『無じる真√N』 第九話  その日の朝議は、白蓮によって告げられた一言で始まった。 「朝廷からの命に従い、我々も近々、黄巾党討伐に出ようと思う」  かねてより、討伐のための準備は行っていたが、どうやらその準備が完 了したようだ。 「どの部隊を向かわせますか?」  参加している将の一人が質問をする。 「うむ、今までの賊軍とは少々勝手が違うからな、討伐戦には、私自身が 出ようと思う。それに、一刀、星にも出て貰う」  白蓮の返答に更に質問が重ねられる。 「この国の守護はいかがいたしますか?」 「そうだな……よし」  白蓮は、少し考えた後、一人の文官へと向き 「悪いが、任せても構わないか?」  その言葉に頷いて返す文官を見て白蓮は次の話をはじめる。 「報告のあった、黄巾党軍の元へ斥候をまずはなつ。それに続いて出陣す る。それで構わないか?」  白蓮が一通り見渡す。 「「「「はっ」」」」  全員の返事が揃う。異を唱える者は居ないようだ。  その後は、普段と特に変わらない内容の話が交わされた。  数日後、黄巾党討伐へと向かうため、星や白蓮と共に城門前へと向かっ ていた。そこで、先日のことを改めて訊いてみる。 「しかし、よかったのか?白蓮が戦に出て」 「構わないさ、守護に関してもしっかり、任せてあるしな」  白蓮の顔からは、不安などみじんも感じない。 「そうか、そう言うなら大丈夫なのかな」 「あぁ、誰かさんの影響なのか、部下たちのやる気が高まってきて、今ま で以上に、頼りがいが出てきてな。そのおかげで、留守を任せるに値する ほどまでになっているから大丈夫だ」 「そうですな、皆、その誰かが他の者よりも努力し続けている姿に影響さ れましたからな」  それほどまでに、影響を与えた人物とは一体? 「なぁ、それって、どんな―――」 「よし、それじゃあ、星、一刀、それぞれ率いる部隊の確認をしてくれ」  俺が言葉を言い終わる前に城門前へ到着したようで、白蓮から部隊確認 するよう言われる。改めて見ると、そこには大勢の兵が集まり、隊ごとに 整列していた。  自分の担当部隊へと案内され、部隊を見てみる。 「これが、俺の部隊か……」  初めて持った部隊に、思わず声が漏れる。ここに来てから今までも、何 度か戦場には赴いたが、これまでの賊退治では、主に誰かの部隊に補佐と して組み込まれていたため、自分の部隊を持ったのはこれが初めてだ。  考え深げにしていると、隊を取り仕切る副隊長らしき兵がこちらへ歩み 寄ってくる。 「北郷様、部隊確認できております。問題ありませんでした!!」  副隊長は、やけに気合いが入っていて、こちらの身が引き締まる。 「あぁ、ありがとう。あまり気負うなよ、無用な気負いは、戦場で思わぬ 失敗に繋がりかねないからな。ほどほどに抑えてくれ」  ガチガチに固まってしまっている副隊長の緊張を、何とかときほぐそう としてみる。 「はっ!、お気遣いありがとうございます。北郷様」  より一層、固くなる副隊長、まったくの逆効果となってしまった。 「なぁ、その様を着けるのは―――」 「北郷様は、北郷様ですので」  くい気味に答えてくる副隊長。どうも様付けを止めさせることは出来な さそうだ。  ひとまず、緊張を解きほぐすのは諦め、白蓮の元へ行き報告をする。 「よし、全部隊、問題ないようだな」  確認をとった白蓮が全部隊の前に立つ。 「いいか、これより我らは黄巾党討伐へと向かう。おそらく長期に渡る戦 いとなるだろう。これまでの賊討伐以上だと思え!自信の無いものは今か らでも遅くはない、ここから立ち去れ!私と共に行くという者のみここに 残れ、そして、戦場でその勇敢なる魂を刃に込め、振るえ!」 「「「おぉぉぉぉぉぉ!」」」  白蓮の声に、呼応して兵たちの声が上がる。どうやら、抜ける兵は居な いようだ。今回は、義勇兵もかなりいるため多少は離脱者がでると思った のだが杞憂だったようだ。  出発してから、改めて副隊長と話をする。 「なぁ、どうしてそこまで緊張してるんだ?」 「戦場に出るんですから、緊張くらいはしますよ」 「いや、そうなんだけど、必要以上に固い気がしてな」 「……そうですね、やはり北郷様の部隊に配属されたからですかね」 「?」  副隊長の言葉がいまいち、飲み込めず首を傾げると、その理由を説明を し始める。 「まぁ、ご本人は気付いていらっしゃらないとは思いますが、結構人気な んですよ北郷様は」 「俺が?嘘だろ」  俺を担いで居るのではないかと思い副隊長を見るが、その目は嘘を含ん でいるようには見えなかった。 「いえ、実際、兵だけでなく民衆も慕っておられますよ」 「そ、そうなのか?」  そう言われると背中がかゆくなってしまう。 「えぇ、城内では一人一人の兵や、侍女、果ては厨房で働く料理人にまで 気を配ってらっしゃる。その様に、気を配って頂いて、何も感じない者な どおりはしませんよ」  そう告げる副隊長の表情が少し柔らかくなる。どうやら、強張っていた 身体がほぐれてきたのだろう。そこで、会話をさらに続ける。 「いや、別に普通のことだと思うけどな」 「いえ、そうのようなことはありません。北郷様のように、忙しければ気 を配ることなど普通はできません。しかも、やることはきっちりこなして おられるとお聞きしています。時には文官に混じり会議に参加、またある ときは武官や将と共に戦場へと向かわれる。その働きは、我らが太守様に 次ぐ忙しさ、と、もっぱらの噂です。それだけのことをしておられるのに 、それを普通と仰られては我々の立場がありませんよ」  副隊長に苦笑気味に言われ、苦笑いになる。 「いやいや、誤解しているようだから、一応言っておくけど、俺は別に何 かしたわけでもなく、役に立っている訳でもないからね……」  実際、大した活躍はしていないのだ。一応、参加してはいるが、その都 度、自分に出来ることを考え、実行しているだけで、決して褒め称えられ るようなことはしていない。 「またまた、ご謙遜を、北郷様と共に仕事をした者は、皆、良い表情をし て北郷様のことを語っておりましたよ」 「……」  本格的に恥ずかしくなり、言葉が出てこない。 「それに、城内だけでもそれだけの事をしているのに、さらには街へも気 を配っていらっしゃいます。時折、警備隊に混じり、警邏を行い、街へ行 けば民から街の様子を直に訊いて回る等々、民たちにも触れて回り、民衆 の心を惹きつけていらっしゃる。一体どれほどのお心をお持ちなのか我々 には、計り知れませんよ」  そこまで、言われ、さすがに限界だった。 「ま、まってくれ、恥ずかしすぎるからもう褒めないでくれ。俺は、本当 に大したことのない奴なんだ、どこにでも居るような奴なんだよ」  今、俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。 「ただ、事実を述べているだけなのですが……」  きょとんとした顔をしながらも、至ってまじめな雰囲気を放ち続ける副 隊長を見て、言葉通りだと伺えてさらに恥ずかしくなる。 「いや、ほんともう止めて……」 「はぁ、そう仰られるなら」  どこか、呆気にとられた様子で喋るのを止める副隊長。そこで、ふと周 りを見ると、部隊の兵がこちらに聞き耳を立てていた。 「はぁ……」  思わず、ため息が出る。こんな変な話を聞かれていたと思うと余計に恥 ずかしい。そう思う俺に、一人の兵が声を掛けてくる。 「御使い様、そんなに恥ずかしがらないでくだせぇ」  どうやら、義勇兵の一人のようだ。 「あっしらは、黄巾党の奴らと戦うために立ち上がりましたが、その多く は御使い様のために立ち上がったようなものです」  その言葉に、心が射貫かれたと思うほど感動してしまった。 「そ、そうなのか?」 「えぇ、先程、副隊長さんが言ってたように、街にいる人間は皆、感謝し ているはずですから」  そういってニヒルな笑みを浮かべる。 「そっか、みんな、ありがとう」  感謝の念を、この部隊にいる兵にだけでも伝えておきたく思い、俺はそ の想いを、安易ではあるが言葉にして表した。  兵たちに必要以上の緊張をさせないよう会話をしながら行軍を続け、黄 巾党の一派がいるとされる場所から3里程離れた位置まできた。  そこで、俺たちは陣を敷き、軍議を始めるた。白蓮による状況確認から 軍議は始まった。 「さて、既に送っていた斥候からの情報によれば、あの山を超えたところ に黄巾党によって占拠された村があるそうだ」  白蓮が斥候からの報告を元に敵に関する情報を整理していく。 「兵数は、およそ二万、それに対しこちらは一万、しかも、内三千は義勇 兵、数ではやはり劣ってしまうだろう。だが、奴らは正規軍ではない。あ くまで軍の真似事をしている程度だ。そこを付けば、我らに勝機はある」 「つまりは、正規軍であるこちらが優位に立てる部分である策を持ってこ の戦いを制するって事か?」 「そうだ、兵数の差は『知』によって埋める」  白蓮のその言葉に星が異論を挟む 「お待ち下され、白蓮殿。確かに、兵力差を知で埋めるのも良い考えだと は思います。しかし、この程度の兵力差ならば、私一人で、十分埋めるこ とが可能ですが、いかがですかな?」 「いや、確かに星が強いのは分かる。だが、お前一人に負担を掛けるつも りもない」  白蓮の言葉に俺も頷く。 「そうだな、あそこに居る奴らを倒した後も他の黄巾党の部隊も討つため に、さらに進軍するわけだしな。ここで、星に不必要な労力を払って欲し くはないな。なにせ、星の強さは折り紙付きだ。そんな星が活躍するべき 時に疲弊してたら困るからな」 「ふむ、お二人にそう言われてはしかたがありませぬな」  そこで、ようやく納得したのか星が下がる。 「よし、では話を再開する。村付近の情報についてだが、どうやら周囲を 山に囲まれているようだ。そのため、村に近づくための道は入り口側の一 本だけらしい。つまり、真正面からぶつかることになる。だが、そうなれ ば、奴らを刺激してしまい、残っている村人に危害が及ぶ可能性がある」 「なるほど、攻めるに難く守るに易い地形であるうえに、人質か……」 「あぁ、だからここは上手く動くことが必要だ。さて……どう動くか」  それぞれが、机に敷かれている情報を元に作られた地図を見ながら、考 え始める。そこで、ふと思いついた考えを話してみる。 「なぁ、逆に考えてみたらどうだ?」  何気ない俺の言葉にその場の全員の視線が向けられる。その中から、代 表して口を開く。 「逆とは、どういう事だ?」 「あぁ、山に囲まれていて攻めにくい。確かにそうだけど、逆に向こうも 簡単には逃げることは出来ないってことだよな」 「あぁ、確かにそうだな。だが、村人がいる以上、奴らが有利なのに変わ りはないからな……」 「そうだな……そう簡単にはいかないよな」  再び、全員考え込む。しばらく考えたところで、一人が口を開く。 「人質が、攻められぬ要因でしたな」  星が改めて尋ねる。その言葉に全員の意識が向けられる。 「あぁ、その通りだ」  白蓮の返答を確認して再び星が語り出す。 「ならば、人質の安全を確保すればよろしいわけですな」  星のその言葉に白蓮は頷いて答える。 「とすれば、簡単なことでしょう。一部隊で潜入し、それに会わせ、正面 側の本隊が兵を誘き出します。その隙に村に残った兵を潜入した部隊にて 殲滅し、村を開放し、村の門を塞ぎ、黄巾党が戻れないようにすれば、先 程、一刀殿が仰られた通り、奴らは逃げ場を失うことでしょう。いかがで すかな?」  星の説明を聞く内に全員が頷き始める。 「なるほどな、基本はそれで良いだろう。後は、何時、そして誰が実行に 移すかだな」  白蓮も星の提案を認め、さらに内容を突き詰めていく。 「潜入となると、やっぱり夜だろうな」 「そうだな、一刀の言うとおり、夜の闇に紛れるのが良いだろう。そうな ると、奴らを引きずり出すのは早朝だな」 「えぇ、早朝ならば、奴らも気を抜いているところでしょう」  方針が決まってからは、着々と作戦の詰めが行われていった。 「でだ、潜入部隊をどうするかだが……」 「それは、俺に任せてくれないか?」  俺の言葉を聞き、全員が意外そうにこちらを見る。 「ふむ、それはまたどうしてなんだ?」 「あぁ、多分俺は、正面からぶつかる部隊では役に立たないからな。だっ たら敵の残りを叩けばいい潜入部隊のほうがいいと思ってさ」  俺の言葉に、頷く者も居れば、首を傾げる者もいた。 「あー、なんとなく言いたいことはわかった。だけどな潜入は、ある意味 正面からぶつかるよりも危険が多いぞ」 「そうですな、本隊が引きずり出すのに失敗すれば、孤立してしまうでし ょう。それに、本隊が動く前に見つかれば、救出は、ほぼ不可能となりま す。もちろん増援などは期待できませぬ。それ程に、厳しいものなのです よ。一刀殿」  二人の言葉を聞き、潜入部隊の危険さを改めて認識する。だが、それを 理由に引き下がるつもりはない。 「危険なのは、よくわかった。だけど……やっぱり俺は行く。きっと、今 の俺に出来るのは、それだけだと思うから」 「そうか……なら、仕方ない。北郷に任せることにする」  白蓮が、諦めたといわんばかりにため息を吐く。 「まぁ、確かにお前なら、村人たちを無駄に混乱させることなく先導でき そうだしな」  白蓮はそう言って、渋々ながらも承諾をしてくれた。 「ふむ、では私も共に参りましょう」 「いいのか?星がこっちに来ても」  念のため、白蓮に確認をとるべく顔を向ける。 「あぁ、そっちは一部隊だからな、星が入れば心強いだろう」 「それもそうだな、星がいれば、作戦も成功しやすいだろうしな」 「よし……それじゃあ、部隊は後々選ぶとして、後は……」  それから、潜入部隊の人数、山に入る時期の決定と、村につくまでのお およその時刻の計算を行い、作戦は本格的なものへと変わっていく。  しばらくして、作戦は決定し、俺は潜入に向けて集めた兵たちに作戦の 説明をしていた。 「……というわけなんだ」 「なるほど、それでわれわれが行くのですね?」  俺の説明を聞いていた兵たちの代表として、俺の隊の副隊長が確認してくる。 「あぁ、正確には各部隊から、潜入に向いている兵をそれぞれ、数名を選 抜し、潜入部隊を結成した。みんな、悪いけど、俺たちに付き合わせるこ とになる」  それ以上の言葉はなく、ただ頭を下げる。 「止めて下さいよ、北郷様。我々は、ただ従うだけです。あの御方、そし て……貴方の為ならこの命惜しくはありません!」  そして副隊長は、白蓮、そして、俺に視線を移し、かしこまりながら宣 言した。 「ありがとう、だけど、あまり自分の命を軽んじるような発言はしないで 欲しい。もちろんみんなもだ」 「「「はっ!!」」」  兵たちを見回すと、全員が姿勢を一層正し、返答してくる。 「それじゃあ、説明も済んだことだし、潜入に向けて体を休めてくれ」 「「「はっ!!」」」  俺の言葉によって、兵たちが解散してそれぞれの天幕へと向かう。 「ふふ……中々凛々しいお姿でしたな。様になっていましたぞ」  俺の隣にいた星が、くすくすと笑い出す。 「やめてくれよ……それより、星も休んだら?」  恥ずかしくて、早口になりながら促す。 「そうですな、我々も休むといたしましょう」  星も天幕へと向かっていく。それに続いて俺も天幕へと向かう。  翌日の決行を思いながら、眠りについた。  軍議の翌日の夜、俺たちは山へ向かい行軍し、ちょうど村へ続く道に対 して村を挟んで反対の方角にある山の前に到着したところで星が、俺の方 を向く。 「さて、もうそろそろ二手に分かれるといたしましょう」  星が、自分に割り振られた兵たちをこちらから、離れさせ始める。 「あぁ、次に会うときは村で……だな」  そう、まとまって向かえば、動きが制限されてしまう。また、片方の隊 が、何か支障をきたしたとしても、もう片方の隊が時間までにたどり着け るよう、俺と星で隊を分けて迅速に村へ向かう手筈になっているのだ。 「えぇ、では」  兵たちを山へ向かわせ、それに続くように星も向きを変える。が、何か を思い出しようにこちらを振り返り 「そうそう、くれぐれもお気をつけ下され。山の中には、何があるかはわ かりませぬぞ」  真剣な表情で、俺に忠告をした。 「あぁ、わかった気をつけるよ。星も気をつけてな」 「えぇ、では今度こそ。……よし、趙雲隊の兵よ、我に続け」  兵たちの先頭に出た星が声を抑えながら号令を掛ける。 「「「応」」」  兵たちも控えめに応える。  星たちが山へ入り始めたのを見た俺は、 「よし、こちらも登山を開始するぞ」 「「「はっ」」」  こちらも、控えめにやり取りを交わし、山へと向かう。  月の明かりを、木々の枝の隙間から浴びながら俺の隊は、頂上へと向か っていた。 「くそっ、思った以上に木々が生い茂ってるな」  体に絡みついてくる木の枝や、草をかき分けながらぼやく。 「そうですね。しかし、その分我らの姿は隠れますね」  愚痴る俺に、副隊長が苦笑する。 「まぁ、それもそうだな」 「えぇ、しかし、今、時間はどのくらいなのでしょう?」 「そうだな、確かにあまり遅くなるわけにもいかないからな」  副隊長の言葉に俺は焦りを感じる。 「現在、月が真上に掛かり始めているから、まだ大丈夫だろう」 「そうですね。しかし、そろそろ頂上についてもよさそうなのですがね」  副隊長と言葉を交わすことで、登頂による体への付加が減っているよう に感じる。やはり、会話をすると気が紛れるのだ。だが、そろそろ頂上が 見えてきたところで互いに言葉を減らしていく。  そして、頂上に着いたところで休憩もかねて、村の確認をする。 「よし、村はあそこだな」 「えぇ、やはり裏手には兵はあまり居ないようですね」  副隊長の言うとおりで、村の入り口には、兵が居るが、裏手に当たる箇 所には兵があまり配置されていないようだ。  その少数の兵も油断しているのか眠りこけている。あれだったら他の奴 に気付かせることなく対処出来そうだ。  それから、しばらく休憩をしたところで動き始める。 「よし、それじゃあ、降りるとしようか」 「「「はっ」」」  気がつけば、月も真上を過ぎ、西へと傾いている。どうやら、思ってい たよりも時間を消費していたようだ。 「少し、急いだ方がいいみたいだな……よし、少し急ぎで降りるぞ」 「し、しかし、危険なのでは?」  副隊長が訊いてくる。 「確かにな。多少は、危険かも知れない。だけど時間もないんだ。だから 悪いんだけど、急ぎつつ山を降ろう。もちろん気は今まで以上に張って」  これまでも、何とかなったわけだし今回も大丈夫。そう信じて危険を冒 しながらも急ぎで降りることを決定する。 「わかりました。皆のもの、聞いたとおりだ。気を引き締めながらも、急 ぐぞ」 「「「応」」」  副隊長の声に反応し、全体的に速度があがる。その後は、ただただ、山 を下り続ける。多少の枝や草は気にせず。ひたすら進み続ける。  ある程度進み続けたところでふと、周囲の兵を見る。無理な進路取りを してきたため、多くの兵に擦り傷などが見られた。かくいう俺も、傷だら けだ。  だが、もちろんそんなこと気にしてなんていられない。そこで、思考を 打ち切り、再び速度を上げ、進み始める。  それから進み続け、山の中腹まで降りたところで空を見上げる。月はま だ沈んでいないのだが、空は今まで全体に広がっていた暗闇に光が差し始 め、明るくなり始めている。  「よし、この調子なら何とか間に合うかもしれないな」  そう思った瞬間。俺は、何かを踏んだのを感じた。今までの土や草など の感覚ではなく、明らかに別の何かだ。 「?……何だ??」  不思議に思い、そこから数歩進んだところで、確認しようと立ち止まっ た瞬間、俺が違和感を感じた位置を中心に地面が沈んでいく、その沈下に 俺を含め数名の兵が巻き込まれていく。 「「「う、うわぁぁぁぁぁ」」」 中央にいた、兵たちが叫び声を上げる。その動揺は、周囲の兵にも伝わっ ていく。 「し、しまった!罠か!!」  崩れる地面に巻き込まれ、落下し始めながら、気付いたが、もう、既に 遅かった。  足下の地面が無くなった事による浮遊感に包まれている俺の脳裏を、星 の言葉が過ぎっていく。 『そうそう、くれぐれもお気をつけ下され。山の中には、何があるかはわ かりませぬぞ』  今さらながらに、あの時の星が、このことを予測し、俺に、忠告をして くれていたことに気付いた。 (くそぉ、せっかく星が忠告してくれたって言うのに……最近、上手くい ってたってだけで、今度も、何とかなるだろうなんて思って俺は……)   (あぁ……俺の馬鹿野郎……)  そんな後悔に苛まれる俺の身体から、浮遊感が消えた。次の瞬間、重力 による落下が訪れ始めた……