「ウチ妊娠中やねんけどなぁ」  フランチェスカの制服ととある建物の建設の依頼で来た俺に、真桜はかなり渋い顔をした。 「隊長がアレをおっきくした結果、ウチのお腹までおっきくなったのに、その後は知らぬ存ぜぬの一点ばり」  じろり、とオノマトペがそこらに出てきそうな視線で、「しかも、」と真桜は続けた。 「久しぶりに様子見に来たぁ思たら他の女としっぽり濡れ濡れする為て……」  すんすんと鼻をならしつつ、目尻をぬぐう真桜。 「あー、隊長ってば外道で鬼畜で最低の変態野郎なのー」  偶々遊びに来ていた沙和が喜々としてそれに便乗する。 「ウチ死にとぅなってきた……」 「そんなんじゃ魏の種馬なのに、抱かれたくない上官部門で二年連続ぶっちぎりになっちゃうのー」 「あのな、お前らいい加減にしろよ……」 (というか、俺って去年抱かれたくない上官部門で選出されてたの? しかもぶっちぎり?)  と不安になっていると、 「真桜、沙和っ」  と凪の叱責が飛んだ。 「な、なんや凪、そないに怒ったら胎教に悪いで?」 「そ、そうなの、凪ちゃんの赤ちゃんが怒りんぼになったら申し訳ないの」 「だったら隊長をからかうのはやめろ。私たちは、勿体なくも一日と開かず面倒を見て頂いている身だろう」  実のところ、そうなのだった。  この手のことに対して割と面倒見がいいらしく、様子を見に来たり、柑橘類や書籍を届けたり、散歩 に付き合ったりと軍務の合間を縫っては妊娠しているみんなのところに足を運んでいた。  で、ここの三人に対しては、昨日、真桜に工作用の部品を、沙和には阿蘇阿蘇の最新号を、凪には温 州蜜柑を届けたばかり。 「ややなぁ、そないに真面目くさって……。ちょっとした冗談やんか」  悪びれる様子もない真桜に、凪が無言の威圧を加える。 「判った、判ったわ。ウチが悪かった。……ええやん、隊長にちょっと甘えてみただけやん」 「凪ちゃんは上手く隊長に甘えた私たちが羨ましかっただけなのー」 「え、そうなん? そこんとこどうなん、凪?」 「そ、そんな筈がないだろう」  といいつつも顔を赤らめる凪。  本当にそういう積もりじゃなかったんだろうけど、凪は、からかいに対する耐性が低いからな。 「嘘はあかんで〜?」 「罰は隊長との散歩一回ナシなのー」  あ〜あ、あんなに弄くられちゃって。その様子が可愛いからって、止めない俺も俺だけどさ。 「で、なんやったっけ?」  ひとしきり俺と凪をからかって満足したのか、真桜が笑い涙をぬぐいながら、聞いてきた。 「……制服と、とある建物」 「おお、せやったな。まかせとき、隊長と大将の為や。この李曼成があんじょう進めといたるわ」 「沙和も手伝うのー」 「及ばずながら私もお手伝いします」 「みんな……」  ありがとう、と言って頭を下げる。  街の警備や軍務を離れても、北郷隊の絆は不滅のようだった。  あの寸劇から三週間が経ち、制服と建物が完成した。 「一応、隊長の要望通りに造ったで。なんや思ったよりは普通の建物やったけど、 あれで良かったん?」とは真桜の弁。 「下見させてもらったけど、ばっちりだった。ありがとな、真桜」  宮中の奥の一角にたてられた建物は、思った以上の完成度だった。こっちの世界で、学園のまねごと が出来るとは思わなかった。 「ん、こんぐらいのことで礼を言われると、かえって気色悪いな」  と言いつつも、へへへと鼻を鳴らす真桜は嬉しそうだった。 「凪に沙和も。妊娠中なのに、手伝ってくれて、本当にサンキュな」 「ありがとう、って意味だったよね? 沙和も楽しかったから全然大丈夫なのー」 「隊長にはとってはこれからが本番です。ぜひ頑張ってください」 「せや、隊長。思いっきり気張って大将をいてこましたってや?」  ぐっと立てた親指を人差し指と中指を間に割り込ませる仕草で俺を送り出そうとする真桜。 「ははは……」  乾いた笑いしか出ないものの、みんなが言うとおり、これからが本番。華琳はもう待機してるらしい し、ここはひとつ気合いを入れないとな。 「良し、じゃあ行ってくる」 「と、意気込んで出てきたはいいけれど」  いきなり入るにはまだ勢いが足りないな。  ということで、建物の様子を改めて確認してみる。  まず目に入ったのは、白い壁、太い柱。  そして、白い壁に埋め込まれるようになっている横開きの扉。扉には曇り硝子が張られており、欄間 の位置にも、小さい横開きの扉が付けられていた。  見慣れているけど久しく目にしていなかった建築物。  プラスチックはこの時代だとまだ製造できないから曇った硝子が代用品になっているけれど、この建 物が何かを示すプレートもしっかりと付けられていた。  そのプレートに挟み込まれた紙には、 「保健室」  と記載されていた。  扉を開くと、車輪が噛み合う、ガラリ――という懐かしい音が聞こえた。  そして目の前に展開されていたのも、これまた懐かしい光景。ところどころおかしいところはあるけ れど、およそ平成日本における「保健室」と呼んで差し支えないモノが再現されていた。  内装も、書卓というより机に見えたし、寝具もまた臥牀というよりベッドだった。  こんなものを用意して、俺が何をしたかったかというと――。  キョロキョロしながら奥まったところに移動する。そこには華琳がベッドの上で横になっていた。 「……」  しかし、いつもと余りに印象が違って、俺は一言も発することができなかった。  ベッドの上ですぅすぅと寝息を立てる華琳は、普段の黒い礼衣ではなく――、セーラー服に修道服を 取り込んだようなフランチェスカの制服を身に纏っていた。  制服は、襟元とスカートが深めの桜色を基調とするタイプのもので、僅かに隆起した胸元を走る黄色 いリボンとあわせて、基本的に華美な印象を持つ華琳に、良く似合っていた。  普段は露出している肩と胸元も、今は制服の中にすっぽりと収まっている。肌を見せていないからド キドキしないかというとそんなことはなく、少し小さめに造ったのか、制服は華琳の体型にずいぶんと フィットしており、その分、胸のラインまで正確に示してしまっていて、それが寝息とともにゆっくり と上下している様子は、何やらずいぶんとエロティックだった。 (しかも、いつもより小柄に見えるな……)  これも制服が小さめな効果だろうか。  次は、とスカートの方に視線を移してみると、 「……」  そこで俺の目を楽しませてくれたのは、いわゆる絶対領域というやつだった。ほっそりとした太ももを白 いオーバーニーソックスが覆ったその先。僅かに華琳の肌が、短めのスカートとの間に露出している。  普段もそういった感じの服装ではあるのだが、かなりゴテゴテと装飾を付けているので、こういうふ うに肌が強調される形になると非常に新鮮だ。  装飾といえば、髪を纏めているリボンも普段の骸骨のやつではなく、白い大きめのリボンになってい た。それだけで華琳を非常に清楚な少女に見せてしまうのだから、すごいものである。 「あのね。いつまで眺めてるのよ」 「うわっ、急に起きるなよ、びっくりするだろう」  口を開けば、いつもの華琳だった。が、やはりどこか幼く見える。 「びっくりしたのはこっちよ。いつまで経っても何も言わないから何をしているのかと思いきや……」  目を瞑り、ふぅ、とため息。 「マジマジと私のことを眺めているのだもの」  憂い顔が続くかと思いきや、目を開いた華琳の顔にはニヤニヤとサディスティックな笑みが貼り付け られた。 「何、そんなに興奮したの? これがコスプレとやらの効果なのかしら?」 「ち、ちがっ……」 「違わないわね、この変態」 「うぐっ」  今のはグサっと来ましたよ? このまま立ち直れないぐらいの勢いですよ? たとえそうだと思って も華麗にスルーしてくれれば良いのに。 「それは無理な相談ね。一刀を変態ぶりを指摘しておかないと色々と困る事態が起きてしまうでしょう ?」 「起きないよ。……だって、今のは華琳がすごく可愛かったのがいけないんだから」 「……ふん」  あ、あれ? 逆襲を、と思って「可愛い」とかなりストレートに伝えたのに、華琳から返ってきたの は、不満そうに鼻を鳴らすという反応だけ。少し間があったのが気になるけど、結局効果ナシですか……? 「ま、当然よね。この制服とやら、かなり可愛いし。中身はもっと可愛いし?」 「へ〜へ〜」  確かにその通りだと思うが、からかわれた後だと素直に同意したくもなくなる。 「何よ、その反応。やはり変態の一刀は、こういう方がお好みなのかしら?」  と言いながらスカートをギリギリのところまで引き上げる華琳。そのまま裾をひらひらとさせて俺を 挑発してくる。  しかし、俺は負けない。そんな見え透いた挑発に乗ってたまるものか。視線をやったら最後、どうせ あの罵り文句が飛んでくるに違いないのだ。幾度となく死線を超えてきた俺ですよ? ……いかに華琳 が可愛いからって、……たかだかスカートとオーバーニーソックスと太ももぐらいの挑発に、……負け る、……わけには。……でも、一瞬だけなら、……華琳も、……気づかないかも。  ちらり。 「だから、何見てるのよ、この変態」  チャレンジャー、カウンター一閃で轟沈、という図式だった。ここまで見事に沈められると、いっそ 清々しい。 「でも、華琳がこっち世界の人間で良かったよ」 「……どういう意味かしら」  突然違うことを言い出した俺の意図を計りかねている、という表情。 「だってもし天の国に華琳がいたとしたらライバル――競争相手のことね、が多すぎて、俺が好きにな っても全然手が届かなかっただろうから。それぐらい可愛い」 「……な、何言ってるのよ」  驚いたように目を見開く華琳。 「あれ、ちょっと照れた?」 「ふん。……運が良かったわね。この世界にあなたを飛ばした、天の気まぐれに感謝することね」 「うん。感謝してるよ。天の気まぐれがあったからこそ、華琳に逢うことも出来た」 「……」  呆っと一瞬黙り込む華琳。 「……」  ほほを染めたその様子に、俺も何となく黙り込んでしまった。 「……ほ、ほら、何黙っているのよ。このまま呆っとしていても仕方ないでしょう?」  沈黙に耐えかねたのか、華琳がリトライを促してくる。 「そ、そうだな」  そう言い残して、退出する。途端に、その場に蹲ってしまった。自分で言った台詞を反芻し、めちゃ くちゃ恥ずかしくなってきたのだ。 (俺、大丈夫だろうか。まだ何もしてないのに、こんなに胸をドキドキさせて)  自分の心臓の先行きが不安で仕方ない初回の挑戦が終わった。