「うむ、今日も街は平和のようですな」 「まったくだな」 私の言葉に頷きつつも、視線は露店へと向けている。 まぁ、外出の許しをいただけたのだからそれも致し方ないだろう。 「如何です?何か気になるものはありましたかな?」 「う〜ん、いや興味は惹かれるがピンときてないんだよ」 「ふふっ、まだ時間はありますゆえ、じっくり見てまわるのもよいですぞ」 そう、今日は時間はたっぷりあるのだ。 北郷殿が外出を許可するのに合わせ休暇を与えるとは、『あの方』も気を利かせているようで。 その割りに、己の休暇はとらぬとは、本当は一緒に来たかったでしょうに。 『監視役である星がついていれば良いだろ』などと仰るとは…… 無理に我慢をなさって……まったくもって初心ですな……『伯珪殿』。 「うーむ、これは!?いやいや、それだったらさっきの……」 「ふふ……」 一生懸命、考えている北郷殿を見て思わず笑みがこぼれる。 「なぁ、趙雲も助言してくれよ」 「ふむ、そうですなぁ。『あの方』も女ですので、なにか装飾品にしてみては如何ですかな?」 「なるほどな……装飾品か……」 そう呟き、再び露店を見はじめる。 北郷殿が様々な露店を見ているのは初めて街にでただけでなく、贈り物を買うためだと 聞かされた際には驚いてしまった。 まさか、街に初めて訪れる用事が女性への贈り物ためとは…… さて、ここで如何なる贈り物をするかで男としての魅力がわかるもの。 いったい、どうなさるのか見せて頂くとしよう。 「おじさん、これって……」 「あぁ、それは……で……だよ」 「へ〜なるほどな……じゃあ、これは……」 先程から見ていると、北郷殿は見ただけではわかりにくいものは店主に聞いているが その様子は、とてもなじんでおり、とても天の世界より降りてきたばかりとは思えない。 いったい、あの御人は何者なのだろうか。 店主と北郷殿の会話を見ながら考えを巡らせていると…… 『ぐ〜』 どこからともなく、音が聞こえる。 「おや、そろそろ昼食時でしたな」 「ははっ、恥ずかしいな」 「いえ、生理現象ゆえ仕方ありませぬよ」 「ありがと。へへ、実はさっきから腹減っちゃっててさ」 そう言って、こちらへ笑いかけてくる北郷殿…… まったく……よい笑顔をする御人だ。 不思議とこちらの心まで穏やかにしてくれる。 「とりあえずさ、どこかで食べようぜ」 「そうですな。どこにいたしますか」 「う〜ん、俺は初めてだからな。趙雲のおすすめの店でも教えてよ」 「ふむ、まぁ構いませぬよ」 「それじゃあ、よろしくな」 「えぇ、では参りましょうか」 そうして連れてきたのは、私がこの街で現在最も認めている店だ。 なんといっても、ここの『アレ』はまさに、至高の一品。 「へぇ、なかなか美味そうな屋台だな」 「えぇ、そうでしょう。私が敬意を表す料理人がやっておりますゆえ、味は保障済みですぞ」 「それは、楽しみだな」 そんな会話をしつつ、屋台の席へとつく。 「へい、らっしゃい。おや、趙雲様じゃあありませんか」 「久しいですな、店主」 「えぇ、ご無沙汰です。あれからさらに研究はつづけていますよ」 「ほう、それは期待させていただこう」 「えぇ、それで注文は?」 「わたしは、『いつもの』で頼もう」 「俺は、ラーメンで」 「へい、かしこまりやした」 「うおぉ、いい匂いだ。この香りだけで空腹状態が増すぞ、俺は」 「ふふっ、すぐ来ますゆえ、ご安心なされ」 「う〜ん、楽しみだ」 そう言って、北郷殿は子供のように目を輝かせる。 この御人は……時折尊い考えを大人びた表情で語ると思えば、今のように少年のような顔をする。 その一つ一つの表情や言動が私の興味を引きつけていることなど、理解してはおられぬのだろうな…… 少年のような北郷殿の顔を横目で見つつ先に出てきたメンマをつまむ。 しばらくし、店主がこちらに注文した料理を出してくる。 「へい、お待ち」 「お〜来た来た」 「趙雲様もどうぞ」 「うむ、いただこう」 「うぉぉ、美味そうだ。いただきます」 「ふふっ、あわてなくとも逃げはしませぬよ」 「いや、出来立ての美味さは逃げるっ!!」 「なるほど、それは言えてますな。では、私も」 そうして、私も料理へとはしを進める。 うむ、やはりこの店はすばらしい。 「はぁ〜、美味い!中でもこのメンマが絶妙な味わいだ」 「ふふ、そうでしょう。この趙子龍の目にとまった店なのですからな」 「あぁ、その目に狂いなしだな……ところでそれはなんだ?」 「何とは?」 「食べてるやつだよ」 「あぁ、これは『特性メンマラーメン、メンマ大盛りの大盛りメンマつきのメンマ定食』ですよ」 「え、え〜と」 「通称『メンマ尽くし』ともいいます」 「なるほど……趙雲の目にとまるわけだ」 「ふふふ……ですが、美味でしょう?」 「あぁ、それは間違いない」 「えぇ、ここの店主に勝る者はそうは居らぬでしょうな。ところで、北郷殿」 「ん?」 「北郷殿の知る。メンマ料理はいつお教え願えるのかな?」 「あぁ、それな。すまん、なかなか時間がなくて」 「ふむ、ならばここの店主に作り方をお教え願えますかな?」 「なるほど、今度来るとき作ってもらえばいいって訳か」 「えぇ、その通りです」 「なら、レシピのメモを作るか」 「れしぴのめもとは?」 「あぁ、作り方を紙に書いた物だよ。レシピは作り方を俺のいた世界では言うんだ。」 「なるほど。わかりました」 「あぁ、それじゃあ親父さんには今度渡すな」 「えぇ、しっかり天の料理を再現してみせます」 「私も楽しみにしておりますぞ」 想像するだけで胸が躍る。 天のメンマ料理とは一体いかなるものなのだろうか…… 「はははっ。そういえばさ」 「何でしょう?」 「趙雲は街のことを把握してるってことはさ。ここに来てから長いのか?」 「そうですな、大分経ってはおりますな」 「ならさ、趙雲は公孫賛に真名を預けたりはしないのか?互いにかなり信頼し合ってる気がするんだけど」 「あぁ、それには実は理由があるのですよ」 「理由?」 「えぇ、ちょうどよい機会なのでお話ししましょう」 「ぜひ、聞かせてもらうよ」 「それでは……」 そして、理由を語りはじめる。 ―――とある日、玉座の間――― 私は公孫賛伯珪殿に呼ばれ玉座の間へと訪れていた。 「わざわざ来てもらって悪いな。趙雲」 「いえ、今は貴公に仕える身である故、そのような事などお気になされなくて結構」 「いや、仕えるって言っても客将だろうが、いくら私だって気にはするぞ」 「まぁ、確かに伯珪殿ならそう思うでしょうな」 「わかってるなら。いちいち言わないでくれ」 「ふふ……」 「おまっ、まさか、また私を試そうとしたのか?」 「さぁ、どうでしょうな?」 「はぁ……まぁそれは後にするとして……話がある」 そう告げて、伯珪殿が私の前へと来る。 「趙雲、お前は私の元で客将を始めて結構経った。それに色々と相談にも乗ってくれたりと大いに助けとなってくれた」 「ふむ……」 「それでだ、私としてもお前を大いに信頼してる。だからな、お前に私のま……」 「失礼します!大変です!!」 伯珪殿がおそらく肝心なのであろう箇所を告げようとしたところで兵士が入室してくる。 どうやら緊急の報せのようだ。 「何事だ!私は今、趙雲と話しているだが……」 「申し訳ありません。ですが、至急ご判断を仰ぎたい事態が起きました故、お聞き頂きたいのです」 「はぁ……しかたない、すまんな。趙雲」 「いえ、それよりも報告の方を」 「そうだな、報告を頼む」 「はっ、近隣の農村より報せが入りまして、現在、野党による襲撃を受けており  村の守備だけでは守り切れないため、至急、支援を頂きたいとのことです」 「野党どもめ、性懲りもなくまた……よし、すぐに部隊の編成をしろ!一刻も早く、救援に向かう!」 「はっ!!」 報告を聞いた伯珪殿は、部下に指示を出しながら、玉座の間の出入り口へと向かっていく。 「それと、今すぐに支援要請を受領する趣の言伝をを村へ伝えに行かせろ。守備隊の士気も少しは上がるだろう。  それと、今回は時間との戦となる、白馬隊を出させろ!私とともに最速で駆けつけるぞ!」 「白馬隊は、我が軍の主力ですぞ!城の守備はいかがいたすのですか!?」 「それなら、大丈夫だ。趙雲がいる。そうだろう? 「えぇ、守りを任せると仰られるならば守ってみせましょう」 「そういうわけだ」 「し、しかし!趙雲殿は、客将ですぞ!?客将に城を任せるとおっしゃるのですか?」 「おい、お前は趙雲を疑っているのか!?」 「いえ、そのようなことは……し、しかし主力の白馬隊を出すというのは……」 「お前は馬鹿か!白馬隊ならば、かなり時間を短縮して駆けつけられる。今は何より村の者たちの救出だ!  城の方は趙雲がいる以上大丈夫だ。お前ならわかるだろう?」 「はっ!申し訳ありませんでした。すぐに準備に取りかかります」 「あぁ、頼むぞ私のほうも準備できしだい、すぐに城門へ向かう。趙雲、城を頼む」 「本来なら、私が行くべきなのでしょうが伯珪殿の方が速く駆けつけられるでしょう。ならば城を守ることこそ我が使命なのでしょう」 「ふっ、お前がいてくれて本当に助かる。ありがとう」 「いえいえ。では、くれぐれも油断なされぬよう気をつけてくだされ」 「あぁ、それじゃあ行ってくる。それと、私が戦から戻ってきたら、話の続きを……」 「それ以上は、言うべきではないかと」 伯珪殿の台詞に何故か不吉な気配を感じた……正確には、青空に伯珪殿の顔が浮かぶ光景が 脳裏をよぎったので途中で遮る。 「??よくわからないが、まぁ、そういうならやめておこう。それじゃあ、今度こそ行ってくる」 「えぇ、では」 別れの挨拶を告げ、伯珪殿は準備に向かうのを見送り私は自室へ戻ることにする。 ―――ふたたび、街の屋台――― 「へぇ、そんなことがあったのか……というかその話は関係あるのか?」 「えぇ、玉座の間で伯珪殿が告げようとしていたのは真名を預けるといったことだからですよ」 「なんで、わかるんだ?」 「まぁ、伯珪殿の性格と言動を見ていれば自ずとわかりますよ」 「へぇ〜、ま、それもするどい趙雲だからわかるんだろうな」 「ふふっ、さて……どうですかな? まぁ、北郷殿でもわかったでしょうな」 「そうか?」 「えぇ、わかったでしょう」 「そ、そうか……でもさ、今の話の後にだって機会あっただろ?」 「ふふ……実は今の話までに似たような事が何度もありましてな……くくっ」 「な、何度も……ま、まさか、毎回、中断せざるをえなくなった……とか?」 「えぇ、その通りです」 「さらに、今の話の後も別件で潰れたとか?」 「えぇ、実はその野党討伐からの帰還途中で不思議な拾いものをしましてな……その『拾いもの』が元で  伯珪殿は忙しくなったため機会が作れなくなったのですよ」 「拾いもの?」 「えぇ、何でも野党の残党に襲われていたのを救ったとか……」 「お、おい、それって……」 「もう、おわかりのようですな」 「あぁ。だけど……その『拾いもの』のせいで忙しくなったのか……」 「そう、お気になさるな。それも本人が選んだことなのですから」 「そうだな、くよくよしてもしょうがない。大変ならその分俺が補佐すればいいんだよな。」 「ふふ……その意気ですよ」 拳を握りしめ、そう告げる北郷殿はいい顔をなさる。そんな表情を見せられると、思わず応援したくなってしまう。 「しっかし、公孫賛もついてないというか……結構な回数だったんだろ?真名の話をする機会を設けたのは」 「えぇ、まぁ、ことごとく潰れましたが」 「ははは……」 伯珪殿の不憫さに対してなのだろう、北郷殿は苦笑いを浮かべながら空を見つめる。 きっと、その目には伯珪殿が映っているのだろう。 (ふふ……伯珪殿もまさかこのような形で想われるとは予想してないでしょうな。 ただ、このような形でも北郷殿のような殿方に想われるというのは……少し……!) それに対しほんの少し羨ましいという感情を持った自身に思わず驚愕してしまう。 (よもや、ほんの少しとはいえこのような感情を抱かせるとは……北郷殿は本当に不思議な御方だ) 「さて、飯も食ったし買い物の続きといこうか?」 「えぇ、そうしましょう」 「それじゃあ、親父さん。美味かったよ。それと、今度レシピを渡しにくるから」 「店主、これからも精進してくだされ」 「えぇ、またのご来店をおまちしておりやす」 店主に別れを告げ、再び街を歩き始める。 その後、日が暮れ始めるまで探し続けた結果、北郷殿は、どうやら満足のいくものを 買えたようで満足そうにしている。 「いやー、趙雲のおかげで満足いったよ。ありがとう」 「お役に立てたようで、なによりですよ」 「あっ!?いけね、忘れ物してきちまったよ」 「では、取りに行きましょうか?」 「いや、俺一人で行ってくるから趙雲はここで待っててくれ」 そう言うやいなや北郷殿は、人混みの中へと駆けていった。 それから、数分待ったところで北郷殿が戻り、そのまま城への帰り道を歩き始めた。 「それにしても、いつお渡しになるのですかな?」 「さぁな、公孫賛がいつ暇かわからないからな」 「確かに、忙しい身ですからな」 「まぁ、太守だって休みくらいはあるだろうから、その時にでも渡すさ」 「まぁ、それが良いでしょうな」 その後は、何気ない会話をしながら帰った。 城へ戻ると、北郷殿を自室へ送る途中、中庭を通ろうと誘われたので、連れだって歩きながら北郷殿の部屋へ向かう。 中庭を通り過ぎようとしたところで北郷殿がその場に立ち止まる。 「趙雲」 「おや、どうかしましたか、北郷殿?」 「実は、趙雲に話がな」 「話ですか?」 「あぁ、今日はさ一日付き合ってもらったり助言してもらったりしただろ」 「まぁ、そうですな」 「そこで、だ……えっと……」 そういって、白く輝く服から包みを取り出す。 「これを趙雲に」 「私にですか?」 「あぁ、よかったら受け取ってくれ」 「よろしいのですか?」 「もちろん、趙雲には今日だけじゃなくてさ、ここに来てからかなり世話になってるからな」 そういって、笑顔になる北郷殿。その頬が赤いのは照れているのだろうか?それとも夕日のせいなのだろうか? 「では、受け取らせていいただきしょう」 「おう」 「開けてもよろしいですかな?」 「もちろんだよ」 その返事を聞き、包みを解き中身である箱を開ける。 すると、中には入っていたのは 「指輪……ですか」 天へと登る龍の姿が彫られている指輪が紐に繋がれている。 「あぁ、どんな時でも邪魔にはならないと思ってな。ただ、指の寸法がわからなかったから  首から掛けられるようにしたんだけど、どうかな?」 「ふふ……気に入りましたよ。感謝致します」 「喜んで貰えるだけで、俺も満足だよ」 「では、さっそく着けさせて頂きますぞ……どうでしょう、似合いますかな?」 首に掛ける前に指輪の方を指にはめてみる。寸法が合っていたのは『薬指』だった。 「え、えーと……何故に『左』の『薬指』にはめておられるのでしょうか?」 「いえ、薬指にぴったりだったからですよ。それに右より左の方がしっくりきましたので。  首に掛けず指にはめることにいたしましょうか?」 「いや、やっぱり首に掛けておいて貰えるかな?」 「そうですか……なにか理由でもおありですかな?」 「いや、実は俺の居た世界だと左の薬指に指輪っていうのはちょっと意味合いが異なるんだよ」 「それで、はめるなと?」 「あぁ、悪いんだけどそうしてほしい」 「わかりました。そうおっしゃるのなら首に掛けましょう」 なにやら、慌てた様子の北郷殿に免じ指にはめるのは辞めることにする。 再び指輪を紐に繋げ、首に掛ける。 「どうですかな?」 「あぁ、とてもよく似合っているよ」 「ふふ……ありがとうございます。ではそろそろ……」 「いやいや……本当に似合ってるよ。そうそう、そういえば……」 「ふむ……それは……」 北郷殿から贈り物を頂くという予想外の出来事はあったものの、その後は、また何気ない 会話をしながら部屋へと向かった。 「それでは、これにて失礼させて頂くとします」 「あぁ、本当にいろいろありがとうな。それじゃあ」 そう告げて北郷殿が扉を開ける。 「あ、そうそう。一つだけちゃんと言葉にしておきたかった礼があったんだ」 「何ですかな?」 「今日は、美女と一日過ごすことができて最高だった。ありがとう、趙雲」 「え、えぇ」 「それじゃ、今度こそ失礼させてもらうよ」 そう告げると、北郷殿は部屋へ入っていった。 「まったく……ふふ」 自室へと戻りながら、頬が僅かに赤くなっているのを感じていた。 これは、夕日のせいなのだろうか?それとも……