真・恋姫†無双 外史 北郷新勢力ルート:第三章 反董卓連合 ************  一刀達が連合軍の陣所へ付いたのは、すでに昼も過ぎた午後の事だった。  自陣の構築と周囲への情報収集を稟と星に任せ、風を伴って袁紹の元へと報告と顔合わせに向かうと、 本日の諸侯との軍議が長引いているとのことで、そちらの幕舎へと通された。  一刀達が幕舎へ着くと、タイミング悪く軍議が終わった所のようで、幕舎から出て三々五々散っていく諸侯が見える。  そんな中、見知った顔を見つけた一刀は、その顔見知り──艶の有る長い黒髪に褐色の肌で、 眼鏡を掛けた知的な女性である──へ声を掛けた。 「やぁ周瑜さん、久しぶり」  その女性──周瑜も、一刀達に気づいていたらしく、一刀達の前まで来ると、柔らかな笑みを浮かべる。 「北郷殿か……久しいな。  荊州で一度会った時以来の上、顔を合わせたのもわずかの時だったのですが……私の事を覚えていましたか」 「……そりゃ、周瑜さんみたいな綺麗な人の事だったら、忘れようと思っても忘れられないって」 「やれやれ……口の旨いことだ」  多少あきれた様に……それでもやはり満更でも無い様子なのは、気のせいでは無いだろう。 「それにしても、周瑜さん達も連合軍に来ていたんだな」  そう言う一刀の脳裏にあるのは、袁術と孫策の関係のことだ。  その力関係のお陰で、孫策達が単独でこの連合へ参加するという可能性は限りなく低いだろう。  当然、周瑜もれには気づいており、若干苦笑を浮かべながら、 「ええ、袁術に引っ張り出されましてな。  まぁ尤も、我等もこの機を利用して、名を上げさせてもらうつもりではあるが」  そんな周瑜の言葉に、一刀は一瞬顔を曇らせ、「そっか」とだけ言った。  だが周瑜は、そんな一瞬の一刀の様子に気づいたらしい。 「ふむ。……北郷殿は此度の戦には余り乗り気ではない?」  一刀はどう答えたものかと、ちらっと風の顔を見て、 「…………………ぐぅ」 「寝るな!」 「おぉ。……ご主人様があまりにも楽しげに話しておられるもので、ついうっかり。  ……まぁ、我等はひとまずは様子見と言ったところですかねー。  今の所表立って戦う予定はありません……って所でしょうかー」  そうのんびりとした雰囲気で、自軍の大方針をぶっちゃた風に、周瑜は「様子見?」と首をかしげる。  そしてもう少し突っ込んで聞こうと、口を開きかけた所で、 「戦わないとはどういうことですか!」  第三者の声に先を越されてしまった。  その声に一刀達が振り向くと、そこには長い銀髪を後ろで三つ編みにした、所々から覗く素肌には、 いくつもの傷跡が見える、鎧姿の少女がいた。 ───  その日彼女は、軍議が思っていたよりも長引いた主君の迎えに行く為に、同僚と共に幕舎へと向かっていた。  軍議の行われてい幕舎の近くまで行った時、遠目にある人物を見つけた。 「……凪ちゃん、どうしたのー?」  同僚の少女──沙和は、不意にピタリと立ち止まった凪にそう話しかけ、凪が見ている方へ視線を向けると、 陽の光を映す服を着た青年と、頭に人形のようなものを乗せた金髪の少女が、 艶の有る黒髪の、背の高い褐色の肌の女性に近づいていく所だった。 「あの人って……」  黒髪の女性は誰だか解る。この連合の中でも幾度か見かけた、孫策の配下の周公瑾だ。  凪が見つめているのは青年のようなのだが、凪の同僚の少女──沙和には見覚えの無い人だった。 いや、正確に言えば「どこかで見たことがある気がするのだが、誰かわからない」と言った所か。  沙和がその青年が誰か考えていると、 「『天の御遣い』様……」  凪が、ぽつりと呆けた感じに呟いた。  そしてそれを聴いて、沙和もようやく思い出す。  自分達がまだ曹操に仕える前に、一度だけ遠くから見たことがある人物。  義勇軍を率い、盗賊に悩んでいた村を救った人物。隣に居る凪はそれを見て、自らも大梁義勇軍を作った。  ……そう、彼は、凪にとって、心から憧れる人物だった。 「凪ちゃん凪ちゃん、華琳様には私から言っておくから、御遣い様にご挨拶してくるといいのー」  だから、沙和のその申し出は素直に嬉しかった。 「……いいのか?…………行ってくる」  凪の問いに沙和がこくりと頷くと、凪はどことなく嬉しそうに──周瑜との会話が終わるのを待ってから。 話しかけるつもりではあるのだが、つい小走りで青年の方へと向かっていった。  そしてそのために、おそらくは彼の配下と思われる少女の口から、己の耳を疑ってしまう言葉が出るのを、 聴いてしまうことになる。 ─── 「……他人の会話にいきなり割り込んで来るのは、いささか失礼ではないかな?」  突然の事に驚きを隠せずに、わずかの間面食らっていた三人だが、気を取り直した周瑜がそう言うと、 少女は我に返ったかのようにハッとし、 「あ……も、申し訳ございません!……私は、曹孟徳に仕える楽進と申します」  と、勢い良く頭を下げる。  一刀は、さらに何か言おうとした周瑜を「まあまあ」と抑えると、「話を聞く」と言う意思表示代わりに、 楽進の方へ向き直る。 「その……貴方は『天の御遣い』様で……よろしいですか?」 「ああ。名前は北郷一刀。君が今言ったように、世間からは『天の御遣い』なんて呼ばれてるよ」  先程は、本人も勢いで口を出してしまったのだろう。今度はおずおずと聞いてくる楽進の様子に、 悪いとは思いつつも一刀は少し笑みを漏らした。 「……それで、俺達の話の中に、何か気になることでも?」  一刀がそう聞くと、楽進はわずかに考えてから、 「そちらの方が『戦う予定は無い』とおっしゃっていたことです。  ……私はかつて、黄巾賊に苦しむ者達を助ける為に、大梁義勇軍を立ち上げました。そしてある時、 彼我の力を見誤ってしまい、窮地に陥ったのを助けていただいたのを縁に、華琳さまへお仕えすることにいたしました。  それはご恩返しの意味もありますが……華琳さまの下でなら、更に多くの者を助けられるから。 ……という想いもあったからです」  そこまで言ってから一度言葉を区切り、……本人はそう意識していないのであろうが、 キッと睨むような表情で一刀を見据える。 「だからこそ、本来であれば私は来るはずではなかった此度の遠征にも、無理を言ってお供させていただいているのです。  『天の御遣い』の噂や評判は、私もよく耳にいたしました。その志は私にとって憧れの一つでもあります。  それなのに……その『天の御遣い』という貴方が、民の為に戦わないなどと言うのが、私は納得しかねるのです」  民の為、と彼女が言っているのは檄文の事だろう。  月達の性格を知っている一刀達からすれば、あれに書かれている月達の所行は、到底信じられるものでは無いのだが、 何も知らないものから見れば、充分に義憤に駆られるようなものなのだろう。  ……一刀の目の前に居る少女の様に。 「片一方の言葉だけで、物事の真実がわかる。と言うことはありえないのだがな」  楽進の言葉を聞いた周瑜がポツリと漏らす。 「それは……あの檄文が嘘であるということでしょうか?」 「全てが嘘とは言わないだろうが、多くの嘘が含まれているのは確かだろうな」  そして、周瑜の言葉を肯定するかのように、一刀が続ける。 「……そうだな。少なくとも、俺達はこの連合の中では、彼女達……董卓達のことを知っている方だと思う。  周瑜さんは当然解ってるだろうし、楽進さんも知っているかな?俺達の治める地である漢中は、昔から董卓領と接してきた。  それと、黄巾の時に色々あって、彼女達とはまぁ……悪い関係では無かったと思う。  だからこそ解るんだよ。  彼女達は、あの檄文に書かれている様な、悪政を行う娘達じゃないってことが」 「では……なぜ、董卓側ではなく、連合側へ?」 「それは仕方有るまい。彼は『天の御遣い』なのだから」  そう答えたのは周瑜だった。  そして、それに続くように風が説明をする。 「例え我々の内で檄文の内容を信じていなかったとしてもですねー、世の多くの方々にそれが事実として捉えられて居る以上、 “『天の御遣い』の軍”は連合側に着かねばならないのですよ。  まぁ、風評などどうでも良いと割り切ってしまえるのが一番いいのでしょうが、現状ではそうは行きませんからねー」  風の説明を受けて、理解はしてもいまいち納得できないのだろう、複雑な表情で頷く楽進。 「そうですか……私も一度、華琳様にお考えを伺ってみることにします」  そう言って、一刀達へ一度軽く礼をすると、自陣の方へと戻っていった。 「まったく……随分と真っ直ぐな娘だ」 「はは、まったく。  ……ところで、今日までの軍議でどんなこと決まっているのか、聞いてもいいかな?」 「ああ。……つい先ほど、連合軍の総大将と、水関攻略の為の先鋒軍が決まったところだ」 「………………は?」  改めて周瑜へ、現状の確認をすることにした一刀は、彼女から帰ってきた答えに耳を疑った。  思わず、自分の聞き間違いではなかったかと、後ろに居る風の顔を見て確認してしまったぐらいだ。 「……あのー……連合軍が集まってからそれなりの時間は経っていると記憶していますが……総大将が決まったのが、 先ほどなのですか〜?」  さすがの風も渋い顔でそう聞くが、周瑜はそれに対してゆっくりと一つ頷いた。 「今日の軍議直前に劉備の軍が来るまで、あったのはくだらん腹の探りあいと責任の押し付け合いさ。……まあ、 私が言えた義理でもないだろうがな」  そう「やれやれ」と溜息を吐きながら肩をすくめた。 「それと、総大将は袁紹、水関の先鋒は、その袁紹に指名された劉備の軍。ところで……北郷殿は兵はどれほど連れて?」 「約三万かな」 「ほぅ。……当然、本国にも残して来たであろうし……就いて間もない太守にしては、随分と大きな兵力ではないですか」  感嘆の声を漏らした周瑜に、特別なことはしていない、と、軽く肩をすくめる。 「まだ客将として漢中に世話になってた時から募兵していたからね。それと、義勇軍時代から着いて来てくれてる兵達と、 あとは黄巾軍からの投降者が結構いたことかな」  そう説明すると、周瑜は再び「ほぅ」と、感心したような声を漏らした。 「客将時代にと言うと、まさかその頃から漢中の太守になる事を確信していたので?」  そんな周瑜の言葉に、一刀は強く首を横に振る。 「それこそまさかだよ。あの頃は、何故か荊州方面からの黄巾軍の流入が増えてさ。必要に迫られてってやつかな」  一刀の言葉を聞いて、周瑜の表情が曇ったのを見て、それまで黙って二人の会話を聴いていた風が、 「どうしました?」と問いかける。 「いや……その黄巾の原因に心当たりがあるのだが……袁術だ」 「……どういうこと?」  当然のごとく上がる一刀の疑問の声に、 「……言葉の通りですよ。袁術が西方に逃げる敵の内、州境を越える者に関しては素通りさせたのです」  そう苦い顔で説明した。  だが、一刀としては“なぜ袁術がそんなことをしたのか”が解らず、当然のごとく頭に?マークを浮かべていた。  そんな一刀の様子を見て、 「恐らくですが、荊州から漢中へ移った我々への嫌がらせではないかとー」  風がそう考えを述べると、周瑜も「だろうな」と頷く。 「ちなみに袁術が言うには、  『これで妾達は荊州を守れ、天の御遣いとやらは黄巾軍を倒せるのじゃから、一石二鳥と言うものじゃ!うはははー!』  ……だ、そうだ」  ちなみに実際にはこの後張勲が、  『いよっ!さっすが美羽様!何もしないで名声を得るなんて、この腹黒太守〜♪』  といった合いの手を入れていたりもする。  そして周瑜は「あぁ、そうだ」と呟くと、姿勢を正して一刀へ向かい会う。 「北郷殿、今の件に関しまして、我が主君孫策より言伝がございます。  『貴公の後を袁術に確りと守らせるという約束を違えてすまない。この借りは必ず返す故に、何かあれば力になりましょう』  ……以上、確かにお伝えした」 「……まぁそれに関しては、こっちとしても結果的には良い方へ転んだし、気にしなくていいんだけど…… まぁ何かあったときは、頼りにさせてもらうよ」  一刀の言葉に周瑜はこくりと頷く。 「うむ。雪蓮にはしかと伝えておく。……それにしても、良い方へと言うと……兵力のことですかな?」 「ええ、事前の募兵と黄巾の投降兵。  特に乱の終期には、攻めて来るより降って来る兵の方が多かったぐらいですからねー」  周瑜の問いに答えたのは風。そして風の言葉に、周瑜が「そう言えば……」と呟く。 「捕らえた黄巾兵から聞き出した噂なのだが……当時黄巾兵の間では、『降るなら天の御遣いが良い』などと言う噂が、 水面下で流れていたらしい」 「ああ、それは俺も聞いた。……さすがに驚いたよ、敵の中でそんな噂が流れてるなんて知った時は」 「……でしょうな。気になったので突っ込んで調べてみたのだが……噂の出所はかなり上層部らしく、 首謀者の一人……三女の張梁だと言う話もある」 「それは初耳ですねー。  ……それにしても、よくそのような事まで調べられたものです」  風のそんな言葉に、周瑜は軽く口の端を上げ、 「まぁ、うちにはそういう事が得意な者が居るのでな。  どちらにしても、今となってはそれが本当のことかどうかもわからないが。  ……さて、すっかり話し込んでしまいましたな。 私はこの辺りで失礼させてもらおうか」 「ああ。孫策さんによろしく言っといてくれ」 「承知した。では」  そして、一礼して去っていく周瑜を見送った一刀は風に、 「さて、俺達も袁紹に顔合わせに行くとするか」  そう言って、天幕へ向けて歩いていった。  その夜遅く、一刀が一人、気分転換を兼ねて散策していると、昼間に見た顔を──楽進を見つけた。  川辺に座り込み、一人静かに水面を見つめている彼女へゆっくり近づく。  一刀に気づいて、慌てて立ち上がろうとした楽進だが、 「隣……いいかな?」  そう先に言われてしまい、「はっ……」とだけ返して再び座り込む。  一刀はそんな彼女の横に同じように座る。  実際何か話があったわけではない。今会ったのだって、偶然なのだから。  ただ何となく……放っておけない雰囲気だったから、話しかける言葉が見つからなかったが、何も言わずに、 彼女と同じように水面を見つめた。 「華琳さまも、やはりあの檄文には裏が有るとおっしゃてました」  ぽつりとそう楽進が沈黙を破る。 「その上で、『大方は予想通りだけど……董卓をよく知る者がそう言うのなら、恐らくそうなのでしょう。 董卓達は気の毒だけれど、これも乱世の常。今はこの機を逃さずに、有効に活用するだけよ』  そうおっしゃっていました……」 「まぁそりゃ仕方ないだろうね。曹操さんも言ってたみたいだけど、乱世ってのはそんなものだろうし」 「私とてそれは解りますし、華琳さまのお考えを教えて頂いた以上、その道に従うのみです。……ですが、 御遣い様はよろしいのですか?御遣い様や董卓……殿にとっては、そう簡単に割り切れるものではないでしょう?」  そう言われて、彼女が今思い悩んでいたのは、他でもない一刀達の事だったのだとわかった。  そんな彼女の心が嬉しくて、 「まぁ、俺達は別にまだ諦めているわけじゃないんだよ」  そう漏らしてしまった。 「……では、御遣い様方は今後どうなさるのですか?」 「ん〜……まぁ細かい事は水関の戦況次第だろうけど、大筋の方針としては、どんな形であれ月達を助けたい。 ……ってとこかなあ」  そこまで言ってしまってからようやくハッとした一刀は、「うわヤバ……」とつぶやくと、楽進に向かって手を合わせる。  流石に、現状で敵と見なされている相手を助けるなどと言うのは、表に出して良いものではない。 「すまん!今の聴かなかった事にしてくれ!」  そう言われて、楽進も今聴いた内容が不味いものであることに思い至り、 「は、はい!あの……絶対口外しませんので、顔を上げてください」  戸惑いながらもそう言った。 「はぁ〜……ありがとう」  楽進の言葉を聞いて、心底ホッとした様子の一刀を見て、楽進は少し厳しい表情になる。 「……御遣い様は、少々私を信用し過ぎではないでしょうか?  お会いしてからまださほど時も経っていない以前に、私は曹軍の将なのですよ?」 「うんまぁ、そうなんだけどね。……何となくついポロッと」 「……まったく……“つい”ではありません」  咎める様に、けれどもどこか「仕方がないなぁ」と言う様な雰囲気に、一刀は苦笑で返し、 「楽進さん、すまない。俺の不用意な言葉で余計な負担かけちゃうな」  表情を引き締めると、そう言って頭を下げた。 「そんな、頭を上げてください!私の事など気になさらないでください」  楽進はそう言うが、まだ大して長い時間を楽進と過ごした訳ではないが、彼女の性格が何となく分かってきた一刀としては、 頭を下げずにはいられなかった。  実直な性格の彼女の事だ。仕える主君に秘密を抱いて居るのは、あまり気持ちの良い物ではないだろう。 「凪……です」  そんな時、すまなそうな顔をする一刀に、小さな声で楽進がそう言った。  今一何のことが解らなかったのだろう、一刀が「何?」と聞き返す。 「……私の真名……凪です。  その、先ほどの事は別に負担ではありませんし、口外しない事への保証……と言うには弱いですが……  私の真名をお預けいたします」 「……えっと……いいの?俺なんかに真名教えてくれて」  戸惑いながら言う一刀に、楽進──凪は、 「はい、もちろん構いません。…………御遣い様は私の憧れの人なのですから」  と、小さく頷く。……後半は一刀には聞こえない様な声量だったが。 「そっか。……ありがとう。  じゃあ、今更だけど、俺のことも『身遣い様』じゃなくて、一刀って呼んでくれるかな?」  にこりと嬉しそうに笑いながら言う一刀に、凪は顔を少し赤らめながら、「は、はい」と頷く。 そしてすっとその場に立ち上がると、一刀の方へ身体を向ける。 「あの、一刀……様、今日は色々とありがとうございました。  お会いして、色々な話を出来て嬉しく想います」  その言葉は、今だけでなく、昼間のことも含めて、であろう。 「それでは……私はこれで失礼します。  ……御武運を」  一礼して曹軍陣地の方へ、戻ろうとし、 「凪! ……こっちこそ、凪に会えて良かったよ。……またな」  もう一度彼に軽く礼をし、一刀の言葉で先ほどより赤くなった顔を隠すように、小走りで去っていった。 「主」 「一刀様」  凪が去り、自身も自陣へ戻ろうと腰を上げた所で声を掛けられた。 「星に稟か?」 「はっ。  まったく……こちらに着いて早々に、他勢力の者を口説くのは結構なのですが……発言には重々注意なさるように」  先ほどの凪とのやり取りを見ていたのだろうか、厳しい顔で言う星に、「ごめん」と謝りつつ、 「……って言うか、どこから見てたんだよ?」 「はぁ……『隣……いいかな?』のあたりでしょうか」 「思い切り最初っからじゃないか!?」 「まぁそうとも言いますな」  大して悪びれもせずにそう言う星に、“まいった”と両手を挙げる一刀。  そんな一刀の様子に自然と頬を緩め、まるでそのまま雑談をするかの様な雰囲気で、 「月殿達の件について、ご報告です」  今日“動いた”件について、報告を始める。  その間、星は一緒に話を聞いている様な素振りをしながらも、如才なく周囲を警戒しているのは言うまでも無い。 「好きに動いて良い。とのことでしたので、探るまでも無いことですが……一応細作を放った結果、 董卓領の村々は平和そのもの。案の定檄文の嘘が確定しました。  それを踏まえまして、洛陽への密使を派遣。  西方、北方は周辺諸侯の目も光っておりますので、南方……一先ず伝令として、漢中へ向かわせ、 閻圃へ長安方面から接触する様、指示を出しました」 「密使の内容は?」 「簡単に言えば、我等が連合の内側から、月殿達への軋轢を無くすよう働きかけるので、月殿達は守りを固め、時間を稼ぐ様にと。  ……特に水関は重要である旨を」 「緒戦である水関をあっさり抜かれてしまうと、連合側の勢いを止めることができなくなりますからな」  要は、この連合が“反董卓”連合である所以を無くしてしまう……というだけである。  悪政を挫く……という大義名分を得てのにわか連合軍であるだけに、その大義名分が無くなればあっさり瓦解するであろうことは、 想像に難くない。  だがその為には何を置いても時間が必要になってくる。 「まぁ、前者に置いては、意識せずとも既に主が行っていたようですが。  ……その方法が口説き落とすと言うのが、いやはや……またなんとも主らしい」  そんな星の合いの手に「別に口説いてないって……」と苦笑しつつ、 「けど、どっちにしても漢中経由だと、二日後の水関開戦には間に合わないだろう?」 「はい。ですが、こればかりはどうしようもありませんから。  ……まぁ、それに関しては、水関に篭って守りを固めるのが定石でしょうから、余り心配はしていません。 詠ならば、その辺の対応も間違いはしないでしょう」  それで報告は終わりと、一歩下がる稟。 「じゃあ、風も待ちくたびれてるだろうし、あとの詰めは戻ってからにしようか」  一刀は稟と星にそう促すと、その場を後にした。  開戦は近い。  戦場は、要害・水関。