにどこかの国に特徴的なものが残されていたとしよう」 「普通はその国を疑うな」 「もしくは、その国を疑わせるための他の国のさしがねとか……」 「その国に嫌疑をかけさせようと他国が画策したと、その国が装っていることも考えられるな」 「え、えっと。よくわかんないや」  口々に出る予想に、季衣が目をぐるぐるさせる。俺は、笑って彼女の頭をなでてやる。 「そう。こうやって、混乱もさせられる。もちろん、その国との仲は険悪にならざるを得ないよな。なんにせよ、そういう色々な効果を出せるのに、今回そういう仕込みがない。純粋に殺しに来ている。俺が邪魔で排除したいだけなら、冥琳たちならもっと別のやり方が可能だ。暗殺は失敗する可能性もあるし、彼女たちが画策するには少々非効率だ」  暗殺、とか刺客、とか口にするたびに、あの夜のことを思い出してぶるっと震えが走るが、それをなんとか抑えつけて持論を展開する。 「悪くない読みね。それだけ?」 「いや……明命に気づかせなかった点では、確かに賊は一流だったと思うんだ。でも、なんとなくひっかかるんだ。いくらなんでも警備全てを抜けられるだろうか。人じゃなくて、カラクリ仕掛けだって多い。他の武将も多くいる」  続けなさい、という華琳の仕種で、みんなが俺の方に注目して居住まいをただす。そうまでされると緊張するのだが……。俺は、資料にしていた紙束を持ってくることにした。 「この部屋にきてから、警備の資料をたくさん用意してもらって、それを丹念に見ていたんだけどね」  ばさばさと資料をまとめながら卓に戻ると、食事は片づけられ──季衣だけ肉まんをいくつか確保していた──皆の席に茶が用意されていた。 「まず、この城の警備だけど……」  そもそも、洛陽の城内という場合、三つの意味がある。  洛陽は広大な都市だ。周辺部には、田畑や下級市民の家が広がる。これらも人や馬を避ける程度の柵や壁で囲われているが、これは『洛陽』ではない。洛陽と呼ばれるのは、兵がその上に立って守備することができる城壁で囲まれた地域。これが一番広義の城内だ。  その中にも田畑や牧畜場、商人街や、官吏の住む住宅街など様々な地域が包含される。そして、その中に堅牢な城壁でしきられた宮城が立つ。これが、俺たちのいる城。二番目に広い城内。  宮城の中には、武将たちの邸宅や、練兵場などもあり、これもなかなかに広い。いくつもの宮があるが、その中でも最も奥まった場所にあり、最も伝統もある宮に、帝と皇妃が住む。これを、内宮と呼び、最狭義の城内となる。  城内の警備に関しては、魏の管轄では、季衣と流琉が率いる親衛隊、城門を中心とした衛士隊、警邏が主な見廻隊の三つがあり、さらに、三軍師の子飼い集団──桂花の司書団、稟の測量隊、風の輜重陣──が各部署に紛れて目を光らせている。問題なのは、漢朝の警備組織も重複して存在することだ。現状、内宮及び後宮を守備するのは五営と呼ばれる五人の校尉とその下にある近衛兵だ。  それらの部隊はどれも担当地域・時間が重複するように計算されていて、それぞれを補いあうようになっている。ただし、十日、あるいは十五日に一度、短時間ながらどうしても一つの部隊でしか担当できない場所が出てくる。 「で、ここ。ここだけ穴があけられる可能性がある。ただし、もちろん、条件はあるけど」  図表を書いて説明すると、秋蘭が顔をしかめて俺の指先が示す警備の穴を見つめる。 「内部の協力者、か。この時間の指揮系統は……」  四人が顔を見合せ、次いで俺のほうをじっと見る。予想通り、一人、華琳だけが冷静だった。 「うん、考えたくないんだけどね」 「屯騎校尉。文字通り、近衛騎兵を掌る役職ね。いまは、権限を縮小されて、内宮の警備が主だけれど」 「つまり、その……」 「朝廷の筋が濃厚でしょうね。あるいは至尊の座に居られる方の内意ということだって考えられるわね」  場の空気が凍りつく。さすがに帝の名まで出れば慎重にならざるを得まい。 「でも、万が一そうだったとしても、糸をたぐってもそこまでは到達できないように出来ているんだろうけどな」  おそらくこの中で、朝廷の権威を一番実感していないのは俺だ。だから一つの勢力として疑うことも出来る。もう一人、その権威を身に沁みてわかっていながら、相手として対することのできる少女が薄く微笑む。 「よく見つけたわね、一刀。ただ、風はもう三日前に見つけていたわよ」 「さすだがな。俺がかなうはずもないけど」 「どうせあなたのことだから、改善案もつくったんでしょう。見せなさい」  そこまで読まれてるか。少しはびっくりさせられるかと思ったんだけど、まだまだだな。 「ん、これ」  紙束の中から、まとまった数枚を取り出して華琳に渡す。ざっと目を通し始めた華琳に、概要を説明することにする。 「簡単に言うと、もう一つ組織を増やす」  その言葉に少々顔をしかめる華琳。確かに組織を増やせばそれだけ金もかかるし、そもそも安全対策に城に入れる人を増やすというのは本末転倒という部分もある。 「早合点しないでくれよ。その組織の長にそれぞれ五営を兼ねさせる。親衛隊は季衣と流琉二人いるしな。これまでの近衛は今回の件もあることだし、再教育ってことで、沙和の教練を受けさせて魏の組織に組み入れる」 「兄様、それは……」  さすがに俺の提案の物騒さに気づいたか、流琉が顔を青ざめさせる。近衛部隊を城から排除するというのは、確かに少々過激ではあるが、指揮系統を統一し、風通しをよくすることが安全を護ることにもつながるのは間違いない。 「呆れたわ。朝廷に喧嘩を売るつもり?」 「あっちが最初に売ってきた喧嘩だろ?」  華琳の言葉には含み笑いが含まれていて、本気で呆れているとは到底思えない。どうやらお気に召したようだ。 「悪くはないわね。どうせ現任の五校尉は地位から下ろさざるを得ないもの。公的には洛陽の城内にいる魏の兵は私の私兵に過ぎないし、責任をとる者は必要だったから。その案に従うとすれば、後任人事を考えれば前任者の首をはねるなんてことはできない。一刀らしい案ね」  朝廷の力を削ぎ落とすことは、華琳の益にもなる。なんの理由もなく漢朝を責めるのは非難を招くが、今回のような失態を引き受けさせるにはちょうどいい。 「風たちの案ともあわせて検討させましょう。ただ、いずれにせよ朝廷を締め上げるには首謀者に近い者を捕まえる必要があるわ。こればかりは一刀に任せられないし……。発破をかける必要がありそうね」  華琳が己の思考の中に埋没すると、場には沈黙が落ちた。季衣も落ちつかなげにもじもじしているくらいだ。 「正直、一刀が思うほど、あれは甘い存在じゃあない。一枚帳をめくれば、さらにその次に十枚の帳が……」  言っている最中に、華琳は口をつぐんだ。疲れたようにため息をつき、ぱたぱたと手を振る。 「これ以上はまた今度にしましょう。まずは、首謀者に近づくこと。一刀は身辺に気をつけること。いいわね?」 「はっ」 「了解」  それぞれに返事が返って来るのを、魏の覇王は頼もしげに見ていた。そして、思い出したかのように付け足す。 「ああ、そうそう。今日、詠と恋があなたと私に面会を申し込んでいるわ。あとで迎えを寄越すからいらっしゃい。護衛といっしょにね」 「賈駆たちが? わかった」  そうして、少し物騒な朝食会は終わったのだった。  華琳たちが仕事に出て行った後、俺は届けられた文書を読んでいた。桂花と風の警備体制に対する改善案だが、桂花の案は俺のもの以上に過激で、親衛隊以外全て放逐せよ、となっていた。確かに一本化するのは非常に正しいと思うのだが、桂花の場合、男の警備兵をはじきだしたいだけのような気がしてならない。受け皿自体は想定されているし、そう悪いとも言えないが……。  一方風は現状の体制をできる限り変えずに、いかに効率的に警備を強化するかという方針の案で、いつでも実行できそうな点が優れている。そのくせ、朝廷側の警備兵に対する権限が縮小されて、運用体制によっては朝廷の警備兵が飼い殺し状態になることが企図されているあたり、よく考えられた風らしい案だ。  どの案が採用されるか、あるいは新しい案をつくるかは華琳次第だが、どちらにせよ朝廷の権力は削り取られるだろう。  しかし、わからないのは朝廷の思惑だ。俺は、彼らがこの国を治めることを本気で望んでいるのかどうか、疑問でならなかった。  現実的に言って、既に後漢王朝は滅びている。それでも各国の支配層の武将たちは漢の官位をもっており、それが宮廷序列を示すこととなっているのも事実だ。  果たして、今上やその周辺はなにを考えて……。  扉を叩く音が、俺の思考を断ち切った。音の出所に近づいていくと、扉の向こうだというのに気配を感じ取ったのか、どんどんと叩く音が消え、代わりに華雄の声が聞こえてくる。 「迎えの者が来たが、聞いているか?」 「ああ、華琳のところだろ。支度するから待っていてくれ」 「わかった」  くぐもった華雄の声に返事をして、衣服を整える。久しぶりの外出なので気が逸るが、それで失礼なことをしてもいけないので、何度か深呼吸してから扉を開けた。 「それじゃ行こうか、華雄」  使者の人は既に戻っているのか、元々親衛隊の歩哨の一人だったのか、華雄だけなのを見てそう声をかける。そうして、俺は天下無双の美女を連れて回廊を歩きはじめた。 「どう、ここ数日の外の世界は」 「私もお前に張りつきっぱなしだ。わかるわけがなかろう」  華雄の声が固い。警戒をしているというわけではなく、単純に機嫌が悪そうだ。祭と二人交代で常に扉の外にいてくれたから、疲れているのだろうか。それにしても、怜悧な美貌の持ち主が硬質の表情でいるだけで迫力があるな。しかも、それが呂布を下せるほどの豪傑ときたら。 「華雄さん、その、怒ってらっしゃる?」 「私が? 仕えるべき主に対して? そんな莫迦な」  大げさに驚いたふりをする華雄。あ、こりゃまずい。 「毎日毎日、お前に会えないものかと曹操の部屋に入れない武将の面々が見舞いの品を持ってくるのを断り続けるのも、毎晩わずかに漏れ聞こえてくる嬌声に苦笑を浮かべつつ己の耳の良さを呪うのも、文官に仕事が回らないと泣きつかれるのをあしらうのも、部下の務めだ。そうだろう?」 「うう、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」  足を止め、ぺこぺこと頭を下げる。しばし、そうしてからおずおずと彼女の顔を見上げると、ふっと顔がゆるみ、普段の表情を取り戻す。 「ま、これくらいにしておこうか。人を心配させた罰だぞ」 「……うん、ごめん。毎日ありがとうな」  華雄とは共に出撃したしょっぱなに気を失って心配かけてるし、懸命に護衛をつとめてくれているのだから、まずは感謝の言葉をかけるべきだった。反省。 「……ふん。賈駆たちを待たせているのだろう。急ごうじゃないか」 「ああ、そうだな」  ほんの少し顔を赤らめた華雄を連れて、俺は改めて華琳の元へと向かうのだった。  謁見の間の一つ、芒種の間に華雄と共に入る。顎をしゃくる華琳の指示で、華雄が分厚い扉を閉める。 「悪い、遅くなった」  数段高くなった場所に座す華琳に手招かれ、階(きざはし)の脇に立つ。呂布と賈駆は俺たちに対する形で、華雄は俺たちと呂布たちの中間あたりの壁に得物をもたれさせて立っている。武器を手放しているのは信頼の証だろうが、もし華雄と呂布が組み合うような事態が起きたら、それだけで俺たち周囲の人間は大変なことになるだろう。今のぼーっとした呂布を見ているとそんな危険性はありそうにないが。 「さて、一刀も来たことだし、話をはじめましょうか」  華琳の言葉に、賈駆が眼鏡をきらめかせる。 「そこの北郷、この間襲われたそうね」  うっ。賈駆ほどの謀士なら知っていてもおかしくないが、改めて指摘されると体が震えるな。 「あら、一応秘密にしていたのだけれど、さすがね」  華琳も目をきらきらと輝かせる。こういう能力ある相手を見る時の華琳の目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、愉しげだ。 「それで、恋を護衛に売り込みに来たの」  その言葉に、華雄の体に緊張が走るのがわかった。手はまだ握りこんでいないが、金剛爆斧の柄にかかっている。それに応じたか、呂布の手がなにかを探すようにさまよったが、帯剣を許されていないのを思い出したか、ぎゅっと拳をつくる。 「賈駆よ、まさか、我等だけでは足りないとでも言うつもりか? いかに貴様が顔なじみとはいえ……」 「ああもうっ、その早とちりの癖はいい加減なおしなさいよ! 恋も構えないの! 恋を護衛にってのはあくまで形式よ、形式。……実際は助けを乞いにきてるのよ。悔しいけど」  ばたばたと慌てたように叫んでいた賈駆の声が沈む。肩までがっくりと落ちて、なんだか痛々しい。 「助け?」  はぁあ、と大きく溜息をつき、賈駆は姿勢を戻す。 「もう、華雄に持っていこうとした道筋全部ぶちこわされちゃったから、表向きの話しはとっぱらって簡潔に言うわ」  そうして、彼女は俺のことをまっすぐに見つめてきた。 「ボクたちの身を預かってほしいの。北郷一刀に」  は? 呆然とする俺をよそに、華琳は愉しそうに声を上げて笑いだした。 「この孟徳にではなく、一刀に、ね」  その反応に微妙な顔になる賈駆。俺の自失した様を見て、説明の必要があると思ったのか、手を組み直して話し始める。 「最初から説明するわね。洛陽にきてからしばらくしてから、朱里からの書簡が届くようになったの。蜀に帰って来ませんか、ってね」 「それって……」 「ああ、あんたが責任を感じる必要はないわよ。これは長安から移ったからではなく、蜀の内国事情でしょうから」  俺が長安から無理に洛陽に引っ越しさせたことを気にしてると思ったのか、先回りして解説してくれる。さすが、このあたりは話し運びがうまいなあ。 「桃香を中心とした蜀の国家体制がようやく確立した、と見るべきね」  華琳が一言添える。国家体制って、劉備勢力は集結してからずいぶん経っていると思うんだけどなあ。  その俺の疑問に対して、賈駆は丁寧に説明してくれた。  彼女いわく、戦時中の蜀は寄り合い所帯でしかなかったという。馬一族は西涼のための腰掛けと思い、董卓たちは行きどころをなくしたから居ついているだけ、南蛮に至っては面白そうだから、そんな理由で劉備たちの下にいたのが実際のところだと。  そのためか、国家の機構も寄せ集めで急造だったらしい。官僚組織も現地のものと入蜀以前にあったものとを適当につなぎあわせただけで、ろくに機能しないしろものだったとか。それを、人的資源──主に諸葛亮と鳳統だろう──で無理矢理まわしていたのだそうな。  しかし、それも戦中は機能していた。外にわかりやすい敵──俺たちや、冥琳たちがいたからだ。  三国に平和が訪れて、そこに綻びが生じたのは間違いない、と彼女は続けた。残る脅威は異民族だが、南蛮は抑えているし、結束を促す敵はもういない。となれば、無理を重ねた機構は破綻する。それをなんとかつなぎとめ、劉備たちを中心とした国家につくりなおすのに、これまでかかっていたのだろうというのが彼女の推測だった。 「完全に桃香を中心とした集権型か、桃香、愛紗、朱里あたりを中心とした多頭体制かはわからないけれど、いずれにせよ、ボクたちを呼び戻しても揺るがないものができたんでしょうね」 「でも、戻りたくはないようね、その様子では」 「誤解してほしくはないけど、あの国はいい国よ。ただ、ボクは……ううん、ボクたちみんな、そういうことに巻き込まれるのはもうこりごりなの」  賈駆の言う、『そういうこと』とは、政治的な駆け引きやなにやらだろう。彼女たちが蜀に戻れば、その涼州への影響力は侮れない。馬超、馬岱とあわせて、蜀の西方への進出を警戒せざるを得なくなるだろう。  だが、それは、危うい賭でもある。駆け引きのために保障された地位は、駆け引きによって脆くも崩れ去る。賈駆や陳宮の智謀や呂布の武そのものを評価しての誘いではない以上、磐石の居場所をつくることはできないだろう。董卓さんも内政には腕があると言う話だけれど、それを蜀で生かすのは難しそうだ。 「それで、助けを、ということか」  こくり、と彼女は頷く。隣の呂布も同じ気持ちなのか、こくこくと懸命に頭をふっていた。 「無視し続けるってのは……無理かな?」 「無理でしょうね。国家という巨大なものに対してつっぱねつづけるというのはよほどの裏付けか胆力が必要なのよ。詠たちが平気でも、月やねねがまいってしまうでしょう」  そう言われてみれば、厳しいか。俺は常に華琳の庇護下にいたからそういうプレッシャーも受けずに済んでいるしな。賈駆も放っておくと踏ん張るところまで踏ん張って倒れちゃいそうな気がする。 「でも、一刀に降っても、政治の舞台から降りられるわけではないわよ? いっそ存在を全て消してどこかで匿う手もあるけれど?」 「それも考えたけど、どうせなら、自分たちの居場所をきちんと作り上げたいとも思うの」 「蜀ではそれはつくれない、と」 「あの朱里よ? もう誰も入り込めないような体制を作り上げてるに違いないわ。白蓮と桔梗も帰ったら唖然とするんじゃないかしら」  そりゃ、諸葛亮だものなあ。隙があるとは思えない。魏の場合、余人が思うよりも遥かにシステムは柔軟だ。トップである華琳が人材好きなので、元がどんな出自だろうと能力さえあればどこでもやっていけるのだ。なによりも華琳が完全に頂点に君臨しているのも大きい。覇王の権能を冒せるものなど元よりいないのだから、誰がどこにいようとしっかり職責を果たしていれば問題は起きない。そういう組織だからこそ、俺みたいな器用貧乏のなんでも屋が出る幕もあるわけだけど。 「実を言うと、周瑜にも打診をしたのよ」  賈駆は勝気な瞳をきらめかせて、そう言った。 「そうしたら、本気で呉に骨を埋めるつもりなら歓迎する、と言われたわ。ただし、涼州には二度と帰れないことを覚悟していただきたい、と。そして、もし、この大陸のためを思い、自由に動くことも望まれるなら、北郷殿をご検討してはいかがかな、ともね」  冥琳もまた無茶を言う。俺を買ってくれるのは嬉しいが、買いかぶりすぎだとも思う。それほどのものだとは自分では到底考えられないのだが……。 「直接魏に参加するよりは、多少桃香たちの感情も抑えられる計算も冥琳のうちにはあるでしょうね」 「そうね。それと、呉は基本的に誰もが文武両道を修めているべきだという感覚が強いからね。恋やボクみたいなのは、いまいち使いづらいんでしょ」 「ここにいると、癖があろうとなかろうと、色々言いつけられるがな」  華雄がからかいまじりの口調で呟く。緊急事態だと、適性うんぬん言っていられないのはある。そして、なぜだか知らないが、俺は緊急事態に巻き込まれがちなのだ。 「とはいえ、魏はこいつを切り捨てられないし、こいつは人を切り捨てるなんてこと考えもしない。そうじゃない?」 「ずいぶん見込まれたものだな」  正直、俺が華琳の迷惑になるようなことがあれば──もちろん、そんな事態が起きないよう努力するが──すっぱりと切り捨ててほしいと思っている。華雄や祭たちに苦労をかけることになるかもしれないが、民や華琳はじめ魏のためにならないならば……。 「あの討伐行で判断したのよ。こいつなら、涼州への影響力を手に入れても変なことを考えたりしないだろうってね。それに実際、黄権……いえ、黄蓋を手に入れてもそれを利用して呉を崩そうだなんてしていないようだしね」 「過去の名声や政治力を全て無視して、まっさらな己そのものを評価してくれると踏んだ、というところかしら?」 「なんかその表現って……まあ、間違ってはいないわね」  微かに顔をしかめた賈駆は、諦めたように肩をすくめた。 「どう? お望みなら、黄権のように名を変えてもいいわ。ねねはまだまだ甘いところはあるけれど、知識だけならあんたには負けないでしょう。ボクの手際はこの間見知ったし、恋の武威は目の当たりにしたわよね。月は……あの子は、また侍女をやりたいなんて言っているけど、ボクとしてはなんとも言えないわね」  呂布と賈駆はじっと俺を見てくる。いや、華琳と華雄も含めた、この場にいる四人の女性の視線を、俺は一身に受けていた。  華雄は期待を込めて。華琳はおもしろがるように。賈駆と呂布のそれは……。 「わかった。俺でよければ引き受けさせてもらうよ」  すがりつくような目をされたら、断ることは俺にはできない。賈駆と呂布が安堵か、今後のことを思ってか、そろって大きく息を吐く。 「ただ、俺は呉に大使として赴くことになっているんだ。呂布の家族たちはどうする?」 「それは……」 「まずは、詠が描いた計画通り、呂布を護衛に雇うことにしなさい。犬猫はねねにこの城内に連れてこさせて秋蘭の猫といっしょに面倒を見てればいいわ。半年くらい我慢できるでしょう?」  澱みなく華琳が指示を下す。これは、ずいぶん前から賈駆たちを取り込むための段取りができていたな。 「……ねねがいいって言えば、それでいい」  呂布は詠のほうをちら、と見てからそう答えた。 「月と詠は、まずは一刀の侍女として呉へ赴く一行に紛れなさい。一刀に降るにしても、朱里の眼から一時隠れてからのほうが都合もいいでしょう。戻ってきたら軍師として働けばいいわ。どう?」 「ん……さすが曹操ね。ボクの立てた策と九割方同じとはね」 「どんな道筋を通るにせよ、本気で取り組めば答えにはいつかたどり着くものよ」  その言葉を聞いて、賈駆はにやり、と頬を歪ませた。 「それが犠牲を強いる道筋でも、ね。いいわ、置いてくことになるねねには確認しないといけないけど、それで大方納得するわ。……で?」  なんだか謎めいたことを言った後で、焦れたように俺に目線を送ってくる賈駆。 「ん? ああ、今後ともよろしく」 「莫迦っ。違うでしょ。臣従の礼をいつとることにするかとか、俸給をどうするのか、とか……」  桂花は極端だが、軍師というのは全体的に頭の程度が良すぎて、相手が理解していないと怒り始める癖があるのではないか。俺は賈駆の罵倒を聞きつつそんなことを考える。 「賈駆よ」  だんだんつ、と地団駄踏んで力説する賈駆に、華雄が含み笑いで話しかけた。 「この主はそういうことには無頓着すぎて話にならんぞ。なにせ我等は決まった俸給もなく、ただ、戸棚の鍵を渡されるだけだからな」 「は?」  華雄の言うことが理解できなかったようで、ぽかんと口をあける賈駆。その隣で、同じように呂布が小首をかしげている。 「一刀ってば、私が下賜する品や金銭を全て私室の戸棚に放り込んでるのよ。で、祭や華雄、張勲たちはその戸棚の鍵を渡されてるってわけ」 「邸とか、個別のものはちゃんと用意をするよ」  それに、俺とは無関係の魏や漢の官位からもたらされる俸給は管理下にないしな。実を言うと、祭などはかなり高い漢の官位を改めて取得していて、そこからの給金もかなり多いと思う。正式には俺より偉いんじゃないかな。 「ちょ、ちょっと待って。それじゃ、全部持ってかれてもおかしくないじゃない。誰が盗ったかすらわからないってこと?」 「宝剣とかの類は、さすがにそこには置いてないけどな」  せっかく華琳がくれたものだし、そのあたりは共有するのは躊躇われる。  賈駆は俺を穴があくほど凝視していたが、華雄に近づくと、真剣な顔で話しかけた。 「ねえ。華雄。こいつすんごいずれてる気がするんだけど」 「諦めろ」  それ以上はあまり聞こえなかったが、なんだかひどい言われような気もする。それでも、なんとか納得が行ったのかなんなのか、賈駆はしかたないというように小さく溜息をついた。 「わかった。とにかく、ボクは一度邸に戻るわ。恋はこのまま護衛につくということでいい?」 「……ん、わかった」 「ああ、董卓さんたちによろしくな」  彼女は俺の言葉を受けて、腰に手を当てて胸を張って見せた。強い光を放つ瞳が、俺のことをじっと見つめる。 「ボクの真名は詠。あんたに預けるわ」  その宣言の意味をもはや間違えることなどできるわけもなかった。  恋──呂布も真名を許してくれた──がシフトに入ったおかげで、護衛には常に二人がつくことができるようになり、また、だいぶ警備を厳しくしたこともあって、俺は以前よりは自由に動く事ができるようになった。  生活空間は華琳の私室から、新たに用意された部屋に移り、仕事もそこですることになった。少々変わっているのは、その部屋に麗羽や美羽たちも一緒に入れられていることだ。 いや、逆か。袁家のために用意された部屋に俺が参加することになったのだ。  もはや勝手知ったる仲の面々だけに気は楽だが、やはりこの面子は少々騒がしい。しかし、それが、ともすれば鬱々としかねない俺の気持ちを和らげてもくれるのだから文句を言ったらばちが当たるだろう。  とはいえ、麗羽と美羽が喧嘩をはじめるとそんなことを言ってもいられないのだが。  今日は、そんな喧嘩の後、お互いに一時冷却期間を置かせるために美羽を街に連れ出していた。実を言えばそれを口実に俺自身が街に出たかったというのもある。  幸い、洛陽の城下であれば──華雄と恋の護衛と、さらに陰には明命の監視があることを条件に──出歩くことは許されたので、本当に久しぶりに街で買い物などしていた。 「あ、あれ、お嬢様?」  七乃さんの声に顔を上げれば、先程まで俺の横で雑貨をいじっていた美羽の姿がない。 「なっ」  小さく声をあげると、くいくい、と袖を引かれた。その方向へ体を向けると、恋が方天画戟の石突きを掲げていた。ぷらぷらとセキトを模した根付が揺れる。 「……あそこ」  その先に、とろけた蜂蜜のような金髪があった。頭巾を深くかぶった旅人らしき人物の前で、その人の頭巾の奥を覗き込むようにしているのは紛れもなく美羽だ。旅人は、彼女の視線をよけようと、あっち向いたりこっち向いたりしている。 「美羽、なにしてるんだ。こっちおいで!」 「お嬢様っ」  七乃さんがたたっ、と走り寄り、ぺこぺこ頭巾の人に頭を下げて、美羽を抱き留める。俺も駆け寄りたいところだが、華雄と恋ががっちりと脇を抑えているので、そういうわけにもいかない。この二人が動こうとしない以上、危険はないと思っていいのだろうけど。  じたばたともがきつつも七乃さんに連れられてこられた美羽の手をしっかりと握る。 「だめだろ、離れちゃ。危ないよ」  素直に手を握られ、俺が促す方に喧騒の中を歩きつつ、美羽はちょっと唇をとがらせる。 「んー。じゃが、ありゃ、伯符じゃぞ」 「え?」  予想だにしていなかった名前を聞き、さすがに足を止める。伯符、つまりは孫策、すなわち、三国の一角、呉を治める女王。  振り向けば、予想外に近く、その頭巾の人物は居た。距離から考えて、美羽を追って近づいてきたとしか思えない。さりげなく、華雄の得物が俺たちとその人との間に入り込んでいるのが恐ろしくも頼もしい。 「迂闊だわー。まさか袁術に見破られるとはねー」  そう言って頭巾の奥から微笑みかけてきたのは、間違いなく冥琳の盟友にして主、この洛陽にいるはずのない雪蓮その人だった。  しばし後、俺たちは冥琳の執務室で顔をつきあわせていた。  いるのは祭、華琳、冥琳、雪蓮、それに俺、という取り合わせだ。警備の空き時間で眠っていた祭は多少不機嫌そうだったが、酒を勧めるとそれも解消された。 「さて、そろそろ聞かせてもらいましょうか」  お互いの健康を確認したりのたわいない会話の狭間に、不意に華琳が言う。いまは彼女もとっておきの酒を持ち込んでおり、俺もその御相伴に預かっていた。  なぜよりによって大使の執務室で酒宴かというと、酒が無ければ気分がのらないと雪蓮が強く主張したからであり、なおかつ外に漏らしてくれるなという要請もまたあったからである。冥琳も最初は渋い顔だったが、雪蓮に何事か耳打ちされて納得したようだった。 「んー、なにをー?」 「あなたがここにいる理由よ」 「ああ、簡単よ。そろそろ引退しようかと思ってさ」  その言葉を聞いて、飲んでいた酒がどこか変なところに入ったのか、げほげほとむせる。祭がすかさず、俺の背を優しくなでてくれる。しかし、驚き苦しんでいる俺をよそに、他の四人は至って冷静に見えた。 「そう。蓮華に譲るのね」 「うわ、華琳てば驚かないの。つまんなーい」  口をとがらせて抗議する雪蓮に、華琳はにこやかに笑って見せる。 「だって、本気なんでしょう?」 「ええ」  俺の咳き込むのがおさまったと見た祭が、酒杯を置いて立ち上がり、雪蓮に礼をとる。 「おめでとうございまする。ついにこれにて文台様がお建てになった呉は終わり、新たな呉が生まれましょう。よくぞ覚悟なされました」  それまで酒に口をつけなかった冥琳が、一気に杯をあおり、深く椅子に体を預けた。 「もちろん雪蓮がそうするとなれば、私も退く。祭さまももはや呉にはおられず、まさに新たな呉だ」  その声が疲れ切っているように聞こえたのは、俺の聞き間違いではあるまい。華琳は冥琳をちらとみると、からかいや侮蔑ではない、心からのねぎらいの笑みを浮かべた。 「継がせるべき相手がいるのだから、あなた達は幸せよ」  沈黙が落ちる。  しばらくして、華琳の言葉を噛みしめていたのか瞑目していた雪蓮が目を見開く。すると彼女は普段通りの、飄々とした笑みを取り戻した。 「まあ、いますぐとはいかないわ。半年、いえ、あと一年かな。どう、冥琳」 「一年はほしい」 「ですって」  からからと笑う雪蓮に苦虫をかみつぶしたかのような顔の冥琳だったが、やがて苦笑まじりの穏やかな笑みへと変わっていく。 「では、冥琳は呉に返さないといけないわね。大使として引き止めておくわけにもいかないでしょう」 「いや、華琳殿。あと半年は私は洛陽にいるつもりだ。内部で動けば動きが読まれやすいが、ここならば探られもしまい。細かいところまでしっかりお膳立てをして、戻って一気呵成に仕上げるというのがいい。その間、祭さまにもお手伝いをしていただきたい。外側の視点も持つ人間として」  冥琳の言葉に、祭は声をあげて笑う。だが、その瞳に少し寂しそうな色が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。 「ほっ、人遣いの荒い。周家のご令嬢は、外に出ても儂を遣い倒すおつもりじゃ。……とはいえ、これもまた文台様へ果たせなかった分のご奉公か」 「よろしいかな、一刀殿」 「祭が言うならそれはいいんだけど。ただ、その、なんで急に引退なんて?」  国主が引退して妹に国を譲るなんてよほどのことだ。体が弱くて政務ができないとか、歳をくって頭が働かないとかでもないというのに。なにしろ、目の前にははち切れんばかりに魅力にあふれた成熟した肉体が……おっと、華琳の目が細まったぞ。 「あら、急じゃないわよ。成都陥落以来ずっと考えていたもの」  事も無げに言う雪蓮。それに対して祭は昔を思い出すように、遠い目をしていた。 「我等の呉は負けた。負けたのじゃ。旧き世代はその責を負わねばならん。策殿はその任を全うされるために、戦後苦渋の中で過ごされておられたことじゃろう。そろそろ新たな世代へと引き継いでもよろしい時期じゃ」  ぎゅうっと握りしめられている拳に、ゆっくりと手を置いてやる。はっと気づいたように祭は俺を見て、一瞬泣きだすかと思えるほどくしゃりと顔をゆがめた。 「大陸制覇のための集団から、統治するための国へと変わるというのは、実に難しいことなのよ」  だから、勝たなければならなかった。と華琳は呟く。俺は詠から聞いた蜀のことを思い出す。  これもまた戦乱の爪痕と言えるのだろうか。いずれにしても、雪蓮と冥琳は戦乱の時代のための呉に幕を下ろすつもりらしい。その理屈は頭ではわかるが、よほどの決意がなければできないことだ。二人を尊敬する要素がさらに増えた。 「……山越の問題もある。私や雪蓮はあやつらに憎まれすぎているからな。締めつけの時期はもうしばらく続こうが、蓮華様なら上手くやってくださるだろう」 「穏や亜莎はちょっと頼りないとも思うけど、上がつっかえてると伸びるものも伸びないしねー」 「でもさ、引退して二人はどうするの?」  この二人ほどの才能が埋もれるのはもったいなさ過ぎると思うのだけれど。いっそ祭みたいに……とも思うが、さすがにそんなことは望めないか。 「冥琳と二人で諸国漫遊世直しの旅〜」  なんか、どこかで聞いたことある話だな。印籠でもつくるのかな? 「ってのも考えたけど、贋物騒ぎとか御家騒動起こされても困るしね。まあ、そのあたりは……ね」 「もうしばらく見極めなければな」 「ゆるりとお決めなされ」  祭、冥琳、雪蓮の三者の間で何事か目配せがかわされる。さすがにこの三人の連携に入っていくことは不可能だな。  華琳がぐい、と杯を干した。雪蓮と目線をあわせ、張りのある声で宣言する。 「一年。その間はなにも起こさないようはかるわ。あなたがわざわざこちらまで出向いてくれた礼に、ね」 「ありがと。そのかわり、一刀たちはちゃんと歓待させてもらうわ」 「あたりまえよ。冥琳だってこちらでの待遇に文句はないはずよ?」 「明命がすっかり一刀殿の護衛に駆り出されていることくらいだな」 「おや、それはお主からぜひにと言い出したことではなかったか?」 「さ、祭さま、それは秘密だと、あれほどっ」 「あらあらー、冥琳てば赤くなっちゃって、公私混同はいけないんだー」 「どの口で言うかっ」  わーわーとかしましく騒ぎあうみんなを見ているとなんとなく嬉しくなって、俺は一人杯を重ねるのだった。  雪蓮が秘密裏に洛陽に滞在をはじめてから数日後、俺たちの部屋へ夕闇に忍ぶように桂花がやってきた。 「はやく扉を閉めて」  出会い頭の罵倒もなく、頭巾で顔を隠すようにしている桂花に驚きつつ、扉の前の恋に目でねぎらいを送り、扉を閉めきる。しかし、頭巾で顔を隠したいのはわかるんだが、それがあの猫耳頭巾じゃ、誰だかばればれだと思うのだが、どうなんですか、荀ケさん。 「人払いして」  短く命じてくる声に切迫感を感じて、麗羽たちを見る。今日は美羽が郷士軍の打ち合わせで凪のところに行っているので部屋に残っているのは麗羽と斗詩、猪々子の三人だ。美羽はついでに凪や季衣たちと遊んでくる予定だから、一晩はこの面々ということになっている。凪と七乃さんに加えて真桜や季衣、流琉がいれば安全に関しては心配ない。 「麗羽たちしかいないぞ?」 「あんたと二人にしてって言ってるの!」 「あらあら」  麗羽が艶然と微笑む。なにを期待しているんだ、なにを。 「ああ、もう……」  疲れ切ったようにへたりこむ桂花。こんなに打たれ弱い彼女は珍しいな。からかうのもこのくらいにしておかないとまずそうだ。 「麗羽」 「はい、我が君。さ、斗詩さん、猪々子さん、行きますわよ」  一声かけると、俺の意をくみ取って、三人は奥の部屋へ消えていく。念のため、そちらへの扉も閉めておく。 「さ、これでいいだろ」  そう言うとようよう体を持ち上げて、さっきまで麗羽たちが座っていた卓によろよろと座り込む。 「あんたが襲われた件でね、首謀者が出てきたのよ」 「ほう」 「逃げられないと踏んだのかどうなのか、自分から出頭してきたんだけど……。荀攸、って言ってわかる?」  三國志の知識をなんとか探ってみる。そう言えば、荀ケの親族でこれまた曹操の軍師をやっていたのがいたような気がする。 「俺の世界だと、荀文若の年上の甥だったかな」 「私の年上の姪よ」  ああ、やっぱり、こっちじゃ性別が逆転しているのか。しかし、かなり優秀な人だと聞いたが、こちらでは何をしていたのだろう。 「あいつが『おばさま』なんて言ってくるのにはもう腹が立って腹が立って……ってそれはいいわ。ともかく、攸が首謀者だと名乗り出てきたの。しかも、あの恩知らず、こともあろうに、わ、わ、私の指示だって言ってるのよ!」  華琳のこと以外で取り乱した桂花を見るのは珍しい。 「あー、えっと、つまり、桂花が俺を殺すよう命じた、と」  がたん、と音を鳴らして椅子が倒れる。驚いて立ち上がった俺に取りすがるように桂花が飛び込んでくる。 「ち、違うわよ。いくらなんでも!」  おいおいどうしたんだ。あの桂花が涙を目の端にためて俺にすがりついているなんて。 「あたりまえだろ。俺が暴虐の徒でもない限り、暗殺なんて方法で取り除いたら外聞も悪いし混乱も起きる。それは華琳に跳ね返ってくる。桂花が華琳の迷惑になることをするわけない。そうだろ?」 「そ、そうよ。わかってるじゃない」  ほっとした顔で微笑む桂花。その笑顔に惹かれていつの間にか頭をなでていた俺の手に、ちょっとうっとりとした顔になりかけて、はっと気づいたように振り払う。 「ちょ、調子に乗るな!」 「はいはい」  少しは普段の調子が戻ってきたかな。俺が微笑みかけるとぶっすーとした顔で元の席を戻し、座りなおす。 「しかし、桂花も心配性だな。天下の荀文若が俺程度を除くのに暗殺なんて大雑把な謀をするなんて誰も思わないよ。その荀攸さんが苦し紛れについた嘘と思われるだけさ」  その俺の言葉に、彼女はいつも通りのあの意地悪な、唇の端を持ち上げる笑みを浮かべて見せた。 「公達の莫迦の意図はおいとくとしても、世の中にはね、自分の卑小な思考の範囲でしか人の行動を理解できないやつらってのがいるの。そういう連中には、嫉妬で男を殺そうとしたっていう醜聞はこれ以上なくわかりやすい餌なのよ」  これを聞いた下級兵士どもの噂話が見物ってものよ、と桂花は自嘲気味に呟く。桂花のことだ、男共に噂されるってだけでも怖気がたつんだろうなあ。 「ところで、公達さんとやらは、やっぱり?」  手をひらひらさせてある方向を示してみる。それは内宮、帝の座所のある方向だ。 「ええ、あちらの筋よ」  憎々しげに言う桂花。これまでも特にいい感情を持たれていたとは思えないが、これで桂花の対漢朝の態度は決定的に悪化したな。実際にはありえないとはいえ、華琳に疑われる可能性を万分の一でも生じせしめた朝廷は、彼女の中ではっきりと敵となったことだろう。 「あれは反董卓連合以前から洛陽に入っていて、ずっと朝廷の役目を果たしていたわ。こちらとはほぼ不干渉できていたのだけどね」  苛々と猫耳を振り立てる桂花。 「公達の意図として考えられるのは三つ。一つは自分が出てくることで事態の収拾をはかること。幕引き役ね。もう一つは親族ってことで私に罪をなすりつけられること。正直これは成功する必要はないわ。不信の種を植えつければ充分。華琳様がひっかかるはずもないけど、さっきも言った通り、下衆どもには通じる。もう一つは……油断を誘うためね」 「油断?」 「事態が終息したと思い込んだ時に第二撃を送る。効果的な手よ」  言われてみれば……。ただ、俺についてくれている人達はみんなその程度は見抜いていそうだけど。桂花もそう思っているのか少々顔をしかめていた。 「はっきり言えば、どれもひどいずさんさよ。ましてや攸ほどの人材を潰してするほどのことじゃない。私たちが考えもつかない罠を張っているのか、別の動きを隠すためか、あるいは焦っているのかもしれないわね」 「俺たちにそう思わせたいのかもしれないな」 「まあ、意図なんてどうでもいいけどね。身の程をわきまえず華琳様に楯突くようなら叩き潰すまでよ」  鼻をひくひく動かして、興奮ぎみに桂花が笑う。うわ、惡人の顔してますよ、桂花さん。 「頼もしい限りだな……稟たちはどうしてる?」 「あれは大丈夫よ。政務以外は、私ですら知らないどこかに潜んでいるもの。知っているのは華琳様だけだと思うわ。風は平然と出歩いているけど、あれもかなりの護衛を潜ませているわね」 「そっか、よかった。桂花も気をつけてくれよ」 「あんたに心配されるまでもないわよ。私や華琳様の警護は万全よ。いっそあんたを餌に釣ろうかとも思ったけど、もうそれもどうでもいいわ。もっと根本的にことに当たらないと」 「根本的……か。たとえば禅譲を迫るとか?」  そう言った途端、桂花の眼が据わった。なんとも言えない色を宿した瞳で俺のことをねめつける。背筋が凍り、代わりに肌からは厭な汗がじっとりとしみ出る。 「北郷殿」 「お、おう」 「二度とそのような言をなされませぬよう、曹孟徳の筆頭軍師として要請いたします。かなうことならばお聞き入れねがいたく」 「あ……はい。ごめんなさい」  公式の場でもよほどのことがないと聞いたことのない言葉づかいで、冷然と俺に命じる──間違いなくこれは命令だ──桂花を見て、顔が火照る。恥ずかしいやら申し訳ないやら、心が乱れてしかたない。 「それは、あんただけは絶対に言っちゃいけないことなの」  まったく、莫迦なんだから、と桂花はいつもの調子に戻りながらぶーたれる。しかし、俺にはそれが心地よく感じられた。さっきみたいにまるで温度のない瞳で見つめられるより遥かにましだ。俺がほっと息をついている様子を見て、呆れたように指をふる。 「あのね、天の御遣いって言われている意味を考えなさいよ。ただでさえ天子様に喧嘩売ってるようなものなのよ。その上、軽率な発言で足元すくわれたらたまんないわよ。いい? に。ど、と言わないのよ」  ああ……そういえば、そういうことになるのか。朝廷から狙われる理由に、それもあるのかもしれないな。 「わかった。すまん」 「わかればいいのよ、わかれば……。あーあ、まったく。一応、名目上は公達のやつがやらかしたことになるから、あんたに詫びを入れるつもりだったんだけど……もういいわよね。あんたを始末しようとしたのは、公達でも、もちろん私でもない。だから……気をつけなさいよ」  最後はごにょごにょと早口で言って、桂花は席を立つ。 「今日は部屋から出ないように。これは私じゃなくて、華琳様からのお達しよ。あとはせいぜい呉に行く準備でもしてなさい。それじゃね」  再び猫耳頭巾を深く被りなおし、そそくさと廊下を早足で歩く桂花の背中を一緒に見送っていると、恋がなにか言いたそうにこちらを見ていた。この娘の少々乏しい表情変化にようやく馴れてきて、こちらになにか言いたい時くらいはわかるようになっていた。 「……ご主人様。華雄、呼んだ方が、いいかも」  確か今晩は華雄は警護から外されているはずだ。わざわざフルメンバーにしたいということは不穏な空気があるということだろうか。  しかし、ご主人様、なんて呼ばれるのはくすぐったくてしょうがない。恋にとっては主筋である月──董卓もまた真名を許してくれてそう呼んでいる──と詠が、俺の侍女として配される関係で俺のことをご主人様と呼ぶものだから、彼女もそれにならっているわけだが……閨で華琳たちに戯れで言われるのとはやはり違う。 「なにかあった?」 「……なにもない。ただ……厭な、予感する」 「そうか、じゃあ、呼んでくれるか」  こくこく、と頷く恋。なんだかこういう動作を見ていると、この女性があの世にも名高い飛将軍とはとても思えない。恋自身が動物好きだからか、本人の動作が仔犬みたいなんだよな。 「……ご主人様、恋が扉閉めたら、閂かけて、窓全部閉めて」 「了解。朝までひっこんでるよ。それでいいかな」 「……うん、いい」  少し考えるように小首をかしげたあと、こっくりと頷かれる。彼女が扉を閉めると、言われた通り、閂を通し、鍵をかける。  奥の小部屋に顔を出すと、麗羽たちは三人で達磨おとしに興じていた。こないだお土産で買ってきたんだけど、案外楽しんでくれてよかったよかった。 「悪い。窓閉めるの手伝ってくれないか」 「はーい」 「わかりましたわ」  四人で手分けして、窓を閉めてまわる。袁家全員を収容する部屋なので、寝室だけで三部屋、その他に四部屋と部屋数があるのは大人数がいるのに気がつまらなくて助かるが、こういう時は大変だ。 「あ、鎧戸も閉めて」 「んじゃ、あたいは灯を入れるー」  外からの光が入り込まなくなる代わりに、猪々子が灯火を点々と用意していく。このあたり、さすがは名家に仕えていたせいか、他の武将たちとは明かりを置く頻度がまるで違う。庶人出身の季衣や流琉が見たらもったいないと口をそろえて言うだろうほどに明るくしてくれるのは、俺としては非常にありがたかった。  作業を終えた俺たちは、ちょうどいい時間となっていたので、夕食の準備をはじめた。と言ってもこの部屋では本格的な調理はできないので、乾物や果物、野菜類、それに昼間に買っておいた点心の類となる。実際のところ、麗羽などは夕食は果物しか口にせずに、朝食と昼食をたっぷり摂るタイプなので、ほとんどが俺と猪々子の食べるものとなる。俺の場合、酒のつまみという意味も強いけどな。こちらに帰って来てからすっかり飲んべえだ。 「それじゃいただきまーす」  みんなで卓につき、酒杯を片手に食事をはじめる。 「桂花さんてば、元々はわたくしのところにいたというのに、一切挨拶もないんですのよ。ひどいとお思いになりませんか、我が君」  汁気たっぷりの桃を口に運びつつ、麗羽がそんなことを言う。美味しそうだったので少しくれと言ったら、麗羽手ずから小ぶりの包丁で切って、俺の口元に桃の一片を差し出してくる。少々気恥ずかしかったがそのままつまんだ。じゅくり、と実が舌の上で崩れ、甘い果汁が口の中に広がる。麗羽に微笑みかけると、あちらも笑みを返してくれた。 「あいつは華琳に心酔しているからなあ。余計、元の所属とか匂わせたくないんじゃないかな」 「まあ、華琳さんは魅力的な女性だとは思いますけれど」  麗羽はもう華琳を目の敵にするのはやめている。華琳の勢力下にいるから、という単純なことではなく、色々としこりがほぐれてきているようだ。いつか、三人でゆっくりと話す時間を取ろうと思っている。 「そうそう、我が君が呉へいらしている間のことですけれど」  そうだ、麗羽たちが呉へ一緒に行くかどうか決めておいてくれと言っていたのだった。美羽はさすがに雪蓮を怖がるのはなくなったとはいえ呉に足を踏み入れるつもりはないだろうし、麗羽たちを連れて行こうと思っていたのだ。そうなると、かなり大人数になってしまうのだが。 「わたくし個人としては我が君についてまいりたいのですけれど、華琳さんと白蓮さんから少々頼まれ事が」 「華琳と伯珪さん?」  またよくわからない組み合わせだな。 「なんでも、遼東の同姓の方のところに釘を刺しに行くとか?」  ちら、と斗詩のほうを見やる麗羽。彼女の言葉を継いで、斗詩が説明をはじめる。 「燕王とか名乗って独立の機運を見せている人がいるんで、説得して……無理なら潰すつもりじゃないかと」 「遼東公孫氏か。公孫淵だったっけかな……」  さすがにそのあたりは俺の記憶も曖昧だ。群雄なら、例のごとくこちらでは女性かもしれないけど。 「表向きは、内烏桓各部族の慰撫ということですね。主に河北にいるので、私たちも一緒に、ってことらしいです」 「内烏桓?」 「はい、いま白蓮さまが一刀さんから預かっている烏桓部隊を使って、各部族に漢側にしっかり降るほうが得だと見せつけたいみたいです。白蓮さまは、その……烏桓に恨みがありますけれど、背かなければそのほうがいいと思ってらっしゃるみたいで」 「ふむ……」  実際に指揮下にある烏桓部隊を率いて内烏桓諸族をまわることで兵を得るか、あるいは圧力をかけるつもりか。なかなか考えるな。それも烏桓部隊を既に掌握しているという自信があってこそのものだろうけど。白馬長史の名前はさすがに伊達じゃないらしい。 「しかし、伯珪さんは蜀の大使だろ。いいのか、そんなことしていて」 「公孫氏のほうは、どうも朝廷の筋かららしいので、白蓮さまも断れないのではないかと……」  朝廷も珍しく仕事をしているんだな。しかし、そうなると華琳としても口を出せまい。一地方とは言え独立を許せば国家が安定しないのは確かだから。 「うまくいけば一石二鳥の策だけど、危ういなあ」 「だから、曹操さんは、私たちをつけたいんじゃないかと」 「遼東を除けば、元々はわたくしと白蓮さんのものだった土地ですものね」  白馬義従に烏桓突騎、それにかつての袁紹軍の二枚看板か。確かに地の利がある上に精鋭中の精鋭を連れて行けば、遼東公孫氏との『話し合い』もうまく行きやすいだろうな。 「ん……華琳とも話してみるよ。ただ、なにがあるかわからないから、気をつけてね」 「大丈夫だよ、アニキ。あたいと斗詩がついているからさ」  これまでむしゃむしゃと夕飯を食べるのに夢中だった猪々子がにやりと笑う。彼女はおそらく、この部屋に押し込められて一番ストレスがたまっている人物だろう。できることなら自由にさせてやりたいのはやまやまなのだけど。 戦闘になるかもしれないことで、猪々子は楽しみでたまらないようだ。 「できれば、自分の部隊を率いたいもんだけどなー。アニキ、あたいらにも部隊ちょーだいよ」 「文ちゃん、ちょっとっ」 「そりゃー、斗詩はさー、書類仕事もできるからいいけどさ。あたいだって役に立ちたいじゃん?」  まるで子供が新しい玩具をせがむように軽い口調で言っているものの、猪々子の瞳の光は強い。  確かに、文醜ほどの武将をただ飼い殺しにしておくのはあまりにもったいない。特に彼女は華雄や恋のように個人の武を磨くことだけに夢中でいられるタイプでもない。  いずれは華琳に相談して、彼女たちにも部隊をもたせることを検討しなければならないが、問題は袁家にそれほどの力を与えていいのかという疑念を持つ者がいまだに存在することだろうか。美羽が政治力をつけ始めているのも懸念材料なのかもしれない。そういう心配をする人は、大陸を制した覇王を、かつてより人材を失っている美羽や麗羽が出し抜けるとでも思ってるのだろうかね。 「そうだな、考えておくよ」 「我が君、あまり、お気になさらなくとも……」  にんまりと顔をゆるめる猪々子に対して、麗羽は少々困り顔で俺に耳打ちしてきた。麗羽がこんな顔するなんて珍しいこともあるものだ。 「いや、猪々子の言うことももっともだよ。それぞれにできることをやりたいと思ってくれるのは本当に嬉しいしね。ただし、現時点では、いつとは約束できないよ」 「んー、これだからアニキってば好きだぜ」 「ありがと」  納得してくれたらしい猪々子の言葉にほっとしながら、礼を返す。しかし、それがお気に召さなかったようで、彼女はぶーと口をとがらせた。 「あー、本気にしてないな。猪々子ちゃんの愛の告白を」 「ぶ、文ちゃん酔ってるの?」 「あたいは正気だよー。ひどいや、斗詩」  猪々子はほとんど食べるのが中心で酒は呑んでいないはずだ。たぶん、いまこの卓で一番呑んでいるのは俺だし、正気だというのは本当のことだろう。 「いや、だって……猪々子は斗詩が好きだろ?」 「そりゃ、好きさ。あたりまえだろ。斗詩は大好きだけど、アニキだって好きだし、麗羽様だって好きだぜ?」  声音に真剣な色がのっている。俺は背筋をのばした。卓についている他の二人も、猪々子がまじめに話そうとしているらしいと気づいたのか、口をつぐんで展開を見守っている。 「あたいも大概莫迦だから、うまく言えないけどさ」  へへ、と照れ笑いを浮かべつつ、猪々子は続ける。 「こないだ、アニキ襲われたろ?」 「うん」 「あれ聞いて、麗羽様なんてすんごい取り乱しちゃってたけど、あたいも結構いろんなこと考えたんだよ。たぶん、斗詩も」  ちら、と横目で麗羽を見るとすました顔をしていたが、その顔が真っ赤に染まっていてはごまかしようがない。斗詩は斗詩で猪々子の話に神妙な顔をして聞き入っている。 「あたいにとってみたらさ、斗詩がいて、麗羽様がいて、アニキがいるのが幸せなんだって、その時気づいてさ」  名前を呼ぶ度に、彼女はその相手を一人一人じっと見つめた。 「そりゃ、アニキだからこそちんこになれとか言ったし、抱かれもしたけど……」  確かに無茶苦茶なことを言われたな。あたいのちんこになれって言われた時はどうしようかと思ったものだ。 「あの時にははっきり気づいてなかったけど、あたい、アニキのことちゃんと好きなんだなあ、ってさ。そんな風に思ったわけ」  なんだか嬉しそうに猪々子は笑う。朗らかにあけっぴろげに。 「だからさ、あたいはアニキが好きだよ」  真っ正面から、にっこりとそう笑いかけられて、俺はもうかっと体中の血液が燃え上がったかのような熱と共に、この上ない幸福感に包まれていた。  そんな俺の体がぐい、とひっぱられ、無理矢理に違う方を向かされた。その先にいるのは、おかっぱ頭の黒髪の女の子。 「と、斗詩?」 「一刀さん。私も、あなたが好きです」  ぐい、っと俺の心を刺し貫くように、斗詩の言葉が入り込んでいく。頭が理解するより前に、彼女の言葉が心を包んでいた。  しかし、その余韻を味わう間もなく、今度は後ろから柔らかな感触に抱き寄せられる。 「我が君。わたくしの我が君。愛しておりますわ」  耳元で囁く声は、紛れもなく袁本初のもの。 「あー、ずるいですよ、麗羽様」 「姫ったら、もう〜」 「ふふん、あなたたちがまだまだ甘いのが悪いんですのよ」  三人が騒ぐ声が聞こえる。ぎゅっと抱きしめられる麗羽のぬくもりを感じる。肩口から胸を抑える腕を、ぽんぽんと軽く叩く。 「俺も……俺も、大好きだよ。猪々子。斗詩。麗羽」  少し、涙まじりになってしまった。  あまりにも幸せで。あまりにも、愛しくて。この時間が、大事すぎて。 「でさ、今日はちょうど美羽さまたちもいないんで、ちょっと提案なんだけど……さ」  少し掠れた猪々子の声。興奮を押し殺したような声音は、既に淫靡な響きを帯びている。 「麗羽様はともかく……その、アニキは斗詩の代わりにあたいを抱いて、あたいの代わりに斗詩を抱いてるだろ?」  そういう風に言われればそうかもしれない。ちんこになる、ということがどういうことか実際は俺もよくはわかっていないのだが……。二人で一人を抱いている、ということになるのかな。 「一度、男と女として抱かれてみたらどんな感じなのかなー? とか、思ったりするんだよね、これが」 「ぶ、文ちゃん」  真っ赤になった二人が俺をじっと見つめている。斗詩も文句を言っているわりに、厭だというわけではなく、興味はあるらしい。 「三人一緒はだめだぞ。今日はちょっと危ないんだ。誰かは警戒していないと」  俺も雰囲気に呑まれて、そんなことを口走ってしまう。 「あら、でしたら、一人ずつ可愛がっていただけばよろしいんじゃありません?」  事も無げに言うな、麗羽。 「れ、麗羽様まで!」 「何を言っていますの、斗詩さん。我が君を喜ばせてさしあげるのですから誇っていいことですわよ?」 「そ、そりゃそうですけど……」  この状況だとしてない人が見たり聞いたりすることに……と口の中でもごもご呟く斗詩。 「ああ、もううるさいですわ。よろしいですわ。まずはわたくしが斗詩と猪々子にお手本を見せてさしあげますわ!」  そう言うと麗羽は俺の体を離した。後ろで衣擦れの音がする。早速服を脱ぎ捨てているようだ。後ろを振り向く誘惑にかられるがなんとか耐える。麗羽は俺が見ていると動きが鈍ってしまうから、脱ぐのだけは任せてしまった方がいいのだ。  その間に目線で指示をして、猪々子に卓の上を片づけさせる。こうなったら、楽しんでしまう方が早い。 「あなたたちはわたくしと我が君が愛し合うところを存分にご覧になって、男と女というのはどんなものか勉強したらいいですわ」  なんだか性教育みたいな文言だが、うっとりとした麗羽の声で直に言われてみると、これがまた刺激が強い。既にズボンの布地がつっぱって痛い。 「……我が君」  麗羽の声に応えて振り向く。美しい体を見せつけるように麗羽が立っていた。身につけているのはアクセサリのいくつかと、俺という所有者がいる証、黒革の首輪だけ。  瑕一つない白い肌が淡く朱に染まり、俺の視線が彼女の肌の上を動くたびにその濃度をあげていく。丸まると張った乳房、腰から尻にかけての肉のやわらかさ、淡く繁る股間から太股へと流れるラインの精妙さ。  どれもが美しく、名前の通り麗しい。 「おいで」  小さく言うと、おずおずと近づいてくる。彼女ののばした腕を取り、後ろを振り向いて、言い置く。 「二人はそのまま見てること」 「あ、う、うん」 「は、はい」  気圧されたのか妙に大人しい二人から視線を戻すと、少し拗ねたような麗羽の顔に突き当たる。やわらかく微笑み、そのまま口づけた。 「わが……きみ……」  薄い唇をはむはむと俺の唇ではさみ、その合間からちろちろと舌を這わせる。 「は……ふ……」  麗羽の大きな瞳が潤み始める。唇を割り開き、舌を侵入させる。やわらかく応じてくる麗羽の舌を一度避けると、必死になって追いかけてくる。それを迎え入れるようにして舌を合わせる。  ちゅぷり、くちゃり、といやらしい音が直に脳内に響く。俺たちはごく間近で、お互いの瞳に映る自分自身を覗き込むように見つめ合う。麗羽の背中を、俺の掌がすべる。麗羽の手が、俺の服のボタンを一個一個外し始める。  上着が脱がされる。頬の裏側の粘膜をこすりあげる。  ズボンが落とされる。歯列をなぞるように丁寧になめていく。  下着が剥がされるが、麗羽の手が届かないので、俺が足を使って振り落とす。ぐじゅぐじゅと唾を交換しあう。興奮で泡立った唾液がお互いの口内にあふれ、喉に落ちていく。それでも間に合わず、口の端からだらだらと二人のまじりあったものが垂れ落ちていく。  すでに隆々と猛っている俺のものに、麗羽の細い指がしっとりと絡みつく。俺が彼女の舌をきゅっきゅとなめあげるリズムに合わせて、しごきあげられる。長く指が動くたびに、背筋にちりちりと快感が走る。 「す、すげー……」 「わ、私たちあんまり一刀さんと絡んでないものね……って、あんっ」  麗羽の瞳に怒りの色が走る。唇が離れる。そのぬくもりがなくなるのが少し寂しい。 「猪々子! 斗詩といちゃついていたら、意味がないでしょう。今日のあなた達はあくまでも我が君のものですわよ!」  振り向いてみると、猪々子がいつものごとく斗詩の胸に手を出していたようだった。悪戯を見つかった子供のように手をひっこめる猪々子。 「うー、それもそうですね」 「二人とも、間が持たなかったら、手をつないでいるといいよ」  正直、桃色空間で正気で見ていろという方が拷問だしな。それはわかるのだが、猪々子が言い出したことでもあり、あちらで二人盛られてもそれはそれで困ってしまう。 「申し訳ありません、お許しもなく口を離して……」  謝ってくる麗羽。その間も指の動きは止まらず、俺に快楽をもたらそうと懸命だ。テクニックだけで言えばまだまだぎこちないのだが、麗羽の指はとても繊細に動くので思ってもみないような感触を受けてそれが愉しくもあった。 「いいんだよ、麗羽」  名を呼ぶとそれだけで嬉しそうに微笑んでくれる。その手を優しく掴み、後ろに回る。もう片方の腕もとって両手を後ろ手に取った。少し進ませて、卓の前で止まらせる。 「足を開いて」 「は、はい……」  不安ではなく、恥じらいで声が震えているのがわかる。ちらちらとこちらを振り向いては目が合うたびに微笑む麗羽。  俺に腕を取られ、自由に身動きがとれない名家のお姫様は、それでもなんとかバランスをとりつつ、足を広げていく。 「もう濡れてるな」  既に、金色の下生えは露に濡れ、きらきらと輝いている。それを指摘すると、すでに朱に染まった首筋が、さらに赤くなる。麗羽は元の肌が白く肌理も細かいから、面白いように染まっていくのがわかる。 「わ、我が君と口づけしていたら、こ、こうなってしまいますわ」  すっと指を走らせると、びくびくと体が震える。相変わらず麗羽の体は敏感だ。俺の指にねっとりと彼女の感じてくれている証拠が絡みついてくる。 「それだけ?」 「え……」  振り向いた顔が愕然とした表情に彩られる。 「猪々子たちに恥ずかしい姿を見られて、感じてるんじゃない? いや、最初から見られたかったんじゃない?」 「そ、それは……」 「ずっと思ってたんだけど、一番最初、俺にお尻を叩かれた時、あれ、痛みやなにやらで気絶したんじゃないだろう? なあ、斗詩、どうだ?」 「え、えっと、それは、その……」  俺の言った通り手をつなぎ合った二人は赤くなりながら顔を見合わせている。 「猪々子」 「いや、アニキ、さすがにそれは……」 「……いいんですのよ、猪々子さん」 「麗羽様!?」  見れば、麗羽の顔は陶然ととろけている。俺に抑えつけられ、ある意味でひどい言葉を投げつけられているというのに、彼女の秘所はうるみを増し続け、背筋は微かに痙攣しているほどだ。 「わが、我が君の、はぁ……仰るように……わたくしは……あさましくもいやらしいわたくしは、皆に……はふっ、いえ、愛しい猪々子や斗詩に、見られるぅっ、ことで、快楽をいや増すんですの……ふくっ……」 「はい、よく言えました」  予告もなく、俺のものを突き入れる。 「ふわああああああっ」  叫びと共に跳ねた麗羽の体ががっくりと倒れそうになるのを腕に力を入れ、自由なほうの腕で腰を抑えて押しとどめる。彼女は卓に上半身をつけるようにして、体中に走る快感に抗おうとしていた。 「は、はふっ、ふわ、かはっ」  既に意識が途切れがちなのか、ぶわっと肌に汗が広がり、連続して体が痙攣する。  あまり刺激しすぎないよう、ゆっくりと腰をまわすようにして責める。感じてくれるのは嬉しいのだけれど、麗羽は感じすぎてしまうとすぐに気絶してしまうので、俺も、そして麗羽自身も愉しくないというし、そのあたりの加減が難しい。 「ああ、我が君、我が君っ……」  ゆっくりとした動きで、少し意識がまともに戻ってきたのか、譫言のようだが、ちゃんと単語を言えている麗羽に安心する。 「さ、あの時、麗羽はどうしたの?」 「あの、あの時はっ」  応えようとした麗羽を遮るようにして、斗詩が口を挟む。 「あの時、麗羽様は達してらっしゃいました」 「お、おい、斗詩」 「文ちゃん、ちゃんと見て。麗羽様喜んでるんだよ? あれが、一刀さんが選んだ麗羽様への愛し方なんだと思う」  なんだか、すさまじく真剣な顔でそう言われた。とんでもない覚悟と決意を秘めた顔に、猪々子がぽかんと口をあけてしまう。 「そうですわっ、我が君に、ふくううううっ、叱っていただいてっ、わたくしは、はっ、はしたなくもみんなの前でイッてしまったんですのっ」  ぽろぽろと涙を流して、麗羽が告白する。その涙が悔恨や哀しみのそれではなく歓喜が故だと、果たして猪々子や斗詩はわかってくれているだろうか。  人にはそれぞれの秘めた思いや嗜好がある。俺は愛しい人のそういう部分を引き出し、抱き留めてあげられるならば、なによりの幸せだと思っている。たまたま麗羽の場合、それが非常にわかりやすく発現しているだけだ。 「麗羽は、大好きな人に見られると、余計に感じるんだよな?」 「はひっ、はいぃいっ」  がくがくと頷く麗羽の顔は涙と汗に塗れて、普段のお姫様ぶりとはとてもかけ離れている。けれど、それを俺はとてもとてもいとおしく思う。 「だから、いつか麗羽の準備ができた時、華琳の前で犯してやるって約束なんだよな?」 「ああっ……くっ」  俺の言葉に感極まったのか、ぎゅっと麗羽の体に緊張が走る。びくびくと何度も痙攣し、ぶるぶる震える体。その刺激を受けて、彼女の胎内の俺のものが体の奥にたまったものを吐き出し始める。 「──っ!!」  声にならない叫びを上げ、麗羽は堕ちた。  意識を失った麗羽を抱き上げ、寝室の一つに運ぶ。寝台に横たえた後、手際よく斗詩が体を拭ってくれていた。 「行こうか、猪々子」 「え、あ、あたい?」  飛び上がって驚く反応に、つい眉根を寄せてしまう。 「いやかい?」 「い、いやなわけあるかよ。ただ、斗詩が……」 「私は最後でいいよ、文ちゃん」  麗羽の意識を失った体をいとおしげに拭い上げ、斗詩が笑って言う。そのさわやかな顔に、猪々子も黙ってしまったようで、素直に俺の後をついてくる。 「なーんか、斗詩も麗羽様もすげーや」  もう一つ奥の寝室に入ると、猪々子がため息をつきつつそう言った。 「ん?」 「いや、あたいもよくわからないんだけどさ。アニキにかける信頼っていうのかな? すげぇなあ、って」  そう言われるとなんだか照れてしまうな。 「あ、違うぞ。あたいが信頼してないってわけじゃないぞ?」  俺が黙っているのをなんと思ったのか、慌てて否定する猪々子。その慌てぶりがまた可愛らしい。 「ただ、ほら、あたい飲み込み悪いから、うん、麗羽様と同じことやれって言われたらなかなか難しいと思うけど、がんばってみるから……さ」  あまりにもまっすぐな猪々子の言葉に、思わずその体を抱きしめてしまう。 「わっ、なんだよ、アニキ」 「猪々子がかわいいから」 「でも、あたい、おっぱい小さいよ」  なんでおっぱいが出てくるのかよくわからないが、猪々子のおっぱいは小さいと言い切れるほどではないと思う。 「猪々子で小さいって言ったら、か……いや、なんでもない」 「あー、うん。そこは触れないほうがいいと思う」  既に脳内でなますに斬られております。 「まじめな話、おっぱいも愛し方も人それぞれなんだ」 「んん?」  抱きしめながら、帯の結び目を解く。しゅるり、と音を立てて、床に垂れ落ちていく。 「麗羽へやることを斗詩にやっても猪々子にやっても意味がないってこと。もちろん、たまに同じような傾向を持っている人はいるだろうけどね。猪々子を一人の女として抱く時は、別のやり方をするよ」  上着を脱がし、肌着の上からさわさわと体をなでる。スカートをすとん、と落として、下着姿の猪々子を改めて抱きしめる。一枚一枚脱がした時の楽しみって、少しずつ肌が近くなっていく実感だよな。 「いろんな人を抱いてるアニキはさすが違うな」 「おいおい」 「だって、こんな手際よく……んっ」  お腹を俺のものがこすった途端、鼻にかかった声をあげる猪々子。 「すご……もうおっきくなってる」 「そりゃそうさ。こんなかわいい子の前にいたら」 「そ、そういうもん?」  言いながらぎゅっと握ってくる。少々痛いが、声を上げるほどでもない。ぴくぴくと動くのを彼女はじっくりと観察している。 「へぇ……」 「何度も見てるだろう?」 「だって……アニキのちんことして見るのははじめてだし……」  そう言うものだろうか? 確かに意識が違うと何度見たものでも見方が変わってくることはあるかもしれないな。 「これが、あたいの中に入ったのかぁ……」 「これから入るんだよ?」 「ん……」 「斗詩の中に一度入った後じゃなくてすまんな」 「もう……アニキのいじわる……」  拗ねたように呟く声に俺はもう辛抱することができなかった。 「ひゃあっ、うぅ、太い、アニキの太いよぉおおっ」  あぐらをかいた俺の上で、猪々子の引き締まった体が跳ねる。絡み合う四本の腕、しっかりとまわされて離そうとしない猪々子の脚。  ばちゅんばちゅんと水音と肌を叩く音が混じった奇妙な響きが二人の接合部から漏れる。  舌をのばしあい、ちろちろと舌先だけをからめあう。とろんと溶けた瞳が、俺のことを見つめ、猪々子の掌が確認するように俺の顔をなでさする。 「なあ、猪々子も子供ができたら産んでくれるか?」 「あたいとぉっ、アニキの、こも、こどもぉっっ?」  既に舌ももつれぎみの猪々子は、俺の言葉に、外れかけた焦点を合わせ始める。 「ああ」 「……産んでっ、ふひゅ、産んでほしいんだ、アニキ、そうなんだっ?」 「ああ。産んでほしい。猪々子に俺の子を産んでほしい。それ以上にお前を孕ませたい」 「いいよ……。アニキの子なら、産む。産むっ!! だから……孕ませて」  嬌声を抑えつけて、真剣な声で囁かれる。力の限り抱きしめて、思いを込めて腰を叩きつける。ぐりぐりと彼女の中の壁をこすりあげると頭をのけぞらせて、感極まったように彼女は吼えた。 「アニキ、アニキ、アニキ……かず、とっ」  昂った俺の感情が、彼女の中に注ぎ込まれていった。  猪々子の中で三度果てた後、気絶してしまった彼女を抱いて、麗羽と斗詩がいるはずの寝室に入ろうとした時、その声は聞こえてきた。 「ぶんちゃん、ふ、ふぅうう、かずとさぁん……」  低く押し殺した声。くぐもってほとんど単語には聞こえない呻きは、間違いなく斗詩のものだった。何事かあったか、と血の気が引く。慌てて覗き込むとそこには、窮屈な格好でもぞもぞと何事かやっている斗詩の姿があった。 「あー」  よくよく見てみれば、彼女はスカートの端を口で持ち上げて、その中を一生懸命にいじくっていたのだった。彼女の指の先で、彼女自身の性器がしとどに濡れて音を立てている。 「ふぅ、ふうう」  くぐもっているのも道理で、スカートをくわえることで声が漏れ出ないようにしているのだ。なにしろ横には麗羽が眠っている。  俺と猪々子がしている声を聞いていて我慢できなくなったというところか。ただ、声が既に絶えているのに気づいてはいないらしい。 「斗詩」 「ひっ」  俺の声に上がる顔。その眼が俺と、腕に抱かれた猪々子の存在を認めるのがわかる。途端、彼女の体が震えだした。 「ひ、い、いやああああああっ」  それでも小さく抑えられた叫びと共に、彼女の股間からびゅっ、びゅっ、となにかが吹き出して敷布を汚す。自分の体の反応に呆然とへたりこむ斗詩。  まさか、潮吹きでイッてしまうとは……。 「違う、違うんです、違うんです!」  わたわたと手を振る斗詩。何が違うのかはよくわからない。おそらく、本人もよくわかっていまい。 「落ち着いて、斗詩。ね」  できる限り優しく言って、とにかく猪々子の体を横たえる。抱える前に少しは綺麗にしたから、猪々子のほうはこれでいいだろう。 「か、一刀さん、わた、私はっ」 「斗詩。深呼吸」  そう言って、まず自分でしてみる。深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。それを繰り返していると、斗詩もそれにならって一緒に深呼吸をはじめた。 「落ち着いた?」 「はい……」  顔を真っ赤にしつつ、こっくり頷く。 「猪々子は……」 「あ、はい。文ちゃん、野性的な勘だけはいいんで、万が一なにかあったら気づくと思います。だから、起こさなくても……。あ、剣はいつもの場所に置いておかないと」  そう言って、猪々子の得物──たしか斬山刀──を猪々子たちの寝台からみて右側の壁にたてかける斗詩。斗詩の大槌は室内でふりまわすのには向いていないので、いまは奥のほうにしまってあるはずだ。彼女なら普通の剣でも充分以上に戦えるだろうな。 「じゃ、行こうか」 「あ……でも、あの……」 「ん?」  もじもじしてついてこようとしない斗詩。 「我慢できずに自分を慰めちゃってるような娘は……嫌い、です、よね……」  後半からすっかり涙声だ。俺は慌てて彼女の側に駆け寄った。 「莫迦だなあ。そんなわけないだろ」 「で、でも……」 「そりゃ斗詩にしてみたら恥ずかしいだろうけれど、俺がそれで嫌ったりはしない。斗詩だって、俺が斗詩や猪々子や麗羽の裸を見て興奮しても怒ったりはしないだろう?」  他の娘たちの裸の場合、怒るかもしれませんが。 「それとこれとは……でも……その……いいんですか、こんないやらしい娘で」 「うん。俺は斗詩だから、欲しいんだよ」  彼女は俺の顔をじっと見た後、こく、と小さく頷いた。  先に斗詩が一人でイッて、その上俺に見られたせいで気持ちが急降下したせいか、少し彼女が焦っているようだったので、ことさらにゆっくりとことを進めた。  挿入した後も、彼女の中のあまりの心地よさに腰を性急に動かしたくなるのをなんとか我慢して、できる限りゆったりと動かし、お互いにつながっていることを意識させるよう、全身を愛撫し続ける。 「一刀さぁん……」  甘い声で俺のことを呼んでくれる彼女の手も、俺の髪をなでたり、腕につかまるようになったり、とても気持ちいい。 「一刀さんはぁ……なんで、そんなに……あ、そこ、気持ちいい……」  言われたポイントを記憶しておく。そこを外して攻めておき、次に力強くそのスポットを襲う。 「ああっ、いいですっ、ああ、一刀さん、一刀さん」 「そんなに?」 「そんなにっ、くぅっ、優し……ですか?」  絞り出すような言葉。けれど、俺の方には実感がない。優柔不断と言われることはあるけれど。あとは甘いとか。 「優しい? そうかな」 「はい」  ぎゅっと俺の胸に彼女の胸が押しつけられる。たゆんと揺れる乳房が心地良い。 「俺はまだまだ優しく、できてないと思ってるよ」  優しい、というのは本当に難しいことだと思う。甘い言葉をかけたり、甘い態度をとることは簡単で、良心も満足する。けれど、それが本当に優しさだろうか。一見優しげな言葉が、人を堕落や凶行に走らせることだってある。なにより、俺に、全ての責任がとれるわけでもない。だから、せめて周囲の大事な人達にできる限りのことをしたいだけなのだ。  幸い、俺の周囲には厳しい態度をきちんととってくれる人がいるので、そのおこぼれとして、優しげな役割を負うことができているのかもしれないけれど。 「……一刀さん、大好き」  眉根を寄せて考え込んだ俺に、斗詩が柔らかな笑みでそう言った。言葉と共に、まるで別の生き物がいるかのように、彼女の中が蠢く。気持ちよさにさすがに腰が動いてしまう。 「ああ、俺も斗詩が好きだよ」 「あ、でも一つ注文がっ、あるんです」  ぐっ、ぐっと下から腰を動かしながら、斗詩が言う。その動きに合わせて、ぐるんと腰で円を描くようにすると、その喉から長い長い悦びの声が漏れた。 「なん、だい?」 「文ちゃんを孕ませるなら、私もそうしてくれなきゃ、や、です」  口をとがらせて言う斗詩に、思わず口づけた。 「もちろんだよ、斗詩」  俺は、その夜、彼女の中にも三度精を放った。  この夜、四名の刺客が討ち取られた。三名は俺たちの部屋に向けて時間差でやって来たものであり、一名はなんと華琳の寝所に近づこうとして斬り倒された。そして、同時に五通の密書を携えた五人の密使が放たれ、これも全て捕縛された。  どうやら、刺客騒ぎはこの密使を放つのが真の目的であったらしい。しかし、密使がそろって自害してしまったために、詳細はわからない。  密書の内容は俺たち側近にも知らされることはなかったが、おそらくはなんらかの密勅であろうということは推察できた。華琳を討てという檄でも飛ばすつもりだったのだろうか……。  荀攸さんは、自分が半ば使い捨て──首謀者だと名乗り出た当日に新しい暗殺騒ぎが起これば、首謀者どころかただの下っ端扱い──にされることを知らされてはいなかったらしく、牢の中でそれを悟り衝動的に自害しようとして華琳に止められたのだそうだ。  華琳いわく、すぐに堕として桂花とならんで私の軍師にしてみせるわよ、だと。きっと華琳好みの美人なのだろうな。  いずれにせよ、洛陽の刑場には、翌日九体の骸が晒されることとなったのだった。  呉への大使二人の出発は、比較的小規模に行われた。  なにしろ、この一行にはここにいるはずのない呉の主、孫伯符が紛れているのだ。大々的にやって顔を見られたら大事になる。魏は大使を赴任させるのに呉の主を呼び出し、奴隷のように使うのかとでも言われたらたまったものじゃないからな。  それでも、武将格の者達は俺達の出立を見送るために集まってくれていた。その中で、皆との別れも終えた俺は、桔梗に少し話があると陰にひっぱってこられていた。寂しがった陳宮が恋に取りすがって泣きだしてしまい、それをなだめるのにもう少し時間がかかりそうなので、話を聞くにはちょうどいい。 「なんだい、桔梗」  いやに真剣な顔で俺をじっと見つめている桔梗に話を促す。 「早くに話そうとしたのじゃが、なにせ、お前様が大変なことになっておりましたで、お待ちしておりましたが……」 「うん」  顔を赤らめ、下腹をいとおしそうになでる桔梗。まさか……。 「どうやら、わしも、お前様の子を宿したようじゃ」  体中の血が頭に集まってきたかのようにくらくらした。飛び跳ねようとして踏ん張り、わき出る喜びの叫びを抑えるために、慌てて自分の口をふさぐ。 「や、やった!」  それでももれ出る喜びの声はかなり大きく、幾人かが俺の方を注目してきたようだが、構っちゃいられない。 「喜んでくれまするか」 「あ、当たり前だろ。喜ばずにいられるかよ!」  思わず力一杯抱きしめようとして、最後に理性のブレーキがかかり、なんとかふんわりと彼女の体を包み込む。ゆったりと、桔梗の腕も俺の背に回る。 「ありがとう。桔梗、ありがとう」 「わしも若くはありませんでな。はよう授かってありがたいことじゃ」  優しく微笑む顔はなんとも余裕に満ちていて、人の子の親になるということの意味を俺につきつけてくる。女の人はすごいな……。俺は素直に感動していた。 「り、稟より後になるのかな」 「そうですな。あちらはなにしろお前様の子としてもはじめてじゃ。確認に気をつかったようですから、わしより一月ほどは早いものと」  そうなると、生まれたばかりの子供と対面するのは可能なようだ。稟の子が生まれる前には帰ってくるはずなんだから。 「ただ、お前様。わしは産み月に入る前より、しばし姿を隠すつもりじゃ」 「へ?」 「わしは蜀からの大使。下手をすると国元に帰されるかもしれませぬ。桃香さまたちに背くつもりなど毛頭ありませぬが、子のことでは干渉されたくもありませんからな」  そういうことか……。確かに、他国に派遣された武将がその国で孕まされたと言うと少々外聞がよろしくない。下手をすると会わせてもらえなくなってしまう。それは非常に困る。 「ま、隠れるというても、洛陽のいずこかへ隠していただくつもりじゃ。祭どのを通じて華琳どのにも内諾をもろうておる」  ははあ、既に話は通っているのか。なんだ、華琳のやつ、昨晩もずっと一緒にいたのに……。 「お前様に無事赤子を見せられるよう、がんばってみせますぞ」  頼もしい笑顔に安心する。俺の子を産んでくれるなんて、本当に頭が上がらない。 「ともかく、なにかあったら、祭に相談してくれよな。手紙も書くし、それに華琳たちにもちゃんと伝えておくし……」 「ええ、ええ。わかっておりますとも。さ、そろそろ他の女子たちの視線が厳しくなってきておりますぞ」  言われて渋々彼女の体から手を離す。振り向くと、華琳とその両隣の夏侯姉妹が刺す様な視線をよこしていた。いや、あなたたち事情を知っているんじゃあ……。  俺は後ろ髪をひかれつつ、そそくさと割り当てられた馬車へと向かった。他の武将たちとは既に別れの挨拶は済んでいたし、これ以上話していると出発するのが辛くなりそうだからな。  馬車の中には、もう月と詠がおさまっていた。二人は秘密裏にここにいるので、恋のように陳宮と愁嘆場を演じるわけにもいかない。  その月と詠は俺の侍女ということで、以前の三国会談の時にも着けていた可愛らしいメイド服を着ている。そう、どこからどう見てもメイド服なのだ。  しかも、二人同じ服ではなく、詠のはミニ、月のはロングで、二人とも帯を大きなリボンのようにして結んでいてとても可愛らしい。 「なに?」  対面からじろじろと自分たちを見ているのを不審に思ったのか、詠がまなじりを決して俺を睨んできた。 「なあ、その衣装って……どこから出てきたんだ?」 「はあ?」 「いや、俺の国によく似たのがあって、なんで似ているのか疑問に思ってさ」 「ふーん。でも、これは元々は桃香たちがくれたものだし……」  どうだったかしら? と首をひねる詠。そこに月がおずおずと口をはさむ。 「なんだか、最新の流行だそうですよ? と言っても私たちが桃香さんたちのところに居ついた頃の、ですけど……」 「というと、反董卓連合の……あ、ごめんね」 「いえ」  儚げに微笑まれるともう何も言えない。そこを詠がやれやれ、という風に話を進めてくれる。 「ま、ボクたちがあんたに助けられた後ってことよね」  そういやそうだったんだよな。もし、あの時、劉備さんたちに彼女たちを引き渡さなかったとしたら、もしかしたら、早い内に同僚として働くことになっていたのかもしれない。もちろん天和たちみたいに名前を隠さざるを得なかったろうけど。 「ふーむ、でも、よくできてるなあ。二人ともそれぞれよく似合ってるよ」 「なっ」 「あ、ありがとうございます」  真っ赤になる二人。実際、二人ともとびきりの美少女なのだから、さらに可愛らしいメイド服を着ればそれが映えるのはある意味当然だ。  ちょうどその時、最後の訓示を終えたのか、正使となる真桜が馬車に入ってきた。彼女は顔を赤くしている二人を見て思い切り誤解したようだった。 「んー、さすがはたいちょ、相変わらず女口説くのはやいわあ」 「違うっての」  あいかわらずの真桜だ。しかし、一応、今回の任務では俺の上司のはずなんだがな。いい加減隊長と呼ぶのはやめさせなければ。 「この服が俺の世界での服に似ているって話をだな」  俺の隣に座って、座り心地が気に入らないのか、席の調節をする真桜。この貴賓用馬車は彼女が設計しただけに、いじるのはお手の物だろう。 「ん? あー、これ、たいちょと沙和と大将の合作やん」 「は?」  ちら、と見て断言する。ようやく調節できたのか、しっかり座りなおす。それと同時に、馬車がゆっくりと動き出すのがわかった。 「以前、華琳さまに天の国の着物の話聞かれたことあったやろ。で、たいちょがささっと何枚か描いとったやん?」 「ああー、そういうこともあったかな」  それはずいぶん前の話だ。それこそ、黄巾党討伐が終わったか終わらないかというような頃ではなかったか。確かあの時は、メイド服と体操服とエプロンドレスと、あと、なに描いたっけな。 「で、それを沙和と大将が手直ししてな。阿蘇阿蘇に掲載させたんよ」  それは初耳だ。一体なんのためにそんなことを。 「……なんで?」 「天の国の風習がこの世界でどれほど通用するかの実験、といったところ?」 「お、さすがやなー。軍師はんは頭の出来がちゃうわ。ま、そういうこっちゃ。まさか蜀で花開いとるとは思わんかったけどな」 「実際に渡されたときはまだ蜀に行ってないけどね。都で調達したんじゃないの」  はあ……そういうことか。じゃあ、メイド服というのは間違っていないんだな。よし、これから月と詠のことは侍女じゃなくてメイドさんと呼ぼう。  そんなことを考えていると、こんこん、と外から馬車の窓が叩かれた。兵士がなにか言伝てか、と思って窓をあげると、華琳はじめ魏の諸将が馬車に並走していた。 「行ってらっしゃい、真桜、一刀」 「ああ」  それ以上の言葉はいらない。俺と馬上の華琳はしっかりと見つめ合い、そして、同時に微笑んだ。 「それじゃね」  馬首を巡らし、魏の覇王は居城へと戻って行く。その後を追って魏の武将たちが続々と続く。彼女たちは一人ずつ、馬車の横を通るたびに思い思いに俺たちに挨拶をくれた。  季衣はぶんぶんと手を振り、流琉はにっこりと笑う。凪は少々泣きそうになりながらもぐっと腕を突き上げ、沙和は両手を離してわたわたとこちらに合図をした。春蘭は大剣を抜き払ってきらきらと刃をきらめかせ、秋蘭は軽く指を額にあて、それをはね上げるように。桂花はなんだか複雑そうな顔をして猫耳をぴこぴこ振り、稟はただぺこりとお辞儀をし、風はあいかわらず狸寝入りをしていた。  七乃さんの前に乗った美羽は黄金の髪を振り立てて、生きて帰ってくるのじゃぞ、とただひとり縁起でもないことを言い、七乃さんにたしなめられる。同じく二人乗りをしている麗羽と猪々子の馬上からはただ麗羽の高笑いが聞こえ、斗詩が申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる。  そして、最後に蜀と呉の大使四人が馬車の横を駆け抜け、その向こうを目立たぬように祭が走り抜けているのが見えた。 「行って来るよ!」  肚の底から旅立ちの言葉を叫ぶ。俺の大事な人達に。俺の大事な故郷に。  さあ、いざ呉へ!                        いけいけぼくらの北郷帝第十一回(終)  第一部『帰郷』編 了    世界は変革される。  いくつもの思いと幾人もの人々の行動により。  それをなし遂げるのは──。 「これが、たいちょの昔の土地につながる海っちゅうやつか。よっしゃ、うちがこの海に漕ぎだせるほどの船をつくったるわ」  ──一人の天才の頭脳と技術か。 「がんばります!! なんでも学びとって、この大陸に新しい時代を……!」  ──モノクル揺らす勇将の努力か。 「北郷! 貴様を……殺す!」  ──江賊あがりの激情家の義心か。 「祭がいなくても、冥琳がいなくても、姉様がいなくても、私が……この私が、孫呉を護りぬく!」  ──髪を切り落とした王女の決意か。 「シャオは絶対諦めないもんねー!!」  ──無邪気な少女のあふれんばかりの未来か。 「確かに文字だけ追っていては、真実は見えてこない時もあります。でも、一刀さん。書の記述の、遥か向こうに見えるものを、理想というんです」  ──書を愛する軍師の情熱か。 「……恋、ご主人様、護る」  ──天下無双の武人の刃か。 「私は北郷一刀に従う。董卓様、かつての主といえどいまは従えませぬ」  ──古今無双にまで武を高めた女の忠節か。 「世の中が……平和であれば……」  ──暴虐の汚名を着せられた者の希望か。 「ボクはね、いまの天下が、曹孟徳の治世がおかしくなれば、すぐに起つ覚悟を持っているの」  ──運に見放された謀略の士の智謀か。 「にゃははー。南蛮せんたーい」「ねこれんじゃー」  ──獣の本能か。 「伯珪さんが蜀を追放されただって!?」 「これは桃香や朱里の策じゃない。おそらく、この裏には……」  ──あるいは、歩みを止め、変わらぬ過去を見続けるモノこそが勝利するのか。 「さあ、江東の民の息吹を感じてちょうだい」  呉の王に導かれ、いま、一人の男が江東の地に立つ。  彼の者の名は北郷一刀。  世界は変革される。  だが、どのように?  その答えはいまだ出ていない。  第二部『望郷』編へ続く 『北郷朝五十皇家列伝』より厳家の項抜粋 『厳顔に始まる厳家といえば、黄家、魏家と共に航海皇家として知られている。その中でも、厳家船団は、アフリカ最南端アガラス岬をはじめて超えたことで有名であろう。  かつて太祖太帝の時代には蒸気駆動の外輪船が存在したという伝説すらあるように、北郷朝の船舶建造技術、航海技術は太祖太帝の治世において長足の進歩を遂げた。これについては李家の項を参照していただき……(略)……  厳家、黄家、魏家の航海に関しては、それだけで研究書が何冊も上梓されるほどであるからここでは詳しく触れないが、モン・トンブ事件に関しては触れざるを得ないだろう。  アフリカを回り込み、ついに欧州にたどり着いた厳黄船団は、モロッコに残った魏家の援助を受け、さらに北へ北へと進んだ。ビスケー湾において巨大な嵐に遭遇した船団はなんとかイギリス海峡側に回り込んだものの身動きがとれず、救援を期待してサン・マロの港へ寄港の許可を求める使者を送った。  しかし、サン・マロ側ではこれを拒絶し、使者には一杯の水すら与えられなかった。また、寄港しようとすれば直ちに焼き討ちにかけると宣告してきたという。このことに激怒した船団であったが、もはや疲弊しつくした彼らにはなすすべが……(略)……  このようにしてアイルランドを支配するにいたった厳家は、しかし、かつて第一次遠征において起きたサン・マロの事件を忘れてはいなかった。  サン・マロ湾に浮かぶ小島モン・トンプに上陸した厳軍は、海上とこの小島から、サン・マロの港に対して猛然と攻撃をしかけた。古文書によれば、三日三晩、火矢が絶えることはなかった、という。  そして、四日目、和睦の使者がくると、厳軍総大将は使者に対してあふれんばかりの料理と酒を振る舞った。和平ムードにすっかりいい気分になった使者が喜びいさんで戻り、渡された書状を開いた時、人々は絶句した。 「水をいただけなかった代わりに、我等は火を馳走しよう」  再び開始された火矢の雨は、街と港を破壊しつくすまで止むことがなかった。  後にモン・トンプにはこの事件を悼む人々により、有名なモン・サン=ミシェルの修道院が建てられ……(後略)』 『北郷朝五十皇家列伝』より張家の項抜粋 『張遼に始まる張家は、皇家の中でも特別な意味を持つ家系である。  すなわち、もう一つの皇帝家として。  張家及び天地人の道三家は、北郷朝草創期から西進の気配を見せていた。後に南蛮からの支援を受け、これら四家は西進を開始する。  張家はこの西進において、遊牧騎馬民族としての特性を手に入れている。北郷朝から遠く離れ、定住農耕民族としての習性は捨てられた。氏族全てが移動する軍団として編制され、西へ西へと支配地域を増やしつつも、その後方は他家へ──それなりの対価をもって──譲り渡すということを継続して行った。このために、張家氏族は兵としての練度はすさまじく、後には張家が進軍するのを聞くだけで都市国家が降伏を申し入れてくるように……(略)……  ついに、張家の騎馬隊を中心とした二十五万の軍団はコンスタンティノポリスを囲み、巨大な投石機を用いてしめあげたが、結局最後には閂をかけ忘れた城門を突破し……(略)……  こうして、彼女は東ローマ帝國皇帝より帝冠を受ける。  後に、キリスト教会をして、東方の魔女帝、信仰の破壊者、ローマの強奪者と呼ばしめた、第三ローマ帝國の誕生である。これに伴って西方皇帝家との同姓をはばかり、張姓はそのほとんどが改姓した。たとえば張勲の家系は弓氏に、張飛の家系は長孫氏に……(略)…… 『十字は一つ、ただ、我等が北郷旗のみ』  この言葉を合い言葉に、第三ローマ帝國はキリスト教各国に進撃を続ける。北方の麗袁家が後押しをし、南方で宗教帝國を形成した道三家が海から支援した。そして、ブリテンとアイルランドからは、黄家、厳家伝統の長弓隊が続々と欧州本土へ……(略)……  勢いにのる騎馬の群れは、中欧を打ち砕き、広大なガリアを蹂躙し、ローマを焦土と変えた。 「大秦に北郷十字をつきたてよ」  初代張遼の遺言は、欧州を狂乱と民族大移動の暗黒時代、そして、その反面のルネサンスへと導き……(後略)』