真・恋姫†無双 外史 北郷新勢力ルート:風拠点之二 心機一動 ──ソレハ、ココロノオモムクママニ── *************  それは、黄巾の乱終結から約半月程経った頃だった。  執務室を出た風は、ふと中庭に設置してある長椅子に座って居る稟を見つけた。  普通であれば休憩でもしているのだろうと、気に止めなかったであろうが、その時の稟はあからさまに普通ではなかった。 どんよりと……それは既に“暗い”と言うよりも、“黒い”とでも言えばいいだろうか。  兎にも角にも、そんな状態の稟を放っておける訳もなく、風は話をするために近づいて行った。 「おうおう姉ちゃん、この世の終わりみてぇなツラしてどうしたんだぃ?」 「これこれ宝ャ、せめて失意のどん底と言ってあげなさい」 「……風ですか」 「ええ、風ですよー」  そう言って、ちょこんと稟の隣に腰掛けた風は、ぽむぽむと稟の頭を撫でる。 「それで、一体なにをやらかしたんですか〜?  まぁご主人様がらみだろうことは想像に難くないですが」 「……分かりますか?」 「ええ何となくは」 「そうですか……」  そして稟は、小さな声でぽつりぽつりと語り出した。  ためらい無く話し出す辺り、誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。 「実は――」  それは、言ってしまえば単純な出来事だった。  先日ふと二人気になった時、一刀と稟が良い雰囲気になった。  最初は特に意識していなかったのだが、偶然、肩と肩が触れ合ってしまい……  高鳴る鼓動。  近づく唇。  閉じられる瞳。  噴き出す鼻血。  そう、実に単純な出来事だった。 「……………」 「……………」 「……要するに、ご主人様と口付けを交わそうとして、ご主人様に鼻血を交わさせてしまったわけですねー」 「誰が上手い事を言えと言いましたか!」  顔を覆って思わず涙する稟を、やれやれと見やりながら、 「仕方ないですね〜」  はぁっと息を吐きながら、もう一度、慰めるように稟の頭を優しく撫でる。  鼻血を出すのはいつものこととは言え、今回ばかりはタイミングが悪すぎた。  何と言っても、キスすらできないのであれば、その先など望むべくもないのだから。  そのような事は、友人としても、同じ女としても、何よりも同じ人を好きな者として、認められない。  “体質だから仕方が無い”等と諦める事は、風には出来るはずも無かった。  だからこそ……心から何とかしてあげたいと思うのも道理であろう。 「こんなこともあろうかと〜。  風が良い案を考えておきましたので、稟ちゃんは期待せずに待ってると良いのですよー」  そう、だからこそ、前々から風がその方法を模索していたとしても、不思議ではあるまい。  風は椅子から立ち上がると、もう一度、今度は最初の様にぽむぽむと軽く稟の頭を撫で、飄々とその場を後にしたのだった。  その夜、政務を終え、一刀の私室へとやってきた風は、コンコンッと、扉を叩く。 「ご主人様、風ですがー。少々よろしいでしょうかー?」 『風?……どうぞー」 「おぅ大将。稟の姉ちゃんと口付けしようとして失敗したんだって?」 「ぶふーーーーー!!げほっ!ごほっ!」  部屋に入ってくると同時に風の口から飛び出た言葉で、丁度飲んでいたお茶を盛大に噴出しむせ返る一刀。 「おやおやご主人様、はしたない」 「誰のせいだ誰の……」 「いえ、まさかお茶を飲んでいたあげくに噴出すとは思いませんでしたものでー」  とととっと近寄ってきて、咳き込む一刀の背中を優しく撫でる風に、 「ありがと」  といいつつも、何処か釈然としないものを感じつつ、 「……で、いきなり何を言い出すんだよ?」 「いえいえ。ちょっと小耳に挟みましたもので。  稟ちゃんも随分と落ち込んでおりましたからー。あれでは確実に政務に支障をきたしますし、 そうなると風も困るのですよー」  稟ちゃんにも困ったものです。と、言葉とは裏腹に楽しそうに言う風に、一刀も思わず笑みを漏らす。 「それでですねー、ご主人様が、そんな困った鼻血体質の稟ちゃんとも無事に口付けが出来る良い案が一つあるのですがー」 「そんな方法があるのか!?」  一刀は驚いた。稟と口付けが出来ることに……ではない。  あの綺麗なアーチを描き、何気に膨大な量の噴出す鼻血を回避できる案が有る……と言う事実に、だ。  そんな一刀の様子に、風は右手を口元に当ててにんまり笑うと、 「ええ、とっておきの方法なのですよー。  ではではご主人様、お耳を拝借……」  他に誰も居ないのだが、内緒話をするかの様に、一刀に手招きをする。   一刀はそれに応じて、風へと耳を寄せ様と近づいた所で──  はむっ♪  と言う可愛い擬音が聞こえてきそうな感じで、一刀の唇が塞がれた。風のそれで。 「んんーーー!!?」  突然の事に驚き、とっさに顔を離そうとする一刀だが、口を塞がれた瞬間にがっちりと風に頭をホールドされており、 離す事も話す事も出来ずに戸惑うばかり。 「ん〜……ぴちゃ…んちゅ……」  そのうちに、風の舌が一刀の唇を嘗め回し、 「……ん……くちゅ…れろ……」  歯を、歯茎を、口蓋をむさぼる様に嘗め回し、 「…ちゅっ…れろ……ぁ…ん…ちゅっくちゅ……」  一刀の舌を襲う様に舐め、絡ませ、むさぼる。  そしてその間、ほとんどされるがままだった一刀が、ようやく我に返って反撃しようとした所で、 「……ぷぁっ」  風がおもむろに口を離した。  ツツっと、二人の間を唾液の糸が引く様に、また何とも言えない気持ちが湧き上がる。 「……あ…」  これからと言うときにお預けを食らった様な感覚に、一刀が不満げな声を漏らす。  そんな一刀の様子に、風は右手を口元に当て、ふふふと笑みを浮かべると、 「……と、言う様にですねー、稟ちゃんに心の準備も鼻血の準備もさせないうちにやってしまえばいいのですよー」  と、先ほど言った“良い案”を説明した。  ……実践して見せた、と言った方が正しいだろうが。 「……ふむ、口付けとは、何とも良い物なのですねー。クセになってしまいそうです。  ……ではではご主人様、頑張ってくださいなー」  そしてそんな言葉を言い残して、一刀の部屋を後にするのだった。  そう。確かに風は稟のことを、何とかしてあげたいと考えていた。 「だからと言って、ご主人様のことに関しては、稟ちゃんに先を譲るつもりは無いのですよー」  後日風が、前に稟に相談を受けた長椅子に、口元を押さえて晴れやかな笑みを浮かべ、 鼻血を出して撃沈している稟を見かけたのは言うまでもない。