「なにはともあれ、まずは名をあげなければ意味が無いんですよ」 どことなく上品に春巻を口に運びつつ、雲が言う。 「我々の最終的な目標は『外史喰らい』を止めることです。そのために必要な想いは北郷殿への想いを変換して創ります。つまりより大勢の人間にあなたを慕ってもらえばいいわけですが、そこにも少し特殊な事情がありましてね」 事情? 「変換後の想いの強さは、想いの持ち主がその外史でどれだけ重要な位置にいるかによって変わってきます。重要な位置――物語で言う主役の位置――にいる者の想いの方が、強くなるんですよ」 言わんとしていることが分かりますか?、と雲。 ラーメンを啜る箸を止めて考える。 「愛紗とか鈴々みたいな娘に愛してもらえるようになれ、で合ってる?」 「そこらの町娘に無暗に手を出されても困ると、そう言ってるんだ」 無表情で麻婆豆腐を食べていた光が口を挿む。 「手癖が悪いのは知っているが、無差別に粉かけるぐらいなら武将一人を堕とせ。その方が貯まる想いは強い」 悪し様に言うだけ言って、今度は給仕の娘が持ってきた棒々鶏に手を付ける。丸っきり無言だ。 ………口出したくせに、会話する気無いなコイツ。 同じこと考えてたのか、俺と視線が合った雲が軽く溜息を吐く。 「まあ、間違いではありませんね。手頃な例を挙げると、曹孟徳一人分の想いは、大陸全土の平民の想いの総量とほぼ拮抗します」 「そこまで違うのか……」 確かに華琳なら納得できる話ではあるな。 「量より質というわけです」 話を戻しますよ、と続ける雲。 「とにかく、著名・有名になる者の想いが必要でして、そういった方々と対等になるためには北郷殿にも高名になってもらう必要がある訳です」 そこでですね、と含み笑いをする雲が、手鏡を取り出す。それをそのまま俺の方に向けた。 「北郷殿の顔のつくりは、世間の水準の少し上でしょう。そして、私も光も美形の分類に入る顔をしている自覚はあります」 自画自賛ですがね、と肩を竦めて、『狭間』の時と同じように空中に光で四角を描く雲。中にも同じように、どこかの外史らしき風景が映る。 土を盛って作ったらしいステージ上で、アイドルみたいな服装の女の子が三人、歌い踊っている。姉妹なんだろうか、顔がどことなく似ている。 その前ではファンらしい男達が拳を突き上げて吠えていた。まんま、アイドルのコンサートな感じだ。 「これはこの外史の映像です。場所は河南。映っている少女達ですが、左から張宝・張角・張梁です」 「……………………は?」 その名前は凄く聞き覚えがある。確か、黄巾党の首領の三人だ。……そういえば、ファンみたいな奴等、頭に黄色い布巻いてるな。 「彼女達がついうっかり、『大陸取るぞ』と言ってしまったのが黄巾の乱の始まりです。もっとも、彼女達は『歌で大陸を』という意味で言ったのですが」 あー、それをファンが「武力で」に勘違いして、って感じか。 うわ、くっだらねぇ。何千年も後まで残る群雄割拠の始まりが、まさかアイドルの発言の勘違いとは。 怒るより先に、呆れてしまった。 「で、そのアイドル三人組がどうしたんだ?」 「彼女達の影響力、凄いと思いませんか?」 「まあ、凄いよな」 テレビもラジオも無い時代に、何十万ってファンがいるわけだし。 「彼女達を見習って、柳の下で二匹目の泥鰌を釣ろう、というわけです」 「…………………………………………………………………………………………………………………………………は?」 え、っと、それはつまり、俺達が、 「アイドルとか、興味ありませんか?」 「いやいやいやいや」 絶対に面白がってる顔で訊いてくる雲に待ったを出す。 「無茶だから」 「何故です?先ほども言ったとおり、顔の醜美で言えば我々は平均以上です。そして、曹孟徳や孫伯符はまだ少女の域を出ません。そういった刺激に目が行くのは自明の理だと思いますが」 「誰も彼もがアイドル好きになるわけじゃないだろ」 「この映像を見て、もう一度言えますか?」 再び、雲の書いた四角を見せられる。ファンは老若問わず、どころか男女問わずだ。 「いや、でもほら、アイドルって言うなら、プロデュースとかスケジュール調整とか、その辺誰がやるんだよ」 苦し紛れに反論する。 が、 「それなら私がやりましょう」 サラリとかわされた。 「張三姉妹もその手の事に関しては自前で行っています。彼女達に出来て私にできない通りはありません。大丈夫ですよ、これでもアイドルプロデュースには自信がありますので」 どっから来る自信だ、それ。 いや、そんなことツッコんでる場合じゃない。何とか止めないと、生き恥晒すことになる。 「えぇっと、そうだ!光はどうなんだ?こんな滅茶苦茶な計画、通すのか?」 光がアイドルやってる姿とか想像できないし、どう考えても「やりたい」なんていうキャラじゃないだろう。 「言ったはずだ」 え? 「外史喰らいを止めるためなら、プライドは捨てる。これが一番手っ取り早いなら、そうするまでだ」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!!??」 いや、そのプライドは捨てちゃ駄目な部類のプライドだと思うぞ! 「往生際が悪いですねぇ、まったく。大丈夫ですよ素人のまま舞台に上げるようなことはしませんから。一年も使ってみっちり鍛えれば十分でしょう。食事を終えたらさっそく訓練といきますか」 よし、二人が食ってる間に逃げだ―― 「ちなみに逃走した場合は、意識を保ったまま、傀儡として動かさせてもらいますので」 項垂れて、溜息をつくぐらいしか、やる事は残ってなかった。 で、一年後。 人間ってのは不思議なもんで、どれだけ嫌々やっていたことでも、実力がついてくるとだんだんと面白く感じるらしい。 最近では、ダンスのステップ構成とか考えてる時があるし、前ならぶらぶら散歩してただろう時に歌唱練習してたりする。 路上ライブとか、初めは顔から火を噴くぐらい恥ずかしかったけど、今じゃ足を止めて聴いてくれる人や拍手してくれる人を見ると胸が温かくなる。 そして、今。 三人揃って、馬鹿デカイ野外ライブステージの裏にいる。 このステージ、どこをどう押し通したのか、なんと蜀の工兵隊謹製だ。……訂正。どこをどう、と言うか、劉備さんに直談判しに行ったら、トントン拍子で話が進んだだけだ。 理由は単純。劉備さん、諸葛亮ちゃん(「こっちの」朱里は真名で呼べるほど親しくないし、頭の中でも自粛)、鳳統ちゃんが俺達のファンだったらしい。 国王と軍師二人の意見が揃ってるんだから、反対出来る人などいるわけがない、という感じだ。いても口先八丁で黙らせるだろうし。 さらに言うなら警備は関羽さんと馬超さん、魏延さんが担当してくれている。この三人は逆に、俺達に興味無いからライブの見えない役に着いたんだろうな。 「感慨深いものですね」 盛大に篝火を焚いたステージを見上げ、雲が呟く。いつもの道士服ではなく、ステージ用の、聖フランチェスカの制服をアレンジした衣装に身を包んでいる。 「全くだな。無名の路上ライブから始まって、今や一国の重要人物が俺達を応援してくれている。冥利に尽きる、とはこういうことなのだろう」 光も薄く笑って同意した。こちらもステージ衣装姿だ。もちろん、俺も。 「じゃあ、その期待に応えないとな」 「ほう、随分と芸人らしい言葉が出てくるな。雲から提案されて、逃げようとしていた奴とは思えん」 「混ぜっ返すなよ。てか、それを言うならそんな奴をリーダーに推したお前らはどうなんだ」 「お前の方が万人受けするからだ。そういう奴が代表にいた方がいろいろとやりやすい」 実際、ファンの数は俺が一番多かったりする。二人のファンの数は俺の七割ぐらいで、そのかわりディープなファンが多い。 『みなさんお待たせしましたー!』 ステージ表から、女の子の声が響く。前説兼司会を名乗り出てくれた馬岱ちゃんだ。この娘も俺達のファンらしい。 『これよりー!噂の人気芸人、「白帝隊」の舞台!はじまりまーす!!』 「「「「「「きゃーーーーー!!!!!」」」」」 戦の時の気合いより大きいんじゃないか、と思うぐらいの声量で黄色い歓声が上がる。思わず、右手がブルリと震えた。 「ビビったか?」 「まさか。武者震いだよ」 「ほう、言うじゃないか。とちるなよ」 「そっちこそな。ダンスの振り付け、一番激しいんだから」 軽口叩いて笑い合う。若干だけど、緊張が解けてきた。 『それじゃー!三人を呼ぶよー!用意はいいー?!』 「ほら、準備しろって。始まるぞ」 「一刀もですよ。登場の成功率低いんですから、万全で臨んでくださいね」 そう言い残して、雲はステージ左手の櫓に登リ始める。当然、ファンから見つからないように、目隠しと飾り付けを兼ねた垂れ幕の後ろを、だ。 「――成功させような」 なんとなく言って、光へ拳を突き出す。 「当然だ」 言い方はぶっきらぼうだけど、光も拳を出してくれた。軽くぶつけ合う。 こいつ等とこうまで信頼できる関係になれるとは思わなかったな。なんかこれだけでも、この外史に来た価値がある気がする。 『じゃー行くよー!』 呼ばれる順番は決まっている。 『せーの!』 「「「「「光様ーーーーー!!!!!」」」」」 「おう!!」 声に応え、光はステージ右手の櫓を跳ぶように登る。こちらの櫓には垂れ幕は無い。光のこの動きを見せるためだ。 平行棒の選手みたいに体を振る豪快な動きに、黄色い歓声が上がる。 一番上まで数秒で達し、一瞬の溜めの後、まっすぐ舞台へ跳び降りた。着地して腕を組み、ニヒルに笑う。 再び、黄色い声が上がった。叫んでるのは主に、十代後半ぐらいの娘達だ。 『次行くよー!せーの!』 「「「「「雲さーーーーーん!!!!!」」」」」 「こちらです!!」 光のパフォーマンスの間に櫓を登り終えていた雲が、声を上げて注意を引く。 観客の視線が自分へ向いたのを確認し、雲も光と同じく舞台へ跳ぶ。こちらは空中で三回の宙返り付きだ。 光をスタイリッシュと形容するなら、雲の動きは優雅に、という感じだ。舞台に降りて、髪をかき上げる動作にこちらも黄色い声が上がる。声の主は、黄忠さん・厳顔さんぐらいの歳の人たちだ。 『最後いくよー!せーの!』 「「「「「かーずぴーーーーー!!!!!」」」」」 いよいよ俺の番だ。 「今いくぞー!!」 叫んで、まっすぐステージへ走り出す。ステージのすぐ裏には、客席からは見えない位置でジャンプ台が置いてある。俺の登場パフォーマンス用だ。 勢いよく跳んで、ジャンプ台でさらに勢いをつけ、ステージの縁に手をかける。そこを基点にしてぐるりと体を回し、ステージへ立った。客席からは、いきなり地面から飛び出たように見えるはずだ。 左手を腰に、右手で勢いよくピースサインを突き出す。 自分の歳より少し幼めに「作った」言動のせいで、頭の中は「恥ずかしい」でいっぱいだけど、皆の歓声を聞く嬉しさでドンドンとテンションが上がっていく。 ちなみに、俺への声援は本当に老若問わずだ。 「みなさん、今日はお越し下さり、ありがとうございます!!」 「俺達、とっても嬉しいです!!」 「皆も楽しんでいってくれ!!」 三人で言葉を繋いで挨拶。 客席全体から聴こえる黄色い歓声が気持ちいい。 こうして、新たな外史と舞台の幕が開く―――――