----------------------------------------------------------------- pdf版を作ってみました。 「勢いで作った、今は後悔も反省もしている」 http://seiryouzai.choitoippuku.com/koihimepdf/mujirushinN08.pdf Adobe Reader(アドビリーダー)というソフトがあれば見れます。 -----------------------------------------------------------------  桃香たちが訪れてからの初の戦が大勝利で飾られた後、桃香たちには、 部屋があたえられ、しばらく留まり賊の討伐を行うことになった。  その後、彼女たちと共に俺も時々ではあったが、賊の討伐に参加した。  何度も賊軍の討伐を繰り返していく内、彼女たちの武名は知れ渡って いくこととなった。  そんな日々を過ごしながらも、大陸には不穏な様子が広がっているのを 俺たちは感じていた。  そして、それが間違いでないことをすぐに知ることとなった。  匪賊の横行によって暴力に晒され、慎ましく生きることすら出来ないほ どの大飢饉、さらに、追い打ちをかけるかのように、疫病による大被害な どによる乱れ、そして、人心の乱れは大陸中へと広がりはじめていた。  ついには、それらの影響により暴乱が起こり、そこからさらなる暴乱が 引き起こされた。まさに、暴力が無限に生み出される世となってしまって いた。  『今、まさに大陸全土は混沌に覆われている』  現在の状況を見て、誰しもが、そう感じている。  ただ、幸いこの国は、他と比べ比較的に新しい形式の治安対策を行って いたため。 被害が多少ではあるが押さえられている。しかし、民衆の不 安が消えたというわけではない。  一方、他の国では、事件が多発するため、警邏の兵の精神的な緊張が増 え、かなり昂ぶっているらしい。おそらく、それが大陸中へ広がるのも時 間の問題だろう。  影響を受けた国の中には、かつての世界で関わった国も多く含まれてい るだろう。それを考えると、正直、より一層大陸中が心配でになってきて しまう。  だが、今の俺には何の力もない。出来ることなど碌にない。せいぜいこ の国の人たちを守るために頭を振り絞ったり、動き回ったりする位だ。  現在、大陸中を覆っているこの負の連鎖に巻き込まれた状況に対し、心 を痛めつつも過ごしていたある日―――  とある指導者の『蒼天すでに死し、黄天まさに立つべし』という言葉の 元に暴政に対して怒りを露わにした民衆が集まり、官庁を襲撃したという 報せが届いた。その続きは、さらに最悪なものだった。  誰しもが、官軍が鎮圧すると思っていたのだが、逆に暴徒によって制圧 されてしまったというのだ。  さらに、暴徒たちは各地で街や村を襲撃しはじめたのだ。その一件の影 響のためか、暴徒によって大陸の三分の一が制圧された。  大した対策を施さなかった漢王朝は、その報せを受け萎縮したらしい。  もはや、官軍は頼みにはならないことがはっきりし、各地方の軍閥へ暴 徒たち『黄巾党』の討伐命令が下されることとなった。 ―――時代は、俺たちが恐れていた通り動乱の渦へとのまれていく―――  討伐令が下された翌日、朝議の場で、俺たちもその戦いに、参加するこ とが伝えられた。そして、この戦いは、桃香たちが更なる一歩を踏み出す ための好機であることも白蓮から口から伝えられた。  その後、朝議を終えた俺たちは、桃香たちへ渡す兵糧と武具の手配をし に兵站部へと向かっていた。手配を任された星、手配に関するやり取りに ついて知るために付きそう俺、そして代表の桃香と、ついてくることにし た鈴々。  その四人で歩いている。ちなみに、愛紗は義勇兵を募りに行っている。 「しかし、白蓮には悪いことしたかな?」 「ふふ、仕方がないでしょう。桃香殿たちへの餞別なのですから」 「まぁ、そうだけどな……」  そう答えつつも、先程の白蓮の顔を思い出す。星が進言した桃香たちに 対しての徴兵の許可。結果的に……了承はしたが、白蓮の顔は苦笑いにな っていた。 「そう言う一刀殿も、私の意見に同意しておりませんでしたか?」  そう言ってこちらをちらりと見る。 「う……そ、そうだな」 そう、星の意見ももっともだと思いつい、同意してしまったのだ。 「ならば、一刀殿も私の考えについては、悪くないと思われたのではない ですかな?」  不適な笑みをこちらへ向ける星に、思わずたじろぐ。 「た、確かにそうは思ったけど、白蓮のあの顔を見ちゃうとな……さすが にまずかったかなってさ」  苦笑じみた俺の言葉に星は涼しい顔のまま答える。 「なに、先程も申したとおり、その分私たちが働けばよろしいのですよ」  たしかに、星の言っていることはもっともだ。 (俺も、もっと頑張らないとな……) 「まぁ、確かに、俺たちが頑張るべきなんだよな」  そして、決意を表すように言葉にする。 「えぇ」 そんな風に星と話していると、 「あの、星ちゃん、一刀さん」 「ん?どうした桃香?」 「何ですかな」  桃香が声を掛けてくる。 「二人とも、さっきはどうもありがとう」  笑顔で礼を言ってくる。 「……いえ、別段礼をいわれることなど致しておりませぬよ」 「まぁ、そういうことだから気にしなくていいよ」  だが、桃香は首を振りつつ、答える。 「ううん、だって二人が私たちに便宜を図ってくれたでしょ」 「ふふ……どうでしょうな?」  星が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。そうすると予測していた俺も同じよ うに笑みを浮かべる。 「それよりも、桃香殿は討伐にさいしての策はおありなのですかな」  星が、今度は真剣な表情になって桃香へ尋ねる。 「えっと、実は何も無いんだよね……ただ、おいおい考えていくつもりで はあるんだけどね」  その後も、二人は桃香たちの戦いについての会話を交わしていく。話が 切れたところで、桃香が改まって星に尋ねる。 「ところで……星ちゃん」 「なんですかな?」 「星ちゃんて客将なんだよね?ってことは白蓮ちゃんの臣下じゃないんだ よね?」 「えぇ、ですから白蓮殿に雇われ、力を貸している立場ですな」 「なら、いつかはどこかに行っちゃうのかな?」 「さて……まだそれはわかりませぬ。伯珪殿のもとに留まるのか、はたま た私が尽くすべき主を探すか……」 「じゃあさ、もし、その時がきたら私たちのところへ来ない?」 「ふふ……そうれも魅力的な誘いではあるかもしれませぬな」 「じゃあ―――」  表情をぱっと輝かせ見つめる桃香を星が制する。 「しかし、私は、自らの道は自ら決めます故……」 「そっか……ごめんね」  申し訳なさそうに謝る桃香。 「いえ、今は白蓮殿への恩がある故、その恩を返すため白蓮殿へ協力をし ますが、その後、桃香殿が我が主候補になっていればどうなるかは、わか りませぬよ」 「そっか、それなら、なれるように頑張ってみるね」 「ふふ……精進してくだされ」  そう言って、星は再び前を向いて歩き出す。  手配を終え、桃香たちが愛紗の元へ向かった後、隣にいる星に先程気に なった事を尋ねる。 「なぁ、星。本当は桃香のところに行く気があるんじゃないか?」  俺の知っている流れと、二人の会話を端から見て導いた考えを星に尋ね てみる。 「ふむ、それはどうでしょうな……まぁ、白蓮殿の臣下になる可能性より は高いかもしれませぬな」  口元に手を置きこちらを見ながら告げる。 「そっか……」  星は、やはりここから離れるのだろう。そう思うとどこか寂しく思う。 「ただ、もっと高い可能性で仕えてみるのも良いかもしれないと思う相手 はおりますが……」  星が更に付け加えた一言は意外なものだった。 「え?、それは誰なんだ?」  まったくもって予想がつかず、首をひねる。 「ふふ……時が来れば自ずとわかりますよ」  そう言って、星は一瞬だけ微笑を浮かべ、白蓮に手配を終えたことを伝 えるため、歩き出す。  夜になり、残っていた仕事も片付き、寝る用意をしようと立ち上がるの と同時に扉が控えめに叩かれる。 「ん?誰だろう? どうぞ」 来客に対し、入室を促すと入ってきたのは 「ごめんね、こんな時間に」 「桃香か、どうしたんだ?」 少し遠慮気味にこちらを伺う桃香だった。 「うん……今日の朝議のことなんだけど」  何処か暗く、いつもの明るさがない。 「あぁ、朝議で出た話か?」  そんな桃香の様子を気にしつつ、詳しく尋ねる。 「うん……ほら、黄巾党との戦いに向けて、私たちが独立するって話があ ったでしょ」  桃香が語り出したのは、今日の朝議で話したことだった。 「それがどうかしたのか?」  一体どうしたのだろうかと思いつつ尋ねる。すると、桃香が呟くように 語り始める。 「……私たちが独立することになった時のことを考えたらね……なんだか 不安になっちゃって」 「不安?」 「うん、私に皆を引っ張っていく事が出来るのかなって……」  そう言って、俯かせていた顔をさらに俯かせる。 「なるほどな……でも、何で俺に聞くんだ?」  俺としては、実際に多くの兵を率いている白蓮が良いと……でも時間が 空いてないのか。それでも、色々と為になる助言をしてくれる星なら、そ う考え始めるのと同時に桃香が再び語り出す。 「えっと、最初はたまたま会った星ちゃんに、話をしたんだけどね。『そ れでしたら、一刀殿にお聞きになられるのがよろしいかと』って言われた の。それで、一刀さんのところにお話を聞いてもらいにきたの」 「星が……そんなことを?」 星がそう言ったということ、そして、妙に上手い桃香の口まねに驚く。 「うん……迷惑だったかな?」  体を小さくしながら桃香がこちらを伺う。 「いや、俺で良ければ聞くよ」  そんな、恐縮した態度に苦笑しながら答える。俺の返答にほっとした様 子を見せる桃香。 「ありがとう。一刀さん」 「気にしないでくれ、まぁ、俺に手助けできるかは分からないけどな。そ れで、大勢の人たちを引っ張っていけるかだったかな」 「うん……」  そこで、腕組みしながら少し考えてみる。そして、桃香の周囲に関して 考え始めた時に結論は出た。そして、彼女の方を見ながら俺なりの意見を 言ってみる。 「まぁ、桃香なら心配ないと俺は思う」  俺の言葉に驚いた様子も隠さず聞き返してくる。 「え!?何で?」  驚いている彼女に、俺が結論に至った理由を語っていく。 「一緒にいる愛紗や鈴々を見てれば、心から桃香を大事にしていることが わかる。それは桃香とうい人物が相手だからこそ、そうなったんだと思う んだ、だから桃香は自分に自信を持っていいと俺は思うぞ」  そこまで言って桃香の反応を見てみるが 「そ、そうかな?」  まだ、どこか納得がいっていない様子だ。そこで、更に言葉を付け加え て説明する。 「あぁ、俺が思うに、おそらく桃香には、人を惹きつける何かがあるんだ と思う。ただ、それでも、心配なものは心配だとは思う。だからさ、独立 する日まで悩んでみるといいんじゃないかな」  正直、後半に関しては俺にも断言は出来ないがきっと必要だとは思う。 「悩む?」  それでいいのだろうかという顔で俺をみる桃香。ここで下手な心配を彼 女に与えたくはないので力強く頷いて応える。 「あぁ、悩みぬいたうえで納得すれば、それは桃香に強い芯を作ってくれ ると俺は思う」  これは、俺自身の経験からくるものだ。あの『外史』において、悩みな がらも一つのことを心に決めて進み続けたとき、俺の中に強い芯が出来て いた。それは、きっと桃香にも当てはまると俺は信じている。 「強い芯……」  俺の言った言葉を呟きながら考える桃香。 「そうだ、芯があれば独立した後に何があっても大丈夫だと思う。強い芯 を持つことで自分の選んだ道を歩んでいく覚悟が出来るはずだ、そして、 その覚悟は、つらい状態に苦しむときに立ち上がる糧となるはずだ、それ に……」  そこで、一端区切る。すると桃香が先を急かすように聞き返す。 「それに?」 「それに、桃香には、自分の手で多くの人を救うっていう目標があるんだ ろ?なら、それを桃香の中に強い芯を作る要素にすればいいと思うよ。そ れからさ……桃香には、愛紗も鈴々もいる。あの二人は必ず、桃香が困っ たとき、力になってくれるはずだ……違うかな?」  ここまで言ってようやく、桃香の顔に明るさが戻り始める。 「ううん……そうだね!私には二人がいるんだよね」  彼女が、こちらへ訊いてくる。それに笑顔で頷くことで念押しする。 「そうそう」 「二人の事も含めて考えて、考えて……考え抜いて結論をだしてみる」  そう語る彼女の顔は先程までの暗く弱々しいものではなく、とても凛 々しいものへと変わっている。 「あぁ、もう大丈夫みたいだな」  そんな彼女の表情を見て、何とかなったのだと判断し、ようやく胸を なで下ろす。 「うん、ありがとう。一刀さん」 「いいって、それよりちゃんと結論を出せよ」 「大丈夫、なんだかすっきりしたから、きっと私なりの結論を出せると 思うの」  そう言って笑う彼女の顔には、先程まであった暗さは完全に無くなっ ていた。どうやら、もう大丈夫なようだ。 「よし、いい顔だ。それじゃあ、戻ってその顔を二人に見せてあげない とな。きっと心配してるぞ」 「そうだね。それじゃあ、私行くね」 「あぁ」  別れの言葉をつげ扉へ向かう彼女がふと振り返る。 「そういえば……」  その言葉に入り口まで送ろうとしていた、俺も立ち止まる。 「ん?」  桃香は、俺が立ち止まったのを確認すると、どこか柔らかさを感じさせ る笑みを浮かべながら、 「星ちゃんが、一刀さんに話してみるといいって教えてくれた理由がわか っちゃったかも」  思わぬ言葉を告げる。 「え?」  呆気にとられている俺を見て桃香が笑う。 「あはは……何でもないよ。それじゃあ、おやすみなさい」 「あ、あぁ……おやすみ」  挨拶を交わして、彼女は部屋を出て行く。 「しかし……星もなんで俺なんかを薦めたんだ?」  しばらく、考えてみても答えが出ないので気にするのはやめることにし た。その代わりに、星が言っていたことを思い出す。 『高い可能性で仕えてみるのも良いかもしれないと思う相手はおりますが……』 『ふふ……時が来れば自ずとわかりますよ』  部屋に差し込む月明かりを浴びつつ、ベッドに寝転がり、考える。 (星が白蓮や桃香よりも仕える気のある相手って一体?てっきり、桃香が 最も可能性が高いと思ってたんだが……)  気にはなったが、徐々に睡魔に襲われ、眠りについた。  それから時間はたち、桃香たちの旅立が、翌日にまで迫っていた。その 日の朝、誰かが廊下から掛けてくる音で意識が目覚め始める。それでもま だぼうっとしていると、部屋の扉が勢いよく開けられた。そして、何者か が俺の上へと飛び乗ってきた。 「ぐぇっ……」 「おにいちゃん!おきるのだ!」 「……」  突然の来訪者よりもたらされた苦痛に呼吸と言葉が止まる。 「にゃ?どうしたのだ?」  俺の反応が無いため不思議そうに首を傾げる鈴々。 「ぐぅぅ……何度も言うけど、頼むから飛び乗るにしてももう少し優しく してくれ」 「にゃはは、ごめんなさいなのだ」  苦笑しつつ、たしなめると鈴々も苦笑いしつつ謝ってくれる。この素直 さは彼女の良いところだ。 「で?何か用があったんじゃないのか?」 「そうだったのだ!今日は、お休みって聞いたけど、本当なの、お兄ちゃ ん?」 「ん?あぁ、そうだな今日は休みをもらってるよ」 「じゃあ、鈴々も休みだから、一緒に過ごそうなのだ」 「そうだな、そうしようかな」 「やったー!」  一緒に過ごすことに同意すると、鈴々が満面の笑みを浮かべながら布団 の上で飛び跳ねる。どうやら、誘いに来たはいいが、断られるか心配だっ たようだ。  その後、準備を終え部屋の外で待っていた鈴々に声をかける。 「お待たせ。ところで、鈴々は朝食は食べたのか?」 「ううん、お兄ちゃんと一緒に食べようと思ってたからまだなのだ」 「そっか……まずは食事にしようか?」 「うん!!」  二人で、朝食を食べることにし、歩き始める。そこで、今日の予定を尋 ねる。 「それで、これからどこに行くんだ?」 「中庭に買ってきた肉まんが置いてあるから一緒に食べるのだ」  鈴々が嬉しそうに答える。 「そっか、もしかして朝一で買ってきたのか?」 「そうなのだ。いい匂いがして、とっても美味しそうだったのだ」  そんな言葉を聞いて、買って帰ってくるまでの様子が思い浮かぶ。 (ふふ……きっと、口をよだれでいっぱいにさせて肉まんだけを見つめな がら帰ってきたんだろうな) 「なら、速く向かおうか?」  そう言って鈴々を見る。 「応!!、なのだー」  鈴々は元気いっぱいに返事をして駆け出す。俺もそれを追いかけて中庭 へと向かう。  中庭に着くと、既に桃香と愛紗が席に着いていた。机には肉まんの山が あり、そこから立ちこめる湯気が食欲をそそる。 「おっ、二人も一緒なのか?」 二人と向き合う形で席に着きながら声を掛ける。 「うん、そうだよ」 「えぇ、ご一緒させて頂きます。」  応えた二人は、行儀良く座っている。机においたままにしている両腕か ら、二人が俺たち(正確には俺が起きるの)を待っていてくれたのが伺え たので詫びを入れておくことにする。 「ごめんな、待たせたろ?」  俺の詫びに対し、桃香は片手を顔の前で左右に振りながら 「ううん、そんなには。ねぇ?」  と、愛紗へ話を振る。 「えぇ、私たちが戻ってきたのもちょっと前ですからね」  愛紗も桃香の言葉に同意する。それが、俺を気遣っての言葉なのか、そ れとも本当なのかは分からないが、一言告げる。 「ありがとうな、二人とも」  俺が言い終わるのとほぼ同時に鈴々が訴え出す。 「う〜お腹が空いてるんだから速く食べようなのだ!」  そう言われ三人で顔を見合わせ、笑う。 「はは、それもそうだな」  笑いを抑えつつ鈴々の言葉に頷く。 「うん、そうだね。温かいうちに食べないともったいないもんね」  桃香も笑いつつ同意する。 「そうですね、ほらっ鈴々も速く席に着かぬか」  愛紗が、頷きつつ微笑を浮かべながら鈴々を促す。 「わかったのだ」  そう言うと鈴々は、空いている椅子ではなく俺の方へ来る。 「ん?もしかして、ここが鈴々の席なのか?だったら、ごめんな。すぐに どくか―――」  謝り、席をたとうとするが、どけなかった。何故なら、膝の上に鈴々が 座ったからだ。 「さーて、じゃんじゃん食べるのだ!いっただきまーす」  そう言って肉まんに手を伸ばす鈴々。 「もぐもぐ……はぐっ、うーん、やっぱりおいしいのだ〜」 「はっ!?」  鈴々幸せそうな声を耳にしてようやく、意識が戻る。ふと桃香と愛紗を 見ると、まだ固まっている。そんな二人から視線を向けないようにしつつ 俺も肉まんを一つ掴む。膝に座っている鈴々は気にしないことに決定。 「おぉ〜いい匂いだ。どれ、あむっ……もぐもぐ。うまい!」  口に含んだ瞬間、絶妙な柔らかさとハリをもった生地が口内に触れる。 その生地を噛むと、中から肉汁が染み出してきて、広がっていく、その肉 汁が舌に触れる瞬間、肉まんとして調理された肉から溢れ出てきた独特の 旨味が、伝わってくる。そして、美味しそうな匂いに鼻を刺激され、食欲 が増している状態の胃袋に、肉の旨味が広がっていく。  一つを食べることで、次の一つを食べたくなる味、まさに美味。    などと、脳内評論を行っていると、桃香と愛紗がぴくりと動く。 「「はっ!?」」  そして、こちらを見るやいなや 「何してるのかな?鈴々ちゃん」 「お、ま、え、は何をしておるのだ」  鈴々に対して強めの視線を送る。 「?」   対象である鈴々自信は別に気にした風でもなく、不思議そうに二人を見 ている。だが、彼女を膝に載せている俺の背中には冷や汗がだらだらと流 れていたりする……  鈴々がよく分かっていないと判断した二人は言い直すようだ。 「あのね、鈴々ちゃん。一刀さんの上に座ってたら迷惑でしょ?」  嗜める口調で言ってはいるが目は据わっている。 「そうだぞ、お前も幼い子供ではないのだから、そういった事は控えたら どうだ?」  こちらも桃香と全く一緒……いや、愛紗の方は声も強めだ。 「う〜ん、鈴々はただここが良いと思ったから座っているのだ。それに星 だって『好いた殿方の上に乗り至福の時を過ごすことこそ女の喜びという もの』って教えてくれたのだ。鈴々は、おにいちゃんが好きだから座るの はおかしくないのだ」  後半は控えめな胸を張って、自慢げに語る。 「せ、星のやつは何を吹き込んでるんだ……」  何故彼女はいつも騒ぎの種をどこかしらに植え付けるのだろうと片手で 頭を抱える。 「な、ななななな……」  愛紗は本来の意味を理解しているのか、顔を真っ赤にし、呂律が回らな くなっている。 「なるほど、それでなんだ……」  そういって何かを考え始める桃香。そして、何かを思いつくと席を立ち こちらへと歩み寄る。 「ど、どうしたんだ。桃香?」  なんとなく嫌な予感がしたため尋ねる。 「別になんでもないから気にしないで」  そんな俺の言葉はばっさりと切り捨てられた。 「それじゃあ、鈴々ちゃん」  鈴々を呼ぶのと同時に、その体に手を伸ばす。そして、桃香は 「ちょっと、こっちにいってね。で、よいしょっと」  鈴々が俺の両膝にいたのをずらし片膝へと移動させる。そして、空いた もう片方の膝に座る。 「え、えぇと……あの?トウカサン?」  困惑しつつ声を掛ける。 「何?一刀さん」  何事もないような様子で応える桃香。 「何故に座っておられるのでしょうか?」 「駄目?」  上目遣いで尋ねられる。そんな訊かれ方され、駄目じゃないと返答しそ うになるが、なんとか説得しようとすると。 「鈴々ちゃんはよかったのに私は駄目なの?」 「うっ!?」  その言葉に、思わず言葉が詰まる。鈴々が乗っていたのを容認していた ため、断るに断れなくなる。気がつけば、もう一人の当事者である鈴々は 何食わぬ顔で肉まんを食べるのに集中している。 「どうなの?」  目を合わせて訊かれる。膝の上に座っているため顔が近い。 「え、えぇと……わかっ」  しかたなく、諦めようとすると 「な、何をなさってるいるのですか!!」  迎えに座る愛紗の怒声が飛んでくる。 「え?何って一刀さんの上に乗ってるんだよ」  妙な迫力を感じさせる愛紗にあっけらかんと応える桃香。やっぱり、俺 の背中には冷や汗が…… 「そういうことではなく……」  どこか呆れたように呟く愛紗、顔を俯かせているため、その表情をうか がい知ることは出来ない。 「先程まで鈴々に注意を促していたのに何故、同じ事をしておられるのか と訊いているのです!」  愛紗が身を乗り出して少し強めに桃香に告げる。 「いやね、ほら、よく考えたら私たち、明日ここから旅立つじゃわけでし ょ、だったら今日ぐらいは……ね?」  そう言って俺に体を預けてくる桃香。鈴々もいつのまにか食べるのをや め体を預けてきている。 「はぁ、しかたありませんね。今回は多めにみることにします」  諦めた様子でため息をつく愛紗。 「えへへ、ありがとう。愛紗ちゃん」  はにかみながら愛紗に礼を言う桃香はさらに言葉を続ける。 「後で変わってあげるからね」  とんでもないことを言い出す桃香。 「ぶっ!」  お茶を飲み始めていた愛紗が吹き出す。 「げほっ、げほっ、な、何を言い出すのですか!」  むせながらも、愛紗は抗議する。 「え〜、折角変わってあげるって言ってるのに……」  そう言う桃香の声は、どこか不満げそうだ。 「別に変わって貰わなくて結構です」  愛紗がぷいっと顔を背ける。それを見て桃香が 「それじゃあ、私と鈴々ちゃんで独占しちゃおうっかな〜」  言うと、愛紗がちらりとこちらを見る。 「……俺の意志は?」  取り敢えず、愛紗の攻めるような視線に耐えつつ桃香に尋ねる。 「今日くらいは我慢してもらえないかな?」  どこか、先程までと違いどこか切なげな空気をまとう桃香に訊かれる。 「鈴々もこのままがいいのだ!」  桃香の言葉に鈴々も同意する。 「はぁっ、わかった。いいよ、このままでも。餞別代わりとしては物足り ないかも知れないけど、今日は三人の望みに出来る限り応えるよ」  俺としても三人と過ごせるこの一日を大事にしたいと思っていたのでそ う告げる。 「まぁ、今はとりあえず肉まんを食べようか?」  取り敢えず、次の話題への移行させる。 「それもそうだね」 「まぁ……そうですね。速くしないと鈴々に全て食べらられてしまいます からね」  そう言いながら、桃香と、しばらくむすっとしていた愛紗が笑う。  その後は、三人で談笑しながら食事をした。  食事の後は、腹ごなしの意味も込めて鍛錬をすることになった。  最初は、俺の鍛錬、相手がいると想定しての動きの練習だ。三人は俺が 動くの見ていて、時折、愛紗から助言を受ける。それを何度か行った。  次に行ったのは、愛紗と鈴々の手合わせだ。桃香と俺はその見学だ。 「今日は鈴々が圧勝するのだ!」  そう言って鈴々が構える。 「ふっ、それはどうだろうな。勝敗は決するまではわからぬぞ」  愛紗が構えながら不適な笑みを浮かべる。  そして、互いに一言も喋らなくなる。見ているこちらにも緊張感が伝わ ってくる。それからしばらく二人は動かない。ただ、相手を見据え続けて いる。しかし、じりじりと距離を詰め合い、矛の先が触れ合おうとする瞬 間、二人が動く。  鈴々が距離を詰めるように突っ込み、それに対し愛紗は交代しつつ最小 限の動きでよけつつ、鈴々に向け振り下ろす。 「はぁっ!」 「おっと」  振り下ろされる一撃を柄の部分で受け、そのまま力で押し返す。 「くっ」  愛紗は、逆にその勢いを利用して距離を取るが、鈴々がそれを詰める。 「はぁっ!」  勢いに乗って、飛びながら退いていた愛紗は対応が遅れ、体勢を崩す。 「もらったのだ!」  それを好機と見た鈴々は、愛紗へ突きを放つ。その瞬間、愛紗の瞳がき らりと光る。 「甘い!!」  体を伏せつつ、横降りの一撃を鈴々の脇腹へ決める。 「ぐっ、しまったのだ……」  そこで、手合わせは終わった。一本を決められた鈴々が、悔しそうに呟 きながらその場に座り込む。 「ふふっ、今回は私の勝ちだな」  鈴々の元に歩みよる鈴々。 「う〜くやしいのだ」  そう言う鈴々は本当に悔しそうだ。 「まぁ、今回は愛紗のほうが一枚上手だったてことかな」  二人を見ながら感想を告げる。 「へぇ、そうなの?」  その言葉に対して隣に座っている桃香が聞き返す。 「ほぉ、今のやり取りがおわかりですかな?」  俺の後ろからも訊かれる。 「まぁ、なんとか動きは認識できるってだけで、対応はできないけどな」  ……………… 「…………へ?」  今まで人がいなかった所から声が聞こえた気がして後ろを振り向く。す ると、そこには俺たちと同じように座る星が居た。 「せ、星!?」  思わず叫ぶ。同じように振り返った桃香も驚いて声をあげる。 「えぇ!?」  そんな俺たち二人の方へ歩いてくる愛紗が 「まったく、お二方は驚きすぎですよ」  特に驚きもせず、こちらに声をかけてくる。 「気付いてたのか?」  そう尋ねると、愛紗の横にいた鈴々が応える。 「もちろんなのだ!」  鈴々の言葉に、愛紗も続ける。 「武を志す者、それくらいは出来て当たり前です」  その言葉を聞いて、改めて彼女たちは凄いと感じた。 「ところで、どうしたんだ?星」  本来、仕事をしているはずの星がここにいることに疑問を覚え、訊いて みる。 「いえ、休憩に入ったので秘蔵のメンマを取りに貯蔵庫へ向かう途中だっ たのですが、何やら面白そうなことが行われていましたので、少々足を止 めた次第ですよ」  そう言って、立ち上がる星。 「おや、もう行かれるのか?」  立ち去ろうとする星に愛紗が尋ねる。 「私としても愛紗たちと過ごしたいとは思うのだが、なにしろ仕事がこの 後もある故。済まぬがわたしはここで去らせて頂く」 「そうか、ならば引き止めるわけにもいかぬな」  そう言って、貯蔵庫へ向かう星を見送る。それから、しばらくの間、俺 たちは鍛錬の余韻に浸っていた。  その後、昼食を取った後、俺たちはゆったりとお茶の時間を満喫してい た。 「ふぅっ、落ち着きますね」  お茶を一口のんで、ほっと一息つく愛紗。 「そうだね」  同じく、落ち着いた様子の桃香。 「なんだかまったりしてるな」  そう言いつつ、二人の様子を見る。 「まぁ、これから再び忙しくなりますし……今日は英気を養うと言うこと で」  愛紗が、ほのぼのとした顔をしながら言う。 「そうそう、準備はもう整ったから体を休めるよう白蓮ちゃんが一日空け てくれたわけだし」  同じくほわほわっとした表情をしている桃香。 「まぁ、それもそうだな……」  そう言いながら左右の手を動かす。別にやらしいことはしていない。た だ肩に寄りかかっている二人の頭を撫でているだけだ。なお、ここまでの 経緯は思い出したくない。ただ、一つ言えるのは愛紗の頑固さと堅さは筋 金入りだったということだ。  そんな愛紗を押し切ってこの状態にした桃香に対して、驚異を覚えたな んてこともあったが気にしない。俺も、朝した約束もあったので断ること も出来ず、今もこのままだ。  ちなみに、全く会話に参加していない鈴々はというと、昼食を食べて満 腹になったため、眠りについている。 「だけど、こうやっていると一刀さんと明日、お別れするのが寂しくなっ ちゃうかな」  彼女の様子を見る限り本当に寂しいのだろう。 「そうですね、星ではありませんが、一刀殿はなかなか面白い方ですから ね」  続く愛紗もどこか寂しさを感じさせる。 「でも、きっと一番寂しいのは鈴々でしょう」  そう言って愛紗は鈴々へと視線を送る。 「そうだね……一刀さんのことをすごく気に入っていたもんね」  俺と桃香も鈴々へと視線を向ける。 「えぇ、元々人人懐っこい性格をしていますが、一刀殿へは特に懐いてい ましたからね」  三人で鈴々の寝顔を眺めていると、口が動く。 「にゃ〜もう食べられないのだ……むにゃ」  鈴々らしい寝言に顔を見合わせ、三人とも吹き出す。 「だけど、ほんと鈴々は強い娘だよな」  鈴々の愛らしい寝顔を見ながら呟く。 「え?」  その呟きに桃香が聞き返してきたので説明する。 「なんて言うか、こんな時代で、しかも凄惨な光景を何度も見てきている のにさ、弱音一つ言わず頑張ってる。その上いつも笑顔で周りの人たちに 元気を分けてくれるし、強いよな鈴々は」 「そうだね、暗い表情なんて全然見せないもんね」  桃香が鈴々の隣に移り、頭を撫でる。 「そうですね、鈴々は鈴々なりに頑張っていると思います。面と向かって はあまり褒めてやってはいませんが」  そう言って、愛紗も桃香の反対側へ移動して鈴々の頭を撫でる。 「ふふ……こんなに気持ちよさそうな顔をして」  愛紗の顔は、優しさに満ちていた。 「いつかは、こんな落ち着いた時間をたくさん過ごさせてあげたいね」  桃香も同じように、優しい顔をしている。  三人で並ぶ姿は本当に微笑ましい。この三人が、明日にはここから旅立 ってしまうと思った瞬間、寂しさが胸に去来してきた。  その後、穏やかな時間を過ごした俺たちは、白蓮の呼びだしによって城 門の前にいた。そこには、白蓮の他に星がいた。 「おぉ、来たか。すまないな四人とも」  白蓮たちがこちらへ近づいてくる。 「あぁ、別に構わないけど。何の用なんだ?」  呼ばれた理由を未だ知らないため訊いてみる。 「いえ、共に夕食でもということですよ」  俺の質問には、星が応えてくれた。 「なるほど、俺は別に構わないけど……」  桃香たちの方を伺う。 「私たちも構わないよ」  三人とも了承する。 「それじゃあ、行こうか」  そう言って、白蓮が先頭を歩き出す。  白蓮が連れてきたのは、一軒の酒屋だった。席に着いて注文をしてすぐ に俺たちの元へ酒瓶が運ばれてきた。 「どうぞ、お預かりになっていたものです」 「あぁ、すまないな」  それを、白蓮が受け取る。どうやら、白蓮が前に預けていたようだ。  それに続くように、料理も運ばれてくる。 「うわぁ、たくさん来たけど……」  桃香が運ばれてくる料理を見ながら呟く。それを見て白蓮が微笑を浮か べる。 「ふふ、今日は私の奢りだから気にするな」  運ばれてきた料理の数は、大量とは言わないものの、それでも多い。そ れを見て愛紗が白蓮に遠慮気味に尋ねる。 「しかし、よろしいのですか?」  「あぁ、三人の門出がうまくいくよう、しっかり食べて英気を養って欲 しいからな。遠慮無く食べてくれ」  白蓮の言葉を聞いて鈴々が目を輝かせる。それを見つつ、白蓮は苦笑な がら付け加える。 「まぁ、そうは言っても、大して豪勢なことは出来ないがな」  白蓮はそう言うが、今の状況から考えれば十分豪勢だ。 「ごくっ、でも、おいしそうなのだ」 「ふふ、食べろ食べろ。速く食べないと冷めてしまうぞ」  箸が動かない桃香たちを白蓮が促す。 「それじゃあ、遠慮無く」 「ご馳走になります」  二人の言葉に会わせて、鈴々が箸をのばす。 「いただきますなのだ!」  それを切欠に各自、食事を取り始める。 「さて、私はこちらを頂くとしましょう」  星が、先程の酒瓶から酒を杯に注ぎ飲む。 「ほう、中々良い酒ですな。白蓮殿」 「そうか?私はそこまで飲まないからよくは分からないのだが……」  星が酒を褒めるが、白蓮にはいまいちピンときていないようだ。 「白蓮殿も口にしてみればおわかりになりますよ」  そういって、酒瓶を取ろうとする星を白蓮が制する。 「いや、今日は三人を送るための食事会だからな、私は遠慮しておく」  そう言われ、今度は愛紗の方へ酒瓶を向ける。 「愛紗よ一杯、どうだ?」 「ふむ、まぁ明日も速いからな、一杯だけ頂こう」  星の方へ寄せた愛紗の杯に酒がとくとくと注がれる。そして一口飲む。 「うむ、確かにこれは美味いな」  どうやら、本当に美味い酒のようだ。 「あー私にもちょうだい」 「鈴々も飲みたいのだ」  その様子を見ていた桃香と鈴々も飲みたがる。 「駄目ですよ。二人とも」  そう言われ、不満を漏らす二人に愛紗がさらに言葉を付け加える。 「二人の場合、飲んりしたら、明日に支障を来してしまうではありません か」  どこか不満そうではありながら、二人とも引き下がる。何か身に覚えで もあるのだろうか?  そんなことを考えていると星から杯が手渡される。 「さ、一刀殿も一杯呑まれてはいかがですかな」 「ん?それじゃあ、一杯だけいただこうかな」  さっそく呑んでみるが二人が称賛しているだけあってたしかに美味い。 「愛紗よ、もう一杯いくか?」  愛紗が杯を空にしたのを確認して、星が尋ねる。 「いや、一杯で辞めさせて頂こう。二人の視線がきついのでな」  そう言っている間も愛紗は酒をお預けされた二人の視線を浴びている。 「ふ、違いないな」  その様子を見て星も酒を勧めるのをやめる。また、主賓側が止めたので こちらも、一杯でやめておく。星も止めるようだ。それを見ながら、愛紗 が口を開いた。 「ふふ、この続きは再び、ゆっくりと呑む機会があったときにさせていた だこう」  そう言って、空の杯に指を這わせる。 「うむ、それもよいだろう」  星も、それに同意する。俺も二人の話に加わる。 「それならさ、ここで約束をしておかないか?また、こうやって集まって 呑もうってさ」 「そうですね、それは良いと思います。是非とも、約束をしましょう」  星が愛紗に続く。 「うむ、確かによいですな。そうすれば、約束を守るため、各自、達者で いるよう一層、気を遣うようになりますからな」  三人で頷き会う。 「今度の時は私も混ぜてもらいたいな」  そう言って、桃香も加わってくる。 「鈴々もなのだ!」  鈴々も元気よく話に加わる。 「まぁ、それも良いだろう」  愛紗は、この話の重点を理解しているのだろう。今度は、咎めるような 真似はしなかった。  空になった杯を持ち、胸の前に掲げる。 「それじゃあ、約束といこうか」  俺の言葉に会わせ、空の杯をそれぞれが持つ。すると 「ちょ、ちょっと待ってくれ私も加えてくれ!」  恥ずかしくて、言い出せなかったのか、しばらく様子を見ていた白蓮が 慌てて加わってくる。その様子に苦笑しつつ 「それじゃあ、いつか、この空の杯に酒をそそぎ、呑もう!」 「「「「「応っ!!」」」」」  六つの杯が中央で会わせられる。 『これから、色々あるかもしれない。だけど、必ず生きて会おう』  誰も口にはしなかったが、全員一致している思いだ。きっと、この約束 に込められたこの想いのためにも、約束を交わした全員が精一杯生き抜い ていくため、より一層の努力をしていくだろう。  その後、しばらく食事会は続き、大分時間も経ったため、俺たちは城に 戻り眠りにつくため自室へと向かった。  自室で、寝る準備を済ませ寝台に向かおうとすると、扉が控えめに叩か れる。どうやら誰かが来たようだ。 「ん?何のようだろ」  扉を開けると、そこには鈴々が立っていた。 「鈴々か、どうしたんだ?」 「えっと、その……鈴々と一緒に寝て欲しいのだ」  鈴々がこちらの様子を伺ってくる。 「あぁ、別に構わないよ。一緒に寝ようか」 「やったのだ!」  鈴々が喜びを全体で表すように寝台へと駆け寄り、飛び込んだ。 「明日は速いんだろ?さっさと寝よう」 「うん、そう……すのだぁ……」  寝台についてすぐに眠ってしまった。 「ふふ、もう寝たのか……さてと、俺も寝るとするか」  寝台に飛び込んだときの体勢のまま寝ている鈴々を、ちゃんと寝かせて 俺もその横に寝転がる。瞼を閉じ、眠りにつこうとすると再び扉が控えめ に叩かれた。寝台から出て扉を開ける。 「はいはい、どちら様ですか?」  すると、そこにいたのは 「寝るところだったとは思うんだけど、ごめんね」 「申し訳ありません、少々お聞きしたいことがありまして」  桃香と愛紗の二人だった。 「ん?どうしたの」  とりあえず、用件を尋ねてみる。 「あのね……一緒に居たはずの鈴々ちゃんがいつの間にかいなくて」 「もしかしたら、一刀殿のところにお邪魔しているのではないかと思いま して、少々、お尋ねに参りました」  どうやら、鈴々は二人に無断で部屋を出てきたようだ。 「あぁ、それなら、ほら」  寝台で熟睡している鈴々の方を仰ぐ。 「あっ、いた」 「一刀殿の部屋で寝ていたとは……」  鈴々に気付いた二人は、先程より声を抑えめにする。 「すぐに、連れて戻りますので」  愛紗が寝台へと歩み寄り、鈴々を抱えようとする。 「待ってくれ、愛紗」  鈴々を抱え上げようと布団を捲る愛紗に待ったを掛ける。 「どうかなされましたか?」  愛紗がこちら振り返る。 「運ぶ途中で起こしちゃったら可愛想だし、寝かしたままにしておいてあ げないか?」 「よろしいのですか?」 「あぁ、構わないよ」 「そうですか……」  まだ納得いっていないのか渋い顔をする愛紗を桃香が諭す。 「愛紗ちゃん。一刀さんもこう言ってくれてるし、このままにさせてもら おうよ」 「はぁっ、そうですね。確かに、何かの拍子に起こしてしまうような事が あったら鈴々に悪いですからね」  ようやく愛紗も納得し、鈴々は寝かせたままとなった。  と、一段落ついたところで桃香が提案をする。 「そうだ、私たちもここで寝かせてもらおうよ」 「「え!?」」  突拍子もない話に、俺と愛紗は驚く。 「な、何を仰っているんですか?桃香様」 「そ、そうだぞ、何で急に」  桃香は、俺たちの反応を特に気にした風でもない様子で答えてくる。 「鈴々ちゃんを見てたら、私もここで、一緒に寝たいなって思ったの」 「し、しかし、桃香様、鈴々はともかくとしても、我々はさすがに……」  愛紗としては、あまりこういったことはしたくはないのだろう。中々良 い返事は返さない。 「でも、どうせなら一日の終わりまで思い出を残しておきたいの」  桃香には、めずらしく少し強めな口調で愛紗に食って掛かる。 「桃香様……」  さすがの愛紗も理由を聞かされては断りずらいのだろう、困惑の表情を 浮かべこちらを見る。って、俺に回された!? 「え、えっと……それじゃあ、桃香だけここで寝るか?」  取り敢えず、妥協案を出してみる。 「う〜ん、私としては愛紗ちゃんも一緒がいいんだけど……」  桃香が悩み始める。すると愛紗が 「はぁ、わかりました。一刀殿がよろしければお邪魔することにしましょ う」  ため息混じりに、そう告げ、全ての審判を俺に委ねてくる。 「まぁ、俺は別に構わないけど、はっきりいって狭いと思うぞ」  一応、入れる空間はあるとは思うが、一人一人の範囲が狭くなりすぎて しまうだろう。 「それくらい、平気だよ。ね、愛紗ちゃん」 「え、えぇ。そうですね……」  半ば投げやりになっている愛紗が適当に答える。 「それから、狭いからって明日に疲れを残すなよ」  これは、大事なことだ。ここで寝たせいで明日の出立に支障を来されて も困るのだ。 「うん、大丈夫だよ」 「なら、いいよ。おいで二人とも」  桃香の迷いのない答えを聞いて布団の方へ招く。 「ありがとう。一刀さん」 「ありがとうございます。一刀殿」  そう言う二人と一緒に布団に入る。鈴々を含め、四人も入っているため ほとんど密着してしまっている。 「本当にありがとう。一刀さん」  桃香が、俺の胸に手を乗せる。 「鈴々だけでなく、我々までご一緒させて頂いてすみません」  今度は愛紗が、鈴々越しに俺の胸に手を乗せる。 「いいよ、気にしないでくれ、二人とも。今日は、三人の望みを出来るだ け叶えるって約束しただろ。それにさ、正直、俺としては、可愛い女の子 たちと一緒に寝れて得だなぁ、なんて思ってるんだからさ」 「それもそっか。ふふ」  明かりが消えた状態でも、桃香が笑っているのが気配で分かる。 「……」  愛紗の方は、おそらく照れてしまっているのだろう。それ以降も、他愛 もない話を少しして、徐々に口数も減り、自然と口を閉ざし、室内は静寂 に包まれていった。それからまもなく、俺たちは眠りについた。  翌朝、俺は、桃香たちを見送るため城門にいた。 「それじゃあ、達者でな」  白蓮が桃香と握手する。 「うん、白蓮ちゃんもお元気で」  二人が、挨拶を交わし合ったのを見計らい、 「こちらをお三方へ差し上げます」  星が壺を一つ、三人の方へ持ってくる。 「星、これは?」  愛紗が壺を受け取りげながら尋ねる。 「この趙子龍秘蔵のメンマを、私自身で味付けしたものだ。味の方は保証 いたすぞ」  胸をはって自信の程を表現する。 「ありがとう、星ちゃん。そっか……昨日、貯蔵庫に取りに行ったのはこ のためだったんだね」 「えぇ、メンマの味付けを行うためです」 「すぐに食さず、貯蔵庫に保存していたような大事なものを……星よ、か たじけない」 「なに、気にするな。離れていようと我らは盟友なのだろ?」 「ふ、そうだな」  互いに不適な笑みを浮かべながら、星と愛紗が握手を交わす。 「お兄ちゃん」  二人の握手を見ている俺の元へ鈴々がやってくる。 「どうした鈴々?」 「鈴々たちも握手しようなのだ」  それぞれが握手をしていたのを見て羨ましかったのか申し出てくる。 「わかった。元気でな鈴々」  鈴々に手を差し出す。 「うん!お兄ちゃんに鈴々の笑顔が好きって言ってもらったから、元気一 杯、笑顔で頑張るのだ!」  満面の笑みを浮かべ、鈴々が俺の手を握る。  その後、結局全員で握手を交わし、義勇軍の準備が整ったという報告を 受け、桃香たちとの別れとなる。 「それじゃあ、本当にありがとう。白蓮ちゃん、星ちゃん。それと一刀さ ん」  そう言って頭を下げる桃香。愛紗と鈴々もそれに会わせ頭を下げる。三 人が頭を上げたところで今度は白蓮が礼を告げる。 「こちらこそ、世話になったな。桃香、愛紗、鈴々、本当に色々と助かっ たよ。ありがとう」  白蓮が頭を下げる。それに会わせて俺と星も下げる。最後の会話を交わ した桃香たちは義勇軍の元へと向かう。  それを見送っていると三人が振り返り手を振ってくれたのでこちらも振 り替えした。 「三人とも、元気でなー!」  聞こえるかはわからないが、叫んだ。届いたようで、向こうも返してく れた。 「じゃあね〜!」  それを最後に、三人はこちらを振り返ることなく前を向き、義勇軍と共 に進んでいった。  それを見送りながらあることを考えていた。 (桃香に言った『強い芯』……この世界に来てからの俺は持てているのだ ろうか……)