ここまで危機的な状態は、俺が華琳と一緒にいるようになって、つまりはこの世界に来てから初めての ことじゃないだろうか。  そう思えてならないほど、魏の宮中は閑散としていた。  人がいない。桂花、風、稟をはじめ、春蘭、秋蘭などなど。文官武官を問わず宮中から人が消え失せて いた。  勿論、みんなが華琳に愛想を尽かして野に下った、などということではない。もっと別の事情からなの だが……。 「そうね、別の事情といえば、別の事情よね」  玉座に座り、冷ややかな視線を俺に投げてくる華琳。  俺はというと、いくつか段の下がったところで正座をさせられていた。 (うう……、いい加減足が痺れてきた。正座は、いつまで経っても苦手だ……)  華琳のお説教がネチネチと始まってから四半刻。いつもなら怒るにしてもさらっと済ませる方なんだが、 事情が事情だけに腹に据えかねている、ということなのだろう。 「一刀、あなたちゃんと聞いているの?」  足の痺れを逃がそうと足を動かしていると、華琳の叱責が飛んできた。 「そりゃもう……。耳にタコが出来るくらい」 「そう、じゃあ何に対して怒られているのか、それも十分判っているというわけね?」 「う〜ん……」  答えになってない言葉を口にして、辺りを見回す。そこにはやはりいつものみんなの姿はなかった。代 わりにそれぞれが大事に育てていた後進の人材たちが居並んでいる。歴史の中でも、もう少し後年に活躍 する部将たちばかりで、初めて見たときは、これがあの有名な、と驚いたものだった。 (歴史の中で名を轟かせる英雄がこんな初々しい女の子たちだなんてな。華琳や、春蘭、秋蘭たちで慣れ ていたつもりだったけど、さらに若いとなると驚きも倍増というか……) 「一刀っ!」 「はいっ!?」 「あなた、また色目を使って。やはり判ってないじゃないのっ!」 「色目って。……そんなの使ってないよ」 「お黙りなさいっ!」  華琳は、俺を一喝し、そして天を仰いだ。 「まったく。桂花の件は私が命令したらか良いとしても、他のみんなまで孕ませなさいなんて言った覚え はないのだけれど?」  ――そうなのだ。ここにみんながいないのは、揃いも揃って妊娠してしまっているからだったりする。 犯人、というか相手は俺なわけで、華琳がしつこく責めてくるのはそこが理由なんだろう。  一番手は桂花だった。それに風、稟と軍師勢が続き、春蘭、秋蘭ら武将勢がその後。霞と北郷隊の3人 も同時期だったかな。次が季衣と流琉で、最後がアイドルとして人気絶頂だった数え役萬☆しすたぁずの 面々。  ……自分でもよく頑張ったよなと思う。最初の桂花なんて、もう臨月だし。 「想像以上の種馬だったと、言う他ないわね……。でももう少し考えてほしいわ。諸官を一斉に孕ませた ら国政が止まるじゃないの……」  事が問題視され始めたのが春蘭、秋蘭の左右の筆頭将軍が妊娠してしまったタイミング。文官が妊娠す る分には華琳がフル回転することで何とか持ちこたえることが出来たが、武官となるとそうはいかない。 霞や北郷隊を抜擢しようにも、同時期に妊娠が発覚してしまってかなわなかった。窮余の策として、それ ぞれ後任の推薦が許された、というわけなのだ。 (その後任というやつが、今周りにいる新人の女の子たちなんだが……) 「言っておくけど。これ以上手を出したら、一刀、あなたといえども容赦しないわ。そのときは、……わ かってるでしょうね?」  女の子たちに目線をやったのをまた色目と勘違いしたのか、華琳が怖い声を出す。 「出しませんって……」  両手を挙げて降伏モード。 「本当かしら」 「そこは信じてもらわないと」 「信じた結果がこの有様では信じようもないんじゃなくて?」 「どうしろって言うんだよ……」  桂花や春蘭、凪や真桜。風に稟、季衣に流琉も。みんな日常や戦いの中で気持ちを交換していったから こそ生まれた絆だ。いちおうそういうのがべースにあってのことで、無闇に手を出したわけじゃない。言 わばお互いの情愛の中で発生したことなのだ。単純に可愛い女の子が居たから手を出したとかいうことと は一線を画している、と思う。 「あれだけの種馬ぶりを見せつけられたのでは、それだけだと心許ない、ということよ」 「……?」 「つまり、あなたの性欲を受け止めてあげる人が必要なんじゃなくて?」  華琳に言われて考えてみるが、みんなが妊娠してしまっている今は特に思い浮かばなかった。 「いない、という顔ね」 「うん、ま、そうだな」  それまで俺を見据えていた、強い意志を宿した視線が、僅かに揺れた。 「……し、仕方ないわ。私が、人身御供に、なってあげるしか、無さそうね」  視線をはずしながら、ところどころつっかえつっかえ華琳が言う。 「華琳が……?」 「何よ、嫌なの?」  怪訝な声を返す俺に華琳が鋭く反応する。 「いや、そういうわけじゃなくて」  見た目からしてめちゃくちゃ美少女。  出ているところは出ているけれども引っ込んでるところは引っ込んでいて、肉付きも見事なバランスを 維持している。  付言するなら少女と女性の間というか、全体としては幼い感じがする華琳とのエッチは、王というクラ スも相まって少女王を犯しているような背徳感すらある。  そもそも俺は、華琳に対してある種、特別な気持ちをもっているわけで……。 「こほん、嫌だなんてあるわけない」 「じゃあ何が引っかかってるのよ」 「いや、華琳まで妊娠してしまったら今度こそ本当に国政が止まると思って」  それは流石にまずいだろう? と思いながら見ていると、華琳は珍しく呆けたような表情を見せた。が 、何か思い至ったのか、目を瞑り、顔を顰めた。 「それは、私に馬車馬のごとく働けっていうことでいいのかしら?」 「悪く取りす――」 「あらそうかしら。自分は妊娠した桂花なんかとお腹の子を様子を話しながら幸せを噛みしめるので、私 には妊娠してもらわなくても十分って聞こえたけれど?」  華琳がお腹に手をやる。そこはすっと引き締まっており、妊娠している様子はうかがえなかった。 「いい? 一刀。別にあなたに孕ませて貰わなくても、私にだって他のアテぐらいあるのよ? そっちの 方がお互いのためなのかしら?」  とんでもないことを言い出す華琳。他のアテってなんだと焦燥を感じながらも、妊娠は目的でも手段で もないよなと話がズレていっていることを感じるが、 (それをストレートに伝えても火に油だな……) 「げふんげふんげふん、是非華琳の申し出を受けたいな、……なんて思うんだけど」  その返答じゃ不足ね、とばかりに首を左右に振る華琳。その様子に少し考えを深めてみる。 流れからすると……。 「華琳にも俺の子を産んでほしいな、とか」 「とかは余計よ。……重要なことは、何故そう思うか? でしょう」  そこまで言われれば、いかに俺が鈍感であっても華琳が何をねだっているのか察しがつく。  痺れる足を叱咤しながら立ち上がり、華琳の下へと段を上っていく。  一瞬、華琳が「どうするつもりなの?」という表情を浮かべたが、結局は何も言わなかった。恐らく何 を俺がしようとしているのか、理解したんだろう。  なんだかんだいってみんなの前じゃ少し恥ずかしいからな。出来れば他の人には聞こえないようにしたい。  華琳の前に立った俺は、そのまま耳元まで口唇を寄せる。 「だって、俺は華琳のことが好きだからな」  華琳が制服をきゅっと握り、俺を自分の方に引き寄せる。表情は見えなかったが、その様子に華琳が喜 んでくれたことを感じた。 「そんな甘いことを言って、みんなを籠絡してきたんでしょう、この変態」  言葉ではなく声色で華琳は甘さを返して来た。 「さてね」 「……本当に。変態なんだから」  新人の女の子たちが食い入るように見ているのも気にせず、俺たちはしばらくの間、そうしていた。 「ねえ、一刀。……あなた、他の女の子とはどんなふうにしていたの?」  夜更けの王の臥室。一戦交えたあと、俺の胸に頭を乗せながら、華琳がぽつりと呟いた。 「い、いきなり何を……」 「今日は、これで十分だけれど、なんだか妊娠したような気もしないし、次こそはって思ったのよ。 でも毎回同じでは味気ないでしょう?」  みんなの妊娠が発覚したあとは自重していたから、華琳とは久しぶりのエッチで、かなり激しかった。 まだ辺りには、濃密な性の匂いが立ちこめているし、華琳の股の間には、たっぷりと俺の精液がこびりつ いていることだろう。なのに――、 「次の話って。少ししなかった間に、華琳エッチになった?」 「な、何を言ってるのよ。……あのね、あなたは私以外にもたくさんの女の子とエッチしてるからいいか もしれないけれど、私は前に一刀としたきりなのよ? それを思えばそんなに変なことではないわ」  したりない、ということなのだろうか? だとすればそっちの方が驚きなのだが、あえてそれは口に出 さないでおいた。華琳がせっかくやる気になってくれているのなら、わざわざ水を差すこともない。 「って言われてもな……」  他の女の子とのことを話すなんて何か恥ずかしいな。 「それにしても何故みんな妊娠するのかしら。単純に回数が多いの? それとも時間? それともアレの 量とか……?」  かなり直球な華琳の物言いに、ぎょっとなって様子を窺ったが、俺の胸に顔を埋めるようにして隠すの で、何を意図しているか確認することは出来なかった。 「ど、どうだろうな」  特に妊娠を狙っているわけではないから、こういうプレイをしたから、というのは言えない。 「ただ、いろんなエッチを試してみてるし、その影響はあるのかもな」 「たとえば……?」 「一日耐久エッチとか」 「一日っ!?」 「縄とか」 「縄っ!?」 「お尻を撲ってみたりとか」 「撲つっ!?」  一々過敏に反応する華琳の顔には、「信じられない」と書いてあった。自分も桂花とかとするときは かなり過激なことをしている癖に良く言うよ……。 「本当に変態ね。嫌よ、私は」 「何も言ってないんだけど……」 「言わなくなって判るわよ。私と一日耐久でしてみたいとか、縄で縛って後ろから挿入したいとか、お尻 を撲って鳴かせてみたいとか、そんなふうに思ってるんでしょう?」 「思ってな……」 「この変態」  嫌がるならもっと困った顔で言ってほしい。そんな喜々とした、いかにも苛め甲斐があるおもちゃを見 つけた子どものような顔をして言わないでくれ。 「でも、本当に駄目よ。他の女の子としたことを今更なぞるだなんて、覇王としての誇りが許さないわ。 私としたいのなら、何か新しい、まだ誰ともしたことのないことを提案なさい」  まだ誰ともしたことのない、新しいこと、ねえ。  考え込んでみるけれど、思いついたことはだいたい試してしまっているので、これといって新しいプレ イは浮かんでこない。 「変態なんだからきちんと考えれば思いつくわ」 「だから変態じゃないって……」  言ってるのに、と口にしようとして思いついてしまう辺り我ながらなかなか業が深い。 「たとえば、コスプレとかどうだ?」 「こすぷれ?」 「コスチュームプレイの略……って、そうだな。平たく言うと、服装を基盤に、創作物の登場人物になり きることなんだが……」 「ふうん、何となく変態的な響きがするわね」 「華琳……とりあえず変態って言ってるだろ……」 「失礼ね。違うわよ。じゃあ、一刀は私にどんなコスプレをさせようと思ってるの?」 「えっ!? いや、別にまだ何も考えてない……」 「嘘おっしゃい。何か私にさせたいことを思いついて、それがコスプレと関係することだったから、 それを提案してきたのでしょう?」  ぐっ……。見抜かれてる。 「ほら、諦めて告げなさい。私に何を着せたいのか、どんなことをさせたいのか」 「……聖フランチェスカ」  言って顔が熱くなるのを感じる。なんというか、自分の性癖をさらしているようで、小っ恥ずかしい。 「えっ!? せんと、何? 聞き取れなかったわ」  聞き慣れない言葉だからだろう。華琳が眉根に皺を寄せて、再度言うように促してきた。 「聖フランチェスカ学園。天の国にある、俺が在籍していた機関の名前だよ。そこに所属する人間が着る 為の服があるんだ。それを着せてみたい、かな。たとえば同級生というか、幼なじみみたいな設定で」 「せんとふらんちぇすかがくえん」  噛みしめるように、華琳が呟く。 「それが天の国であなたが所属していたところの名前なのね。国名か何かかしら?」 「学園の名前。勉強をし、知識や知恵をつけていくための場所のことだよ」 「そう。制服とやらは、普段一刀が着ているものがそうなのかしら?」 「あれは男用だな。女の子用はもう少し違う誂えになっているんだ」 「それを着せて、どうしようと言うの? 「同級生というか、幼なじみみたいな設定」ってさっき言って いたけれど……」 「……言わなくちゃ駄目か?」  さっきにも増して顔に熱気が集中するのを感じる。 「言いかけて止める人間は最低ね」  うう。……華琳が見逃してくれるなんて思ってなかったけどさ。 「この変態」  思いついていた設定を伝えて返ってきた第一声はそれだった。  また、それか、と言いたいところだけど、今回ばかりはたしかにそうなので、仕方がない。  俺が伝えた内容を全部華琳が理解できたかどうかは怪しいところだけど、行き着くところはエッチだし、 しかもそのとき華琳の寝込みを襲うような真似もするわけで。 「だから言いたくなかったのに。きっとそう言うと思ったから」 「あら、そのコスプレに付き合ってあげるんだから、いいじゃない。一刀は私とそれがしたいんでしょう ?」  少し間を開けるも、結局は頷いて是と返す。 「なら、このくらいの恥辱は我慢しなさいな」  くすくす、と華琳の笑い声が漏れ聞こえてくる。 「じゃあ、早速真桜に指示を出しておきなさい。準備にそれなりの時間が掛かりそうなのでしょう?」 「……かしこまりまして」  俺が話した内容の中に出てきたのは、服だけではない。今回のコスプレを最大限に引き出すための要素 として、とある建物も必要になってくる。  妊娠中の真桜や、工作部隊まで使ってそれを再現していいって話なんだから、華琳も少しは楽しみにし てくれてるんだろう。 「す〜……」  気がつくと、腕の中の華琳はすでに寝息を立てていた。  新人が入ってきたとはいえ魏が誇る頭脳が不在の中で国政を運営しているんだから疲労もたまるだろう。  ま、こんなちょっとしたお遊びでも楽しんでくれたらいいな。  騒動を引き起こした張本人としては、華琳とのエッチそのものを楽しみにしつつも、そんなふうに思わ ないでいられなかった。 <続>