『無じる真√N』第十話」  天幕から出た私は、心を落ち着けるため風を浴びていた。 「ふぅっ、結局寝れずじまいか……」  一刀たちが出発した後、本隊は見張りを交代で配置し、残りの兵は睡眠 を取り、身体を休めることにした。  私も、仮眠をするため天幕へ向かったのだが眠れなかった。一刀のこと が気になって眠気が消えてしまったのだ。 「よくよく考えると、あいつが今回のように大きな危険の伴う任務をする のは初めてなのか……」  今まで、一刀は戦にこそ出てはいたが、あくまで後方部隊配属だった。 「だからなのか……この胸騒ぎは……」  先程から、暴れだそうとする心臓を宥めるように胸を抑えるが収まる気 配は一行になかった。胸の苦しさを紛らわそうと空を見上げる。  見上げた空は、夜の闇が薄れ始めているものの、まだ星々の煌めきを確 認することができた。 「天よ……あの何かと他人に心配を掛け、女に無意識に手をだす阿呆…… だけど、他人に優しいあいつを、一刀をどうかお守り下さい」  天の御使いの無事を天に願うというのもおかしいと思いつつ願わずには いられなかった。  私が願っている間にも、時は刻一刻と進み続けていた―――。 ―――身体が重力に引きずられ始める。  それを実感しながら、あぁ、俺はここで終わりなのか……そう思った。  だが、その瞬間、誰かに腕を捕まれる感触がした。それに合わせて落下 しようとしていた身体が止まる。 「な、なにが……」  そこで、思わず閉じてしまっていた目を開き、捕まれた腕の方を見る。 「だ、大丈夫ですか……北郷さ……ま」  副隊長が、俺の腕を掴んでいた。もう片方の腕はぎりぎり、穴の縁を掴 んでいる。 「……!! おい、止めろ、俺はいいから!」  その姿を正確に確認する前に、俺は焦り始める。俺を落とすまいと掴む 腕から俺の腕に生暖かい液体が滴り落ちてきているのを感じたからだ。  その液体は、ほんの僅かな明かりに照らされ、本来の色である深紅を闇 に浮かび上がらせている。 「どこか、怪我してるんだろ!そんな状態で俺を支えるのは無理だ!」 「はは……落ちかけた際に少し木の枝が刺さっただけです。なぁに、これ くらい大したことはありませんよ」  そういって、にかっと笑ってみせる副隊長。だが、その顔には玉のよう な汗が浮かんでいる。副隊長のそんな痛々しい姿と、自分への情けなさで 居たたまれなくなり、顔に向けていた視線を下げ、身体へ移す。  副隊長の脇腹には、おそらく仕掛けに使われたものであろう、枝が突き 刺さっている。本来、身体を守るはずの防具は何らかの衝撃によってなの か、割れてしまっている。その割れ目から覗いている内側の服も裂けてし まっている。  その裂けた布地の隙間からは、皮膚が裂かれ、出血により赤黒くなった 肉が抉られているのが薄らと見える。 「む、無理だ!俺を支えていたら落ちるぞ!」 「はぁ、はぁ、大丈夫だと言っているでは……ないですか、くっ……」  笑みを浮かべているが、息は上がっており、無理をしているのがはっき りとわかる。その姿は見ている方が辛くなるくらいだ。  だが、重傷を負っているのにもかかわらず副隊長は俺を引き上げようと 腕に力を込め続ける。引き上げようと力を込めるのに合わせ、脇腹の筋肉 が動き、それに伴い、傷口が広がっていくのが見える。  それでも、俺を引き上げる。体の一部が裂ける音を立てようとも、枝が 脇腹にめり込もうとも、引き上げ続ける……  再度、副隊長を止めようと上を向いた瞬間、俺の顔に赤黒く生暖かい液 体が大量に滴り落ちてくる。よく見れば、枝の刺さっている脇腹は先程以 上に深紅の液体滴らせ、抉られた部分と混ざり広範囲を赤黒く染め上げて しまっている…… 「お、おい、もういい! やめてくれ、やめてくれよ……」  錯乱しそうになる自分を抑えつけながら、呼びかけ続ける。しかし、俺 の声など聞こえないかのように、ただ黙って俺を引き上げ続ける副隊長。  そして、気がつけば、俺の空いている側の手を伸ばせば穴の縁に届く位 置まで引き上げられていた。縁を掴んだ瞬間、俺は、その腕に力を込めて 穴の外へと出る。 「よし! さぁ、上がってくるんだ」  俺を掴んでいた腕を握り返す力を強めようとした瞬間、副隊長の俺を引 き上げていた手、穴の縁を掴んでいた手、その両方から力が抜けていく。  俺が、掴んでいる手は俺の掌からずり下がり、縁を掴んでいたもう片方 の腕はすでに縁からずり落ち、力なく垂れ下がっていた。 「お、おい!?」 「ほ…んごうさ…ま、だ、脱出……出来たのです……ね」  気がつけば、副隊長の瞳からは光が失われつつある。おそらく、本来の 役割など、ほとんど果たしてはいないだろう。 「お、おい!!」  慌てながらも、なんとか掌の位置で掴み直すことに成功する。 「も、もう……力が……のこっていない……ようです」  そう言って、自嘲じみた笑みを浮かべてくる。 「な、何言ってるんだよ……諦めるなよ!!」  必死に手を掴むが、副隊長の手からは、握り返してくる感触がない。  副隊長の手は、もう既に冷たくなりはじめていた。その上、力をまった く感じることが出来ない。  よく見れば、さっきまでは見えなくて気付かなかったが、俺を掴んでい た腕には深い裂傷が出来ていた。そこから滴り落ちた深紅の液体により副 隊長の掌は真っ赤に染まっていた。  掌を覆う『赤』に邪魔され、副隊長の手をしっかりと掴みきれず、徐々 に滑り始めている。  「っくしょう……ちくしょう!」  瞳に熱いものが込み上げてくるのを感じながらも、必死に引き上げる。 「ほん……ごう……さ……ま、き、き聞いて……くださ……い」  口をぱくぱくと開け、掠れた声で何かを伝えようとしてくる。 「……な、何?」 「ど、どう……か、この荒……れてしまっ……大陸に平和を……」 「あぁ、分かった。だからもう少し頑張れ!」  鼻声になっているせいで上手く言葉は伝わっていないだろう。だがそん なことなんて気にしてなど居られない。 「はぁ、はぁ、北郷様なら……きっと……あの方と共に……」 「な、何言ってんだよ!一緒に目指せばいいだろ!ほら、あと少しだ」  俺の言葉を聞くと、副隊長はフッと笑みを浮かべる。その笑みがあまり にも透明で、不安を覚えた俺は何とか助けようと両腕に力を込める。 「俺を助けといて……自分が死んだら意味がないだろう!!」  それでも、副隊長は笑みを浮かべ続ける。 「ふふ……だから言ったではありませんか……我らが主であるあの御方と 北郷様のためならば、この命、惜しくはない……と」 「!?」  そう言った瞬間、副隊長の手は俺の掌の中からすり抜けていった。副隊 長の血に加え、落ちかけた際に出来たであろう俺自身の腕の傷から流れて いる血により、滑りがよくなっていたのだ、その結果、副隊長の手は簡単 に俺の掌からすり抜けたのだ。  すり抜けた手を、慌てて掴み直したが、まるで鰌や鰻のように掴もうと 力んだ分、素早くすり抜けていってしまった。 「これでよいのです……これで―――」  身を乗り出し、手を伸ばし続ける俺に向かい、副隊長は諭すように語り ながら、暗い底へと落ちていった。 「そんな……」  徐々に小さくなっていく副隊長の姿が闇へと溶けていき、消えた。 「―――くっ」  その瞬間、俺の膝から力がぬけ地面へ落ちた。そのまま倒れ込みそうに なるのをなんとか両腕で支えて堪える。口からは、叫び声が上がりそうに なるが、唇を噛みしめて堪える。唇から何かが千切れた音が聞こえ、生暖 かい液体が口元から垂れるのを感じたが、それでも噛みしめ続ける。  もし、ここで叫べば、作戦を台無しにしてしまう恐れがある。そんなこ と死んでも出来るはずがない。それでも、両方の瞳からが溢れ出る雫を止 めることは出来なかった。  悔しさを、悲しさを、怒りを地面にぶつけるために叩きつけた拳が血を 噴き出し、それでもまだ収まらずもう一発殴りつけようとすると 「ほ、北郷様」  声を掛けられ振り向くと、そこにはボロボロになった兵たちがいた。あ る者は倒れ、また、ある者は倒れては居ないが、体中に傷を負っている。 「無事だったのはこれだけか……」  無事と言っても、命が助かったと言う程度だ。今も最低限ではあるが処 置を施しているところだ。 「……みんな動けるか?」  顔を流れる雫を拭い去り、傷の処置をしつつ残った兵に尋ねる。 「な、なんとか可能です」  数人の兵はそう答えたが、残りは呼吸するので精一杯といった様子だ。 「……仕方ない、俺と動ける者だけで村へ向かう。幸い、装備品も残って る。悪いけど、まだ付き合って欲しい!」  そう言って、立ち上がる。 「「「は!!」」」  動ける兵たちも立ち上がる 「それと、動けない者は、しばらくどこかに隠れて休んで、動けるように なったら合流してくれ」  本来は、ここに残り、全員で休憩するべきなのだろう。しかし、今は一 刻を争う状態だ。 「よし……、進軍再開といこう」 「「「応!!」」」  再び、村へと進もうとしていったん立ち止まり、振り返る。そんな俺に 付いてきている兵、そして横になっている兵の視線が集まる。 「みんな、すまない」  兵たちに頭を下げ、謝罪の言葉を継げる。 「北郷様、貴方一人の責任ではありません。我々も気付くことができま せんでした……ですから、そこまでお悔やみにならないで下さい」  その言葉を肯定する声が兵たちからあがる。 「みんな、ありがとう……そして、本当にすまない」 「さぁ、それより速く村へ!」 「あ、あぁ、そうだな。よし、行こう」  そして、再び俺たちは村へ向かい山を下り始める―――。 ―――私は、兵たちと共に山を下り、村の裏手付近の茂みに隠れていた。  茂みから、村の様子を伺う。見張りの兵は予想通り少ないようだ。 「さて、確かにこちら側には見張りが少ないようだが……」 「今すぐにでも突破が可能に思えますが、如何致しますか?」 「いや、作戦に沿って行動した方が、より確実な好機を得ることができる だろう。よって、ここで待機する」  実際のところ、空は、かなり明るくなり始め、作戦開始の刻が近づいて いることを私に知らせてくれていた。 「は!」  兵たちが小声で返事をするのを聞きつつ、頭では既に別のことを考えて いた。 『一刀殿は、大丈夫だったのだろうか……』  ここに来るまでに、数は少なかったが、罠を発見し、それを、基本的に は迂回を行うことで回避、それが不可能だった際には解除、といった方法 で対処してきたのだ。 『一応、別れ際にそれとなく忠告はしたのだが……』  そんなことを思っていると 「なにやら、中の様子が慌ただしくなってきているようです」 「うむ、本隊が動き始めているのかもしれぬ。よいか、くれぐれも合図を 聞き逃すな」 「は!」  これから、送られてくるであろう合図を聞逃さぬよう、意識を集中させ ながら、その刻を待つ―――。 ――――村の正門にいる見張りが慌てて中に入って行くのを確認する。 「よし、それではこれより作戦を開始する。まずは奴らを挑発し正門より 出させる」 「は!!」  兵たちは、配置につき準備に取りかかる。 それから、少し経っても出てこない。だが、それも予想していたため、挑 発を開始する。 「我が名は公孫賛伯珪!!民を苦しめ続ける賊軍、黄巾党!我らが退治し てくれよう!出てこい!」  しかし、未だ正門から出てくる気配はない。そこで更なる挑発を行う。 「ふっ、やはり貴様らは臆病者の集まりだったようだな!だからこそ群れ ることでしか強がれなかったのだろう?」  すると、中から兵を引き連れた屈強そうな男が出てくる。 「よくもまぁ、好き放題言ってくれたなぁ!」  相当頭に来ているのか随分と鼻息が荒い。 「ふん、事実だろう?」  相手の神経を逆なでするように喋る。 「ふざけんな!俺たち黄巾党は弱くなんかない!」 「はっ!そんなの信じられるか!」 「知らないのか?俺たち黄巾党はなぁ、いくつも勝利を重ねてきてるんだ よ。それだけ俺たちは強いって事なんだよ!それにな、俺たちは強いのは もちろん、さらには、朝廷に変わり、この世を平定することを天によって 定められてるんだよ!本隊の奴らはどうかは知らないが、少なくとも俺た ちは、使い物にならない朝廷の奴らに変わり、この世を平定するっていう 理想を持ってるんだよ!だから、邪魔するんじゃねぇ!」  アホな事を長々と賜られてほんの少しイラっとする。 「ふざけるな!碌な信念も持たずに、偉そうに理想なんか語るんじゃ ない!貴様らが行っているのは賊軍がするような行為だろうが!」  そう叫ぶと、奴は今まで以上に鼻息を荒くし、顔を真っ赤にさせる。 「いいだろう!ならば、俺たちの実力と天運を見せてくれる!!」  そう言うと、兵たちへと振り返り正門へと下がっていく。 「おい!野郎共!全軍出撃の準備をしろ。奴らを叩きのめすぞ!」  そして、一度下がった男は多くの部下を正門へと集合させ、全軍で討っ て出てきた。  それを見て、こちらも次の段階へ移る。 「よし、敵に一撃与えた後、退くぞ!奴らを釣るんだ!」 「応!!」  そして、予定通り、敵の先頭に一当てして下がる。それに釣られ、どん どん前進してくる黄巾党軍。そして、奴らが目標地点まで来たところで次 の指令を出す。 「よし、目標地点に着いた!ここで銅鑼を盛大にならせ!」 「応!!」  兵たちが銅鑼を思いきり叩く。その音は遙か遠くまで届くのではないか と思えるほどに大きかった。  その音に、敵の動きが止まる。 「な、何だ?銅鑼なんかならして……何を企んでやがる」  どうやら、まだこちらの意図には気付いていないようだが、疑っている ようだな。仕方ない、少し熱くさせてやるか。 「くくっ、いやぁ、てっきり、銅鑼の音にびくつくような小心者だと思っ たが違ったみたいだな?」  わざと嫌みっぽい口調にすることでより男を煽る。 「て、てめぇ、調子に乗りやがって!」  さらに挑発を行い、奴らを釣り出していく。  さて、後はあいつら次第だな―――。 ―――村の正門のほうから銅鑼の音が聞こえてきた。 「よし、中への潜入を開始する」 「は!!」  兵たちと共に村へと潜入するため裏門へと向かう。するとそこには 「おや、どうやらそちらも間に合ったようですな」  すでに趙雲隊が居た。足下には兵と思しき男たちが倒れている。 「あぁ……そっちも間に合ったんだな。良かった」 「えぇ、おや?」  星は俺から、周りの兵へ視線を移す。 「予想はついてると思うけど、実は……」 「いえ、お話し頂かなくて結構。それよりも、今は一刻も早く村を開放す べきでしょう」 「あぁ、すまない。話は後にするよ」  話を止めた俺たちは、さっそく中へ入っていく。 「それじゃあ、俺は取り敢えず村長を捜してくる」 「では、私は正門へ赴くと致しましょう。敵が戻ろうとしたところを抑え るとしましょう」 「わかった、それじゃあ、趙雲隊は一緒に正門へ向かってくれ。あと、分 担分けをして残存兵がいないか確認をして、見つけたら対処しておいて欲 しい」 「は!!」  趙雲隊の返事を確認したところで、こんどは自分の隊へ向き直す。 「それじゃあ、悪いけど、村の人たちの安全確保を最優先として、余裕が あるようなら趙雲隊の支援もして欲しい。みんな、頼んだ!」 「応!!」  「よし、それじゃあ各自行動開始!」  俺の掛け声を合図に別れて行動を開始した。  俺は、取り敢えず隊のみんなと共に村人の安全確保をしつつ村長の居場 所を聞いて回ることにした。 「すみません、俺たちは幽州啄郡から来た、公孫賛軍の者なのですが」 「へ?」 「あぁ、とりあえず説明したほうがいいですね。俺たちは、この村を黄巾 党から解放するためにやってきました」 「そ、そうなのですか?」  驚いているのか、固まっている。 「えぇ、それでは、まだ行くところがありますので。とりあえず、この地 区には何人か兵を置いていくので、悪いのですが、彼らの指示に従っても らえますか?」 「はぁ、わかりました……」 「あ、それと、できれば村長さんがどこに居るか教えてもらえますか?」 「村長ですか……それなら」 「なるほど、ありがとうございます」 「いえいえ」 「それじゃあ、これで」  村長の家を教えて貰うことができたため、事態の説明をするために向か うことにする。 「悪いけど、俺は村長の所に行ってくる。後はみんなに任せるよ」 「は!」  兵たちの返事を確認し、先程聞いた村長宅へ向かって駆け出す―――。 ―――正門へ向かい私は村内を駆け抜けていた。 「む!なにや、ふぐぅ……」  黄巾党の兵に見つかるが、騒ぎ出す前に黙らせる。 「趙雲様!」  先程、別れた隊の兵たちが私に合流してくる 「どうだ、そちらに敵兵はいたか?」 「はい、数カ所に居りましたが、どれも一人、二人程度だったため即座に 、対応いたしました」 「そうか、ではこのまま正門へ向かうぞ」 「は!」  そのまま正門へ向かうにつれ次々と兵が合流する。 「よし、残存兵たちを一カ所にまとめたのだな?」 「は!ご指示の通り、まとめておきました」 「うむ、で、今居らぬのは見張りと考えて良いのだな」 「は!間違いありません、残って見張りをしております」 「そうか、おや、正門に到着したようだな」  ようやく、正門へとたどり着く。そこには正門を守る兵たちがいた。 「な、何だ貴様ら!」 「くっ、敵だ!かかれ!」  一斉にこちらへ攻撃を仕掛けてくる。その動きはそれなりに経験を積ん だ者の動きをしている。こちらの兵と互角に近い戦いを繰り広げる。 「ふ、この趙子龍がいる以上、貴様らに勝機はないと思え!」  飛びかかってくる敵兵をなぎ払いつつ、叫ぶ! 「……はぁ!!」  気合い一閃で数人同時に吹き飛ばす。これで大分敵の数は減った。  他の兵に視線を向けると、見事に勝利していた。 「これで、正門制圧成功です!」  一人の兵の報告を聞き、次の段階へと移る。 「よし、ではこれよりこの正門を我らが制圧したことを奴らに告げるとし よう。弓兵は今の内から配置につき、構えを取れ!」 「は!!」 「本隊と合わせ、奴らを挟み撃ちにするぞ!」  そして、私は正門へと手を伸ばし、開け放つ―――。 ―――私たちは、敵軍をいなし、必要以上の激突は避け続けていた。 「よし、いいぞ!この調子でやつらを上手く踊らせるんだ!」  上手く動いてくれている兵たちへ指示をとばしていると 「ご報告!」 「どうした?」 「ただいま、村の正門が開かれようとしている模様」 「ふむ、おそらくは村に向かわせた潜入隊だろう」  予測をしていると、村の正門から黄巾党の軍に向け誰かが叫ぶ。 「聞けぇい!黄巾党よ!我が名は趙雲!貴様らが根城としていたこの村は 我らが解放する!」  その人物は星だった。どうやら作戦は上手くいっているようだ。そう思 いつつ、気合いを入れ直していると 「な、なんだとぉ!」  黄巾党の頭の男が、これ以上ないというくらい荒れていた鼻息を更に荒 らしながら叫び出す。 「ふはははは!この趙子龍がいる以上、貴様らの内、何人たりとも通しは せぬぞ!」  「な、なんかすごいな……」  嫌にご機嫌な星を見て呆気にとられていると、それに対してふたたび男 が叫び返す。 「ちぃ!俺たちは釣り出されたって訳かよ!くそっ!!こうなりゃあ、先 にあの生意気な女を叩くぞ!」  その叫びに合わせ、黄巾党は一気に正門へ向かい突進し始める。 「よし、私たちも奴らを追うぞ!趙雲隊と共に挟撃に入る!」 「応!!」  こちらの部隊も一つにまとまり黄巾党を追う―――。 ―――俺は、一軒の家へとたどり着いていた。 「ここだな……すみません」 「はい、どなたですか?」  俺の呼びかけに応じ、一人の女性が出てきた。 「すみませんが、村長さんはいますか?」 「えぇ、居りますが、どのようなご用件でしょうか?」 「実は、至急お話したい事がありまして」 「そうですか……まぁ、取り敢えずお上がり下さい」  そのまま女性に案内され、俺が通された先には一人の老人がいた。 「私に話がお有りというのは、あなたですか?」 「はい、俺はこの村を占拠している黄巾党を討伐しにやってきた公孫賛軍 の一員で、北郷一刀といいます。実は現在、解放に向け行動中をしていま して、その説明をさせていただきに来ました」  頭を下げ、用件を告げる。 「頭をお上げ下され……なるほど、我らを救いにきなさった、と言うわけ ですかな?」 「はい、そうです。現在、この村には黄巾党の兵はほとんどいません」 「ほう、それは何故ですかな」 「実は……」  今回の作戦について説明をしていった。 「なるほど、事情はわかりました」  一通りの説明を聞き、長老が納得したところで部屋に何人もの足音が近 づいてきた。  その足音は、部屋の前で止まる。 「村長さん、悪いんだが俺たちも入れてくれないか?」 「ん?おぉ、構わん入ってきなされ」  村長が返事をすると何人もの村人たちが入ってくる。 「それで、どうしたのじゃ?」 「いや、なに俺たちの所に兵が来て事情はだいたい聞いて、村長さんはど うするのかと思って聞きに来たしだいだよ」  代表して、入ってくるときに声を掛けてきた男性が答える。 「ふむ、それはちょうど良かった。今、どうするかをこの方と話しておっ たところだったのじゃよ」  そう言われた村人たちは俺の方へ視線を向けてくる。 「で、この男は何者ですか?」  一人の若者が尋ねる。 「ふむ、この村を開放しに来た軍の方だそうじゃ」 「北郷一刀です」 「そして、幽州啄群の北郷様といえば、天の御使いと呼ばれる御方だった はずじゃ」 「!?」  村長の答えに、村人たちは驚愕の表情になる。 「村長さん、俺のこと知ってるのか?」  かくいう俺も驚きを隠せない。 「えぇ、もちろん知っております。お噂は、予々耳にしておりました。そ れに、この村から北平へ商売をしに行く者もおりましてその者からも聞い ておりますよ」  かっかっか、と笑いながら村長は、説明を続ける。 「それに、その布地の隙間から、我らの知らぬ服が見えておりますので」 「なるほど……」  飄々としているが、俺のことをしっかりと観察していたようだ。 「へぇ、是非ともその服ってやつを拝んでみたいな」  一人の村人がそう言うと、他の者たちもそれに続いた。 「まぁ、別に構わないんですが、今はまずいかな……」 「おや、どうしてですかな?」 「まぁ、女性や子供には見せることのできない状態なので」 「ふむ、ならば、わしとの男衆に見せてはくれませぬか?」 「まぁ、それなら……」  そう言って、女性や子供を部屋から退室させる。 「それじゃあ」  上に羽織っていた布を脱ぎさる。 「お、おぉ……」 「こ、これは……」 「うわぁ……」  それぞれが、異なった反応を見せるが決して良い反応ではない。 「なんということじゃ……」  村長が目を見開き見つめてくる。まぁ、それも仕方がないだろう。昨晩 の件で俺の身体は傷だらけなわけだし、服もあちこちに深紅や赤黒い染み が付いてしまっているのだから。 「こんな姿になりながらも我々のために動いて下さったのですか?」  先程まで飄々とした雰囲気だった村長が畏まる。  さらに、村長の声を部屋の外に待機していた他の村人たちが聞き、何事 かと入ってくる。 「どうかなされたのですか?」 「うむ、御使い様を見てみなさい」 「!?」  入ってきた村人たちは、一斉にこちらを見た瞬間、目を見開き驚きを露 わにした。そして、村長に続き、村人たちまで畏まる。 「ちょ、ちょっと、そんなに畏まらないでください」  固くなってしまった場を、なんとかほぐそうと試みる。 「いや、村長の言うとおりだ。そんなになってまで俺たちを……」  その発言で、さらに場が重くなる。 「ちょ、ちょっとそんなに暗くならないでください。それと、今はまだ俺 の仲間が戦っている最中なので、そろそろ失礼させて、もらいたいのです が……」  今も戦って居るであろう白蓮や星が気になり、速く動き出したい思いを 抑えつつ、村長のほうを伺う。 「そうですか……お仲間が戦っておられるのですか」  村長が何かを考えながら尋ねてくる。 「えぇ、正門にてこの村を守るために戦っています」  そして、村長はしばらく考えたと思うと、今度は顔を上げ 「……わかりました。我らも微力ながら手助け致しましょう!」 「え!?」 「我らとて、このまま助けられっぱなしというわけにはまいりませぬ」  村長が立ち上がり、村の男たちへ視線を向ける。  すると、一人の村人が口を開く。 「そうだ!俺たちも立ち上がろう!」  それに、続き次々と声が上がる。 「今は、頼もしい人たちがいるんだ!」  村人たちは、口々に戦う意志を言葉に乗せていく。 「ちょ、ちょっと待ってくれ。本当にいいのか?」  念のため、今一度尋ねる。 「あぁ、俺たち御使い様の傷だらけな姿を見て思ったんだ」  その言葉に、別の村人が続く。 「本来なら、そんな目に遭わなくていいような人がぼろぼろになってまで 俺たちを救おうとしてくれている。なのに、俺たちがのんびりしてるなん ておかしい!ってね」  そう言って、こちらを見つめてくる。 「みんな……わかりました。それじゃあ、頼みたいことがあります」 「頼み……ですか?」 「えぇ、この村にある矢を出来るだけ集めてください。もし可能なら黄巾 党が武器庫にしてた所からも出してきて下さい。それから、集めた矢は正 門へ運んで下さい。そこに弓兵がいるので渡してください。おそらく矢が 不足してくるはずなので」  そう、星と共に白兵戦をこなせる兵だけでなく弓を扱うのに長けた兵も 潜入部隊にいたのだが、身軽に動くため本来よりも矢の数を減らしていた のだ。おそらく、正門で戦っている兵たちの残り本数も少なくなっている ことだろう。 「それから、このくらいの寸法の布地と、長さがこのくらいある棒を用意 してください」  布地と棒、それぞれ、望む大きさを伝えて用意して貰う。 「はい!」  村人たちは、部屋を出ようとする。 「あ、それと、くれぐれも無茶はしないでください」  それだけ伝えると、すぐに村人たちは退室していく。 「村長さん、村人たちを巻き込んでしまいすみません。それと、ありが とうございます」 「ほぉっほぉっ、これは我らの意志であります故、お気になさらないでく だされ」 「ありがとうございます。では」  村長に再度、一礼をして退室する―――。 ―――黄巾党の連中は思ったよりも粘る。 「なかなかしぶといな。さすがに、星が心配だな……」  先程から、敵の前曲を星を中心とした趙雲隊が倒し、後曲を私たち本隊 が削っているが敵の隊は中々乱れない。 「くそ、さすがに長引いてきたな……しかし、なんとか矢の補給は出来て いるようだな」  なんとか確認できる趙雲隊の動きの中に弓兵の攻撃があり、それがまだ 続いているのを確認することで、なんとか矢を確保できたのだろうと予想 できた。 「最後までもてばいいが……」  星たちのことを案じていると、黄巾党の部隊がざわめきだつ。 「む、何事だ!?敵部隊が乱れている?」 「は、只今確認しましたところ、村に複数の旗が見られるそうです」 「複数の旗?」 「は!大小合わせ、およそ千から千五百ほどの旗が確認できます」 「千五百だと!?」 「しかも、どうやら十文字旗であるようです」 「十文字……一刀か!」 「そのようです。敵はおそらく、あの十文字旗を見てさらなる増援が村に 潜んでいたと思っている様子」 「なるほど、それで敵の士気が落ちたか……よし!」  一呼吸し、気合いを入れ直す。 「きけぃ!公孫の勇士たちよ!敵は今、混乱し、隊列はみだれ、士気が落 ちてきている。これを好機と知れ!今こそ、決着をつけるのだ!」 「うぉおおおおおお!!」  敵の士気が落ちているのに対し、こちらの士気は上がっていく。流れは こちらに向き始めていた―――。 ―――村のあちこちに旗が立てられている。  もちろん、これは正規の旗ではない。模造品、つまり偽物だ。この旗を 先程集めてもらった布地と棒で作った俺たちは、正門付近に出来る限り多 めに立てていった。 「しかし、これだけで良かったのですか?」  一人の村人が尋ねてくる。 「あぁ、奴らにまだ、この村に潜入した兵がいると思わせるだけで十分で すから」  そう、ただ旗を多く揚げてみせればいい。本隊と趙雲隊によって消耗さ せられた黄巾党は、精神的にも疲弊しているはずだ。そこにさらなる増援 の影をちらつかせ、動揺を誘う作戦だ。 「さて、それじゃあ、俺も正門へ向かいます」 「お気をつけ下さい」 「ありがとう」  近くの村人たちに別れを告げた俺は、何か動きがあったらしい正門へ と向かった―――。 ―――村内に見える旗に動揺した黄巾党の隊列が乱れていた。 「ほぅ、一刀殿も考えましたな……ならば、ここいらでこの戦いの決着を つけるとしよう」  黄巾党の兵をなぎ払う。そこへ弓兵の攻撃が襲いかかる。弓兵の矢が尽 きていないところを見ると補給できたのだろう。そんなことを考えつつ前 へ出る。 「我は、趙子龍!黄巾の頭よ!ここで一騎打ちを申し込む!」  こちらの呼びかけに応じたのか敵の動きが止まる。そして、中から一人 の男がこちらへ出てくる。 「いいだろう!こちらとしてもこれで決着がつくならありがたいぜ!」  そう言って男は、手に持つ大剣を構える。 「我が名は―――冥土の土産にするがいい!!」  男が名乗るのに合わせ強風が吹き、名前が聞こえなかったため聞き返そ うとするが、それはかなわなかった。 「ゆくぞ!」 「はぁ……名は解らずじまい、か!」  振り下ろしてくる大剣を槍の刃で滑らせ弾く。 「はぁぁあ!」  がら空きとなった背中へ槍を突くが、男は大剣を背中に回し、横幅のあ る刃の部分で受け止める。 「あぶねぇ、な!」  振り返りながら、体を軸に背中の大剣を横降りしてくる。それを半歩下 がり、よけたところで距離を詰める。 「せぇいっ!!」  遠心力と大剣自体の重さによって伸びきった腕に同方向へ一撃与える。  それにより、加速した男の腕は大剣を手の中に維持できず手放した。そ して、大剣が地に突き刺さると同時に男の首元へ刃を突き立てる。 「くっ……」 「勝負ありだな!」  勝敗は決した。これで黄巾党の部隊との戦いも終わるだろう。 「黄巾党の兵よ!これによりこの戦いは終結!大人しく投稿せよ!」  頭がやられたのを見て、兵たちは己の武器を投げ捨てていく。  その後、黄巾党の部隊を拘束し、本隊へ引き渡す。処分に関しては白蓮 殿にお任せすることにして私は一刀殿の元へ向かった―――。 ―――俺が正門についたとき、星と黄巾党の男が戦っていた。  しばらく、ただ黙って成り行きを見守る。そして、星が男の喉元へ、刃 を突き立てることで勝敗が決した。  こちらの兵の歓声が上がる中、こちらへ星がやってくる。 「星、お疲れ様」 「一刀殿こそ、矢の件、旗の件ともによい働きでしたぞ」  相変わらずな微笑を浮かべながらこちらへやってくる。その姿は、戦闘 後であることをまったく感じさせない。 「いや、これくらいじゃあ、全然足りてないさ」 「なるほど……やはり、昨晩何かありましたか」 「あぁ、実はさ……」  そこで、星に昨日会ったことを話す。 「なるほど、それで、一刀殿はどうなさるおつもりなのですかな?」 「あぁ、俺は」  俺なりの考えを星に話していく―――。 ―――戦闘終了後、村内にて戦闘の後処理とそれに伴う会議をしていた。  会議は滞りなく進み、あとは、今回の成果と損失に関する話をするだけ となった。 「それじゃあ、最後に今回の戦について各隊報告を」 「は!まず我々は……」  各隊の隊長が一人ずつ、今回の戦における報告をしていく。どの隊もそ れほど、被害は見受けられなかったようだ。 「さて、次は北郷隊だな……」  一刀の隊の報告となり、そちらへ視線が集まる。 「あぁ……北郷隊は潜入の際、兵の半数近くを損失」 「半数もか!?」 「あぁ、罠にかかったんだ。俺の失態だよ……罰はなんなりと受けさせて もらうつもりだ」  そう告げると、一刀は頭を下げた。 「まぁ、待て一刀、確かにそれはお前の失態だ。だが、お前はそれと同じ くらいに良い動きをしてくれた」 「……」  一刀はただ黙ってこちらを見ている。その目は、許しを求めているよう にも見えるし、罰を求めているようにも見えるという奇妙なものだった。 「そこで、お前には今後しばらく、後曲で私の横にいることを命じる」 「……それでいいのか?」  一刀は、どこか納得のいっていないような顔をしながらこちらを伺う。 「あぁ、今回お前がもたらした損失と利得を差し引けばこのくらいだと私 は思う。皆はどうか?」  一通り確認をするが、否定意見は出なかった。 「よし、一刀の罰はそれで決定とする。それじゃあ、次の隊の報告を」  その後の報告は、再び滞りなく進んでいった。  会議と各処理が終わった私は村の中を歩いていた。 「やっと、終わったか……すっかり暗くなってしまったな」  戦が終わり、後処理を終えるとすでに日は落ちていた。 「それにしてもあいつはどこにいったんだ?」  先程から、ある人物を探し続けていた。 「おや、白蓮殿。如何なされた?」 「あぁ、ちょっと一刀を探してるんだが見なかったか?」 「一刀殿なら先程、あちらの方へ向かうのを見かけましたぞ」 「そうか、ありがとな」 「いえ、では私はもう行きますので」 「あぁ、すまんな」  星と別れ、私は教えられた方へ向かう。しばらく歩き、裏門まで辿りつ いた。 「うぅむ、一刀はどこだ……いた」  裏門付近を見回すと、村側でなく山に面した側、つまり村の外に一刀は いた。裏門の壁に寄りかかるようにして座り込み、まるで何処か遠くを見 つめているかのように山の方を見ていた。取り敢えず、その横に座りなが ら声を掛ける。 「何やってるんだ?」  「ん?あぁ、白蓮か……どうしたんだ?」  こちらへ顔を向け笑みを浮かべる一刀。だが、やはり私は、そこに違和 感を覚える。 「いやなに、ちょっと一刀と話がしたくてさ」 「ふーん、何の話だ?」 「率直に聞く、お前どうしたんだ?」 「え?」  一刀の目が見開かれる。まさかそんなことを訊かれるとは予想していな かったのだろう。 「え?じゃない!さっきの会議の時のお前はどこかおかしかったぞ」 「そ、そうかな?」 「あぁ、それに今だって変だ」  指摘してやると、一刀は再び笑みを浮かべ 「そんなことないよ。俺はいたって普通だよ」 「私を見くびるな!お前のことはよく見てるんだ取り繕っても解るぞ!」  尚もごまかそうとする一刀に対し、怒りと悲しみ、二つの感情が溢れて くる。 「!?わ、悪かった……話すよ、だから泣かないでくれよ」 「え!?」  そこで初めて気がついた。私の頬を一筋の雫が流れていたことを 「べ、別に泣いてなんかない!」 「はは、でもそこまで真剣になってくれてる白蓮に言わない訳にはいかな いな」  そう言って、一刀は空を見上げ、語り始めた。 「今回、俺の失敗で多くの仲間を失った……」 「だが、戦で失われてしまうことはあるだろ?」 「あぁ、それは……言い方が悪くなるけど、しょうがないことだっていう のは、俺も理解してるんだ。だけど、今回のは俺の力のなさが招いたこと だ。本来なら失われないはずだったんだ」  そう告げる一刀の顔は、どこか切なかった。なんとか慰めようと声を掛 けようとすると 「実はさ、以前にも俺には大切な仲間がいたんだ。共に戦い続けた、まさ にかけがえのない仲間ってやつさ」  そう言って、一刀は瞳を閉じる。その仲間のことを思い出しているのだ ろうか。 「でも、俺はその仲間たちを失った……」  一刀は静かに告げる。一刀にそんな過去があったなんて、意外だった。 「それも、俺の力が無かったからなんだ……武においても知においても碌 に役に立たなかった。それに、きっと思慮に欠けていた……」  そう言いながら、一刀はかざした手を見つめた。その時、私には、一刀 にかけてやる言葉は思いつかなかった。 「なのにさ、みんな俺と共にいてくれたんだ。なのに、俺は……」 「一刀……」 「はは、そんな顔しないでくれよ。俺は仲間との別れの直後、すぐこの世 界に来ることになったんだけどさ、そこで白蓮と出会った。だからさ、ま だ、マシなんだよ」  おちゃらけた口調で語る一刀の表情を伺ってみるが、普段と変わってい ないように思えるが、よく見れば、先程と同じ違和感を感じる。私は、一 刀の話を聞いている内にその違和感の正体に気付き始め、そして―――。 「一刀!」 「ん?どうしっ!?わっ」  一刀が妙に慌てる。その理由は、私が一刀の頭を引き寄せ、胸に抱えた からだ。普段の私なら、恥ずかしくてこんなことは出来ないだろう。だが 今の私は、一刀にこうしてやるべきだという直感に従っていた。 「なぁ、一刀。お前はもしかしてずっと悲しいのを堪えてきていたんじゃ ないのか?」 「!?」  頭を撫でながらそう問いかけると、一刀の息を呑む声が聞こえた。 「私と出会ったのはこの世界にきてすぐだったよな。なら、一刀はこの世 界ではずっと自責の念と悲しみにとらわれ続けていたんじゃないのか?」  そう、このとらわれ続けていたために一刀はあの一見すると普通なのに どこか違和感を覚えさせる顔をするようになっていたのだろう。 「……」  最初は抵抗をみせていた一刀も気がつけば大人しくなっていた。 「もし、今回の件でさらに溜め込もうとしているのならそれを私にぶつけ てくれ」  そう言って、一刀の頭を抱える腕の力をすこし強める。 「私は、お前の笑った顔が好きだ。だけどな……お前に無理をしてまで笑 っていて欲しくとは思っていない」 「……」 「だから、もし私で良ければお前の悲しみを一緒に背負わせて欲しい」 「……ぐすっ」  今まで動いていなかった一刀の肩が震え出す。 「ほら、全部ぶちまけてしまえ」 「ぐっ、お、俺は、おれはあぁぁぁぁぁぁ」  この時、私は初めて一刀の悲しむ姿を見た。  しばらく泣き続けた一刀は私の胸から顔を離し 「ありがとうな白蓮。もう大丈夫だ」  そう言って私の好きな笑みを浮かべる。 「な、何気にするな!私は一応お前を雇っている身だからな。こういうこ とも大事なんだよ」  恥ずかしくて、つい口から出任せを言ってしまった。まるで仕方なくや ったかのような物言いをしてしまったことに気付き訂正する。 「あ、えっと違うんだ……一刀が心配だったっていうのもあるんだ」 「はは、本当にありがとう」 「あう……」  もうすっかり、いつもの調子に戻った一刀は私の天敵とも言える優しい 笑みを浮かべる。それを見た私は、喋れなくなってしまった。 「それでさ、今回のことを通して俺は決意したんだ」 「え?」  一刀は急に真剣な顔になり、語りだす。 「俺の力のなさがあの結果を招いた……だから俺は、二度と仲間を失うこ とのないように、より一層の努力をする!」  一刀は、語っている内に熱くなってきたのか拳を握った。 「そして、いつか大切な仲間を守ることの出来るようになってみせる!!」 「そうか……」 「だけど、今の中途半端な状態じゃ駄目なんだと思う。だから」   「俺を、正式に白蓮の元で働かせてくれ!」 「わかった。取り敢えず部下たちと話した上で決める。それまでは待って いてくれ」 「あぁ、待つさ。そして絶対、白蓮と白蓮の大切な人たちのことを守れる ようになってみせる」  子供っぽく笑う一刀を見て私も笑みが浮かぶ。 「ふふ、楽しみにさせてもらうぞ。……だがな、一刀、お前は既に守って るんだぞ」  最後の方は、一刀に聞こえないように呟く。そう、私はこいつに心を守 ってもらっている。きっと、それは他の者たちもそうなのだろう。知らぬ は本人ばかりというわけだ。  その後、私たちは他愛のない話をしながら村の中へ戻った―――。 ―――黄巾党との初戦に勝利した俺たちは、捉えた連中を取り込むことに 成功していた。 訊けば、黄巾党の他の隊はわからないが、彼らの隊はこの大陸に太平をも たらすため、動いていたらしい。つまり、かれらはやり方を間違えただけ で、その内にあるのは他の黄巾党と違い、真に安息を願う想いだったわけ だ。  それに対して、白蓮は「ならば、正しいやり方で実現しないか?」と言 って勧誘し、見事成功したということだ。  それからも、俺たちは黄巾党との戦いを続けていった。黄巾党の部隊の 討伐を始め、最終的に冀州方面に向かい本隊の撃破に討って出る予定だっ たのだが、近隣の烏丸族の元へ逃げ延びた黄巾党の対処に追われるはめに なってしまった。  だが、その戦いにおいて、黄巾党の残党および、烏丸族を取り込むこと に成功し、兵力を増やすことには成功した。  俺たちが動き回っている内に、戦況は変わっていた。  黄巾党は各地で討伐され、徐々に数を減らしていく一方となっていた。  そして、とある日に報せが届いた。内容は「、官軍の将たる董卓、黄巾 党の頭たる張角、およびに、張宝、張梁を討ち取られし、これにより本隊 の討伐を成功させり」といったものだった。どうやら北中郎将盧植の後任 に就いた董卓軍が最終的に決着をつけたようだ。  ただ、風の噂によると黄巾党を本格的に追い詰めていたのは「覇王たり える少女」率いる軍だったようだ。つまりその軍は、おいしいとこどりを されたということだ。  それを聞いた俺は、長い黒髪の少女が怒り狂い、それを少し短めの水色 がかった髪をしている妹と、小柄なのに強大な少女が宥める光景を思い浮 かべた。その際、思わず笑ってしまい、近くにいた兵をひかせてしまった のにはまいったが。  実際のところ、その一戦を機に黄巾党は縮小、ほぼ壊滅といった状態ま で追い込まれた。こうして大陸中の人々を震撼させた黄巾党は大陸から姿 を徐々に消していった―――。 ―――こうして、動乱は収まり大陸は一度、安定へと向かう。 だが……決して安定することはない。 時代は、次なる局面へと移行しつつあるのだから。 そして、大陸は新たな動乱へと帆を向けて進んでいく―――。 ―――大陸の平和は、まだ訪れない。 ――――――――――――――おまけ―――――――――――――――― ―――『暴君』、董卓 三国志においてその名は広く知られている。 とはいえ、この世界でもその通りだとは限らない。 それでも、董卓を討つことを目的とした連合は組まれてしまう。 誰もそこに隠された真実が存在することを知らないまま…… 暴君という幻に捕らわれた少女の存在に気付く者は居ない。 ―――ある、一人の少年を覗いて。 「月……」 ―――反董卓連合の元、各地の豪傑たちが集う! 「あ、一刀さん!」 「あたしは、馬騰の代理で来た馬超ってんだ。よろしくな」 「我が名は曹孟徳。覚えておきなさい」 「お―――ほっほっほ、わたくしが袁本紹ですわ」 ―――さらに、一刀がまだ見ぬ新たな豪傑までもがその姿を現す!! 「ふふ……やっぱり、私自身が出席して正解だったみたいね」 ――――さらなる豪傑?? 「蜂蜜水はいつ来るのじゃ!」 ―――戦場で交錯する激情と思惑! 「信じぬ! 貴様が天の御使いなどという戯れ言、私は信じぬぞ!!」 「俺の頸を落とせばいい」 「どういうつもりや? あんた……ウチらを裏切ったんか!!」 「呂布よ、我が命をかけた一撃、受けるがいい!!」 「……退けない」 この戦いに関わる何者よりも、多くを知る少年の決断は? 悲劇に塗れた少女の行く末は!? ―――次章、「反董卓連合編」スタート! 近日公開予定 ――――――――――――――――――――――――――――――――― ―――――――――――――あとがき――――――――――――――――  ようやく一区切りつきましたので後書きなぞを書いてみたりします。今 回でようやく序章が終わりました。  当初の予定から随分遠回りさせられました。元々、拠点+数話は予定に 入れていませんでした。ただ、書いている内に濃いキャラたちによって筆 が暴走させられ……気がつけばこのありさまです。  また、九話と十話に関しても非常に悩みました。黄巾党に関する話を書 くつもりではいたのですが、いかんせん黄巾の乱における公孫賛の動きを あまり把握できなかったため、切り口が思い浮かびませんでした。  何度も書いては消しを繰り返させられました……最後の方に書いた烏丸 族をメインにする案もありましたが、そうするとオリキャラ(?)を登場 させなければならなくなり、却下となりました。その辺りを期待していた 方すみません。ちなみに、今回黄巾党の頭が名前を名乗れていなかったの もソレが原因です。ほんとうにすみません。  外史スレ及び、避難所、その他諸々の方々、いつもお読み頂き誠にあり がとうございます。  書く回数をこなせば自信がつくとはよく言いますが、どうやら自分には 当てはまらなかったようです。書けば書くほど自信がなくなり、いつ読者 に見捨てられるのだろうか、このまま続けて本当によいのだろうかなど様 々な不安を抱えたりしてます。おかげで、投下するさいには毎回びくびく しています。  それでもこの物語を書き続けられるのは、皆さんが読んでくれていると いう一点に限ります。また、単純なのでコメをいただくことで創作意欲を 維持し続けることができました。本来は、外史スレあたりに書くべきかも とは思いましたが気恥ずかしいのでこの場で失礼させていただきます。  では再度、この場にてここまでお付き合い頂いた皆々様に御礼申し上げ ます。名作が居並ぶ中、この凡作をひっそりと続けていきますので、今後 とも、よしなにお願い致します。それでは、再見!